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4. 勝手に畳まれている洗濯物(前編)

長いので分けます。前半に主人公でできません。相方もラストにちょろっとだけ。

「はあ、洗濯物がですか」


 自転車に跨ったまま、そう広くない生活道路の脇に停まっている警察官の暮守(くれもり)は、警邏の途中で町内の住人に話しかけられ、困惑気味の声を上げた。


「そうなんだよ。夜中に勝手に畳まれてるってクレーム来てさぁ。そもそも乾燥終わったの放置しないで欲しいんだけどねぇ、夜中は特に長時間放置が多くてねぇ」


 三十年以上もここでコインランドリーを経営している西澤は、暮守の困惑に気づくこともなく話し続ける。


「防犯カメラも見たんだよ。一応設置してるからねぇ。普段は全然見ないんだけど、あ、前に事故あった時お巡りさん見たでしょ、あれ」

「ああ、はい、ありましたね」


 ちょうどこの付近で自転車と車の接触事故があり、交通課の応援で確認した件だ。車が車載カメラを積んでおらず、付近に設置されている防犯カメラ確認の協力を求めた。


「どうも毎晩おばあちゃんが来てるんだよ。そんで洗濯物畳んで行くの。ちょっと心配だよなぁ、ボケて徘徊してんのかなって」


 なるほどそれが用件か、とようやく暮守は合点がいった。夜な夜なコインランドリーに来て洗濯物畳むというのは不思議な行動だが、他の人にはわからない一定の行動パターンで動く老人も多い。


「で、夜中に張ってたんだけどねぇ。俺が居ると来ないんだよ、おばあちゃん。中に人がいると来ないのかなぁ」


 それも徘徊(迷い人)であるパターンだ。散歩コースなど決まったコースを歩く、知らない人を警戒して避ける。それで道に迷うことも多い。


「知らない人だからちょっと離れたとこの人かもしれないよなぁ。お巡りさん確認できる?」

「わかりました。こちらで確認してみます。もし見かけましたら交番でも警察署の方にでもご連絡ください」


 暮守に心当たりはなかったが、生活安全課に照会すれば該当者がいるかもしれない。

 暮守は請け合うと、西澤のスマホに表示された画像を撮影し、挨拶をしてペダルに足をかけた。



 しかし、生活安全課に照会をかけても該当者は不明のままだった。


 捜索依頼はなし、犯罪性もないので、地域課で協力して見回りを強化することとなった。



 数日後。

 端末に向かって報告書を入力していた手を止めて、暮守は傍に置いてあったペットボトルのお茶を一口飲んだ。自分で書いた報告書を読んで、首をかしげる。


 高齢者の徘徊は、交番に勤務している暮守にとっては珍しいことではない。ただ、ここまで情報がないのが不思議であった。

 少なくとも、毎日のように洗濯物を畳んでいるのだから、誰かが目撃していない方がおかしい。いくら深夜でも、洗濯物を残している利用者がいるのだから出入りがゼロではないのだ。人がいないから安心して入るのはわかるが、後から人が来ることが一度もないということがあり得るだろうか。

 しかし、洗濯物を触られて怒った利用客が直接老人に怒りをぶつけたり、被害を訴えた報告は一件もない。


「もう少し聞き込み続けてみるか……」


 そのとき、近隣のトラブルを知らせる声が無線の向こうから流れてきた。

 暮守は立ち上がると、相勤の巡査に声をかけ、原付の鍵を手に取って出入り口に向かった。




 応援自体はよくある酔っ払いのトラブルでたいしたことはなかった。初動の引き継ぎを終えた暮守は、現場近く——ここも管轄内だ——のコンビニに立ち寄って、飲み物を購入することにした。


「おやこんにちは、お巡りさん」


 管轄内のコンビニは、何かと顔を出すことが多く、オーナーとは顔見知りだ。


「防犯カメラですか? 連絡くれてたらすみません、アルバイトがメモ残してないかも」


 場所にもよるが、コンビニに防犯カメラを確認させて欲しいとお願いするのは日常茶飯事だ。事前連絡をするのが通常なのだが、コンビニ内で連絡が行き違っていることもこれまたよくある話である。

