第2章11話『《虚構の名優》』
「――だって、夜凪叶向君。彼には、世界を滅ぼせる力が眠ってるんだから」
「――知ってたのか」
ヨナギ・カナタの中には、世界を滅ぼすことの出来る力が眠っている。これは誇張している訳ではなく、事実だ。その真実をこの男は知っており、もちろん、ラインたちも知っている。
彼は、転生や神様によって異世界転移され、なにかチート能力を貰った訳ではなく、世界に愛された存在という訳でもない。ただ、この目の前にいる男によって転移された被害者にすぎない。
にも関わらず、なぜ異世界転移者であるカナタがそれほどまで強大な力を持っているのか。その答えは闇の中にあり、誰にも分からない。
――否、見当はついている。この男と、四つ子たちには。
しかし、お互いにそれを述べるようなことはしない。男の考えは確定している訳ではなく、あくまで予想。それに比べ、四つ子の考えは脚色なく事実。
お互いに話し合えば、齟齬が生じることは分かっている。出来るだけ、自らの考えを教え合いたくないのが本音だ。
「僕はね、カナタ君を僕の組織に引き入れたい。そして、僕の目的のために一緒にいて欲しいんだ」
「目的……だと?」
「ああ。僕の目的は、この世界を支配することさ」
この男がカナタを狙った理由。それは、彼の内に秘める力を利用し、世界を全て自分のものにしたいという目的のためなのだ。
「随分……話が大きいな……。そんなこと、出来ると思ってるのか……?」
「もちろん。君ら四つ子に『剣聖』に『魔導師』。他にもたくさん邪魔がいるけど、カナタ君が僕らに付いてくれればこっちのものさ」
「カナタが、お前に付くと思ってんのか?」
「いや全然。そのための王女様さ。彼女を人質にとって、無理やりカナタ君を従わせる。もしも彼が王女様の命をどうでもいいと思う人なら困ったけど、彼なら王女様が傷つかないように僕の命令に従ってくれるはずさ」
男がミリアも誘拐しようとしている理由。それは、彼女を人質にすることで必ずカナタを助けに来るであろう四つ子たちに手出しさせないようにするため。そして、カナタを強制的に命令に従わせるためだ。
「……カナタを従わせたところで、俺らには勝てないぞ……!」
「うーん、そうかな? 確かに四人同時だと無理だけど、一体一ならこんな風に君を抑え込めるんだよ?」
そう言って、男はラインを見下す。強い重力で地面に押し付けられたままのラインは身動きがとれず、先刻の失った両腕や切られた胸も再生できていないまま。
絶対的な勝利感が男の心を侵食する。
「まず面倒な君らを一人一人潰して、その後に『剣聖』、『魔導師』を潰す。――いや、それだけじゃダメか。まだ邪魔が多いもんなぁ」
カナタを手に入れた後にどう振舞おうかを言葉に出しながら悩む男。比べて、ラインは身体を動かせず、ただ見上げるしかない。
「ま、いいや。一旦全身を砕くね」
「はぁっ……!?」
さらにかかる力を強くし、ラインは地面に押しつぶされる。その威力は、彼の下にある地面がヒビ割れるほど。
ラインの骨が折れていく音が響く。ありえない痛みが全身を襲い、ラインは絶叫してしまう。
勝った。ラインに、勝った。そんな思いが男を思い上がらせた。
だがそれを崩すのは――、
圧倒的な実力差だ。
「……はっ?」
男は動けなくなってしまう。全身を血液で縛られ、力が抜ける。何も出来ない。声を出すことと、思考以外出来ない。魂が無くなった抜け殻のように地面に倒れ込むと同時に、なんとラインが立ち上がった。
「な、んで、おまえ、動けないはずじゃ……」
「バーカ。あの程度で俺が動けなくなるわけねえだろ。この状況を作り出す方がよっぽど疲れたぜ」
どうして動ける? 全身の骨は砕いたはず。それなのに、痛みがまるでないかのように立ち、両腕も胸も完全に元通りになっているのだ。
――それに、「この状況を作り出す」という言葉に、男は引っかかった。
まるで、この戦いを演技だと言うかのように――
「はい、よくやったよ兄さん」
「お疲れ。まあいいんじゃない?」
「やったね! ラインお兄ちゃん!」
吸血鬼を気絶させる道具で眠らせたはずの三人。アレス、セツナ、レンゲがやって来たのだ。三人ともラインと同様に真っ白の髪と瞳に変化していて、神々しい雰囲気を漂わせている。
「ああ、三人とも助かった。いつまで演技すればいいのか困ってたぞ。俺の演技、意外と上手じゃなかった?」
「《虚構の名優》を使っただけでしょ? そりゃ上手になるって」
「ちょ、っと、待てよ……。どういうことだ……? なんで、お前らも……。気絶してるはずじゃ……」
兄妹仲良く会話をしている所に男は挟み込む。この状況が全く飲めていないらしい。
――それもそうだ。この状況は全て、四つ子の思い通りなのだから。
「アレスとレンゲは気絶したよ。起きてたのは私。私もお兄ちゃんと一緒で、自分の心臓を潰したの。本っ当に痛かったんだからね?」
「自分で……心臓を……?」
「うん。そしてお兄ちゃんとあなたが戦ってる間に、私はアレスの心臓も潰した。そしてレンゲの心臓も潰そうとしたんだけど……」
混乱で頭がおかしくなる男に、セツナは丁寧な答えを返す。
「レンゲは私たちの可愛い可愛い妹。そんな子の心臓を潰して、痛がるところなんて見たくなかったからさ。後は私たちの力で無理やり起こしたわけ」
レンゲは四つ子の末妹であり、可愛い妹だ。兄、姉目線として、絶対に傷つけたくない存在。そんな子の心臓を潰すなんて酷いことは出来ない。そのため、彼らが生まれつき持っている力を使い、彼女を治したのだ。
可愛いと言われて嬉しいのか、頭をかきながら頬を赤く染めているレンゲ。その一方で、心臓を潰されたアレスは愚痴をつぶやく。
「僕のことも普通に起こしてくれたら良かったのに。心臓潰す必要あった?」
「だってそっちの方が手軽だし。レンゲはダメだけど、アレスならいいでしょ」
「もうちょっと兄を大切にして欲しいんだけど……」
「充分大切にしてるよ。でも、レンゲの方が大事」
そんな愛しい会話をするアレスとセツナ。しかし、その声をかき消すくらい大きな声で男は叫んだ。
「な、ら! 今の戦いはなんの意図があって、やってたんだ! 演技って、なんだよ……?」
「さっきセツナが言ってたろ? 俺は《虚構の名優》って『権能』を使って、嘘つき顔負けの演技をしたんだ」
「僕が聞きたいのはそこじゃ……」
「知ってるさ。こんなことをした目的だろ?」
ラインは《虚構の名優》という『権能』を使って、これまでの戦いを演技していた。男を欺き続けた先に得ようとしたもの。それは――、
「お前が情報を吐く時を待ってたんだよ」




