45話 Daily Lives of High School/高校の日常
日常回。
春休みも終わり、新しい学年が始まった。これまでのように、食事以外は部屋に篭ってLoLをするというわけにはいかなくなった。ぼくもそうだし、尊人もそうだ。あいつの場合は、前日になって春休みの宿題を忘れていたことに気づいて、必死になってやっていたらしい。だいぶ前に忠告したというのに、あいつは一体何をやっているというのだ。
朝食を食べて、学校へ。歩いていける距離に学校があるというのは嬉しいことだ。10分ほど歩いて高校へ到着。教室に入ると、まだまばらにしかクラスメイトがいない。うーん、早くつきすぎたかな。
「よう、義孝、元気だったか?」と友人の青木憲彦がいう。彼は硬式テニス部のエースだ。テニスプレーヤーらしい日焼けした肌と長い手足が特徴である。ぼくよりもちろん身長は高い。170後半はあるはずだ。
「おーっす。まぁまぁかな。LoLやってたから、スポーツ的な答えで言うなら不健康」
「だろうと思った。なにせ尊人に電話しても出ないことがあったからなぁ。留守電音声には『ただいまLoLにダイブしております。御用がある方は30秒以内でご用件をお話ください』だぜ? 舐めプにもほどがあるよな」
やめてさしあげて。彼にも悪気はないんだ、たぶん。
「結局連絡はとれたんだろ?」
「ああ。その日の夜に電話がかかってきて、それで決着」
そのあたりはマメな尊人だから心配はしていないんだが、それにしてもふざけた文面の留守番応対だな。舐めプと言われるのもわかる気がする。
まばらにいたクラスメイトも、チャイムがなる時間が近づくごとに増えていく。挨拶を交わしたり、近況を語り合ったり。《LoL》をやっているような子もいれば、別のゲームをしている子もいる。《LoL》は有名なゲームだけに、利用者の多さという点から見てみると、逆に手を出しにくいところもあるかもしれない。
尊人は遅刻ギリギリで滑り込んできた。目の下には隈。昨日の夜ギリギリまでダイブしていたのだろう。実にあいつらしい。そして、実にしょうがない男である。
すっかり季節は春めいてきて、桜が咲いている。暖かくなって、コートはよほどに寒い日でなければ必要ない。学校の近くの畑には新芽が出、たんぽぽが花をつけ、葉の花が店頭に並ぶ。いちごも並ぶ。すっかり冬は過ぎ去ったように見える。思い出したかのように寒くなる日もあるけれど、すごしやすくなってきた。
最初の始業式の日に授業なんてなければいいというのは、どこの学生でも同じだ。多少勉学を真面目にやってようが、それは代わることない事実だ。中堅学年になり、後輩ができるということで、学校の過ごし方について諸注意をされる。常識的に考えてやらないようなことまで注意されるのは不思議なものだ。まともな神経をしていれば、学食で軽食を万引きするようなことはしないだろう。「本当かな……」と独り言を洩らすと、横の席の赤星さんがぼくに耳打ちしてきた。
「藤原君、それがどっこいあるって!」
「軽食の万引き?」
「私も先輩から聞いたから詳しいことはわからないんだけど、3年か4年前に本当にあったらしいよ」
ええ……。
思わずぼくの口から困惑の言葉が飛び出した。いやだってさ、高いものじゃないんだ。100円から150円の間が軽食の値段なのに、そんなものを盗んでどうする。それで停学退学になるんだったら金を払って購入するのが普通だろう。……普通じゃなかったということか。
「赤星、藤原、しゃべらない」
「はーい」「すいません」
おっと。注意されてしまった。赤星さんは「ごめんネ!」とぺろり、と舌を出して前を向いた。ボブカットの髪が一連の動作で揺れる。赤星さんはクラスでも評判の美人だ。ぱっちりとした目に鼻筋が通った顔。顔に沿ってカットされたボブカットは彼女に活動的な魅力を添えている。他のクラスから人が見に来るくらいだから、確かなのだろう。気さくで、誰にでも話しかけ、明るいから男女問わず人気がある。
国語、数学、講堂に集まって2時間ぶっ続けでネット社会、ホログラム社会の危険性についての学習。ぶっちゃけ、先生たちよりぼく達のほうが詳しいのは間違いない。60歳の先生とぼく達では育ってきた電子環境が違うから、仕方ないだろうけど。出席番号で椅子に座り、退屈な話。もちろん大切なことだから、覚えておかなければならないことではある。けれど、ある意味当たり前のことなのだ。
