第2章8話『久しぶり』
「そっか。じゃあ、王女様のお手並み拝見といかせてもらおうかな?」
レガリア王国の王女様である、ミリア・レガリアと相対し、男は興味深そうな笑みを浮かべる。
ミリアが言った彼女の『権能』――《武神》。それがどう効力を持つのか、男は知らない。
この世界では、生まれた者に『権能』と呼ばれる特殊能力が必ず二つ与えられる。例外なく、『権能』を持たずに生まれる者は存在しない。
『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアや、『魔導師』グレイス・エヴァンスのような存在でも同様、生まれつき二つの『権能』を貰っている。
『権能』はもちろん自分だけのものという訳ではなく、他者と全く同じものを与えられるという場合もある。
しかし王国全土、世界全土を見れば、さらに大量の『権能』が存在するため、それを全て把握出来る人間はこの世にいない。
――ミリアと対峙しているこの男も同様、『権能』を把握出来ていない。
この場で唯一、それを把握できているのは保有者であるミリアのみ。
「こりゃまた、厄介そうな相手だなあ。でもまぁ、まずは僕から行こうか。――」
ミリアには聞こえないくらい小さな声で何かを呟くと、男の右手には真っ黒の剣が現れた。どうやら、同じく剣を構えるミリアと剣を交えるつもりのようだ。
持ち前のスピードを活かし、黒い剣を地面に擦り付けながら複雑な移動を行い、踏み込んだ飛びから刃を振るう。
「動きは、速いようじゃな? じゃが、そんなものじゃ妾には及ばんぞ?」
「――っと」
ミリアの蹴りを受け止めるはずだったが、左手で防いだと同時に男は三十メートルほど飛ばされてしまった。
(……魔力強化でここまで強くなるはずない。となると、《武神》は身体強化系の『権能』か?)
普通の魔力強化だけで、男をこれほど飛ばすことは出来ないと男は自負している。そのため、男はそれが身体強化系ではないかと推測した。
「ま、どちらにせよもう少し戦う必要がありそうかな」
――再び、戦いの火蓋が切られる。
「ほう? またスピードを上げたな?」
さらに速くなった男の剣と交え、火花が空中を泳ぐ。ミリアも負けじと剣を振り、隙を探すが、目の前の男は易々と隙を晒すような者ではないと理解する。
「王女様も強いけどさ、僕には到底及ばないよね」
「なっ――ッ!」
蹴り飛ばされた訳ではなく、何故か後ろに向かって吹き飛ばされたミリア。剣を地面に差し込み止まるとこで、それ以上後ろに飛ばされることはなかった。
――しかし、この一瞬を男は見逃していなかった。
「ま、傷ついても後で治すから安心していいよ」
黒い剣を縦に振ると、空間を裂くような勢いで斬撃が飛ばされた。それは真っ直ぐミリアに向かい、地面に剣を刺したまま動けないミリアに防ぐ手はない。
――はずだった。
「――そも、愚物は王女である妾を襲うことがどれほど無礼か知らぬようじゃな。身の程を弁えよ」
ミリアがそう呟いた途端、彼女に向かっていた刃は動きを変え、放ったはずである男に向かって帰っていったのだ。
「――ッ! ……はぁ、あっぶな。びっくりしたよ。今のはもう一つの『権能』? 反射とか出来るのかな?」
「愚物に教える義理はないが、『権能』ではないぞ。じゃが、これが何かと教えるつもりもない。失せろ!」
男は、それがミリアのもう一つの『権能』ではないかと疑ったようだが、ミリア直々に違うと切り捨てられた。
それなら一体? と考える暇もなく、ミリアは接近し、剣を振った。
だが――
「捕まえた」
「なっ? バ、カな……」
男がミリアの剣に触れた途端、剣は一瞬にして劣化し、そのまま錆が落ちるように崩れ落ちて消えてしまったのだ。
そして、魔の手はミリアに向かう。が――、
「ま、てよお前! はぁ、捕まえた……! ミリアさんには触らせねえぞ……!」
これまでの戦いに踏み込めなかったカナタが、後ろから男を羽交い締めにしてその手がミリアに当たるのを防いだ。
「へぇ、王女様を守るんだ?」
「う、るせえ! シャドウ・エクリプス!」
そのまま闇魔法を詠唱し、カナタの身体から放出された魔力は闇となって世界に顕現され、男を飲み込んだ。
「い、まだ!」
男を投げ飛ばし、再びミリアの手を取って走り出す。今回は睨む余裕なんてないのか、ミリアも逃げるのに必死なようだ。
「この辺の土地勘分かんねえ! どうすればいい!?」
「そのまま左じゃ!」
そして、王女様の言う通りの道に進もうと――
「――させないよ」
「うおっ!?」
だがしかし、二人は突然地面に倒されてしまう。身体を起こせない。重力だ。この男が、重力を操って二人を地面に押し付けているのだ。
「まあ楽しかったよ王女様。腐敗の呪い――いや、《腐蝕の呪い》は人だけじゃなく、武器も腐らせて壊すことができるんだ。強いでしょ?」
「――じゃから、妾の剣が壊れたと……?」
「そういうこと。あと、おかげで《武神》の『権能』も分かったかな」
――そう。この男は、今の戦いで《武神》の能力をだいたい見切った。
「アレは、君が武器を持っている時に君にバフがかかるんだろ? それと、武器を使った戦いなら強くなる、みたいなのもありそう。だって、僕は剣だけで君を倒せる気はしなかったしね」
男の言う通りだ。《武神》は武器を持っている間の全能力のバフ、そして、武器を使った戦いなら負けなくなるという能力なのだ。
カナタには全く分からなかった。今の戦いだけでそこまで理解した男の頭はかなり柔らかいのだろう。
「それじゃあ、二人とも連れていくね。大丈夫、酷いことはしないからさ。僕のためになってよ」
そう言いながら、男は誘拐しようとその手を二人に伸ばす。――しかしその瞬間、男の耳に声が入った。
「――《斥力の王》」
男は吹き飛ばされて、理解した。聞こえた声が、かつて何度も聞いた事のあるものであったと。