 少し慌てて言うオーナーに、暮守は笑顔で答えた。


「いえ、今日は立ち寄りだけです。いつもありがとうございます」


 業務中、警察官がコンビニなどに立ち寄ることは防犯の観点からむしろ推奨されている。暮守はお茶を一本手に取ると、レジにいるオーナーに渡しながらふと思い立ってスマホを取り出した。『ちょっと離れたとこの人かもしれない』という西澤の言葉と、おばあちゃんが歩き回れる距離としてはこの辺りはちょうどいいことに気がついた。


「すみません、ちょっと見て欲しいんですけど。こちらのおばあさんはこの辺りで見かけませんか?」

「おばあさん? どれどれ……」


 オーナーは画面を覗き込み、首を傾げた。


「画面荒いけど、下村さんとこのおばあちゃんかなぁ」

「心当たりがあるだけでもありがたいです! どちらにお住まいかお分かりですか?」


 暮守の問いに、オーナーは奇妙な表情で暮守を見る。


「住んでたのは、そこの小学校の西門前だけど……」

「ありがとうございます、確認してみます!」


 ようやく糸口が見えたと喜んだのも束の間、オーナーはあっさり可能性を否定してきた。


「あ、待ってお巡りさん。それ最近の写真なら下村さんじゃないよ」

「え?」


 どう言うことかと訪ねる暮守に、オーナーは少し寂しそうに答えた。


「下村さん、先月亡くなってねぇ。いい人だったのになぁ」

「亡くなった……?」


 防犯カメラの映像は新しく、先週のものだ。

 暮守は思った。

 これ、俺の手には負えなくないか?



 その後、近くの商店などでも聞いてみたが、皆口を揃えて「下村さん」と言う証言が取れてしまった。しかし、事件性も低いのに、まだ四十九日すら終えていない下村宅に聞きに行くのも憚られる。そもそもこの件にかまけている暇はない。でも西澤さんは困ってる。

 悩む間もなく無線からは住民トラブルだの迷子だの、交通事故の初期対応だの、次から次へと仕事が飛んでくる。他人の空似だろうと決めつけて、捜索願が出たら対応すればいい。

 そうは思っても心にしこりが残っていた暮守は、どのみち強化すると言っていたのだから、と書類に追われている相勤者を残して、自転車に跨った。


 深夜の静かな町に、24時間営業の灯りが路面に落ちている。

 人がいると来ない、という事前情報を踏まえて、暮守はコインランドリーから少し離れた場所に自転車を停めた。

 先ほど、中に誰もいないのは確認済みだ。複数の乾燥機の中に、誰も取りに来ない洗濯物が取り残されていた。


 防犯カメラの時間は深夜の二時三十分。よりによって丑三つ時とは……と嫌な思いになる。


 時計と見比べながら、やや落ち着かなく無意味に制帽を被り直した。離れた県道を走る車の音が遠くに聞こえる他は、物音ひとつしない。

 やがてカメラが示していた二時三十分が近いてきた。街灯の頼りない光の影で、暮守は緊張しながらコインランドリーを見つめていた。


 来るならそろそろか、そう思った時、街灯の範囲から逃れた暗がりの角から、一人のおばあさんが歩いてきた。ベージュのニットに紺色のパンツ、あまり気を張らない格好は防犯カメラの通りだ。おばあさんはコインランドリーの中を覗くと、そのまま引き戸をカラカラと開けて中に入っていった。再び音を立てて閉った扉を眺めて頭を振る。先月亡くなった、と皆が言っていた下村さん。ここから見る分には特に霊とか怪しい存在には見えなかった。やはり他人の空似かな、と暮守は知らず詰めていた息をふう、と吐いた。


 自転車はそのまま置いて、自分だけでコインランドリーに足を進める。ガラス越しに中を見ると、おばあさんが手早く、それでも丁寧に洗濯物を畳んでは、一時置き場になる大きなカゴの中へと入れていた。

 どこのおばあさんだろう、名前がわかるものがあるだろうか。保護のためにパトカー応援に呼ぶべきかな。

 そんなことを考えながら、引き戸を開けると、おばあさんに声をかけた。


「こんばんは」


 おばあさんは顔をあげた。どこにでもいそうなおばあさんだ。歩き方もしっかりしていたし、身だしなみが乱れているわけでもない。しかしその瞳は虚ろで、暮守を見ているのにどこか遠くを見ているようにも見えた。

