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夜中に勝手に起動しているPC(後編)

「いやあ、噂の寶積(ほづみ)コンサルティングさんに見ていただけて本当に助かります」


 沼田社長は見たところ40代前半といったところか。こういった中小企業の経営者にたまに見られる傲慢な気質も見られることなく、愛想良く話している。


「まずは防犯カメラの録画を見ていただいていいでしょうか。誰もいない部屋で、パソコンが勝手に起動するんですよ」


 入口すぐ脇にある受付兼警備員室に、社長は2人を案内した。映像は既に用意されていたらしい。マウスで一度クリックするだけで、映像が流れ始める。とはいえ、画面はほぼ真っ暗に近い。画面右上の時間だけがカウントアップされているだけの映像がしばらく流れた。


「あっ……」


 恒一が思わず声を上げたのは、時間が00:00を示した瞬間だった。続いて2秒ほど経って、今度は沼田社長が声を上げる。


「ほら、見てください! 誰もいないのにモニターが明るくなって、ほら!」


 複数ある画面の1つには、パソコンの画面が映っているものがあった。斜め上からの角度な上に解像度がそこまで良くないので見づらいが、PINコードを入力するための窓に、入力しているらしき「••••••」が表示されていく。まるで誰かが入力してるように。そして、その文字列が消えると、再び「••••••」が入力される。何度か繰り返すと、おそらくロックがかかったのだろう、画面が動かなくなった。


「……というわけなんです」


 録画を終了させて、沼田社長がため息をついた。恐れているよりも、困惑の方が強いのだろう。


「修理にも来てもらったんですよ。なんかログとかも見てもらって。でも、特に不具合はなさそうなんですよねぇ。もう買い替えるべきなのかなぁ」


 半ば独り言のように続ける彼に、恒一はしばし返事ができなかった。勝手にバクバクとなり出してる心臓を落ち着けるために深呼吸をひとつ。今この場ではなんの役にも立ちそうにない俯いてるだけの不審者をチラリと見てさらに気を落ち着かせる。

 多分、というか絶対、沼田社長は気がついてない。

 しかし湊と、不幸にも恒一の目には、その映像に原因までしっかり映っているのが見えていた。

 何度も間違ったPINコードを入れ続けてログイン拒否されている、哀れな霊の姿を。

 なんだそれ。意味がわかんねーぞ。

 恒一は精一杯の強がりを心の中で呟いた。


「あの、ところで……そちらの方は……」


 微妙に言いづらそうに口ごもりながら、沼田社長は恒一の後ろに隠れてる不審者もとい湊を見た。黒のパーカーにサングラス、通販で買える中では一番大きいと満足そうに言っていたマスク。しかもパーカーの紐を絞っているので、マスクは半ば埋もれ、サングラスだけが目立っている。不審者通り越して変態と通報されても仕方のない姿だ。社長の困惑も無理もない。


「ああ、すみません、紹介が遅れました。当社の除霊・浄化を担当しております薄氷(うすらい)です」

「除霊・浄化担当」

「はい」

「その方が」

「はい」


 これが。

 そう続けたいのを堪えて、無理やり笑顔を作る。口上は蓮に教わった。ハッタリをかますのが恒一の仕事だ。


「恐れ入りますが、除霊の前の潔斎中でございます。禊後になるべく外気に触れないための服装になります。また、口より穢れが入るため、ご挨拶も失礼させていただいております。ご容赦ください」

「おお、それは!」


 沼田社長は希望が見えたと言わんばかりに目を輝かせる。いいのかこんなに簡単に信じて。禊ってなんだよ、風呂入ったぐらいでどうにかなんのか? あとさっきまで散々喋ってたぞ?

 蓮兄、実は詐欺師なんじゃね?

 心中の声は出さずに、質問に切り替える。


「ところでそのパソコンですが、お話によると先月からの現象と伺いました。お心当たりはございますか?」


 その言葉に、沼田社長の表情は寂しそうなものになった。


「先月ではないのですが、もう少し前に先代社長であった父が他界しましてね。このパソコンも元は父が利用していたものでした。引き継ぎで忙しかったので私は以前から使用していたものを使ってましてね。先月あたりから中をあらためて、必要な情報を確認し始めているところです」

「それは……ご愁傷様でした……」

「父……なのでしょうか……」


 沼田社長は落ち込みつつも語り始めた。昭和の時代、叩き上げからこの会社を興し、小さいながらも自社ビルを建てるに至ったこと。家では厳格な父だったこと。


「そう言えばペットを飼いたいと駄々をこねたこともありましたが、父に一蹴されましたよ。家を作り直す仕事だからこそ、ペットに傷つけられたりするのが我慢できなかったのかもしれませんねぇ」


 しんみりと話す社長の横で、恒一は別の可能性を考え始めた。よくある話だしネットでネタになったりもする。「俺が死んだらパソコンの中身は完全消去してくれ」というアレだ。

