第2章12話『動かないで』
男の手が《腐蝕の呪い》を纏い、この場にいる全員を腐敗させようと一気に迫る。
しかし、突如として割り込んだサフィナ。花のように綺麗な桃色や黄緑色が入った対の扇を両手に持ち、それが振られると花の軌跡が描かれる。
「はいストップー。どーん」
鋭い扇が男の両腕を切り落とし、さらに右足で放った蹴りでまた遠くに飛ばされてしまった。
ダンサーのように華麗な着地を披露し、くるっと後ろを向いてカナタと目を合わせる。
「大丈夫ー?」
「俺らは大丈夫。あいつに触られてないよね? あいつ、触ったものを腐敗させて壊す能力持ってるんだよ」
「えーうっそまじ? それ戦うのしんどいじゃーん」
先程からサフィナと喋っていて、カナタは彼女にギャルっぽい印象を抱く。それに加え、この状況で逃げるという選択肢が出ないのは戦闘狂なのでは? とも思ってしまった。
「サフィナ、戦うつもりですか?」
「うん。どーせあいつ追ってくるでしょ? 一度ぼっこぼこにした方がいいんじゃないー?」
うん、やはり戦闘狂だった。カナタの目は間違ってなかったようだ。切れ味の良い対の扇を持って、今にでも男を襲おうとしている。
(くっそ……俺が戦えたら何とかなるのか……?)
カナタは心の中でそう思った。先刻のミリアと男の戦いといい、カナタは男を目で追うことが出来ていない。そんな状態で戦闘したとして、触れられて一発アウトとなるのがオチだ。
そして、男はゆっくりと近づいてきた。
「そこの二人、僕は君らに用はないって言ったよね? だから邪魔しないでくれると助かるんだけど?」
「んーでも、王女様と転校生君はラインたちの友達でしょー? それを襲うのを見過ごせってのはアタシたちにはできないなー」
「まあ、そうですね」
ロエンとサフィナは、ラインたちと友達だ。だから、ラインたちの友達であるカナタとミリアが攫われるのを見るだけで過ごすことは出来ない。その後に彼らに顔向け出来ないから。
「君たちがあの吸血鬼たちの友達? ハッ、面白いね。でも向こうはそう思ってくれてるのかな?」
「さあ、どうでしょうね? ただ、私たちが魔法学園に通えているのはあの四人のお陰です。手伝いくらいはしたいんですよ。だから――」
ロエンは左腕を前に出し、呟いた。
「――《引力の王》」
瞬間、遠く離れた男は引力で引き寄せられた。
◆◇◆◇
「――はぁ、勘弁してよ、サフィナ……」
突如割り込んで邪魔をしてきたサフィナに蹴り飛ばされながらも、彼らには聞こえないほど小さな声で男はそう呟く。
ロエンとサフィナが来ることは完全に予想外だった。こんなところにわざわざやって来るとは思わなかった。
計画が狂った。そう男は思った。常にカナタたちと近いところにいた四つ子。その障壁は取り除いた。遠く離れた地でもう一人の男自身と戦わせ、時間稼ぎはできている。
ミリアが強かったのも予想外ではあったが、《腐蝕の呪い》で武器を壊し、制圧できた。後は誘拐するだけ。にも関わらず、絶対にやって来ないであろうと、思考の片隅にすら入っていなかった男女がやって来たのだった。
(まあ、めんどくさいがやるしかないか)
ロエンとサフィナの能力は知っている。何度も見たことがあるし、それに――。
だが、面倒なことに変わりはない。どうにかして二人を戦わせまいと会話のラリーを続ける。それでも、「友達の友達だから」といった理由で退こうとしない。
決めた。やるしかない。そうでもしないと、男の目的は果たされない。
先制攻撃をするか、否か。悩む間もなく――、
「――《引力の王》」
ロエンの引力が、男を襲った。
「――ッ」
この効果から、男は抜け出すことはできない。反発も出来ず、ただロエンに向かって引き寄せられるだけ。抵抗するのもバカバカしい。
どうせ、男にはこの後の展開は分かっている。
「やっぱりね」
「へぇー? やるじゃん」
ロエンの引力で引き寄せられた先で待っていたのは、サフィナの扇。男の命を刈るといった目的を持って殺意のある花の軌跡が描かれる。
だが、男はそれを分かっていた。既に、先程サフィナに切られた腕は再生済み。瞬く間に右手に現れた黒い剣を構えて応戦。
花の軌跡を切り捨て、扇とぶつけ合い金属の音が辺りを轟かせる。
触れれば勝ち。それはそう。当たり前だ。だがしかし、この二人にはしたくないと、心の奥深くから自分を言い聞かせてくる。
(はぁ、なんでだろうな。愛着なんて、ないはずだけど)
なぜこの二人にはそんなことをしたくないのか。別に、好きな訳では無い。そう思っている。
――どうせ、この二人は男の事を分からないというのに。
(こういうところが、僕はダメかもしれないね。だけど、僕の邪魔は誰にもさせない)
「――」
「――チッ」
小声で男が呟く。すると、ロエンとサフィナは一気に空まで吹き飛ばされてしまう。もう、簡単に降りてくることは出来ない。
「うぇっ!? ちょ、ヤバ……!」
邪魔が消えた先に目に映るのは、カナタとミリア。もう、無駄な戦いはしない。このまま攫って連れていく。
二人を気絶させるために右手を前に出し、駆ける。
――その瞬間、脳内に電撃が走るのを感じた。それは、もう一人の自分が倒された合図。
まずい。そんな思考が、男の脳内を埋める。邪魔だった四つ子が戻ってくる。折角ここまで追い詰めたのに、台無しになってしまう。
早く、早く二人を……。そう必死で腕を伸ばす。触れればいいだけ。それだけで、連れて帰れる。目的を果たす準備ができる。
「――ッ」
しかしそれを崩すのは、圧倒的な殺意と――、
「――動かないで。怪しい動きをしたら殺すから」
窮地から脱出し、これまでの男の行動を無意味とするかのごとく現れた女神の声。
――それが耳に入った途端、男の力は抜けていった。




