ジャーデイン将軍の日記 後編
我等は膝をつかされ、後ろ手で拘束された。更にその手と両足を、短い縄で繋がれた。立つことは決して出来無い状態だった。
そこに、トールトメラの王が居るからだと。
我らは侵攻軍、敵であれば、この処置も致し方有るまい…当然である。
トールトメラの王はまだ若い。
人柄も、良さそうには見える…それが唯一の、コチラの希望…
裁きが始まる。なんとか…よい条件を引き出せれば良いのだが…
だが…我等に話し掛けて来たのは…
先ほど、グリフォンと一緒に居た、あの男だった。
ただ一人…身なりが誰とも違っていた。
雰囲気も含め、貴族とも、軍人とも思えなかったが、
その男が…ゆっくりと歩き、私の前で腰を落とし…座った。
理由は良く分からなかったが、男からは途轍もない恐怖を…なぜか始終感じていた。
背中の汗が止まらない…そんな事、生まれて初めての経験だった。
男は言った。
宣戦布告が無かった以上、これはただの押し込み強盗だと…
捕縛された我等は捕虜では無いと、ただの重犯罪者、その場で処刑が普通なのだと…
確かに…コチラにとっては立派な軍事侵攻だったが…
トールトメラにすれば…ただの強盗なのだな。
そうか…我等、誇り高き海軍も、今やただの強盗なのか…それは口惜しいな…
そして…
男は続けて言った。
我等の王を…官僚数人を、既に処刑したと…
一瞬…なにをおかしな虚言をと…そう思った…
その私の目の前には、我が王の王冠と、見紛う筈も無い、いつも携えて離す事が無かったあの豪華な杖…
男が無造作に、それを私の前に放り投げた。まるでゴミでも捨てるように…
それは、起きたであろう事実を裏付けるには、もう充分過ぎる、確かな証拠だった。
更に…他の者には見えない位置で、角度で…
我が王…メーストラー七世の生首を…私にだけ見せた。
それこそ、決して間違えたりしない…完全に本物だった…
王冠や杖でさえ、すぐに本物だと判ったが…まさか…王の首とは…
王が…既に処刑されていたなんて…
流石にもう、絶望した。
ノーザンの海軍の三分の二はここへ来ていた。
地上軍も同じく三分の二…それらが既に、ほぼ殲滅された。
今、本国の兵力は、それ故ほぼ無いに等しい。
男の言う通り…ノーザンには最早、未来は無い。きっとすぐ様、ガーナル辺りに攻め落とされるのは、最早明白だった。
いや、元々未来など…無かった上に、この出兵で自ら自分の首を絞めたのだと…わざわざ死期を早めたのだと…
国が…祖国が滅ぶ…終わった…全て無くなった。
一瞬、真っ白になった…
我等は祖国も、誇りも、命も全て失ったのだ…この、遥か遠い異国の地で…
犯罪人に人権など無い。殺されて当然だと…とっくに覚悟は決めていた。思えばよい人生では無かったな。多くの苦労の連続で、最後の最後がこれかと…
だが…男の考えで、色々と不思議な展開で、私や部下の…その処遇がが、話しの雲行きが、
どうもおかしな方向へと動き続けた。
残った兵も、私と男で細かく…服従しそうな者とそうじゃない者とで振り分けた。
本人の危険度の高さで、それぞれ働く場所や内容を変えるとの事だった。そこに異論は無い。当然だと思う。
そして私だが…なぜか、トールトメラ軍の…海軍の作戦アドバイザー的なものへと収まった。
あの男…帝国の王の意見…考えによって、なぜかそうなった。
帝国の王はやはり異質だった。
まず、嘘もブラフも一切通じない、言葉を発する前に指摘されるのだ…
心の迷いや揺れさえも、すぐ様一瞬で見抜かれる。
最早、真摯に話すしか…無かった。
そして…なぜかいつしか拘束も解かれ、
幾つかの私物も返却された。この日記もそうだ。
当然、監視はついてはいるが。
逃げれば当然、ノーザン兵は全員奴隷となり、即座に市場に売られる。
