12、なんか凄いことが起きた
フルトさんの声に一気に意識が覚醒した。僕は慌てながらも聞き返す。「どうしたんですか?」
「いや、前は風のDだったんだよな、って聞いたんだが…?!?!」
「???」
今度はフルトさんがすっとんきょうな声を上げる。どうしたんだろう。…あれ?なんか凄い体が軽くなっているような…。筋肉痛がない?!?!
「それが…信じがたいんだが、癒しのE+なんだ」
「ワッツ?!」
属性かわっちょる?!通常だったら、絶対ありえないことじゃん。…だけど。異常なほどの筋肉痛に、さっきの急激な痛みの軽減を経験している身としては、信じざるを得ない。
「…まあ、さっきのあれは属性が変わる位しか説明がつかないよなぁ。だけど、癒しの属性って希少なんでしょう?間違ってたりとか…」
「それはない。この水晶は嘘をつかない。一昔前は、癒しの属性を持つ人はかなり希少だったらしいが、今は百人に一人の確率らしいからな。……ところで、カシ」
「?」
「さっきのあれ、ってなんだ??」
おうふ。フルトさんからの圧が半端ないっす。…その強面で黒い笑み浮かべられると怖すぎるってば。
まあこのまま黙っていても僕が泡吹いて気絶しかけるだけなので、さっきの謎現象を出来るだけ詳しく伝える。フルトさんはいつ手にしたのか何やらカルテのようなものに時たまに書き込み、ふむふむと頷く。
「…うーむ……。カシ、これは厄介なことになったかもしれん」
おもむろにフルトさんが口を開く。
「えっ、どういうことですか…?」
フルトさんは何やら勿体振り、なかなか話そうとしない。
「…カシ。今まで特殊な魔力が濃くあるところ…まあ要するに、今の空気よりも周りの空気が重く、かつ怪我とかが治りやすいところにいたことはあるか?」
「?…ないですね」
「…じゃあ、変なものに触って、気持ち悪くなったことは?」
「ないです」
「……他には…」
「ないです」
フルトさんが僕に色んな質問をしてくる。だけど、フルトさんには申し訳ないが、どう思い出しても、そんな変なことは起きた記憶がなかった。
フルトさんがゆっくりと口を開く。
「…あの…フルトさん?」
「……あれ?カシ?」
あ、フルトさんが生き返った。
「ごほん、えー…すまんな。ちょいと取り乱しちまって。あ、カシはさっきから俺のことフルトさんって呼んでるが、これ、略称だぞ?」
「ゑ?」
「フェルゴルテ・トワイス・イェンダールチッゴ。これが俺の本名だ。一応こういうちゃんとした名前があることも覚えてほしい」
「……」
いや、なっっが?!噛むでしょ。絶対噛むでしょ。僕、絶対フルトさん、本名で呼ばん。うん、決めた。
「…まあそんなことは置いといて、カシの属性のことだが」
ごくりと喉がなる。
「普通に、ありえない」
……え?
「全くもって意味がわからない。普通に考えて、生まれてから大きな魔力的影響なしで属性が変わることは絶対にありえない」
どゆこと。
「ただ、これは普通に考えて、ということだ」
…つまり、僕は普通の枠に入らないと?…黒い病気にかかっていたころは嬉しかっただろうけど、ちょっと今は、迷惑にしか思えんなぁ…。
「特殊なことだが、両親の魔力が両者ともA以上強かった場合、その子どもの属性が一時的に、よりメジャーな方に仮置きされることがある。また、その場合、強い魔力的影響か、身体的影響でもう片方の属性に変わることがある」
ん~~なるほどぉ?
「その場合は、今回みたいに凄い筋肉痛のなかでプレッシャーを受けるという地獄でも属性が変わるということですよね?」
「ああ、そうだ」
……つまり、その場合だけ、僕のこのへんてこりんな状況が、説明できると。
「…えっ待って僕のお母さん植物でお父さん風だったんだけど?」
「多分どっちか嘘ついてんな」
「ホワット?!」
え、…ええ~?
