第3話 乱世の奸雄、日傘をさす 〜稗田阿求による記録〜
※この作品は、上海アリス幻樂団様の「東方Project」の二次創作です。
第3話は、黄巾討伐です。
曹操役が初めて舞台に立ちます。
今話から、裏方(舞台美術と黒子)も、末尾の配役表に載せています。
稽古は、紅魔館の庭で行われた。昼間である。
「曹操の登場の台詞ですが」
レミリアさんが、台本を広げて、指で一箇所を叩いた。
「ここの『乱世の奸雄』を、『覇王』に直しなさい」
「台本どおりです」
「あなたが書いたのでしょう。書き直せるはずよ」
「史実どおりです」
レミリアさんは、しばらく私をにらんでいたが、やがて、日傘をぱっと開いた。
「……分かったわ。台本どおりにやるわよ」
誰も信じていなかった。
その横で、洩矢諏訪子さんが、帽子の目玉を揺らして笑っている。孫堅の役である。
「江東の虎、ねえ。蛙だけど、いいの?」
「台本どおりです」
私は、同じ言葉を、もう何度言ったか分からない。
舞台の図面を持ってきたのは、河城にとりさんだった。河童たちを引き連れて、胸を張っている。
「回り舞台と、迫りと、仕掛け扉を付けたよ。雷が鳴る仕掛けもある。雷は、屠自古さんに頼んであるから、本物だよ」
「簡素にお願いしますと、お伝えしたはずです」
「簡素にしたよ。これでも」
図面は、四枚あった。私は、一枚だけを受け取った。
◇
本番の日、舞台の上には、黄巾討伐の軍が集まっていた。
陣幕は、河童たちが一晩で張ったものである。風が吹くたびに、どこかで歯車の音が鳴った。
最初に姿を見せたのは、赤い頭巾をかぶった諏訪子さんである。孫堅の衣装は、よく似合っていた。
「江東の虎、孫堅! 黄巾賊なんて、まとめて蹴散らしてやる!」
台本どおりの台詞である。ただ、舞台の隅で、小さな蛙の置物が、なぜか一匹だけ増えていた。
続いて、討伐軍の本陣に、曹操が登場する。
舞台の奥から、日傘をさしたレミリアさんが、ゆっくりと歩いてきた。その後ろには、秋静葉さんと秋穣子さんが、夏侯惇と夏侯淵として控えている。
そして、日傘を持っているのは、静葉さんだった。
「……なぜ、私が」
「いい仕事よ。最古参にしか頼めないわ」
台本には、日傘のことは、一行も書いていない。
観客は、息を呑んだ。誰かが、小声で言った。
「あれが、乱世の奸雄……」
レミリアさんは、日傘の影から、にやりと笑って、見得を切った。
「治世の能臣、乱世の奸雄。私が曹操よ」
台本どおりの台詞だった。ただし、「乱世の奸雄」のところを、舞台の端まで響く声で、三回繰り返した。
穣子さんが、小さな声で付け足す。
「お姉ちゃん、傘、傾いてる」
「……黙って持っているわ」
静葉さんの声は、すでに少し疲れていた。
◇
討伐軍は、黄巾賊の本拠へ攻め寄せる。
舞台の後方では、劉備、関羽、張飛の三人が、義勇軍として加わっていた。霊夢さんは、大きく動かず、群衆の中に紛れている。台本では、まだ目立たない時期である。妖夢さんは、背筋をぴんと伸ばしながら、まだ笑顔だった。萃香さんは、足元の覚束ない様子で、槍を杖のようにしていた。
「一気に攻めるぞ!」
諏訪子さんが、先陣を切った。妖精の黄巾賊が、舞台の左右から押し寄せる。
黄巾賊の先頭に立つのは、張角三兄弟である。サニーミルクさん、ルナチャイルドさん、スターサファイアさんは、旗を振って、威勢よく名乗りを上げた。
「われらは、天の使い!」
「黄天、まさに立つ!」
「この世を、黄色に!」
三人が、ばらばらに叫んだ。
次の瞬間、諏訪子さんの一撃を受けて、三人は、揃って舞台に倒れた。
観客が、固唾を呑んだ。
三人は、ぴくりとも動かない。
――台本には、こう書いてある。「張角三兄弟、討たれる」。
そのとき、袖から、黒い装束の三人が、堂々と歩み出てきた。猫車を押す一人、鎌を肩に担いだ一人、足の透けた一人。
観客は、誰も、黒子のことを見ていないふりをした。
倒れた三人は、猫車の上に、そっと載せられた。台車の上から、小声が聞こえる。
「今のは、一回休みよね」
「うん、台本どおり」
「次は、もう少し長く出たい」
先導する鎌の黒子は、途中で、立ったまま一瞬だけ居眠りしかけて、猫車に小突かれた。
黒子の一人の衣装の裾から、横縞の布がのぞいていた。私は、見なかったことにした。
猫車は、静かに、袖へ消えていった。
私は、客席の端で、静かに筆を走らせた。
――張角三兄弟、退場。妖精なので、すぐ復活の見込み。黒子、堂々と登場。誰も触れず。
◇
舞台が、静かになった。
乱は、収まった。台本では、ここで、張角が太平要術の書を授かった回想が入る。南華老仙という、仙人の役である。台本には、一行しか出番がない。
その一行のために、舞台の袖の端の扉が、ゆっくりと開いた。
背中に扉を背負った、摩多羅隠岐奈さんである。
「ふふ、いいわね。この乱は、まだ始まりに過ぎないのよ」
台本には、その台詞は、ない。
隠岐奈さんは、扉をひとつ開き、舞台の袖に消えた。
その先にあるのは、黄巾の乱のさらに奥。都にいる、あの男の気配である。
幕が下りた。
袖の慧音さんが、また額に手を当てていた。
私は、台本の余白に、書き込んだ。
――南華老仙役、台詞を追加。回収の予定、あり。
(第三話 了)
本日の配役
曹操 レミリア・スカーレット
夏侯惇 秋静葉
夏侯淵 秋穣子
孫堅 洩矢諏訪子
劉備 博麗霊夢
関羽 魂魄妖夢
張飛 伊吹萃香
張角三兄弟 サニーミルク/ルナチャイルド/スターサファイア
南華老仙 摩多羅隠岐奈
舞台美術 河城にとり/河童たち
黒子 火焔猫燐/小野塚小町/宮出口瑞霊
台本・記録 稗田阿求
備考 曹操役は、台本の台詞を、三回繰り返していた。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます。皆月葵です。
今話は、黄巾討伐でした。
日傘をさした曹操と、江東の虎の登場、そして舞台の裏方が堂々と姿を見せる回でもあります。
黒子の宮出口瑞霊さんは、書籍『東方智霊奇伝』のキャラクターです。ご存じない方は、衣装の裾の縞模様を、気にしていただければ幸いです。
次回は、董卓が都に入ります。
暴君の台詞が、少しばかり、普通ではありません。
感想や、「この人にこの役が合いそう」という案があれば、お気軽にどうぞ。




