第3章42話『良かった』
「あぁ……めっちゃ身体だるいな……」
朝、教室の机に突っ伏しながら、カナタはそうため息をつく。休日も終わり、今日からまた学校だ。
昨日は別人格であるビフロンが暴れやがったし、もう大変だった。しかも、夜はまた夜更かしして本を読んでいたため、眠すぎる。
「凄い疲れてそうな顔してますね。大丈夫ですか?」
隣の席のロエンが、手に顎を乗せながら心配そうに聞いてきた。それにカナタは「全然」と、左手を挙げて返事した。
「あそういえば、お前らってあいつに地面に落とされてからどうなったんだ?」
そういえば、だ。カナタが最後にロエンたちに会ったのは、一昨日のこと。【大罪冠】を率いる男に連れ去られたアジトで、助けてもらったときだ。
そのとき、ロエン、サフィナ、ミレーナは砕けた地面に飲まれてどこかへと消えていった。
だから心配していたのだが、今日こうして目の前にいて安心する。
だが――、
「お前を【大罪冠】の誰かが真似してる……って訳はねえよな?」
サフィナと同じ姿をした『嫉妬』リオネといい、ロエンと同じ姿の【大罪冠】もいるかもしれない。そうなれば、目の前の彼を信用する手段はないのだが――。
「――フッ、いや、大丈夫だな」
いや、あるではないか。信用するための確認方法が。カナタは相手のふとした行動や、癖を覚えている。さすがに同じ顔のやつだとしても、そこまで再現できるわけが無い。
まだ関係値が少ない仲ではあるが、ロエンはロエンだと判断した。
「それにしても、なんでそんなに疲れた顔をしてるんです? また夜更かしでもしました?」
「まあそれもあってるんだけどさ。俺の中に俺の別人格があってさ」
「……はい?」
「いや、決してふざけてる訳じゃなくてさ。そいつが暴れに暴れまくって、神様に怒られちゃって」
別人格という言葉を聞き、「何言ってるんです?」という目で見てくるロエンにカナタは両手を振りながら必死に説明をする。
すると、ロエンは、
「ああ、『時間の神』様とかですかね」
「あれ、知ってたのか?」
現世ではなく、あんな現実離れした空間に暮らしていた神様に、ロエンはどういう縁があったのだろうか。
「以前会う機会がありまして。特にしっかりした会話はしていないんですけどね」
「へぇーそんなことがあったのかー」
「――あれ、お前ら何の話してるんだ?」
突然、そう声をかけられる。聞いたこともある――ような、ないような。そんな声だった。
振り向くと、紫髪の男が立ってカナタを見ていた。その顔も見た事あるが……この教室の人間ではないはず。
なら、隣のクラスとかだろうか。
「あーえっと、ちょっと『時間の神』の話を――ッ!?」
誰だお前、とも思ったが、無視するのは悪いと思い、神様の話をしていたことを伝えようとした。
――瞬間だ。
心臓が締め付けられるような痛みが、カナタの身を襲った。
「――ッ!? こ、れ……?」
この痛みは、昨日、『生と死の神』アリシアスによって引き起こされた痛みと同じだった。
――となると、
「俺のことを見てる、のか……?」
そうでもないと、こんな痛みがくるはずはない。だが、どうして急にそんなことを……?
なにか、してはいけないことをしたのか?
――思考を巡らせる中、カナタは一つの考えに辿り着く。
「神様の話って、ダメなのか……?」
何の話か尋ねてきた生徒に、カナタは『時間の神』についての話をしようとした。その瞬間に痛みが発生したため、それが原因ではと推測したのだ。
「ん? なんだよ?」
「いや、心臓が……」
話すの遅いなといった目で見てくる生徒に、カナタは胸を抑えながらそう応じる。すると、その様子を見ていたロエンが立ち上がり、
「まあまあいいじゃないですか。何の話をしていても。もうすぐホームルームが始まりますし、自分の教室に戻ったらどうです?」
「……。はぁ、それもそうだな。じゃ、またなロエン」
「ええ」
そう言って、生徒はロエンにだけ手を振って教室から出ていった。
「なんなんだあいつ……」
「私の……まあ、友達みたいなものです。はい」
「そこは断言してあげないと可哀想じゃ……」
誰だか分からない生徒はロエンの友達……のようなものらしい。せめてそこは友達と断言してあげて? と思いつつも、カナタは再度胸を抑える。
「痛みが、なくなってる……」
胸の痛みは、もう消えた。やっぱり、神様の話をするのはいけないのだろうか。
「そんなことってあるか……?」
「ありますよ」
カナタのちょっとしたつぶやきに、ロエンは返してきた。「へ?」と情けない声で振り向くカナタに対し、
「この世界で、人々が知るのは『創世神』だけです。あなたが会った『時間の神』や『生と死の神』なんて存在、誰も知らないですからね。あなたが喋らないように、痛みを与えたんでしょう」
「あれ、そうなの? てっきり、誰でも知ってるものだと思ってたんだけど。――いや、じゃあなんでお前は知ってるし会ったことあるんだ?」
今のロエンの言い分なら、彼もまた『時間の神』などという存在は知らないはず。それなのに、どうしてこうも平気でいるのか。
「あの男に聞いてますよね? 私が【十執政】『第七位』だったということは。そのときに、私はあの方――つまりは、『破壊神』から様々な神様のことは聞かされていたので知ってるんです」
「だから知ってるってことかー。なるほどな」
ロエンの経歴には驚かされる。『破壊神』直属の部下だった彼が、なぜラインたちと仲良くしているのか、どうしてこんなふうに普通の生活を送っているのかわからない。
でも――、
「――まあ、今が幸せそうならそれがいい。それでいいんだよ」
「――? なんで急に親みたいなこと言ってるんですか?」
「え? あーいや、なんか自然とそう思っただけで……」
突然、息子のことを想う親みたいなことを言い出したカナタに、ロエンは細めた目を向ける。
カナタもまた、なぜそう思ったのか不思議そうに手に顎を乗せた。
――まあ、
◆◇◆◇
――幸せそうで、良かったな。




