(第三編)桜便り
川に架かる歩道橋から眼下に、川の堤に腰を下ろす茜が見えていた。彼女は一週間のQ町滞在中、日に二度も、三度もこのお気に入りの場所へ来た。三月下旬、散策の人の目を遊ばせて飽きさせない遊歩道の桜並木は、ようやく六分咲きといったところだった。が、真昼のポカポカ陽気の川堤の所々には、すでに車座になって集う花見客も散見された。茜はQ町に来た日、「わたしは、ぼっち女子だからね」と何度かそんなネットスラングを口にして、大学卒業後一年が過ぎてもバイトに明け暮れる近況を慨嘆する、といったふうだった。が、今このとき、さしあたって川辺の春景色はしごくのどやかで、うららかだった。はぐれ言葉の出る幕はなかった。歩道橋を降りて茜に近づき声をかけると、彼女は振り向いて、「桜、もうすぐよね」と端折って言って屈託のない笑顔を見せた。
Q町での短い休暇を終えた茜は、また東京へと戻って行った。そして彼女からQ町への音信はぷっつりと途絶えた。それから、彼女がこころ通わせた川辺の桜が、何度か咲いては散りを繰り返したある日、ペルーのリマから彼女の一通のエアメールがQ町へと飛来した。若い娘の、路上の治安も定まらない南米一人旅、危ない目にも遇ったと文面にはあった。けれど彼女の便りはおおむね、「空は青く、草の色は緑です」「舗道に建ち並ぶビルのガラスの壁面に赤い夕陽が斜めに落ちています。壁面の上の方は夕空を映して薄紅色です。下の方には、反対側のビルと、通りの風景が薄墨色に染まって映っています。それらの幾何学模様のコントラストが抽象絵画を連想させてとてもステキです」とこんなふうにさわやかだった。彼女はペルーの高地を、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの街の光景を、映像作家志望らしい彼女特有の色感による絵詞で語っていた。
去年、時の流れは、右往左往して止まない彼女の旅ごころを、結婚へと安息させた。さらに今年のはじめ、風の便りに、茜は彼女の内なる川辺に一本の小さな苗木を得た、と聞いた。そして時満ちた今は、その苗木は外なる川辺に移され、幼子の口からは「マンマ」「シーシー」といった愛らしい声が芽吹いていることだろう。その桜が若木となるまでには、このQ町の川辺の桜もまた、いくたびか春を送り迎え、咲いては散り、散っては咲くことになる。




