夜中に勝手に起動しているPC(前編)
長くなったので分けました。後編は明日投稿。
都市からやや外れた街の片隅にある小さなビルの駐車場に、娘の名前をブランド名にした、有名な高級車が滑るように入ってきた。駐車場はビルの1階ピロティまで続いているが、あいにく満車だ。ビルの手前の駐車場に車は停まった。
運転席から降りてきたのは長身の男だった。がっしりとした体躯をスーツで包み、鋭い目で辺りを見回すと、車内に何か声をかける。
しばらく会話が続き、やがてゆっくりと助手席のドアが開いた。降りてきたのは──。
「不審者?」
その最上階(3階)の窓から男たちを見下ろしていた社長は思わずそう呟いた。
黒いパーカーのフードを目深に被り、サングラスをかけてマスクを着けた、どこからどう見ても不審者にしか見えない男……かどうかもわからない人物は、電話をかけながら歩き始めた長身の男の後ろに張り付くようにして「(株)沼田リフォーム」と書かれた入口の方へ向かってきた。
ポケットのスマホがやけに大きな音を立てて鳴った。
§
「ふざけんな!」
鏃自動車工業の2階、居住スペースの居間には2人の男がいた。1人は美術館の彫像に命を吹き込んだと言われても信じてしまいそうなほどの美貌にヨレヨレのパーカーという残念な格好の、今声を荒げている薄氷 湊。対照的に隙のないスーツ姿にメガネの似合うもう1人の男は、大きな声に動じることもなく微笑んだ。
「何もふざけてはいないよ。沼田様の件、俺は一緒に行けない」
「なんでだよ、日程ずらせばいいだけだろ!?」
メガネの男は肩をすくめてやれやれと首を振った。明らかに人を小馬鹿にした仕草だ。
「いいかい、湊。沼田様は新規のクライアントだ。イニシャルでこちらからプロポーズしたアジェンダをリスケジュールするのは、著しくパーセプションを下げる行為だってことはコンセンサス取れてるよね? ファースト・インプレッションを最重要のKPIに設定するのはビジネスのベーシックだ。もちろん俺のリソースはシングルだから、どうしてもボトルネックが発生する時は、シンシアリティを持ってアポロジーするのには吝かではない。しかし、今は君というアセットがいるだろう? コミット可能なタスクをホールドしてノンコミットとトランスミッションするのも、これまたクレジットをロストする行為だよ。君も少しはソサイエティのリテラシーをインプットした方がいい」
「絶対わざとやってるよね?」
湊には彼が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、湊以外でもわかる人の方が少ないだろう。会話する気があるとも思えない。よくそれだけの長文で訳のわからない言葉をすらすら言えるもんだ、と視線で訴えても男の表情は変わらない。
「一方で宮原様は大口の最重要顧客だ。先方からのご要望には可能な限りお応えせねばならない。もちろん日程変更などもってのほかだ。今回は俺も譲れない」
「日本語になった……」
ゲンナリと湊が呟いたところで居間のドアが開いた。いつも着ている作業着から着替えてTシャツとスエットパンツ姿の長身の男、鏃 恒一が無造作に運んだ足をふと止める。
「あれ、蓮兄、きてたんだ」
「お邪魔してるよ」
「邪魔だと思うなら帰れば?」
いきなり辛辣な湊の言葉に恒一は「なんだ、また仕事で揉めてんのか」と軽く言うに留めた。この2人の仕事の話はあまり聞きたくない。
恒一が蓮兄と呼んだメガネの男は寶積 蓮。親を亡くした恒一がお世話になった親戚の家の息子であり、寶積コンサルティングの若き社長(33)であり、
「とにかく、これは社長命令だ。1人で仕事してきなさい、湊」
そして、湊の雇い主でもあった。
「横暴! パワハラだ!」
悲痛な叫びにも、蓮は笑みを深めるだけだ。
「遂行可能な業務をアサインしただけだ。この程度の業務でパワハラなどと認められないね」
落ち着いた蓮の様子にさらに苛立ちを強めた湊はバン!とテーブルを叩いて立ち上がると、そのまま居間から出て行った。
残された蓮は肩をすくめると、関係ない顔してコーラのペットボトルに口をつけていた恒一に向き直った。
「というわけで、恒一」
「いやどういう訳だよ?」
逃げときゃよかったと思いつつ、仕方なしに返事した恒一に連は爆弾を落とした。
「明後日は休みだよね。明日の夜、湊を現場まで連れて行ってやってくれ」
「は?」
