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(第一篇)風の便り

 去年の四月、外国製の海外文通アプリをインストールした。外国語学習や、チャット相手を求めて、というのではなかった。当時、異国の日本語学習者にとても興味があり、単発でもいいので彼らに、「なぜ日本語を」とちょっと聞いてみたかった。が、リアルタイムのチャット形式のサイトに参加する気はなかった。登録したサイトは、出会い系アプリの類ではなく、あくまで健全な「昔風の文通」をコンセプトとしていた。メッセージにバーチャル切手を貼り、即時ではなく実際の航空便の時間に合わせて彼の国へと届ける──そんなアナログなスタイルだった。

 で、始めてみると意外にも日本の文化や日本語に関心のある外国人男女が少なからずいて、日本人男性である自分から最初に声をかける必要はまったくなかった。実際にはサイトが運営するマッチングシステムもあって、さして間をおかずに八カ国から男女入り混じっての手紙を受け取ることになった。すべて英語圏以外の国からの来信だった。さしあたり日本は登録時にマッチング除外国の設定にした。で、交信そのものは主に英語で行った。が、わたしと同様に翻訳アプリを使う者もいれば、その必要もない母語なみの英語話者もいた。一方で、日本語の翻訳アプリを使う台湾人女性(年齢不詳)もいた。また、基本は英語使用者ではあったが、日本語能力試験(JLPT)のN5(初級)レベルの合格者が二人いた。

 サイト内の履歴をいま振り返ると、彼らとは一、二通のみのやり取りが大半だったが、十通以上の送受信を重ねた相手も三人いた。しかし、現時点(今年の五月)で交流が続いているのは一人だけだ。

 登録当初、サイトのプロフィール欄には思いつくまま簡略にこう記した。


 日本には「風の便り」という言葉があります。これは文字通り「風に乗って運ばれる手紙」という意味です。手渡しや口頭で直接伝えるメッセージとは異なり、遠くから静かに聞こえてくるささやき声のようなものです。皆さんの国にも、似たような表現はありますか?


 いま思うとそのプロフィール文を書いたとき、身にそぐわない何かしらのこそばゆさを自ら感じてはいた。まして実生活で「風の便り」なんて言葉を口にした記憶はついぞ思い当たらない。それなのに臆面もなく記載したのは、それがひとえに外国人向けの英訳による文であり、字面が英文字だから、ということに尽きる。

 それはともかく、このプロフィール文にダイレクトに反応して手紙をくれた人が数人いた。洋の東西の偏りはなかった。

 その最初の一人、ブラジル人女性(二十六歳)は、こう問いかけてきた。

「わたしの国ブラジルには、そんな表現はありません。どういう意味ですか? 詳しく教えてください」

 そこでわたしは、改めてネットで検索するなどして、補足を交えた返信をしたためた。その後、他国の人々から届いた手紙にも、同じ文面を使って返した。


「風の便り」とは、「本人から直接ではなく、誰かの噂や伝聞によって間接的に聞いた情報や知らせ」のことを指します。

 例えば、あなたに幼い頃とても仲が良かった友達がいたとします。二十代になったあなたは、今も彼(彼女)のことをときおりふと懐かしく思い出すことがあります。

 そんなある日あなたは、その友達が今はカナダのトロントに暮らしている、と偶然人づてに耳にしました。このようなときに日本人は、「わたしは風の便りで、二十年ぶりに彼女の居場所を知った」という言い方をすることがあります。これは、ただの噂話にファンタジーの味わいを添えた表現ですね。

 また、今回わたしは、全く未知の国であるブラジルに住む、見ず知らずのあなたから一通のお手紙を受け取りました。これはとてもファンタジックなことです。この場合も、あなたからのお便りを「風の便り」──つまり、「はるか彼方のブラジルから日本のわたしのもとへ、風が天駆け、海山越えて届けてくれた手紙」と日本語で表現することができます。


 彼女からの返信は、「とてもポエティックですね」という一言だった。

 一方、アルジェリア人の女性(二十三歳)は、こんなふうにお近づきの挨拶の手紙をくれた。

「わたしにとって『風の便り』のようなやり取りは、とても新鮮でわくわくします。これからも、遠い国からそよ風のようにメッセージを届け合えたら嬉しいです」

 さらにポーランド人の女性(十八歳)は、こう綴っていた。

「『風の便り』についてポーランド語でこれに相当するものはないか考えました。一番近いのは『wieść niesiona przez wiatr』だと思います。これは文字通り『風に運ばれるニュース』という意味です。このフレーズは、ニュースの出所を明かしたくない時や、どうやって知ったのかわからない時によく使われます」


 結局、「風の便り」という和語に感応して手紙をくれたのは、みな女性だった。


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