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腐った繁華街

 四人は、さらに細い路地の奥へと足を進めていた。

 表通りの喧騒は遠ざかっているが、静けさはどこにもなかった。


 むしろ、人の数は増えていた。

 狭い路地の両脇には、粗末な屋台や露店が隙間なく並んでいる。


 表のような派手な看板はない。

 鈍く灯る魔力灯に、煤けた布を垂らしただけの店先。


 木箱の上に雑に並べられた赤黒い液体の瓶。

 刃こぼれした短剣や古びた護符。


 行き交う連中の顔つきも、表とはまるで違う。


 昼間から酒瓶をぶら下げた酔いどれ。

 口元だけ笑ったまま立ち尽くす連中。

 濃い化粧をした女。


 笑い声はあるが明るくない。

 呼び込みはあるが歓迎ではない。


 商売の匂いは濃いが、どこか全てが汚れて映る。




 智春はその光景を見回し、思わず口を開いた。


「なんや、裏通りも栄えとるやんけ」


 ブレアは眉をひそめ、鼻先をわずかに押さえた。


「気分が悪くなるわね……」


 エリックは周囲へ視線を巡らせたまま、低く言った。


「表で扱えないものは、だいたいこういう場所に集まります」


 濡れた石畳を、鈍い魔力灯の光がぼんやり照らしている。


 エリックは足を止めずに続けた。


「ヴォルノクライは、小さな国ぐらいの広さがありますから。

 多種多様な種族が入り混じる以上、裏社会も路地一本で収まる規模じゃないんです」


 智春が横目で見る。


「それでこんなとこができあがるわけか」


「ええ」


 エリックは頷いた。


「この一帯はダンツィア街と呼ばれています。


 表で扱えないものが流れ着いて、裏でしか生きられない連中が集まる、ヴォルノクライ最大の裏街です」


 パットンが鼻をひくつかせる。


「臭いわね……」


 その言葉通りだった。


 潮や油。酒と汗。

 腐った魚に錆、古い血。

 あらゆる匂いが混ざり合い、空気そのものが濁っていた。




 四人は人混みをかき分けながら進む。


 露店の一つでは、痩せた老婆が布の上に怪しい品を並べていた。


 その前で、若い男がしゃがみ込み、焦点の合わない目で品を見つめている。


 少し先の壁際では、何もない空間に向かって笑っている男がいた。


 その隣には、女が座り込み、膝を抱えたままぶつぶつ何かを呟いている。


 さらに奥では、空になった小瓶を握ったまま眠っている奴が、通りの端に転がっていた。


 この街角の空気そのものに、何かが染み込んでいる。




 その中で、智春の足が止まった。

 壁際に、若い男が一人座り込んでいた。


 歳は自分たちとそう変わらない。

 制服の名残はあったが、布地は泥と吐瀉物で汚れ切っている。


 目は虚ろで、焦点が定まっていない。

 唇は乾き、手は細かく震えていた。


 笑っているようにも、苦しんでいるようにも見える、ひどく中途半端な顔だった。


 その足元には、砕けた小瓶が転がっている。


 瓶の底にだけ、どす黒い液体がわずかに残っていた。


 エリックが声を落とす。


「これ、おそらく……」


 ブレアが小さく頷いた。


「ええ。これがペルヴィンチね」




 智春はただ、その男を見ていた。

 前の世界でも、見たことのある光景だった。


 道路脇で意味もなく叫んでいたやつ。

 家族を泣かせて、それでもやめられなかったやつ。


 喧嘩で負けるとか、刺されるとか、そういうものとは違う。

 汚く、惨めで、最もくだらない壊れ方だった。


 智春の目から、さっきまでの軽さが消える。

 しゃがみ込み、男の目線に合わせる。


「これ、どこで買ったんや?」


 男は最初、まともに反応しなかった。

 唇だけがひくひくと動き、目は智春を見ていない。


 智春の声がさらに低くなる。


「おい。聞いてるねん」


 男の肩が震えた。

 それから、ぎこちなく腕が持ち上がる。


