38話 I would rather walk with a friend in the dark, than alone in the light/1人で光の中をいくより、闇の中を友と歩きたい
かのヘレンケラーの言葉をお借りしました。9月中に投稿できてよかったです。
たどり着いた新しい街は、巨大な木の中に作られていた。これまでの街はレンガ造りだったりしたから、現実でもありえたかもしれない。だけど、ぼくの前に広がる光景は、到底現実にはありえない光景だ。まさにファンタジー。その世界の只中にぼくが存在しているということに、ちょっとした感動を覚えた。
「やれやれ、この世界になれたつもりであったけど、まだまだだってことか」
「まぁしょうがないんじゃない? 初めて来たときは私も呆然としていたわ」
結局、2の街にいるのだと思っていたが、変わらずに傍らにいるクリアミラとともにため息をつく。
「ま、そのうち慣れるだろうし、防衛イベントはこの街でやるんだろう?」
「そうみたい。くわしくはあなたのご友人から聞けるんじゃない? 待ち合わせしているんでしょ?」
そう。数日前に現実の方で「第3の街で会うぞ」と尊人が言ってきたのだ。女の子と恋愛するようなゲームのテンプレのごとく、窓を開ければ声が届く位置にぼくの部屋はある。ただし、幼なじみはかわいい女の子ではなく、ゲーム好きのむくつけき男である。うむ、現実は悲しみに満ちている。
「何をたそがれているの……」
悲しい現実を思い出して遠い目になっていると、クリアミラがこちらを冷たい目で見据えた。ひえっ……冷たいだけに。
……くだらないギャグをいっている場合じゃない。今はハヤトを待つとしようか。門近くの喫茶店。そこがハヤトとの待ち合わせ場所だ。この喫茶店も、大樹を刳り貫いて作られている。……街の元になった樹がでかすぎて樹の中に木が生えている。一体全体どういうことだ。スヴェン は こんらん してきた !
結局、くだらないギャグを心の中で飛ばすことに変わりはなかった。クリアミラがぼくを見る目線も変わりがなかった。しょうがないかな。
珈琲を頼んで、クリアミラとともに外を見つめる。ぼくと彼女は、会話もなく、余りに現実からカッとんだそれを認識するために時間を費やしていた。聞けば、クリアミラも第3の街ファレストピークに来ることはそんなにないという。その資格であるボスモンスター撃破はぼくより前に成し遂げていたそうだが、「住み慣れた自分の家を出たくないから」という理由であんまり行く気がなかったそう。
彼女に言わせるならば、「鎖国するような日本人気質よね」とのことだが、ぼくは絶対違うと思う。ただ単純に移動するのが面倒くさかっただけなはずだ。……確かに、「鎖国をする日本人気質」というものはぼくにだって(多量に)あるし、どちらかというと外にでたくないほうだけど……彼女の言うそれとはまた違う気がする。
薫り高い珈琲を楽しみながら、彼女と雑談を楽しむ。本当にくだらないことだ。何でこのゲームを始めたのかというきっかけや、なんで風魔法を選んだのかっていう話だ。彼女とはこれまで色々な話をしてきたけど、こういった根本的な話は多分してしなかったと思う。
うん、正直に言うと、楽しい時間だった。
さて、珈琲が2杯目に突入しようかとする頃、息を切らせて黒い鎧を着た赤毛の男が走りこんできた。腰には2本の剣を下げ、足元は頑丈そうなすね当てが見える。ハヤトだ。
「遅れた! スヴェン、いるか!」
「こっちこっち」
左手を左右に振って自分をアピールする。ぼくの正面にいたクリアミラは微笑んで自身を示していた。
「仲良さそうじゃないか」
にかっと笑ってハヤトはそう言う。もしかして喧嘩別れしているとでも思っていたのだろうか。
「あら、あなたたちほどじゃないわ」
ハヤトの馬鹿のからかいにしれっと返すクリアミラもさすがだけど、これ、ぼくも巻き込まれてない?
