第6話 連環の計、友人同士 〜稗田阿求による記録〜
※この作品は、上海アリス幻樂団様の『東方Project』の二次創作です。
※原作のキャラクターの設定を、一部アレンジして使用しています。
第6話の内容
・王允の連環の計
・董卓の最期
配役は、台本と一緒に、私が決めた。
史実に照らして、これ以上の適役は、いなかったと思う。
台本に夢中で、気づかなかった。
稽古の前日、董卓、王允、呂布の三役が並ぶ頁を開いて、ようやく、気づいた。
董卓を討つ策を立てるのが、王允。その策に乗るのが、呂布。この三人は、同じ筋の中で、一本の線につながっている。
王允を演じるのは、稀神サグメさん。董卓は純狐さん、呂布はヘカーティア・ラピスラズリさんである。
配役表は、とうに、人里中に配ってあった。
取り消すには、遅かった。
◇
稽古は、博麗神社の境内で行われた。
「では、連環の計の場面を、読み合わせます」
私が告げると、ミスティア・ローレライさんが、元気よく手を挙げた。
「貂蝉の歌は、本番で本気を出すから、今日は小さめでいいよね」
「小さめでお願いします」
「大丈夫、屋台で鍛えてるから!」
何が大丈夫なのかは、分からなかった。
台本を手に、稀神サグメさんが、静かに前へ出た。王允の役である。
サグメさんは、口を開かなかった。代わりに、懐から、小さな札の束を取り出した。
「……札で、やるのですか」
サグメさんは、頷いた。台詞の一つ一つが、札に書いてある。言葉を慎む人らしい、と私は思うことにした。
その瞬間だった。
稽古場に入ってきたヘカーティアさんの、口角が、ぴくりと、引きつった。
いつもの、余裕の笑顔ではない。笑っているのに、目が、笑っていなかった。配役表を、よく見ていなかったらしい。
「……ふうん。王允は、あなたなのね」
サグメさんは、札を一枚、掲げた。
『台本どおりです』
それは、私の台詞である。
境内の空気が、少しだけ、冷えた。
そのとき、董卓の衣装の純狐さんが、静かに、ヘカーティアさんの前へ出た。
「ヘカーティア」
「なあに」
「幻想郷の為よ。今回は、飲み込みなさい」
純狐さんは、堂々とした口調で、そう言った。台本には、ない台詞である。しかも、嫦娥の名は、一度も出てこなかった。
ヘカーティアさんは、純狐さんの目を、しばらく見ていた。
やがて、息をついた。
「……分かったわ。あなたが、そう言うなら」
笑顔が、戻った。目も、笑っていた。
「よろしくね」
『よろしくお願いします』
サグメさんは、札を、一枚、静かにしまった。
純狐さんは、満足げに、頷いた。そして、台本を開いて、董卓の台詞を、読み上げた。
「余に逆らう者は、一人残らず斬る。この天下は、余のものだ」
台本どおりである。
私は、胸をなでおろした。この安堵が、役に立たないことは、もう学んでいたが、それでも、胸をなでおろした。
縁側では、紫さんが、湯呑みを抱えて、ふてくされていた。
「……私は、いつ、出るの」
誰も、答えなかった。
◇
本番の日、舞台の上には、董卓の屋敷が組まれた。
河童たちの仕事である。庭の池には、本物の水が張られていて、にとりさんが、雨の仕掛けを、いつでも降らせられるように構えていた。
幕が上がると、玉座の間で、董卓が、宴を開いていた。
「嫦娥ぁぁぁ!」
台詞は、相変わらず、全部、嫦娥である。観客は、もう慣れていた。
「董卓は、今日も、荒れているな」
「あれは、きっと、誰かを呼んでいるのだ」
その舞台の隅で、王允役のサグメさんが、札を、そっと掲げていた。観客からは、見えない位置である。
『計略、開始』
舞台の中央に、貂蝉が、舞い込んだ。
ミスティアさんの衣装は、鮮やかな紅であった。舞台に立つなり、観客の呼吸が、ふっと止まった。
そして、歌い始めた。
歌の中身は、台本どおり、貂蝉の艶やかな舞の歌である。しかし、ミスティアさんの本気の歌声は、台本の想定を、大きく超えていた。観客席の何人かが、ぼんやりと、目を細めた。
鳥目になったのだ、と、私は袖で書いた。