だが…逃げる理由が無い。
敵の…いや、押し込み強盗の、その主犯なのに…その待遇がおかしいのだ…
当然、給金は出ない。当然だ。
だが食事も寝床もちゃんと与えられている…勿論、牢屋では無く…部屋だ。
軍の行動や作戦遂行に於いての、率直な意見を求められ、なるべく真摯に話す。
それが私に求められた仕事であり、
それを僅かでも怠れば、即座に全員が奴隷堕ちなのだから…必死だった。
兵装や考え方に違いは有ったが、
そもそも練度も高く、良い海兵だった事も有り、
そこに意見を述べるのも、実はまんざらでは無かった。
男は言う、
『せいぜい、トールトメラに尽くせよ?長生きしたけりゃな…そう、余計な事をしない限り、取り敢えずは安泰だからな…』と。
その目は、私の深層心理の…ずっと深い場所さえ、完全に見えているのだと…そう確信している。
常に、完全に見透かされている。
男はやはり異質だった。一瞬でアチコチを行き来出来るのも当然だが…
どれ程大きかろうが、それこそなんでも、一瞬で消せてしまう。出せてしまうのだ。
実際にそれを見せられて、それが、能力が事実だと知った。
一瞬でノーザンへと赴き、王と話し、そのうえで処刑した…それがまさしく事実だった。
そうだ、ノーザンの軍艦は…この男の手で…
たった一人の手で全滅していた。そう聞かされた。
だが…今なら判る…それも当然だと。
こんなバケモノが…普通にそこらを歩いているなど…誰が思うのか。
最初から、この遠征は、実現不可能な、ただの夢物語だったのだ…
しかも…男は神獣の従魔まで連れている。
我等に襲いかかったグリフォンだって、この男の支配下なのだと聞かされた。
トールトメラのある兵士が言っていた言葉で、ふと思い出した。
あの方は、そもそも神様ですからね…あの若い兵士は、確かにそう言っていた。
かつて世界中を滅ぼしたという…御伽噺の中の荒神…
荒ぶる漆黒の巨神の伝説を…
ここらでは【深淵の破壊神】という呼び名なのだそうだが…
ノーザンだとそれは、漆黒の巨神…
その…なんとその男こそが、その当人なのだそうだ…
思わず笑ったよ。
だが、決してばかばかしかったからでは無い。
自分らの愚かさに…だ。
体験した事実を重ねれば、その答えは明白だった。全て事実なのだと。
あれこそ人の姿に化けた正真正銘、
本物のバケモノ…いや、破滅の神なのだと。
何より…御伽噺の中のあの一節…
荒ぶる漆黒の巨神は、三つの下僕に命じ、
クモは国を、鳥は軍を、獣は兵を滅ぼした…
そこにそう書いてあった。
それを読んだのはまだ子供の頃だったが…
今も私の脳裏には、その文章が鮮明に焼き付いている。
男の背後には今、まさしく伝説の神獣、それが居るのだ…
圧倒的な恐怖の意味も、その身で十二分に理解した。そうか…
私らはどうやら、天に向かってツバを吐いたようだ。
つまり、これは天罰なのだ。
我等には、神への不敬の、当然の罰が下されたのだ…
その神から…まさか慈悲を受けた…頂いたのだ…
逆らうなど…最早私には出来ようわけも無い。
まさしく正真正銘…今、ここに、
誠心誠意…忠誠と信仰を捧げると…誓う。
本物を…神を疑う事などもう、私には出来そうに無い。
軍人として…いや?それ以前に、矮小で、か弱きただの人間として、
かつて何度も読み聞かされた…あの文章…
決して抗うな、決して歯向かうな、
跪き、こうべを垂れ…そして祈れと。
破壊の荒神こそが、実は唯一の、絶対の、混沌の世の、縋るべき救世の神なのだからと…
ノーザンの古い歴史書にも、
あらゆる書物にも、口伝の昔話にも、
眠る前に聞く、童の母のお話の中でも、
数千年の間…決して絶えることなく、今も続くその話…
そう書かれ、そう伝えられているのだから。




