第2章9話『秘める力』
「――」
(今度は引っ張られるのかよ……)
男によって遠くに飛ばされたはずのライン。しかし、今度は彼に向かって引き寄せられるように引っ張られるのだ。
その先で男は真っ黒の剣の先端を向ける。接近したラインに突き刺そうと思っているのだろう。だが、そんなに上手くいくはずはない。
「はっ!」
指先から血液を飛ばし、剣に糸のように巻き付けて向きをずらす。
「フリーズニードル」
ラインが氷魔法を詠唱し、変換された魔力が氷の刃となって男に飛ぶ。
男は後ろに飛びながら綺麗に避け、剣を振って縛る血液を切断した。
(……このままやっても決着つかねえな。使いたくないけど、仕方ない)
このまま戦っても、相手の思う通りに時間稼ぎされるだけだ。だから、ラインは使うことにした。彼の内に秘めている、吸血鬼以外の力を。
刹那、ラインの赤髪と緋色の瞳は真っ白になり、これまでとは違う雰囲気を醸し出し始めた。
周囲の風の流れが変わり、大気中の魔力も全て彼に味方するような勢いがある。
「うわぁ、嫌だなぁその格好。僕、なんでもできる人と戦いたくないタイプなんだよね」
「はぁ? 先に襲ってきたのお前だからな?」
「ああそうだったね。――エクスプロード」
瞬間、炎魔法最高火力の「エクスプロード」が詠唱され、男から放たれた。鼓膜を響かせるような大爆発音と共に、地面が焼け野原になる――はずだった。
「……まぁ、喰らわないか」
発動したはずの炎魔法が消え、男は目の前で身動きすらしてないラインを見つめる。別に驚愕するほどのことではない。――どうせ、こんな感じになると男は理解していたから。
「それにしても、凄いね。魔法が消えたよ。どうやったの?」
「別に特別なことはしてねえよ。俺に当たる前に消し飛ばしただけ。――って、話し合いは終わり」
「――っ?」
ラインが右手を前に出すと、男は身動きが取れないことに気づいた。足元を見ると、白い結晶のようなものが男の足を地面に固定していたのだ。
それだけでは終わらない。男の頭上に白い結晶の刃が大量に現れ、雨のように一気に落ちた。
結晶は内に男を閉じ込め、その身を外に出さまいと圧倒的な硬さを放っていた。
「うーん、硬いな。《腐蝕の呪い》……も対策してるか。壊せないなあ。困った困った」
この状況下でも、男は内で愉快にそう呟いていた。どうやらこの結晶は《腐蝕の呪い》も対策しており、触れられても腐敗で壊れないようになっているようだ。
「……と来れば。――」
誰にも聞こえないくらい小さな声で何かを呟く。
すると――
「っとっと。良かった、出れた」
まるで、すり抜けるように結晶を脱出したのだ。結晶には傷一つ付いていない。新しい男の技だろうか。
「どうやって出た?」
「それ、教える義理はないよね? ――」
――再度、ラインには聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「おっと」
「――ッ!?」
先制攻撃をしたライン。男はその速度を見えなかったはず。にも関わらず、後ろから突き刺そうとしていた刃を華麗に避け、ラインの手首を掴んだ。
(なんだこいつ……。今、俺の動きを読んでたのか?)
まるで、ラインの動きが分かっていたかのような挙動だった。ラインは不思議に感じながらも手を絡め、胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
距離は取った。もう一度、白の結晶で。そう思った矢先に――、
「――」
引き寄せる力でラインは引っ張られ、格闘戦に持ち込まれる。
しかし、ラインは素手で男に負ける気はしない。
男もまた、素手でラインに勝つのは無理だと悟っている。
両者ともに、このままであればラインが勝つと理解している状態。だから、男は決めた。
「――そういえば、僕が君らの足止めをしてる理由、聞きたい?」
まずは、ラインの感情に付け込もうと。
「聞きたい、って言って素直に教えてくれんのか? お前はそんな優しいやつじゃないと思ってんだけど」
狙い通り、ラインは話に乗っかってきた。まずは、男が追い詰められているこの状況を脱する。そのためにも、会話を続ける必要がある。
「教えてあげるよ。君たちをここに飛ばした目的はね、夜凪叶向君と、ミリア・レガリアちゃんを誘拐することさ」
「……は?」
決めきった。本当のことしか言っていない。それなのに、ラインは信じられないというような顔で固まってしまう。
(は……? 待て待て、アイツらも今ピンチか!? 状況を、千里眼で確認しないと……)
「――っ!?」
男と腕を絡めながら、カナタたちの状況を確認しようと、千里眼を使おうとしたライン。その隙を、男は見逃さない。手中に収まった黒い剣で一閃を描き、ラインの両腕は肘から掌まで切断され、胸もザックリ切られてしまった。
「はい」
そして、男が手をかざすと、ラインは地面に重力で押さえつけられるしまう。
完璧だった。隙を付いて、倒せない男を沈めたのだ。
「ふぅ、良かった。君一人だけでこんなにしんどいのに、四人同時だったら僕は終わってたね。勝ち目ないもん」
「お、ま、え……」
「ああ、どうしてカナタ君とミリアちゃんを狙ったかって? 簡単に言えば、ミリアちゃんは人質だよ。そして、僕がカナタ君を狙ってる理由は、君たちなら気づいてるんじゃないかな?」
重力で地面に押さえつけられ、傷口から血が流れる。痛々しい状態だが、ラインは気にも留めないように男を睨む。
――分かっている。分かっているとも。この男がどんな存在なのかは知らないが、彼はカナタをこの世界に連れてきた張本人。であれば、四つ子たちと同じく、カナタの内に秘める"何か"を知っていてもおかしくない。
ラインの反応を見て、男はニヤッと笑う。そして、口を開いた。衝撃的な事実を、空間に音として残して。
「――だって、夜凪叶向君。彼には、世界を滅ぼせる力が眠ってるんだから」




