第2話 桃園、同じ日まで 〜稗田阿求による記録〜
※この作品は、上海アリス幻樂団様の「東方Project」の二次創作です。
第2話は、桃園の誓いです。
今話から、末尾に「本日の配役」を載せます。劇の中の観客は、配役を事前に知っている、という前提です。
台本どおりに進むのは、稽古までです。
配役表は、前日のうちに、文さんたち烏天狗に頼んで、人里中に配ってもらった。見出しは「幻想郷、三国志を演ず!」とあったが、私が書いた覚えはない。
稽古は、博麗神社の境内で行われた。
「では、桃園の誓いの場面を読み合わせます。台本どおりにお願いします」
私がそう告げると、三人は一斉に頷いた。妖夢さんは台本をすでに暗記してきていて、萃香さんは、瓢箪を背中に隠している。霊夢さんは、台本を開いたのが、これが初めてらしかった。渡してはあったが、読んでいたのは、配役の頁だけだったという。
桃園の頁を開いたところで、霊夢さんの手が止まった。
「同年同月同日に死なん……?」
霊夢さんは台本から顔を上げて、客席代わりの縁側にいた私をにらんだ。声は小さい。
「そんな恥ずかしいこと、知らないわよ」
「台本どおりです」
「……あとで覚えてなさい」
その隣で、妖夢さんが、台本を胸に抱いていた。
「同じ日まで、ずっとお側に……!」
目が輝いていた。嬉しそうである。何かを勘違いしている気配はあったが、私は、気づかないふりをした。
萃香さんの瓢箪にも、気づかないふりをした。
読み合わせは、それで終わった。霊夢さんは、一度読んだだけで、自分の台詞をすべて覚えてしまっていた。そういう人である。
◇
本番の日、人里の広場には、舞台が組まれた。
幕が上がると、黄色い頭巾をかぶった妖精たちが、舞台いっぱいに溢れ出した。旗には、「蒼天すでに死す」とある。先頭では、サニーミルクさん、ルナチャイルドさん、スターサファイアさんの三人が、張角三兄弟として胸を張っていた。
舞台の袖の端で、ひとつだけ、黄色くない扉が、静かに閉じた。
観客は、まだ気づかない。私は、客席の端で、台本を握りしめた。
乱が広がるにつれて、舞台の上に、高札が立てられる。義勇兵を募る、という触れである。
その前に、霊夢さんが立った。劉備の衣装は、よく似合っていた。
「……はあ」
霊夢さんが、台本どおりにため息をつくと、背後から、大きな声が飛んだ。
「大の男が、国のためにため息とは、何事だ!」
萃香さんである。張飛の衣装を着た彼女が、舞台の端から、ずんずんと歩いてくる。足取りが、すでに少し怪しい。
「私は酒屋の主だ。ここで会ったのも何かの縁、飲みに来い」
台本には、「飲みに来い」とは書いていない。「話を聞こう」と書いてある。
酒屋の床几に座った霊夢さんの前に、さらにもう一人が現れた。関羽の衣装の妖夢さんは、背筋をぴんと伸ばして、一礼する。
「私は、関羽と申します。お二人の志に、ぜひ加えてください」
台本どおりの台詞である。ここまでは。
◇
場面は、桃園に移った。
舞台の上に、桃の花が咲く。三人が並んで、盃を持つ。
「われら三人、姓は違えども、兄弟の契りを結び――」
妖夢さんが、誓いの文言を、一字一句、はっきりと読み上げる。誓いの間じゅう、彼女は笑顔だった。凛々しいはずの関羽の顔が、どうにも緩んでいる。
「――心を同じくして、助け合い、危うきを救い、上は国に報い、下は民を安んずることを願う」
「同年同月同日に生まれることを得ずとも――」
そこで、霊夢さんの肩が、わずかに揺れた。客席の私にだけ、見えた。
「――同年同月同日に、死なんことを願う!」
台本では、ここで三人が盃を掲げる。霊夢さんは、頬を赤くしながら、勢いよく盃を掲げた。照れ隠しである。観客には、劉備の気迫に見えたらしく、広場から、どよめきが上がった。
そこへ、妖夢さんの声が続いた。
「同じ日まで、お側におります!」
台本には、ない台詞である。
「いいねえ、いいねえ!」
萃香さんが、盃を掲げた。中身は、水ではない。背中の瓢箪から、本物の酒が、三つの盃に注がれていた。
観客は、感動のあまり、拍手を始めた。「兄弟の契りだ」「泣ける」と、誰かが言った。霊夢さんは、盃の中身を一息に空けて、小さく呟いた。
「……そういう意味じゃないのよ」
妖夢さんには、聞こえていなかった。
私は、台本の余白に、筆を走らせた。
――関羽役、誓文を独自に解釈。本人に悪意なし。訂正の予定なし。
幕が下りた。袖の慧音さんと目が合った。慧音さんは、無言で、額に手を当てていた。
(第二話 了)
本日の配役
劉備 博麗霊夢
関羽 魂魄妖夢
張飛 伊吹萃香
張角三兄弟 サニーミルク/ルナチャイルド/スターサファイア
黄巾賊 妖精たち(多数)
台本・記録 稗田阿求
備考 関羽役は、誓いの文言を一部、独自に解釈していた。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます。皆月葵です。
今話は、桃園の誓いでした。
劉備、関羽、張飛の三人の温度差を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は、黄巾の乱の討伐編です。
討伐軍に、あの紅魔館の主が、初めて顔を出します。
舞台の袖で閉じた扉の正体も、そろそろ分かるかもしれません。
感想や、「この人にこの役が合いそう」という案があれば、お気軽にどうぞ。