「ぼ、僕のお母さんやお父さんは嘘なんて…」
「さて、どうかな?リズドからカシが一般教育を受けているが社会に出ていないことは知らされている。大人の世界は、分かんないぞ?」
「………」
ぐうの音も出ません。でも、やっぱり自分の親が重要なことを嘘をついているなんて信じたくないな。
「……じゃあ、どっちなんでしょうね」
「言っただろ、よりメジャーな方に仮置きされるって。カシも、本当の属性を知っておかないと、色々不便だろう」
「え…、」
やめて。聞きたくない。どっちかなんて知ったら、僕は…。
「癒しになる前の属性は風で、お父さんが風なら…」
「お母さんは、植物って嘘ついてた訳か。癒しだったから、変に目立たないようにしていたんだろう」
心臓が大きく跳ねた気がした。僕の、お母さんが属性を嘘をついていた。僕の、あの優しいお母さんが。嘘、嘘だ。その後にフルトさんがなんか言っていた気がするが、衝撃が強くてよく聞き取れなかった。
「そんなはずない!」
ごう、と音が響いた。風が吹き荒れている。なんだっけ。こんなこと、前にもあった気が…。
そこで、僕の意識は途絶えた。
※ ※
本人も母親が好きだったらしいし、あまり認めたくないことかもしれない。だが、死別していたとしていても親の属性は重要だし、カシもこの様子だと、親の属性をよく知らずに生きていくことになるだろう。俺はカシの気持ちを知らない。だから、いつものように、なんてことないように、ただ、少し申し訳なさそうに口を開いた。カシは目に見えるほど困惑していた。…申し訳ないな。
カシは大声で否定した。そのことは想定済みだった。
「そんなはずない!」
その瞬間、カシの口から音と空気がゆっくりと流れてくるのが分かった。それしか言いようがなかった。
次の瞬間、医務室に強風が吹き荒れ、カシがゆっくりと脱力したように倒れた。パラパラと巻き上げられたカルテが落ちてゆく。
「お、おい、カシ!」
その顔は真っ青で、その体から魔力を感じることは出来なかった。
※ ※
「ぅ……うん?」
あれ、なんだっけ。僕、どこにいたんだっけ。ゆっくりと重たい瞼を開く。
「お、起きたか」
「…えっと……フルトさん…?」
フルトさんがここにいるということは…?あっ、僕、フルトさんと僕の属性について話していたんだった!それで…。
「そういえば、カシはどこまで覚えているか?」
「え?えっと、確か、…なんか凄い竜巻みたいのが起きたところまで覚えています」
ほんとに、あの時はなにが起こったんだろう。変な人が侵入しちゃったのかな…?いや、怖っ。
フルトさんは軽く考えるようにうつむくと、顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「…カシ、さっきはすまない。俺が無神経だった。一応因果関係は伝えておきたかったんだ。今回はちょっと特別なことが起きちゃったみたいだ。カシは知らなくていいことだから、これからは引き続きゴルドに特訓してもらえ。あと、この薬を飲んでいれば、今回みたいなことはもう無いだろう」
そう言われ、小さな包みを渡すフルトさんにぺこりと会釈をし、大丈夫ですと返す。そこには、丸っこい可愛い文字で処方薬と書かれていた。裏面も同様、可愛らしい文字で薬の飲み方がきっちりと書かれていた。誰が書いたんだろう、と視線を落とすと、フェルゴルテ・トワイス・イェンダールチッゴと署名されていた。
「………はっ、あっ、そういえば、僕ってどのくらい眠ってたんですか?」「ああ、大体三時間位だな」
「しゃん…」
なんて数字だ。医務室に射し込む光も、薄いオレンジ色に染まり始めていた。
「まあ、そういうことだから、今日の特訓はもう終わりということだな」
…ふぇ?
「ん?どうした、今しがた死んだ奴がゾンビになって蘇ったみたいな顔して」
「もう今日は特訓しなくていいんですか?!?!」
僕はふらつきながらもフルトさんの胸ぐらをひっつかむ。
「あ、ああ」
「しゃああああああ!」
「…あの、まあ気持ちは分からんでもないが…」
フルトさんはなんか言ってるが、僕は今、物凄い幸せだ!なんだって今日はとは付いているが、もう特訓しなくていいのだ。
その時、どこからともなくカーテンの開く音が聞こえた。なぜか僕の体が強張る。
「テメさっきからうるせぇんだよ!ごうごうと変な音を立てたかと思ったら、今度は叫び声か?!このカーテンほんとに防音かよ?病人のことも少しは考えろ!」
「すんませんでしたッ」
僕は苦情を口にした男性に向かって、綺麗に九十度のお辞儀をした。