寶積コンサルティング株式会社。蓮が20代で立ち上げた会社だ。顧客は企業だけではなく官僚や政治家、海外にまでいるという噂だ。業務選ばずコンサルやってるのかと思えばそうでもない。蓮曰く、キャッチコピーは「見えないリスクを完全消去」だそうだ。問題はそのリスクにある。
「いや無理だって。蓮兄や湊の仕事場なんか行けるわけない」
無理無理、と恒一は首を横に振る。蓮の会社が完全消去とうたうリスク。
寶積コンサルティングは、コンサルなどと銘打った、その実除霊専門会社だったのだ。
恒一は霊もホラーもオカルトも大の苦手である。できることなら一生関わりたくない。湊と暮らしている以上、話題にも出さないというのは難しくても、霊のいる現場なんかに行くなど想像もしたくない。
「ああ、車は」
そんな恒一の思いを知ってか知らずか、蓮は話を続ける。
「俺の車、好きな方使っていいよ。俺は飛行機だから今回は車はどちらでもいい」
自動車に関わる仕事をしている人間の多くがそうであるように、恒一も車が好きだ。整備士として技術部分にももちろん興味はあるし、運転も楽しい。だが悲しいかな、零細修理工場の所有できる車は、仕事で使う軽トラと、代車用に所有しているミニワゴンの2台のみである。それらの車が悪いわけではないが、純粋に運転を楽しむための車など、現状では夢のまた夢。
それに比べて蓮ときたら、国産高級SUVと、高級の代名詞のように言われる外車の中でも最上級クラスのスポーツセダンを所有しているのだ。リスク消去にどれだけ金をふんだくってるんだか、と羨みながらも呆れる思いだ。
でも。
乗ってみたい。
正直言ってものすごく乗ってみたい。
根本からコンセプトが違う、居住性から運転性まで究極のハイスペックを追求しているような車。
運転してみたいに決まってる。
いや、待て、落ち着け。これは罠だ。湊の仕事がなんであるか、自分はよく知ってるはずだ。行った先にナニがあるのかもわからないとこに行くなんて絶対無理だ。いやでも運転してみてえ!
葛藤している恒一に、蓮はダメ押しを与えた。
「なんなら俺が使わないときは好きに乗ってくれてもいい。保険は対応してるから心配は要らないよ」
「マジか!?」
一生手に入らないような超高級車を、蓮が使用しないときだけとはいえ、好きに乗っていいとは破格の待遇だ。自分で所有できないのは悔しくもあるが、恒一は身の程を知っている。
「え、じゃあ、スポーツの方乗っても……いいのか?」
新車で買えば中古マンションを凌ぐだろう値段の方を恐る恐る訊ねる恒一。欲望が恐怖に打ち勝った瞬間だった。蓮は今日一番の笑顔を見せた。
「交渉成立だね」
肝心の湊が不在のまま、外堀を固める握手が交わされた。
§
はあ、と大きくため息をついて、湊はベッドに転がった。
いつもの仕事なら、クライアントとの交渉は全て蓮がやってくれていた。湊は場が全て整ってから車から降りて、人のいない現場に行くだけでよかった。それを、今回は1人で行けと?
そもそも湊に回ってくる仕事は、蓮が自分で対応しきれないと判断した案件ばかりである。蓮だってそれなりに優れた除霊師、らしい。湊は自分と蓮しか知らないからわからない。が、実際湊が対峙する案件はそれなりに危険なものばかりだ。今回以外は。
「放っとけばいいんだよ。夜中にパソコンが立ち上がるくらい」
ただそれだけ。誰もいないのに夜中にパソコンが勝手に立ち上がる。データに異常もない、他に何も荒らされてない。
世の中の霊や怪異なんて、そのほとんどが見えない人が考えるよりずっと取るに足らないものだ。恐れる必要もないし、そのほとんどが放置しておけばそのうち消える。クライアントの……なんだっけ? クレジットをロスト? 知るか、そんなもん。
そんなチャチな霊なんかより、人間の方がずっと恐ろしい。いっそ滅べばいいのに。
湊のスマホにメッセージが届く。そもそもこのスマホに連絡してくる人間自体、恒一か蓮しかいないので、一瞬無視しようかと思った。が、一応、念のため、確認してみる。
『現場には恒一が連れて行ってくれるからね♡』
「あのクソ社長!」
湊はスマホを放り投げた。
ふざけんな。恒一を巻き込みやがって。
蓮が自分の弱点をよくわかってることがひたすらに腹立たしい湊だった。
§
「すげえ……ドアの音。聞いたか湊。ドアの閉まる音どころか開く音から違うぞ」
「わかんない」
