前夜祭の前夜
練習は決して裏切らないという、王様のお言葉を信じ、
今日まで沢山、練習をしてきました。
なんなら?
書類仕事中でさえも、ふと気付けば歌っておりました。
…何度も注意されました。
ですが、必死なのですよ、こっちは!!
まさか急に、大勢の前で歌うだなんて、
判りますか、この途轍もない緊張感が!?
え?…うるさいですか、すいません…
まあ、いよいよ明後日には本番だという事で、
本日もヘンリエッタ様との、ほぼ最終確認を兼ねた練習を行っております。
こう言っちゃなんですが、
最初の頃から比べれば、それなりには進歩したと、そう言って良いレベルまで、お歌も向上はしておりますよ。
ただ、最初がちょっぴり酷かっただけで…?
ええ、ただのマイナスからのスタートだっただけですよ。ただ…それだけの事です。
ええ、向上してますからね、そ、それなりには…
そして、私とヘンリエッタ様は衣装の準備もしなくてはなりません。
軍人ならば軍服ですが、
私もヘンリエッタ様も、そこは軍服って訳にはいきませんからね。
豪華な衣装がズラリと並ぶ衣装部屋に案内されました。
通常、貴族なれば衣装は自前なのですが、この国では、そういった個人の負担を軽減させたり、
急な催しや接待なども考慮し、国の為政者専用の、特別な衣装部屋が有るのですよ。
全ての衣装は最新のトレンドや季節ごとの入れ替えが行われており、
同じ衣装が被るなんて事は決して無く…
ここは衣装の職人を目指す若者の、訓練の場でもあるのですが、
使用後にはバラバラにして、新しいデザインなどにしてリフレッシュされてるのですが、
ある程度使った衣装は全て、極秘で他国の貴族に向けて販売されています。
そもそも、使われている糸でさえ、全て魔蜘蛛の糸を使っておりますので、
使用後だろうが、途轍もなく高級な品だったりするのです。
普通、魔蜘蛛の糸なんて、お金じゃ絶対に買えませんからね…
どこかの森で、糸を獲ってこようとしても、糸に触れたら最後ですから…
ええ、そうなったらもう、お食事ですよね…勿論、蜘蛛さんの。
さらに、衣装自体にも工夫がされていて、
汎ゆる体型にだって、完璧にフィットする仕掛けが、全体の随所に作られています。
オーダーメイドに匹敵するどころか、朝起きて浮腫んでいようが?
体調不良で数日食事を摂れてなかろうが、問題有りません。
普通だと?ドレスを造ったあと、急に太った…
え?
そ、そんな事は、普通無いと…思いますが…??
ええ、貴族ですからね?身だしなみにも、普段から常に、ちゅ、注意をね?
ででで、ですが、か、仮にね?仮にですよ?
あくまでも仮に…そういった、なにか悲しい…事故があったとしても?
全く、心配しなくていいのですよ?
それって全く持って、素晴らしいですね。
素晴らしいとしか、言えないですよね?
実家に…二度と着れないドレスが、一体どれだけ有ろうかと?
――ふと、私の頭を過ったのは内緒でお願いします。
え?違う、違いますよ?せ、成長です!成長ですからね?
成長して、お、大きくなっただけです。背が伸びた分、ちょっぴり横も…ちょっぴりですよ、ちょっぴり?!
こう見えてまだ若いのですよ、
まだまだ、育ち盛りなのですよ?成長が止まらないのです。
特にこっちに来てからは、毎日が危険で…
…い、いえ、なんでも有りません。
そしてこの国には、特別な色…が、存在します。
建国の王にして、偉大なる英雄で有らせられる、
我らの神であり国王様の漆黒、
黒は汎ゆる色を飲み込む、高貴で優雅で、唯一無二の、絶対の色だと、
そう、言われております。
国を挙げての行事では、王様が必ず黒いお衣装を召され、
側近である大臣がグレー、
そして将軍様は白と、そう決まっております。
つまり、ヘンリエッタ様はグレーのお衣装を、私は白のお衣装だという事になるようです。
普通ならば白のドレスなど、花嫁のものでしょうが、
この国では、花嫁はそれ以外の色を着るのが、最早常識なのですよ。
ちなみに?将軍様がご婚姻の場合は、花嫁も白で問題無いのです。
そして、この日の衣装を纏った姿絵が、
まさか帝国議会の本会議室の壁に、ドーーーンっと、張り出されてしまうのですよ…
最早、調整式ドレスの恩恵は、到底計り知れませんね…
絵描きの方に丁重にお願い…相談しなければならない様な悲しい事態は、なんとか回避出来そうです。
そして、そのお衣装を着た状態でも、お歌の練習を行いますよ。
お腹に力を込めたら…とかね?
ほら色々と?ドレスには危険がはらんでおりますので…
そして、やはり普段着と違って、中々リラックスして、大きな声を出すのが、割と困難だったりするのです。
なので練習ですよ。練習あるのみ、なのですよ。
そして、私たちの横では、将軍様らが本番同様の、生演奏での歌合せも開始されています。
簡単な打楽器のみと違い、やはり楽団の生演奏の音は凄まじく…
正直ビビってしまいます。
ですが負けませんよ。
練習は決して、私を裏切ら無いのです。
裏切るとすれば…それは私自身かな?
だ、ダメだ、弱気になったら負けだわ。
『おう、おつかれえ!』
突如、王様が現れました。
『あー、ハイハイ、今は良いから練習して、練習…』
条件反射で膝をつこうとする将軍様より先に、王様がそれを制止し、練習を続けろと…
きゅ、きゅ…急に、ど、どうされましたか、王様?
『え?差し入れだよ、差し入れ…』
そう言って笑って、大きな包を置いたあと、
王様は一瞬で、練習場からお消えになられました。
将軍様らが、ご厚意を無下にしてはならないっと、
その包を開けると、出来たてのたい焼きがいっぱい入ってました。
あれだけ張り詰めていた空気が、まさに一変しました。
皆様のお顔に笑みが戻りました。
勿論、私もヘンリエッタ様も。