 特に後ろ暗いところがなくても、警察官には緊張する人も多い。なるべく警戒させないように、暮守は務めて明るい声で、笑顔で話しかけた。


「もう夜遅いですよ。おうちはどこですか? 危ないから、送ります——」


 送りますよ、と言い切らないうちに、おばあさんの姿を見失った。目を逸らしてはいない。視界におばあさんを映したまま一歩足を進めた途端、文字通り消えた。確実に、今まで、そこにいたのに。


 おばあさんが手にしていたタオルがひらひらと床に落ちる。

 作業台越しにそれを見て、それでも暮守が再起動するまではしばらくかかった。


「は? ——え? ええ?」


『下村さん、先月亡くなってねぇ』

 コンビニオーナーの声が耳の中でこだまする。

 ふらふらとコインランドリーの中に入り、ほぼ無意識に落ちたタオルを拾う。

 まだほのかに乾燥機の熱が残っていた。


「はああ〜!?」


 深夜には少々迷惑なほど大きな声をあげて、暮守はコインランドリーから駆け出した。

 停めていた自転車に跨ると必死で漕ぎ出す。


 なんだ? 見間違い? 幻覚?

 先月亡くなった、下村さん。亡くなった。

 その言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。


 亡くなった方に対峙することも多いので警察官にもいろいろいるが、暮守はリアリストのほうだ。個人的に不思議な経験などしたことはないし、刑事ではないが霊がいるなら証言してくれくらいに思っている。

 なのに、これは、なんだ?


「暮守? なんかあった? 具合悪いのか?」


 戻った交番で、相勤者が怪訝な顔をして訪ねるほど、暮守の顔色は悪かった。

 

 こんなの、警察の仕事じゃない! 勘弁してくれ!

 気を落ち着かせるためにペットボトルのお茶を一気にあおり、ふと壁に貼ってある管轄の地図が目に入る。

 

 高校時代の友人に、この管轄内の寺が家のやつがいた。寺生まれなら昔のネットミームみたいに「破ぁ!!」とか一発で解決してくれないかな。



     §



「久しぶりに連絡が来たと思ったら、ずいぶん近所にいたんだね」


 非番の日、暮守は派手ではないが落ち着いたオフィスのソファに座っていた。対面する相手、寶積(ほづみ) 蓮(れん)と暮守は、高校時代の同級生だ。部活も違うしそこまでいつも一緒にいたわけではないが、なんとなく一緒に過ごすグループにいた程度の仲だった。彼は服装こそ制服から仕立ての良さげなスーツに変わっていたが、メガネをかけたインテリ風の相貌はあまり変わりがない。


 ひとまず、暮守は先日からのコインランドリーの一件を、最初から説明した。特に目の前でおばあさんが消えたことは、気のせいや幻覚とは思えないことを強調する。


「『寺生まれのRさん』ならなんとかできないか?」


 高校時代に散々言われたミームを持ち出されて蓮はムッとした表情になる。


「それをいうなら俺も君を墓(・)守と呼ぶぞ」

「すまんかった」


 速攻で謝る暮守。確かに学生時代の他愛もないからかいを持ち出す歳でもない。しかしそれだけ追い詰められていたという証左でもあった。


「まあいい。ところで、君はそのおばあさんを『見た』んだね?」

「そうだよ、最初からそう言ってる。それで、目の前で消えた……」


 思い出したのか身震いをする暮守に、蓮はふむと頷いた。


「今まで、そういう、霊のように見える物を見たことは?」

「ない! 今回のことも信じられないくらいだ。だいたい霊は物に触れるのか? なんで洗濯物を畳むなんて……」

「カメラの映像を確認したのはコインランドリーの人だけかい?」

「いや、近所の人も何人かが見ている。そこのコンビニのオーナーも」

「なるほど、その写真はあるかい?」


 暮守は個人のスマホで撮影していた、西澤コインランドリーの防犯カメラに映っていた写真を見せた。


「これなんだけど……」


 スマホを蓮の方に向けて見せると、彼は身を乗り出して眺めた。写真で見る限り、特に怪しいところがない。別に体が透けているわけでも、宙に浮いているわけでもない。普通に、おばあさんが洗濯物を畳んでいるところを、室内の上の方から撮影された写真である。


