第5話 三姓家奴、体は三つ 〜稗田阿求による記録〜
※この作品は、上海アリス幻樂団様の『東方Project』の二次創作です。
※原作のキャラクターの設定を、一部アレンジして使用しています。
第5話の内容
・反董卓連合の結成
・虎牢関の戦いと、呂布の初登場
稽古は、博麗神社の縁側で行われた。
「あの、ひとつ、よろしいかしら」
台本をめくっていた紫さんが、手を止めた。
「孔明の出番は、いつ」
「第十七回あたりです」
「……今は、何回なの」
「第五回です」
紫さんは、台本を閉じて、縁側でお茶を飲んでいる霊夢さんを見た。
「私に孔明を勧めたのは、あなたよね」
「軍師が似合うと思ったのよ」
「出番が、ずっと先なのだけど」
「楽でいいじゃない」
霊夢さんは、湯呑みから目を離さなかった。孔明の出番の大半が、劉備の死後に来ることを、紫さんはまだ知らない。私も、言わなかった。
その横で、虎牢関の稽古が始まっていた。
「呂布の台詞です」
台本を渡されたヘカーティア・ラピスラズリさんは、すぐに読み終えた。
「三人を相手に戦って、最後は退くのね」
「はい。史実どおりです」
「分かったわ。いいわよ」
東方最強の呼び声が高い人が、一番協力的だった。私は、不安になった。
その後ろでは、驪駒早鬼さんが、台本の自分の頁を、じっと見ていた。腰には、丸く束ねた縄を提げている。
「私の役は、馬……?」
「赤兎馬です。名馬です」
「名馬……ならば、良し」
「その縄は」
「馬には、手綱が要る」
機嫌は、悪くなかった。悪くなかっただけである。
◇
本番の日、舞台の上には、連合軍の陣が組まれた。
河童たちの仕事は、見事だった。陣幕の旗が、風に合わせて、規則正しくはためく。袖では、文さんが、団扇を構えていた。
盟主の席には、袁紹役の西行寺幽々子さんが座っていた。
「諸君、董卓を討つ。進軍を、命じる」
台本どおりの台詞である。言いながら、幽々子さんの手は、兵糧の山に伸びていた。
「それは、兵糧よ」
隣の席のレミリアさんが、日傘の陰から小声で止めた。曹操の衣装である。
史実では、袁紹は、連合を動かせなかった。その様子が、すでにここにあった。
最初に、孫堅役の諏訪子さんが、先陣を切った。
「江東の虎、孫堅! 先に行くよ!」
台本どおりである。ただ、足元で、蛙の置物が、二匹に増えていた。
◇
虎牢関の場面で、舞台が暗くなった。
屠自古さんの雷が、袖から低く鳴る。にとりさんが、仕掛けの霧を流した。霧は、大妖精さんが担当している。三つの天気が、同時に動いた。
霧の向こうから、馬の蹄の音が聞こえた。
現れたのは、赤兎馬だった。
驪駒早鬼さんは、馬の面をかぶって、堂々と二本足で駆けていた。その腰から、丸く輪にした縄が伸びている。縄の輪の中に、三人が、順に収まっていた。
赤い髪、黄色い髪、青い髪。同じ顔の三人が、縄の輪を両手で握って、早鬼さんの後ろを走っている。
「ガタンゴトン」
「ガタンゴトン」
「ガタンゴトン」
声だけは、ぴたりと重なっていた。
――電車ごっこである。
観客が、どよめいた。
「……呂布が、三人いる」
「しかも、繋がっている」
台本には、「呂布、一人」と書いてある。
「一人よ」
三人が、同時に答えた。
「体が三つ、あるだけ」
深読みが始まった、と私は、袖で書いた。観客は、口々に言った。
「三姓家奴……」
「丁原、董卓、そして誰かに仕える、三つの顔か」
「なるほど、洒落が効いている」
私は、否定しなかった。
◇
劉備、関羽、張飛の三人が、前に出る。
台本では、三対一の戦いである。ところが、舞台の上は、三対三になっていた。
三人のヘカーティアさんは、縄の輪をほどいて、それぞれ、劉備、関羽、張飛の前に立った。赤い髪が霊夢さんの前に、黄色い髪が妖夢さんの前に、青い髪が萃香さんの前に。
「話が違うわよ」
霊夢さんが、小声で私に言った。袖の脇にいた私に、聞こえるように、である。
「台本どおりです」
「どこがよ」
霊夢さんは、頬を引きつらせながら、劉備として、剣を構えた。
妖夢さんは、黄色い髪を相手に、真面目に一太刀を振るった。まだ笑顔だった。萃香さんは、酒を飲みながら、青い髪に槍を回した。
三人は、全力で戦った。ヘカーティアさんたちは、まるで本気を出さない。どう見ても、手を抜いている。
「台本どおり、負けるわ」
三人が、揃って呟いた。そして、揃って、軽く一太刀を受け、同時に身を引いた。
「覚えておきなさい」
三人の捨て台詞が、ぴたりと重なった。赤、黄、青の髪が、同時に揺れた。観客は、割れんばかりの拍手を送った。
ところが、赤兎馬が、動かなかった。
驪駒早鬼さんは、舞台の中央で、足を止めていた。くるりと客席を向いて、胸を張る。
「私が、一番速い」
台本には、ない台詞である。
次の瞬間、早鬼さんは、足元に落ちていた縄の輪を拾い上げた。三人のヘカーティアさんの腰に、手際よく、くくりつける。
「ちょっと、何するのよ」
「台本どおり、撤退するのだ」
早鬼さんは、縄を握り直して、舞台の袖へ向かって、全力で駆け出した。
縄の先で、三人が引きずられていく。赤い髪は、余裕の顔で、地面を滑っていた。黄色い髪は、にこにこと笑っていた。青い髪は、寝転がったまま、手を振っていた。
「覚えておきなさいーーー」
三人の捨て台詞が、遠ざかりながら、ぴたりと重なった。
私は、台本の余白に、書き込んだ。
――呂布役、撤退。赤兎馬役、主導権を獲得。縄は、本人の持ち込み。
◇
幕が下りた。
舞台の袖で、紫さんが、台本を抱えて座り込んでいた。
「……私は、いつ出るの」
袖の慧音さんは、額に手を当てるのも、忘れていた。
(第五話 了)
本日の配役
袁紹 西行寺幽々子
曹操 レミリア・スカーレット
孫堅 洩矢諏訪子
劉備 博麗霊夢
関羽 魂魄妖夢
張飛 伊吹萃香
呂布 ヘカーティア・ラピスラズリ(赤・黄・青)
赤兎馬 驪駒早鬼
舞台美術 河城にとり/河童たち/蘇我屠自古(雷)/射命丸文(風)/大妖精(霧)
台本・記録 稗田阿求
備考 呂布役は、体を三つ用意していた。
お読みいただき、ありがとうございます。皆月葵です。
第5話は、虎牢関の戦いの回でした。見どころは、次の3点です。
・稽古では全員が台本どおりで、本番で一気に崩れる、いつもの落差
・三人を相手にする呂布の戦いが、どう変わるか
・黒子と舞台の仕掛けが、同時に動く虎牢関の場面
ヘカーティア・ラピスラズリは、東方Projectの地獄の女神で、体が三つあるという設定を持っています。呂布の「三姓家奴」と重ねて、今回の配役にしました。
次回は、ある計略の話です。
感想や、お気に入りの場面があれば、ぜひ教えてください。




