第1話 発起人、八雲紫 〜稗田阿求による記録〜
この作品は、上海アリス幻樂団様の「東方Project」の二次創作です。
原作・公式とは関係ありません。
『三国志演義』を、東方キャラが劇として再演する話です。語り手は稗田阿求で、文章は彼女の「記録」という体裁です。
台本は史実どおりに進みますが、演者は誰も話を聞いていません。
キャラクターの性格や関係性は、作者の解釈を含みます。三国志の配役は、元ネタの故事との相性で選んでいます。
史実の展開は、基本的にそのままです。三国志をご存じない方も、お楽しみいただけます。
発端は、貸本屋「鈴奈庵」の埃をかぶった一冊だった。
小鈴が見つけた外の世界の本は、『三国志演義』という。虫食いと水濡れで読めない頁が多く、私は一晩で読み終えて、翌朝には慧音さんを訪ねていた。
「これを、人里の皆に見せたいのです。劇にして」
慧音さんは少し考えて、首を横に振った。
「配役は人間では足りない。妖怪や神の手が要る。私が頼めるのは、せいぜい妹紅くらいだ」
「ならば、幻想郷の顔役に」
「……それは、私では無理だ」
結局、慧音さんが向かったのは博麗神社だった。話を聞いた霊夢さんは、お茶を飲みながら言った。
「面白そうじゃない。で、発起人は誰にするの」
「そこは、まだ」
「紫にしときなさい。本人には言わないで」
慧音さんは何か言いかけて、やめたという。
戻ってきた慧音さんは、私に言った。
「台本の表紙に、発起人の名を書いておいてくれ。八雲紫と」
「なぜ紫さんが」
「霊夢の頼みだ。本人には言うな」
私は黙って筆を取った。
紫さんへの頼みは、霊夢さんが自分でした。顔役を集めてほしい、とだけ。紫さんは「あら、面白そうな宴会の匂いがするわね」と上機嫌で、幻想郷中に声をかけて回った。
その日の夕刻、神社の広間に、紅魔館の主、白玉楼の主、永遠亭の姫、守矢の神、命蓮寺の住職、神霊廟の太子、そして背中に扉を背負った秘神が揃った。
「いつもと違うことをしてみませんか」
慧音さんが切り出して、私が台本を配った。顔役たちの反応は、予想より良かった。レミリアさんは「私が主役ね」と言い、輝夜さんは「偉い役がいい」と言った。幽々子さんは、何の話かもわからないまま頷いていた。
「台本は史実どおりです。そのとおりにお願いします」
全員が、一斉に頷いた。誰も聞いていなかったことを、私は後で知ることになる。
台本の表紙を見た紫さんが、固まった。
【発起人 八雲紫】
「……私、聞いていないのだけど」
「発起人が降りたら、劇は成り立ちません」と、慧音さんが言った。
「そうだぜ、発起人なんだから頑張れよ」と、広間の隅で茶菓子をつまんでいた魔理沙さんが言った。呼んだ覚えはない。拍手が起きた。
紫さんが霊夢さんを見る。霊夢さんは、湯呑みの底を熱心に眺めていた。
しばらくして、紫さんは扇子を閉じた。
「発起人をやらされるのなら、主役は蜀でしょう。蜀側は私たちがやるわ。博麗の分も含めて」
「まだ、勢力は分けておりません」と私が言うと、「決まりよ」と紫さんは譲らなかった。駄々である。
広間が静まった。レミリアさんは紅茶を置き、輝夜さんは視線を逸らし、幽々子さんだけが「蜀って、おいしいの」と首を傾げていた。逆らう顔役は、一人もいなかった。
その横で、霊夢さんが台本を引き寄せた。
「蜀の主役って、どれ」
「劉備です」
「どんな役」
「人望で人が集まる方で、道半ばで亡くなります」
「じゃあ、それにするわ」
慧音さんが、小さく息をついた。
「……残りの割り振りは、阿求が決めてくれ。私は知らん」
渋々の口調だった。私は台本を抱え直して、頷くしかなかった。
配役は、そんなふうに決まっていった。
こうして、幻想郷の三国志は幕を開けた。台本は史実どおり、ただし、そのとおりに進んだ試しは、一度もない。
第1話 了
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。皆月葵です。
次回は、劇の幕開けとなる黄巾の乱です。張角三兄弟と、背後で動く黒幕が出てきます。
配役は、第2話以降で順に明らかになります。
感想や、「この人にこの役が合いそう」という案があれば、お気軽にどうぞ。
引き続き、幻想郷の三国志をお楽しみください。




