第23話『失敗と成功』
(く、そ……。こんな所で、死にたくない……)
腐蝕の攻撃がカナタを襲い、さらには持ち前の頭痛まで重なる最悪のタイミング。意識が落ちる直前、脳内に声が聞こえてきた。
「こんなものか? ――仕方がない」
何が仕方ないというのか。声ははっきり聞こえたが、男やアレスが発したものではない。カナタだけにしか聞こえないものだった。
もう身体は動かせない。絶望に打ちひしがれているカナタは、体内で何か違和感を感じた。
――次の瞬間、身体を蝕んでいた腐蝕は消滅し、溶けた身体も再生したのだった。
◆◇◆◇
「ハ、ハハッ! 良かった! このタイミングでそう来るか! 最高だね!」
あの絶望的な状況から九死に一生を得たカナタ。彼を蝕んでいた腐敗の攻撃は全て消しさられ、溶けた身体も治癒魔法で再生されている。
(な、何あいつ……急にテンション上がって気持ち悪いんだけど)
そんなカナタを見て、今までで一番テンションが上がり、髪をかきあげながら喜んでいる男に、セツナは辛辣な印象を抱く。
確かに彼女の言う通り、急にテンションが上がっていて気持ち悪いのだが……。
今はそこじゃない。カナタがどうやって腐敗から脱却したのか。
それは――
(これが、《破壊》の『権能』の力? 身体の中から、腐敗の攻撃が消えたのを感じた……)
気絶する直前、カナタは引き出せる力全てを引き絞った。それでも紙を握りつぶすくらいの力しか出せないほど弱っていたのだが、瀕死の状態で発動した『権能』が、彼を助けたようだ。
カナタの意思で発動した訳では無い。以前、『剣聖』と戦った時と同じように勝手に発動したのだ。
「素晴らしい! やはり君にはその力があったんですね! どうです? このまま僕と一緒に? ――って言っても、ダメですよね?」
「何するつもりか知らないけど、一緒に行くわけないだろ。俺をあんなに痛めつけて……」
「結構軽くやったんですけどね? あんなの軽いものですよ。――っと、話してる場合じゃないや」
怒りを露わにするカナタにそう返し、足を軽く回す。
そして、その目は牙のようにカナタを見つめ、
「――ッ!!」
「いい反応速度! 面白い!」
目の前にいる邪魔だった兄妹を飛び越え、真っ先にカナタに向かって飛んだ男。指先はカナタを捉え、再び腐敗の攻撃を当てるつもりだろう。
しかし、カナタはそれに反応し右腕を構えると、紫色のエネルギーが放たれた。
それは、紛うことなき破壊のエネルギーだった。男を消し飛ばすような一撃であったが……
「おっと、危ないなぁ」
「はっ……?」
何かに吸い込まれたの如く、一気に身体の力が抜け、地面に倒れてしまう。痛みがある訳でもなんでもない。ただ、全身に力が入らないのだ。手を握ることすら出来ない。
「ま、こんなものかな。今の君が、その力を扱えるわけないでしょ?」
「どういうこ、と……?」
「あ、カナタ!」
横たわったままのカナタをなんとか支えるアレスと、空に浮かぶ男を睨むセツナ。それでも男は楽しそうに笑い、
「じゃあねーヨナギ・カナタ君。それと、――」
「「――ッ!?」」
そして、男はまるでこの場にいなかったかのように消えてしまった。アレスとセツナに、何か衝撃を起こして。
「……今回は、仕方ないね」
「うん。次会ったら殺す。私のフリしてたし」
アレスとセツナが向き合い、そう呟き、倒れたカナタに寄り添う。
「カナタ、動ける?」
「う、ごけない……。力が、入らなくて……」
「……そっか。アレス、担いで」
「はいはい。――っと。休んでていいよ。運ぶから」
人の気配が無くなった道を、兄妹は進んで行った。
◆◇◆◇
――何も見えない。ただ暗い空間に、一つの足音が響く。
「フレイムスパーク」
炎魔法が詠唱され、それが空間に少しの明かりを灯した。ゆっくり歩きながら、男は足音にかき消される程の小さな声で何かを呟く。
すると、
「――ふぅ、やっぱり、僕の顔が一番だね」
彼の顔は、本来の彼自身の顔に戻ったのだ。髪をかきあげ、首にぶら下げていたネックレスを手に取る。
「――っと」
ネックレスに取り付けられていた真っ白の指輪を見つめ、男はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「まさか、今日手に入るとは思わなかったなぁ。随分な博打だったけど、運が良かった」
指輪をぎゅっと握りしめる男の表情は、ニヤニヤが止まらない。空間を轟かせるような大声で、笑い声をあげるのだった。
◆◇◆◇
「はぁ、酷い目にあった――ッ! あ、ごめん! 大丈夫?」
「いや、大丈夫。今帰って来たんだね」
レンゲとともに屋敷に帰り、玄関の扉を開いたライン。するとそこには、地面に尻もちをついて倒れている女性がいた。
開けようとした扉が外側から開けられ、驚きで後ろに倒れてしまったのだろう。
心配するラインとレンゲをよそに、白銀の髪をなびかせながらゆっくり立ち上がる。
「……どうしたの? アレス君とあの少年は?」
「実はな……」
女性の質問に、ラインは端的に答えた。腐蝕させる技を持つ男に襲われたことと、彼らの知り合いである「アクア」という人に傷を癒して貰ったことを。
「触れただけで全身を腐敗させる技? 聞いたことも見たこともないね……」
「アクアさんと同じこと言ってるよ!」
アクアと全く同じ反応をする女性に、レンゲは笑いながらそう伝える。
「アステナも分からないのか? アクアさんが、アステナに聞けば良いみたいなこと言ってたんだけど……」
「はぁ、全く。アクアは私を何だと思ってるんだろうね」
「振り出しかー」
「アステナ」と呼ばれた目の前の女性。敵の技を彼女なら知っているかも……。と、アクアは思っていたが、残念ながらそれはなかったようだ。
振り出しに戻され、ため息をつくライン。
玄関の扉を閉め、廊下を歩いていく二人をアステナは呼び止めた。
「確かに、私はそんな能力を知らないよ。でも、何も出来ないとは言ってないよね?」
「え!? 何か出来るのか!?」
打つ手なしと思っていたが、アステナがそんなことを言い出すため、ラインは彼女に近づく。すると、アステナは頬を少し真っ赤に染めた。
「出来るよ。ただ、そのためには……」
(――私はあの少年に、姿を見せないといけなくなってしまうね……)
――と、知恵の権化は葛藤しながらラインを見つめた。




