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(第二篇)異国の便り──往復書簡アラカルト

 この三人のペンパルとの交信はもはや絶えて久しい。が、サイトのアプリには交信の記録が残っている。今回の記事のために懐かしく読み返し、抜粋した。(彼らのメッセージの原文はすべて英文。翻訳アプリで和訳)



アルジェリア人女性

年齢: 二十三歳

職業: 不詳


──人生は、まるで物語みたいですね。雨の音を聞いたり、風に揺れる木々の姿を見たりするときなど、ことさらにそう思えてなりません。アルジェリアの自然はとても美しいです。でも私には、その風景を絵や文章にする才能がないのがとても残念です。


 そんなことはないでしょう。ちょっと考えてみてください。あなたが言うように人生の本質が物語なら、「日々の暮らしの連なりとは、絵巻や絵詞のようなもので、人が身をもって紡ぐ物語の展開である」とも言えます。ならば、今この世界で生きている者は、老若男女、ただ一人の例外もなく、なべて「生まれついてのアーティスト」のはずです。画家や小説家といった、いわゆる「業界人」だけがアーティストなのではないでしょう。そうは思いませんか。


──と、柄にもなくわけ知り顔で返信してはいるが、スマホに文字を打ち込みながら頭の中に流れていたBGMは、「ここは地の果てアルジェリア/どうせカスバの夜に咲く」の昭和歌謡、『カスバの女』だった。



イタリア人青年

年齢: 十八歳

大学一年生(学部名不詳)


──さて、どうやら私のコースは世界の文学、言語、文化を学ぶようです。個人的には英語、スペイン語、日本語を勉強しています。


 それは、まさに新入学の初々しいきみにぴったりの学びのメニューだと思う。きみには優れたカリキュラム・マネジメントの素質があるから、その三つの言語や文学・文化の学びが、広く浅く終わることは決してないはずだ。むしろ、多角的に人文科学を探求することで、きみの可能性はさらに大きく広がっていくと思う。なぜなら、きみは「資格やキャリアのため」というより、学ぶことそのものを楽しめる青年だからだ。これはお世辞ではなく、きみの手紙から自然と伝わってくる印象を述べている。

 結局のところ異文化を学ぶとは、比較文化の視点から自国の文化をあらためて発見し、さらには深めていくことでもあるのだろう。

──少し文脈は外れるけれど、きみの生まれたシチリア島の海岸から眺める昼の地中海のきらめきと、わたしの住む日本の海のそれは、きみの言うアートの観点から見れば、同じ海でもまったく違うはず。あるいは即物的な人は「海なんてどこでも同じ塩の水だよ」と言うのかもしれない。が、もちろんきみはそんな身も蓋もない言い方はしないだろう。高校の特別クラスで現代最先端の情報科学を学んだきみは、「同じ水分子でありながら、なぜシチリアと日本でこれほど異なる詩情を紡ぎ出すのか」とでもいうはず。きみのこのあいだの手紙の内容をもとに推察するならば──。

 誰の、あるいは何の影響なのか、実際言って、きみには物事を多面的に、いわばマルチアングルで見る癖が顕著にあるな。なにしろ、きみの祖国イタリアは、レオナルド・ダ・ヴィンチという稀代のマルチ人間を生んだ国だ。誇大妄想は慎むとしても、きみもまた、その末裔のひとりなのかもしれない。


 よい日本人の先生に出会えたようで、本当によかった。対面での日本語なり、日本学の学びを始めるときに、気の合うネイティブの日本人と出会えるかどうかは、とても大切なことだ。きみが生徒として、先生の彼女とどんな話題で学びの時間を過ごしているのか、そして彼女が日本人としてどんなネイティブな視点をイタリア人のきみに伝えてくれているのか、わたしはすごく興味がある。ぜひ、勉強の合間にまた手紙で知らせてほしい。


──と、わざとらしいほどフレンドリーな口調で返してはいるが、返信の際、頭にあったバックストーリーは、シチリアが舞台の映画『ゴッドファーザー』だった。



中国人女性

年齢: 二十六歳

職業: 古書画修復技術者


──何度も、何度もしつこくお聞きして申し訳ありません。日本人は桜についてどう思っていますか?


 満開の桜花の下で弁当を食べ、酒を酌み交わすことは、日本人にとって大いなる愉楽のひとときです。が、遠い昔の日本の歌人たちは、桜花の咲き乱れる春盛りの野道を一人歩きしながらも、野辺に落花してその色香の失せつつある花びらに見入りました。そして、今年の桜花の言わず語らずの末期の一句に聴き入るかのようにして耳を澄ませてのち、一首詠み歌ったといわれています。

 桜は春のいっときにパッと咲いては、あたかも死と生は同時であるかのように、またパッと散りゆく花です。──しかしながら、花の開花と散華を「盛者必衰」の喩えに使うのは、日本や、あなた方中国人をはじめ、西洋のいかなる国々の民であってさえも、例外ではありませんよね。だから、それをしいて日本人特有の心情である、などと気取ることはできません。たとえその場の花が桜ではなく、牡丹やバラ、あるいはマリーゴールドであったとしても皆同じこと、その示すところは、「花は咲いて、のち散る」この一事ですから。


──と、目一杯クラシカルな論説口調で返信してはいるが、そのときスマホのキーボードにタッチする指先の先にあったのは、中国映画の『古装片』(時代劇)の数々だった。


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