「エンジン音! 知ってるか、このエンジンF1由来なんだぜ……」
「知らない」
「なに……アクセル……これ走ってる? 操作じゃねえよもう体の一部? ミッションもラグが感じられねえ……!」
「うるさい」
今の湊の心境を一文で表すなら「僕の心配を返せ」である。
自分の仕事に恒一が巻き込まれるのは避けたかった。自分に苦手があるように、彼にも苦手がある。そう思っていたのだが。
「行き先にどんなのが出ても大丈夫そうだよね」
「うっ」
嫌味のひとつ言いたくなるのも仕方がないだろう。
それまでニヤニヤ笑って運転の感想をブツブツ言っていた、控えめに言って気持ち悪い恒一は、一気に冷水を浴びせられた気分になった。まあ、でも。
「湊いるし、なんとかなんだろ」
ずいぶんと気楽なものである。
しばらくはおとなしかった恒一は、高速に乗ってまたターボがアクセルが加速がと騒ぎ出した。
本当に心配して損した。
クライアントの元に向かうには、基本的にスーツ着用だ。なお、湊に限っては袈裟に衣でも、水干姿でもいいと言われてるが遠慮している。というか持ってない。着るといえば蓮が用意しそうである。
ともかく、2人とも着慣れないスーツを着用していた。黒っぽいスーツ姿で運転している恒一は側から見ればカタギには見えないだろう。
一方、助手席にはスーツの上からどう見てもドレスコード的におかしなシャカシャカした素材のダボっとしたパーカーを着て、サングラスをかけて大きなマスクを着用した湊が座っている。カタギかどうかの前に完全なる不審者である。
そんな、検問やってれば職質に時間取られそうな2人はしかし、湊のメンタル以外は特に問題もなく、寶積コンサルティングの新規顧客である沼田リフォームの駐車場に滑り込んだのであった。
「ああ……」
着いてしまった、と呟いた恒一を湊は白い目で見る。さらに仕方ねえ、行くかとドアを開けさっさと降りる恒一に、湊は不貞腐れた声をかけた。
「僕は行かないからね」
「は? ここまで来て何言ってんだよ」
恒一のやや焦った声に少し溜飲が下がる。
「おい、人なんかいないからさっさと降りろ」
「嫌だ行きたくないこのまま帰る」
「そんなわけに行かねえんだろ、俺だって来たくないのに運転してやってんだよ!」
「嘘だ絶対楽しんでたくせに。第一依頼人に会うの僕の仕事じゃない」
「1人で行けってか? 無理無理、いいから降りてくれ!」
「僕だって無理。意見があったね、帰ろう」
「んなわけにいかねぇだろ!」
そろそろ本気で焦ってきた恒一を見て、今度は本当に溜飲が下がった。とは言え行きたくないことには変わらない。
ふぅ、とついたのはため息か深呼吸か。
「喋るのは全部任せる。僕はこのまま行くからな」
「その不審者スタイルのままかよ……」
ようやく、恐る恐る助手席のドアを開け、ゆっくりと地面に降り立つ。それを見て恒一はスマホを取り出しながら入り口に向かって歩き出した。慌てて追いかける湊をチラリと確認して、そのまま相手と会話を始める恒一。恨めしそうな湊の視線がサングラスに遮られて届かないのは、本人の自業自得だ。
パーカーの紐をギュッと引き、顔をフードに埋もれさせる。せめてもの抵抗だった。
「寶積コンサルティングの鏃と申します。沼田様のお電話でお間違いないでしょうか……はい、到着しております、はい……かしこまりました、お待ちしております」
普段のぞんざいな言葉遣いを一転、仕事モードで電話に話しかけている恒一に、湊は少し気後れする。学生の頃から長いこと同じ家で暮らしているのに、自分はこんなままで。置いて行かれている気分に焦燥がせり上がってくる直前、
「お待たせしました、どうぞお入りください」
ビル入口の鍵が空き、湊は身を縮こませた。
蓮のセリフの日本語訳(一部意訳)置いておきます。
「沼田様は新規顧客だ。最初にこちらから打診した日程を変更するのはとても心象が悪いのはわかるよね? 第一印象を重要視するのはビジネスの基本だ。もちろん俺は1人しかいないからどうしても無理な時は真摯に頭を下げることは吝かではない。しかし今は君がいるだろう? 対応できるはずのことを隠してできませんというのもまた信用を失うということだよ、君も少しは社会を学んだ方がいい」
AI直接利用は↑のセリフを「可能な限りカタカナビジネス用語に書き直してください」と指示して出力させたものをそのまま利用しております。それ以外はちゃんと自分で書きました。




