第20話『謎の存在』
「――ああ、やっぱりバレちゃったか。君の妹の真似をするなんて、無理に決まってたか」
そう呟くと同時に、ラインが吹き飛ばした両腕は完全に治癒された。
「――っ!」
「っと、危ない危ない。君と戦うのは洒落にならないからさ」
セツナの顔と声でそう呟く謎の存在。顔面に拳を近づけたラインだったが、ソレは瞬間移動するように別の場所に消えた。
「で、誰だよお前」
「さあ? 誰でしょう?」
「はぁ、まあいい。一回倒す」
そう言って、ラインは目で追えない速度で移動し、その存在に後ろから蹴りを浴びせ――
「な、っ!? これって……」
しかし、ラインは一気に地面に倒れ込んだ。何かされたか? 分からない。強力な力で地面に押し付けられている感じだ。例えばそう、強い重力のような。
「その状態じゃ、僕とも戦えないでしょ? それに、今日は陽が強い。思い通りに力を出せないだろ?」
「ハハッ、確かに、そうかもな。――場所を変えるぞ」
「……は?」
ラインが掌を地面に付ける。その瞬間、空間は一転した。
「ここは……」
移動したのは、草ばかり生い茂っていて、他には何もない場所だった。森から一変した様子に、セツナのフリをした存在が動揺を隠せずにいると、ラインの蹴りが腹に入った。
「うぐっ……。妹の顔なのに、よく平気で蹴れるね……」
「そりゃ本物のセツナだったら蹴らねえけど、あいつ以外のやつがセツナの顔して襲ってきたら蹴るだろ。まずはお前の顔を見せてもらおうか」
そう言った途端に、ラインの両腕には血液の刃が現れた。
「ま、いいや。来てよ」
挑発するようにそう呟き、手を構える。その瞬間、ラインは襲いかかった。
「――――」
セツナのフリをした存在は聞こえないくらいの大きさで何かつぶやく。すると、真っ黒の剣がその手に現れたのだ。
「――ッ!!」
ラインの刃とぶつかり合い、火花を散らしながらの激しい戦闘。だが、互いに余裕のある表情で、相手を値踏みするように睨みつけている。
「やっぱり前より強くなってるなー。やりにくい」
「前より? どういう意味……!?」
「前より」という言葉に引っかかるラインに隙が出来た一瞬の間に、ラインは遠くに吹き飛ばされた。
(チッ! 距離取られたな。めんどくせ……)
「ルミナスアロー!」
光魔法を詠唱し、大量に生まれた光の矢がラインによって飛ばされる。しかし、それらは簡単に地面に落とされてしまった。
「……仕方ない」
ラインがそう呟いた。それと同時に、彼の赤髪に真っ白のメッシュが入る。それは、謎の力を使った合図だった。
「その程度で、僕に勝てるとでも?」
「うっせえな。――ほら」
「なっ――!?」
それでもなお、余裕を持った顔をしていた謎の存在。しかし突然、ラインのもとまで引っ張られていったのだ。
そして、ラインの拳には血液が集結する。
「はぁっ!」
「――チッ!」
その一撃は腹を貫通させ、謎の存在は遠くに吹き飛ばされてしまう。血がダラダラと腹と口から流れ落ちる中で、不気味な笑みを浮かべる。
「ハハッ、流石だね。ちょっと舐めてたな」
「褒めても何も出ねえぞ。その顔を元に戻せ。セツナの顔でそんな表情するんじゃない」
「ああ、それは別に良いよ。――はい、顔は変えた」
目の前の相手が妹じゃないことは分かっている。だが、セツナの顔で口から血を流し、辛そうな表情をされるのは気分が悪い。
ラインの頼みを聞き、素直に顔を変えた。しかし、それはラインの知らない男だった。なら、なぜ前のラインのことを知っているのか。唾を飲み込み、そう言いたげなラインを見て、男は言った。
「この顔も僕の本当の顔じゃないよ。君には見せたくなくてね。ま、妹の顔から変えてあげたから構わないだろ?」
「……。で? お前の目的はなんだ? 急に俺を襲ったりして」
「それは言えないなぁ」
「そうか。なら一度拘束して……。――ん?」
指先から糸のように血液を出し、男を拘束しようと近づくライン。だが、違和感を感じた。貫いたはずの腹が完全に完治している。先程の吹き飛ばした両腕といい、腹といい、再生速度が尋常じゃない。
この速度で治すには、『魔導師』であるグレイス並の魔法技術がいるはずだ。
それにも関わらず、この男は魔力が減っていない。ということは、魔法以外の"何か"で治癒したということになる。
「――ねえ」
「ん? なんだよ」
突然そう言われ、ラインは立ち止まる。何か言おうと思ったのか? そう疑問に思い、動かなくなったその瞬間を――
男は見逃さなかった。
「――ッ!?」
「アハ、ハハッ、君、本当に甘いね。良い人すぎ」
速かった。これまで以上に。止まったラインの右腕に触れ、すぐ後ろに下がる。
だが、何がしたかったのか。触れられたくらいじゃ痛みすら感じない。
そう思った瞬間だった。
「は、っ……?」
(な、んだこれ……? 毒か……? いや、俺に毒は効かない……。 じゃあ、これは……?)
膝から一気に崩れ落ち、地面に横たわる。全身の力が抜け、溶けるような気分だ。
――いや、実際溶けている。触れられた右腕が段々と腐敗していき、それが全身にも広がって来ているのだ。
「お、前……ッ……!」
「そう睨まないでよ。――でも良かった。君にこれが通用するなんて。セーフって感じかな」
倒れたまま動けないラインを嬉しそうな笑みで見下げ、後ろを振り向く。
「じゃあね、ライン・ファルレフィア君」
「ま、てよ……」
ラインの制止も聞かず、男は瞬間移動するように消えていってしまった。
(ま、ずい……。このままじゃ……)
「――ッ!!」
もうほとんど力の入らない左腕を空に向け、歯を食いしばる。
刹那、ラインの掌からこの世を塗り替えるような真っ白く神々しい一筋の光が発生し、彼の身体を包み込んだ。
「はぁっ……はぁっ……」
すると、彼の身体を蝕んでいた力は浄化され、消滅した。
それでも――
「うっ……」
――ラインは気絶してしまった。どこか分からない、大草原の中で。