 蓮は写真を一瞥すると、振り返って後ろにあるデスクでパソコンに向かっている事務員に声をかけた。


「衣縫(いぬい)さん、ちょっとこれ見てくれないかな」


 声をかけられた事務員——先ほど暮守にお茶を運んでくれた40代くらいの女性——は、キーボード上で動かしていた指を止めて蓮を見ると、すぐに立ち上がった。


「なんでしょうか」


 応接テーブルに近づく衣縫に、蓮は暮守のスマホを見せた。


「これに何が写っているように見える?」


 衣縫はスマホを覗き込み、首を傾げた。


「テーブルとカゴ、衣類やタオルですね」

「人は?」

「写っておりませんが」

「え?」

「なるほど、ありがとう」


 衣縫の答えに疑問の声をあげた暮守に一礼すると、彼女はさっさと自席に戻る。ポカンとしている暮守に、蓮は簡単に説明した。


「彼女はね、見えない人なんだよ」

「見えない……?」


 自分の話をされているのに、衣縫はこちらに関心を示さずにパソコンに向かって何やら入力をしている。


「よく『霊が見える人』とか言われるよね。その逆。彼女は、霊や怪奇現象が全く見えない」

「霊や怪奇現象が……」


 まだ頭がよく回っていない暮守は、ぼんやりと蓮の言うことを繰り返した。

 この写真にはっきり写っているおばあちゃんが見えないなんてことがあるだろうか。しかし、彼女がわざわざそんな嘘をつくわけがないし、蓮がこちらを担ぐために彼女と口裏を合わせるなんてこともしないはずだ。この話は、暮守がここに来て初めて話した内容なのだから。


「ってことは、つまり……」

「確実に、これは心霊写真だね」


 暮守が濁した語尾を、蓮はあっさりと引き継いだ。


「え、いや、でもこれ写真だろ?」


 霊そのものが見えないのはまだわかる。しかし、映像や写真に「記録」されているものまで見えないのはどういうことだろうか。


「霊とは本来そ(・)う(・)い(・)う(・)物だよ。もし、衣縫並に感度の低い人にも見えるなら、それは偽物だ」


 蓮の答えに暮守は天井を仰いだ。

 なんで非番の日にこんな訳のわからないストレスをかけられてるんだろう。もう帰っていいかな。


「さて、ここからビジネスの話だ」


 そんな彼を無視して、蓮はにっこりと笑った。


「調査から除霊まで、知り合い価格で十万円で受けてあげるよ。どうだい?」

「は? 金取るのか?」


 十万という価格に急速に現実に引き戻され、暮守は思わず声をあげた。


「こちらもビジネスだからね。これでも破格の値段なんだよ。そのコインランドリーの西澤さんに話を通すかい?」

「いや、話を通すって……」


 暮守が遭遇した場面の防犯カメラを見てもらえれば、このおばあさんが霊だと信じるかもしれない。だが、実際のところどうだろう? 警察から「実は霊でした」なんて伝えられた市民の反応なんて想像すらできない。それで十万払えとか、警察が詐欺を斡旋してるなんて言われるのではないか。

 かと言ってポケットマネーから十万は出せない。公務員はそこまで稼いでないのに、個人的な知り合いでもない地域の人のためにポンと出せる額ではない。そうは言っても警察内で稟議回しても絶対に通らない。バカにしてるのかと突き返されるのは目に見えている。


「ちょっと……考えさせてくれ……」

「わかった。ご利用お待ちしております」

「ほざけ」


 軽口のような営業に悪態で返して、暮守はため息と共に蓮の事務所を辞したのだった。



「さて、どう思う? 湊」


 暮守が事務所を出ていくとすぐに、隣室のドアが開く。

 出てきたのはスーツ姿なのにも関わらずボサボサの髪をした薄氷(うすらい) 湊だ。別件に連れられて、帰ってきてから報告書を書かされていたところにやってきたのが暮守だった。


「帰るの邪魔された」

「そういうことは聞いてない」


 ため息をつく蓮を無視して、湊は裏口に向かった。


「放っておけばいい。蓮さんだって知ってるくせに」


 無愛想にいう湊に蓮はくすりと笑う。


「ビジネスチャンスは逃してはいけないんだよ、湊」

「守銭奴」


 言い残して裏口のドアをバタンと閉める。このまま寶積寺(ほうしゃくじ)の裏側を回ると鏃自動車工業の裏口へと人に会わずに帰れるのだ。


 一般の人に見える霊となると、消えるのにもやや時間がかかるが、洗濯物に物理的に干渉しているのだからどうせ長くは持たない。

 自分には関係ないとしか、湊には思えなかった。


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