 指先は細く震えながら、路地のさらに奥を指した。


「……あっち……倉庫の裏……赤い……扉……」


 智春は立ち上がった。


「行こか」


 パットンはもうふざけた笑みを消していた。


 ブレアも無言で頷く。


 エリックだけが一度だけ男を振り返り、それからすぐに智春たちの後を追った。




 四人は人通りの多い路地を抜け、さらに奥へと入っていく。


 露店も人影も、少しずつ減っていく。


 笑い声は途切れ、代わりに木箱が擦れる音や、どこかで金貨が触れ合う音が耳についた。


 視界の先に、朽ちた倉庫群が並んでいる。


 その裏手。


 人目から隠すように石壁が張り出した場所に、赤い扉があった。四人はその手前の壁に身を寄せ、奥の様子を窺う。


 そこでは、露骨に怪しい取引が行われていた。


 薄暗い魔力灯の下で、小瓶が受け渡される。

 金貨を数える音が乾いて響く。


 見張り役らしいチンピラが数人、出入口付近に散っていた。


 客の顔つきはどいつもまともではない。

 空気には、ざらついた魔力の気配が濃く漂っていた。


 エリックが壁の陰から覗き込み、声を落とす。


「……まずいですね」


 その視線の先には、細身の男が立っていた。


 髪を後ろへ撫でつけ、安っぽい上着を着ている。口元には商売人めいた笑みが貼りついていた。だが、目だけは笑っていない。


 


 その周囲にいる子分たちは、さらに異様だった。


 肌に血管が浮き、呼吸が荒い。

 焦点の揺れる目で、落ち着きなく周囲を睨んでいる。


 笑っているが、口元がひくひくと痙攣していた。


「全員、魔力が異常に膨らんでますね」


 エリックの言葉に、ブレアも目を細めた。


「まともにやれば面倒ね。数も多いわ」


 だが、その時にはもう智春が前へ出ていた。


「ち、ちょっと!」


 ブレアが思わず声を漏らす。


 智春は構わず歩いていく。

 隠れる気など最初からなかった。


 仕方なく、三人もその背中を追う。


 密売人が気づき、新しい客かと思ったのか軽く笑う。


「おいおい、なんだお前ら。

 ガキが来る場所じゃねぇぞ」


 智春は足を止めない。


「しょうもない薬売ってんのお前か?」


 笑みが消えた。


「……へぇ」


 密売人は四人をじろじろと見た。

 その目が、値札をつけるように一人ずつ舐めていく。


「見ねぇ顔だな。

 マルボルクか?」


 智春は答えない。


「まあいい。

 ここで何見たか知らねぇが、無事に帰れると思うなよ」


 その合図で、子分たちがぞろぞろ前へ出た。

 密売人はさらに下劣な笑みを浮かべ、今度はブレアへ視線を固定する。


「それに、そこの魔族の女。

 なかなかの上玉だな。高く売れそうだ」


 その瞬間、智春の目つきが変わった。


「俺が一番嫌いなタイプやな」


 短い一言だった。


 その言葉に反応するように子分たちが一斉に前に出た。

 無理やり底上げされた魔力が、肌を刺すように伝わってくる。


 エリックの額に汗が滲み、ブレアは唇をきつく噛み締める。

 智春は肩を鳴らし視線だけで前を睨み、パットンの目は獲物を見つけたように細くなる。




「どけ」


その時、背後から声が落ちた。


 低く、短く、冷たい。

 温度のない一言だった。


 振り返ると、銀の長髪の男が静かに歩いてきた。


 黒い角に竜鱗に覆われた異形の腕。

 黒い上着。そして、黄金の目。

 歩いているだけで、裏通りの空気が変わる。


 密売人たちですら、一瞬言葉を失う。

 智春は、その姿に本能的な鳥肌を覚えた。


 その男は智春たちの横を通る。


 視線が一瞬だけ智春に向く。

 だが何も言わない。


 そのまま密売人の方を見る。


 密売人が、さっきまでの余裕を失った声で叫んだ。


「て、てめぇは!」


 男は表情一つ変えなかった。


「消えろ」

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