まず、貂蝉は、董卓の前で歌い舞う。純狐さんは、「嫦娥ぁぁぁ!」と、歌に合わせて叫んでいた。
次に、貂蝉は、呂布の前で歌い舞う。
ヘカーティアさんが、縄の輪を握って、ガタンゴトンと現れた。電車ごっこである。ただし、今日は、先頭の早鬼さんが、縄の端を握ったまま、貂蝉の歌に聴き入って、動かなくなっていた。
今日の呂布は、一人だった。理由は、聞かなかった。
「……良い声だ」
「ありがとう! 夜雀だからね!」
呂布は、貂蝉の歌に、うっとりと目を細めた。
連環の計である。董卓に歌い、呂布に歌い、二人の心を、少しずつ、ずらしていく。
『董卓様の貂蝉を、呂布は、愛している』
札を掲げたサグメさんが、舞台の隅で、そっと筋を進めた。
『董卓は、貂蝉を、手放さぬ』
札が、もう一枚、掲げられた。
私は、台本の余白に、書き込んだ。
――貂蝉は、演義の創作人物。史実には、存在しない。本日は、夜雀が演じる。
◇
舞台の空気が、変わった。
呂布と董卓が、向き合った。
純狐さんは、玉座に座ったまま、「嫦娥ぁぁぁ!」と叫んでいる。しかし、その声は、これまでと、少しだけ、違っていた。
ヘカーティアさんが、純狐さんの前に、一人で立った。
純狐さんの目を、じっと見る。
純狐さんも、目を、そらさなかった。
観客席が、静まった。
二人のあいだに、台詞は、なかった。友人同士にだけ通じる、短い間だった。
次の瞬間、純狐さんが、「嫦娥ぁぁぁ!」と叫んだ。それは、いつもより、少しだけ、小さな声だった。そして、ゆっくりと、頷いた。
ヘカーティアさんが、剣を抜いた。
「覚えておきなさいーーー」
捨て台詞ではない。ヘカーティアさんは、そう言って、静かに、純狐さんの胸へ剣を差し込んだ。
屠自古さんの雷が、袖から、一度だけ、低く落ちた。
純狐さんは、玉座から、ゆっくり、立ち上がった。
「……嫦娥」
最後の一語は、ほとんど、囁きだった。
ヘカーティアさんが、小さな声で、同じ名を呟いた。
「……嫦娥」
二人分の声が、重なった。
純狐さんは、舞台に、静かに倒れた。
観客は、息を呑んだまま、動かなかった。それから、割れんばかりの拍手が、舞台に降り注いだ。
にとりさんは、雨の仕掛けの紐から、そっと手を離した。降らせる場面ではない、と判断したらしい。
袖から、黒い装束の三人が、堂々と現れた。猫車を押す一人、鎌を肩に担いだ一人、足の透けた一人。観客は、誰も、黒子のことを見ていないふりをした。
純狐さんを載せた猫車が、静かに、袖へ消えていった。
◇
幕が下りた。
舞台は、妙に、静かだった。
嫦娥の名が、聞こえない。たった数回の舞台のあいだに、観客も、私も、あの叫びに、慣れていたらしい。
袖で、サグメさんが、札を一枚、掲げた。
『お疲れさまでした』
台本には、ない札である。
隣で、ヘカーティアさんが、にっこりと、頷いた。
「あなたのおかげで、良い劇になったわ」
サグメさんは、少しだけ、目を丸くしていた。
私は、台本の余白に、書き込んだ。
――董卓役、退場。台詞を、最後まで、一語で通した。
袖の慧音さんが、いつもより、少し、安心しているように見えた。
(第六話 了)
本日の配役
董卓 純狐
呂布 ヘカーティア・ラピスラズリ
赤兎馬 驪駒早鬼
貂蝉 ミスティア・ローレライ
王允 稀神サグメ
舞台美術 河城にとり/河童たち/蘇我屠自古(雷)
黒子 火焔猫燐/小野塚小町/宮出口瑞霊
台本・記録 稗田阿求
備考 董卓役は、稽古で、台本にない言葉を、一度だけ話していた。
お読みいただき、ありがとうございます。皆月葵です。
第6話は、連環の計と、董卓の最期の回でした。見どころは、次の3点です。
・稽古の場で交わされる、役者同士のやりとり
・札だけで進んでいく、王允の計略
・連環の計の場面と、その結末
稀神サグメは、言葉を慎んで暮らしている、東方Projectのキャラクターです。ミスティア・ローレライは、屋台を開いている夜雀の妖怪です。どちらも、今回が初登場になります。
次回は、いつもの順番が少し変わります。
感想や、お気に入りの場面があれば、ぜひ教えてください。




