幸せはいつか失われる
めんどくさいことになった。もしかしたらあの店ではもう働くことができないかもしれないな。どれだけ固い決意を固めても、いつの間にか甘い環境に慣れていた。だからこんな失態をしたのだ。もっと冷たく、生意気に接するべきだったのだ。とりあえず店長のところへ向かおう。店長はなぜかあそこには姿が見えなかったし、おそらく店にいるだろう。
「て、店長」
僕は緊張で若干声を震わせる。すると特にいつもと変わらない様子の店長がそこにはいて、おそらくこのことは報告されていなかったのだろう。
「ふう……」
僕は安堵で息をつき、いつも座る椅子に腰掛ける。
「ルナは、振られたんだな」
突然の店長の言葉に体に電撃が走ったように、ビクッと震えた。嘘だろ……伝わってたのか。これはまずいな本当にまずいな。僕は驚いて振り返ると、普段酒を飲まない店長がごくごくと酒を飲む姿が見えた。
「……すいません」
「別に責めてるわけじゃねえ。でもな、これでも父親だからな、思うことがないと言ったら嘘になる」
その泣きも笑いもしない、その真面目な顔を見て僕はただ申し訳なさを覚える。完全に恩を仇で返す形になったな。でも最初からこうするべきだったのだ。他人は利用して、恩だって返さない。人に優しくするから全て奪われるのだ。
「僕、今日でここ辞めます」
店長は何も言わずにどこか遠くを見つめていた。止められるんじゃないと、そんなふうに思ってしまったが、僕に顔を見せることもなく、ただ小さな声で。
「ああ」
と一言言った。
何も問題ないはずだ。なんなら都合よく仕事も辞められて、ちょうど良いんだ。なのに、全然楽しくもなければ嬉しくもない。お金を稼いで都合のいいタイミングで辞められてたはずなのに。
荷物をまとめて家を出た時、そこには息を乱したルナが立っていた。走って追いかけてきたのだろう。
「その荷物って……」
ルナは震えた声で呟く。
それはまるで聞きたくない答えを無理やり確認しているようだった。
僕はどんな顔をしたらいいか分からず、下を向いてそそくさとルナの横を通り過ぎる。
「待って!」
すると、後ろから腕を掴まれて無理やり振り払おうとしたが、ルナの顔を見た瞬間その気も失せた。
「ごめん、ごめんね……」
ルナは涙で顔をぐちゃぐちゃにして、ただ僕に謝罪する。考え直して欲しいと言うわけでもなければ、恩があるだろと言うわけでもない。ただ泣き崩れて謝ってくる。
「……あなたの居場所を奪ってしまった。私が勝手に好きになって、勝手に告白して、結果あなたが不幸になる」
ルナは全てを後悔するように唇を噛みしめて、まるで自分を恨むみたいに手を強く握る。彼女はただ、自分が大切なものを壊してしまったと、後悔し葛藤し、泣いて謝る。でも彼女は何も悪くない。僕が全部勝手に壊しただけなのだ。
「悪い」
このまま結婚してしまえば全て楽になるのだろうか。そんな気持ちを抑えてなんとか出した一言は、それだった。幸せはいつか失われる。特に僕みたいなやつは、たとえ二度目の人生を送ろうが何もうまくいかない。全て自分自身が邪魔してくる。
僕はこの先、何を求めて何をすればいいのか分からなかった。