 しかしこの推測を、この人の良さそうな社長さんに話すのは酷だ。いや、しかし。

 しばし悩んだ末に、もうひとつ質問を投げる。


「もしかして、このパソコンのPINコード、変えました?」

「ええ、つい自分のものと間違えてしまうものですから。どうしてそれを?」


 その返事で、恒一はおおよその事態を把握したのであった。



「もうすぐ0時になります。パソコンの方もご覧になりますよね」

「ええ……そうですね」


 見たくねえとも言えず、恒一はためらいがちに返事をした。あとは湊に任せたいところだが、決して湊は社長と2人になろうとはしないだろう。夜中なので他の社員がいないのだけが湊にとってせめてもの慰めだ。



 昭和に建てられたとは言え、さすがはリフォーム会社。内装はとても明るく現代的だった。明かりがついていれば霊が出てくるような雰囲気ではない。

 3階の奥に、壁ではなくパーティションで区切られた一角が「社長室」で、問題のパソコンは社長机の上に鎮座している。こうしてみると少し豪華なデスクと椅子があるだけの単なるオフィスだ。このまま怪奇現象は起きないのではないか。

 まあでも、試せることは先に試して頂こう。恒一は沼田社長に声を掛けた。


「一度、元のPINに戻していただくことは可能でしょうか」


沼田社長は苦笑した。


「そうですね。父にはわからないでしょうから」


 彼はこの霊が父親だと確信してるようだった。

 湊は黙って壁にかかった先代社長の肖像を眺めているだけで特に反応なし。マウスのクリック音やカタカタとキーボードを打つ音だけが室内に響く。


「できました……電源は一度落とした方がいいですね」


 パソコンの画面が暗くなる。


「ところで照明は消さなくていいんですか?」

「いやいやいやいや」


 思わず素で返してしまう恒一。電気消す? やめて勘弁してくれ。


「誤解が多いですが霊に昼夜は関係ないんですよ明るくても出る時は出ます暗い方がよく見えるだけで」

「そ、そうなんですか」


 息継ぎなしの早口説明に目を瞬かせる沼田社長。おじさんのキョトン顔いただきました、いや、要らんけど。


 緊張感があるのかないのかわからない時間が過ぎ、やがて時計の12の数字が3本の針を同時に迎える。


「……っ」


 ぼんやりと、社長席に人の姿が現れた。

 何度見ても慣れない、と恒一は思う。

 今回の件なんて、はっきり言って恐れる要素などない。推測できる原因はしょうもないことだし、おそらく他害をする気もない。ログイン失敗しまくってる間抜けな霊なんて小学生だって笑い飛ばすだろう。

 そうわかっていても、腹の底から冷たい恐怖が湧き上がってくるのを抑えられない。自分でも意味がわからない。


 人の姿が現れて、パソコンの画面がパッとつく。防犯カメラの録画と同じように、PIN入力画面に「••••••」と入力された。キーボードの音が室内に響き——


 今度こそ、この霊、おそらく先代社長は見事ログインを果たしたのだった。




 沼田社長から見ると、勝手にキーボードが打鍵され、マウスが動き、フォルダが次々と開いてるように見えるのだろう。理由がわかっていても不可思議現象には違いない。目を見開いて見つめる視界の先で、階層を潜っていく。いくつ開いたのだろう、やがて「平成18年産業廃棄物処理法改訂」という名前のフォルダに辿り着いたところで、画面の動きが止まった。

 マウスポインタが産廃のフォルダを掴み、フォルダがゴミ箱に……いく前に戻る。そのまましばらく動かなかったと思ったら、唐突にフォルダが開いた。


「あー……」


 さすがの恒一も怖さを忘れた。産廃がどうとかいうお堅い名前のフォルダに入っていたのは、法律関連の書類ではない。サムネイルを見る限り、中身は画像ファイルだ。動画もあるようで、これは先代社長の()()()()()()なのだろう。

 これだけ近くに人がいても、外部刺激がない限りは自分の興味があること以外に目が向かないのも霊の特徴だ。

 躊躇することなく開かれたファイル。そこに写るのは明らかに人の姿だった。こちらを向いて微笑んでいる姿、半裸のものや複数で写ってるもの。


(まあ、見られてると思っちゃいないんだろうなぁ)


 やや遠い目になっている恒一の隣で、沼田社長の目から大量の水が溢れ出す。


「親父いいいい!」


 思わず出された大声に、ビクリ!と霊が反応し、カタン!と大きな音を立ててマウスが落下した。恒一の目には恐る恐る振り返る霊の姿。ここまで滑稽でも、なぜか怖気が背筋を這い上がる。

 霊の目が、沼田社長を捉えた。

 次の瞬間。


 ガシャン! ガタン! バサバサ!


