第1話『異世界転移』
「――疲れた。少し買い物にでも行くか」
明るい部屋で机と向き合っている少年――夜凪叶向はそう呟いた。ただ普通の高校二年生であり、いつも通り、朝から勉強をしている。
目にかかるくらいの黒髪をかきあげ、立ち上がると、財布をズボンのポケットに入れ、自室から出た。
両親の仕事の都合で一緒に過ごすことが出来ず、マンションの一室を借りていて、一人で住んでいる。
両親に会えないことの寂しさも感じるが、もう慣れた。というか、もう少し一人にしてくれてもいいと思っている。
小・中学校時代から、あまり一緒に過ごせず、叶向を心配している両親から、一週間に四回はビデオ通話がかかってくるのだ。
さすがにもう十七歳だし、そんなに心配しなくても……とは思うが、両親の厚意を無下には出来ず、律儀に対応している。
「何か適当にお菓子買って……。あれ、電話だ。――もしもし?」
「もしもーし。お前今日暇か? 映画とか行かね?」
「映画? まあ良いか。ちょうど今外出てるし。家まで向かうから準備してろ」
「はいはーい」
電話をかけてきたのは、高校で出来た親友だ。もちろん、男。結構映画が好きな人で、アニメやドラマの映画をたくさん誘ってくる。
連絡を受けた叶向は、親友の家に向かって歩き始めた。スマホでニュースを確認しながら道を進んでいると、目の前から綺麗な男が歩いてきたのが見えた。
(なんだあれ……? 地毛……ではないよな? 何かのコスプレか?)
あまりに現実離れした姿を見て、そう感じた。だが、あまりジロジロ見ても悪いので、そのまま通り過ぎた。
すると――
「はじめまして。――いや、久しぶり、ですよね?」
「――え?」
通り過ぎた瞬間、そう問われ、叶向は振り向いてしまう。久しぶり、と言われたが、会ったことがあるか? ――いや、無い。記憶力はかなりいいほうだが、こんな男、十七年の人生で一度も見たことがない。
「あの、誰かと勘違いをしているんじゃ……?」
「いえいえ、そんなまさか。あなたにはやってもらいたいことがあるんです」
「やってもらいたいこと?」
何か危ない仕事を与えられるのではないか。そう不安に感じた叶向は男を振り切るように走り出した。
「あれ、逃げちゃう? まあ良いか」
「――ッ!? な、んだこれ……!?」
真っ黒な穴が目の前に開いた。もう、引き返せない。
――そして、世界は切り替わった。
◆◇◆◇
「――ん……どこだ、ここ……?」
次に、夜凪叶向――ヨナギ・カナタが目を覚ましたのは森の中だ。見たこともないくらい巨大な木々に囲まれ、自然が豊富だと感じる。
だが、もう一つ違和感がある。それは、空気が違うのだ。何か違和感がある。いつもとは違うような、何かが――
「あれ、何か変な服着てるな。見たことねえや」
「――え?」
ゆっくりと身体を起こし、目を前に向ける。するとそこには、一人の男がいた。その姿はなんというか……盗賊みたいだ。剣を持っていて、いかにもヤバそうな雰囲気を醸し出している。
「お金持ってるだろ? ありったけよこせ」
「いや、持ってな……」
「いいから出せよ」
剣を首に向けられ、一気に血の気が引く。動けない。少しでも動けば命を刈られると分かる。冷や汗が流れ、心臓がバクバクしているのを感じる。
鋼が首に当たり、ちょっとした冷たさが首に入る。
その瞬間、
「――おい」
「ッ!?」
後ろから血液のようなものが飛び、剣を切断し、男を遠くに飛ばした。
「――えっと、大丈夫か?」
「あ、はい……。ど、どうも」
そう呟き、自分を助けてくれた少年を見つめる。赤い髪と緋色の瞳を持ち、学校の制服のようなものを着ている。差し伸べられた手を受け入れ、ゆっくり立ち上がる。すると、少年の後ろから声が聞こえた。
「お、おい! お前動くなよ!? こいつがどうなってもいいのか!?」
「――え?」
少年が振り向くと同時に、カナタも同じ方向を見る。そこには、少年と瓜二つで、一目見ただけで目が離せなくなるような美少女が、首にナイフを向けられて立ち止まっていた。
「チッ、お前な……」
「動くなよ? 俺はいつでもこの嬢ちゃんの首を切れる。そのまま大人しく止まってろ。良いな?」
二人目の盗賊がそう言って、少女にナイフを首に当てたままゆっくり近づいてくる。おそらく、少年が吹き飛ばした盗賊を助けるつもりなのだろう。
こんな状況で動く訳にも行かない。少年の手を握りしめながら立ち止まっていると、少年が声を上げた。
「あー、そいつを人質に取るのはやめた方が……」
「あ? 黙ってろ。似てるしお前の姉か妹だろ? 切っていいのか? そんなこと――」
「――ねえ」
瞬間、無口だった少女が口を開く。男が「なんだ?」と言いそうな顔をしていると、少女の拳が顎にクリーンヒットした。
「ガハッ!? て、てめぇ――」
「邪魔。離れて」
いつの間にか後ろに回り込んだ少女によって、強烈な蹴りを放たれ、十メートルほど飛んで木を倒しながら地面に激突した。
「だから人質にしない方がいいって言ったのにな。大丈夫か?」
「何ともないよ。――そっちは平気?」
「あ、はい。大丈夫、です」
そう言って、二人の姿と周りを改めて見渡す。どう考えても現実離れした世界だ。いつもの世界とは思えない。頬を引っ張るがただ痛いだけだ。
こんな状況になって、カナタの頭には一つの考えが生まれてきた。
――これが、俗に言う異世界転移ってやつか?