「かなわねぇなぁ……いいよ、俺の負けだ」
クリアミラはこう見えてかなり強かだ。美人だからだろうか。それとも、これが彼女なりのコミュニケーションかな。うーん、美人は特だ。羨ましいものだよ。
さて、ハヤトも席に座り、珈琲を注文すると、ぼくらに向き直る。話したいことがある、とぼくの家に来たのだから、悪い話ではないと信じたい。真剣な表情ではなく、楽しくて仕方ないという笑みを浮かべていたから。
「んじゃ、何を話したいかっていうとだな……、今度の防衛イベントで、俺たちを手助けしてほしいっていう依頼だ。報酬もきちんと出すぜ」
僕自身はまぁ、別に現実でファストフードおごりということでも大丈夫だろうが、クリアミラはそうはいかないだろう。そんなことを家に訪ねてきたときにハヤトに言ったら、「いや、これはちゃんとお前にも報酬を渡さないといけない。そういう決まりだ」ということらしい。どうも、リアルの事情を持ち込みすぎる──仲がいいからといって渡さないというのは、問題らしい。その、つまり……特に金の問題は──のは、よくないということだそうで。ぼくとしては、ふーん、またひとつ賢くなった。それだけのことだったのだけど。
「レベル差がありすぎて、私たち損をしそうな気がするのだけれど、そこのところはどうなのかしら」
「今回の防衛イベントは、出てくるモンスターのレベルが統一されていないのが特徴だ。実際のところは調整できないから、俺たちプレイヤーがどの程度のレベルのモンスターを倒せるかっていう自動調節機能頼りだな。しかたがない。新しい第3陣も参入してレベル間の開きがすごいから、どうしようもないところもある」
「どういうこと?」
彼女が疑問を呈したように、ぼくもわからない。ハヤトにしては珍しく、遠まわしに話している。
「つまりだな……このイベントの最中では、レベル差による経験値獲得の低下は起こらない。理論上獲得できる最大値を獲得できる」
「ふぅん? 理屈はわかったわ。私たちを誘う理由は?」
「友達だから。それじゃ納得いかないなら、つけくわえて、スヴェンには隣を空けておいたままだ。いい加減追いついてもらわないと」
「何か裏があるのかと思ったら。そんな理由か。いいわよ、私はね」
それまでどこかハヤトを警戒していたような彼女が、ふっと雰囲気を和らげる。彼女は一体何を警戒していたのか、それはわからない。
「スヴェンは?」
こくり、と頷いておく。いまさら言葉で伝えなくても、こいつはわかるはずだし、ぼくの内意は既にこの前家で伝えた。
「やったぜ」と握りこぶしを作ったハヤトは、再びニカリと笑顔を作って、「ここは俺が払うから」とぼくらに地図を渡してさっさと会計に行ってしまった。
「先に行ってていいということだよ、クリアミラ。あいつはその場の思いつきで行動するようなところがあるから……。君に地図を渡したということは多分そういうこと」
「あなたたち仲良すぎじゃないかしら……」と額に手を当ててあきれ返る彼女を尻目に、のぼくは立ち上がって入り口に歩いていく。目下、問題があるとすれば、ハヤトが《ライディーン》のメンバーさんに、ぼく達が来ることを伝えているかどうかだ。遅れたと思わず焦って、伝え忘れている可能性もある。人間焦っているとよく忘れるものもあるのだ。例えば制服のベルトとか。ちょっと前にぼくはやらかした。
逡巡を気にもせず歩き出したぼくにクリアミラは慌ててついてくる。ちょっとむすっとした顔には、地図もないのにどうするつもりなの! という怒り半分笑い半分の複雑な表情が浮かんでいた。やぁ、珍しい表情をするものだ。
「ちょっと、地図もないのにどうするつもりなのよ」
彼女が渡されたのはライディーンの拠点の地図だろう。ハヤトならこうする、こうするというのを考えてみると、不思議なことに彼が拠点を作りそうな場所がわかる(ようなきがする)。
そうじゃなくとも、クリアミラはぼくについてきてくれるはずだ。簡単に考えてみて、彼女とぼくの仲は良好だ。あ、変な意味ではなく、友人としてね。
「いや、ぼくとハヤトほどになるとなんとなくここじゃないかなっていう勘が当たるから、それに従うつもりでいたよ」
「貴方って人は……」
呆れを通り越して笑いでも出てきたのか、彼女はくつくつと低く笑った。なんだか怖いぞ。
「まぁいいわ。妖精さんなりのコミュニケーションかしらね」
さぁ、どうだろうね。
クリアミラがるん、とまわってぼくの前に出て、「私についてきて!」と魅力的なウインクをして、ひょんひょんと歩き出す。足取りは軽く、機嫌は……いいのかな。低く笑った彼女が怖いから、クランについた途端に怒られるかもしれないぞ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。相変わらず忙しいままなので、更新は遅いことをご了承願います。それでは、次回39話でお目にかかりましょう。