 本が、書類ケースが、はては観葉植物までが同時多発的に飛び回った。

 咄嗟に沼田社長を押さえ込み、自分も蹲りながら湊を振り返ると、とくに怯えるでもなくパーカーのポケットに手を突っ込む。そこから取り出したのは……


「いや、なんでそれ!?」


 多目的ライター。チャッカ◯ンに代表されるそれだった。


「恥ずかしいからって暴れないでよね」


 恒一のツッコミを無視した湊はライターを正眼に構える。見た目不審者。どう見ても放火犯である。

 カチリ、と着火音がした。


「うわあ!?」

「え、なんだ!?」


 床に蹲る2人の声が重なる中、ライターの出力では到底あり得ない、青白い炎が辺りを包む。というか恒一と沼田社長も容赦なく包まれた。


「おい、湊! ……って、熱くない?」


 疑問を呈した時には、炎も、そして部屋を飛び交う本や書類ケースも全て収まっていた。まあ、元のところには戻ってくれなかったが。


「ああ」


 一瞬の嵐のような騒ぎから一転、静かになったオフィスで、沼田社長がうめくように呟いた。


「なんとなくわかります。もう……いないんですね」


 問いかけられた湊はソワソワとしはじめ、不審者すぎて目線もわからないが、たぶん恒一を見た。恒一はふう、と息をつき、もう誰もいない社長席を確かめる。


「そうですね」


 内心、なんだよさっきの炎、説明しろ!と思いながら、かろうじてそれだけを答えると、スーツのポケットから車のキーを取り出した。


「申し訳ありません、薄氷は消耗しておりますので退席させます」


 放られたキーをキャッチした湊は踵を返して部屋を出ようとして、足を止めると振り返り、中途半端に頭を下げて、今度こそ本当に部屋から出て行った。(知らない人と同じ空間にいるから)消耗してるのは間違い無いだろう。


「態度がなってなくて申し訳ありません」

「いえいえ、助かりました。きっとお力を使うのは大変なことなんでしょう」


 そう言って、まだ開かれたままのパソコンの画面を見つめた。そのフォルダのサムネイル。

 カメラに向かって微笑んでいる女性は30代くらいに見える。服装や髪型から見ても昭和中期から後期だろう。半裸の少年たちは、海水浴に行ったのだろうか。先代社長自身も写る家族のポートレート。

 時代的に、まだデジカメもなかったのだろう。やや色褪せた写真は、おそらく現像写真をデータとして取り込んだものだった。


「これは母です。こっちは私たちの子供の頃……。親父、会社のパソコンにこんなもの隠してたのか……」


 まだ涙目のまま、社長ではなく息子の顔をして、沼田社長がぽつりとこぼした。

 厳しい社長、厳しい父親。そんなイメージの自分を壊したくなかったのだろうか。


 恒一は部屋を見回して、寂しそうな沼田社長の背中に声をかける。


「片付け、手伝いますね」


 彼は潤んだ瞳で微笑んだ。

 おじさんの涙目の上目遣い頂きました。要らねえ。



  §



「結局、あの火はなんだった?」


 帰りの車の中、恒一は気になっていたことを聞いてみる。恒一が湊の仕事に同行するのは初めてだった。あんなやり方してるなんて初めて知った。


「あー、蓮さんの指示」


 サングラスとマスクはそのままに、フードを脱いで少しだけ不審者具合がマシになった湊は面倒くさそうに答える。


「顧客にはなるべく派手なパフォーマンスを見せろ、だって。別に、あれくらいなら指鳴らすんでも『消えろ』って言うだけでも充分なんだけど」

「それにしても、なぜチャッ◯マン? デュポ◯とか使えとは言わねえけど」

「火がつけやすい」

「それだけかよ」


 蓮にかかると、浄霊もエンターテイメントになっているらしい。そしてライター選択の理由がなんとも湊らしかった。見た目や雰囲気より実用性。

 いや、不審者にデュ◯ン持たせたところで絵にならないか。


「まったく熱くなかったよな」

「火力はあくまでもライターの火だけだから。霊力を乗せて派手に見せただけ。正直、オーバーキル」

「……なんか哀れになってきた」


 社用パソコンにこっそり隠した家族写真が心残りの霊。捨てようとして、もう一度中身を見たくなったと思われる動きだった。


「ちゃんと、浄化したから」


 ぽつりとつぶやく湊に、恒一はフロントガラスから一瞬だけ視線を湊に向けた。背もたれを倒し気味にだらりと座っているだけで、表情は愛用のアイテムに遮られたままだ。


「そっか」


 もうあまり車の走らない時間。夜の道路を街灯が軽やかに過ぎ去っていく。



『父と話せたわけではないですが、思いを受け取ることができました。ありがとうございます』


 ポルターガイストの後始末を終えた後、恒一は社長からそう伝えられた。


『薄氷さんにもよろしくお伝えください。感謝していると』


 沼田社長の感謝の言葉は、顔が見える時に伝えよう。



 時間は午前2時を過ぎていた。

 深夜の街を、2人を乗せたクルマはこの上なく快適に走り抜けて行った。


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