さすがに始業式で昼をまたいで授業というのはなかった。皆が思い思いに昼食を取って、部活にいったり、帰宅したり。ぼくは所属しているボードゲーム部に顔を出すことにした。最近、《LoL》ばっかだったから、他のゲームをするのも悪くない。
活動場所は図書室の一角。ぶっちゃけ、テスト期間でもなければ、図書室を使うような殊勝な生徒はほとんどいない。真面目な人は幾人かいて、勉強をしているから、その邪魔にならないようにしないといけないけれど。
「こんちはー」
「やっ」「おいーっす」
どうやら同輩は来ていないようだ。男女の先輩2人が将棋をさしている。
少し癖のある長い髪を後ろで2つに結わえた髪型。秋に実る栗のような髪色。大行司華先輩だ。この年代の女性としてはかなり小柄だが、整った顔立ちで、人気がある。告白でもしようものならロリコン呼ばわりされるらしいが。もう1人は男子だ。少し長めの髪をワックスで固め、黒縁メガネをかけている、特に印象的なのはその理知的な瞳だ。この部唯一の理系である佐藤孝次郎先輩だ。「確率論」が口癖で、計算で物事を決める少し変わった癖がある。……うちの部で一番強いのはこの人だ。
しかし、覗く限り、今日は華先輩が勝っているようだ。
「次義孝やるか?」
「孝次郎先輩抜けてぼくですか? ……華先輩に勝てるビジョン浮かばないんですけど」
さくさくと華先輩が手を打って孝次郎先輩に勝利。孝次郎先輩が席を立つ。
「ほれ、頑張れ義孝」
ニヒヒ。という笑いと「今日の華はつえーぞ」という言葉を残してどこかへいってしまった。おそらく、糖分補給に自販機で甘いクリームカフェオレでも買いに行ったのだろう。
「それじゃ、やろうか?」
「はいっす」
結果だけ述べよう。ぼくのボロ負け。
「穴熊作ろうとしたのはわかるんだけど、まだまだ読みが甘いね」
いや、ぼくそれしかできませんから。
華先輩は苦笑して、しょうがないなあ、といった風に両手をひらひらさせた。愛嬌のある仕草が、先輩の人気を一段高めているのかもしれない。
「義孝君はあれね、もっと発展性を身につけるべきだね。うんうん」
頷く華先輩。うなだれるぼくと、後ろで見ていて首をひねる孝次郎先輩。
「あれだよな。義孝は感覚で打っているところがある。感覚というよりは考えないで反射で打っているほうが正しいな。聞こえはいいが、義孝の反射とプロ棋士の反射は違う。後者は膨大な練習と対局経験に裏打ちされたものだから、ある意味データ化された対局を頭の中から引っ張り出していると言い換えてもいい、だから──」
「孝次郎、長い。3行で」
「義孝は無思考。プロ棋士は経験。だから意味なし」
「わざわざ3行にまとめる必要ありましたか?」
「やってみたかった!」
にぱー!
おおう。華先輩の満面の笑みが眩しい。……それにしても、対局中にこちらを見る華先輩の眼、やはりどこかで見たようなデジャヴを感じるんだよなぁ。どこだったかなぁ。
「実際のところ、孝次郎の話は長い! 義孝君もそう思うでしょ!?」
「キラーパス止めてください」
「おい義孝、それはもう答えを言っているようなものだぞ」
「ただいまこの回線は使われておりません。またのご利用をお待ちしております」
「こらぁ義孝!」
──あはははははははっ! という笑いが起きる。もちろん、余り大声でやると怒られるから、迷惑にならない程度で。
「はーっ、おっかしい……」
ひとしきり笑い終えた華先輩は、不思議な色の瞳でこちらを見た。なにか自分のことを見透かすような、そんな目線だった。
「ま、頑張ってね、義孝君」
「あ、はい……」
華先輩はそう言ってぽてぽてと去っていく。後姿だけ見ると高校生というよりは中学生ぐらいだ。
「義孝お前、なんかしてんの?」
「いえ、心当たりはないんですけど……」
図書室には、不思議な顔をした男2人が残されたのだった。
「じゃ、片付けますかね。義孝、お前は帰ってていいぞ」
「え、でも……」
「いいからいいから、ほら行った行った!」
なかば強引に図書室を追い出され、太陽が西にだいぶ傾いている頃帰宅。父母ともにいない。
自室で、ヘッドギアを装着した。意識が明滅し、白い光に包まれていく──。
ここまでお読みいただきありがとうございました。今回は息抜きの日常回。新キャラ祭でもあるかも。それでは、次回46話をゆるりとお待ちください。またお目にかかりましょう。




