二話 招待
応援よろしくお願いします!!
今推してくれたら最古参!!
鑑定から一夜明けた朝、屋敷の空気はまだ少しだけ落ち着いていなかった。
廊下を歩く侍女たちの声がいつもより小さい。
護衛の騎士たちも、何となく互いの顔を見合わせている。昨日の教会での騒ぎが、屋敷の中までしっかり届いているのがわかった。
俺は朝食の席で、焼きたてのパンをちぎりながら、向かいの席に座る父と母を見た。
ギアラはいつも通り余裕のある顔で、片手にカップを持っている。
セリナは姿勢が良く、朝からきちんとしていて、けれど視線だけはやたらと俺を気にしていた。
ヒナは俺のすぐ後ろに立ち、静かに給仕をしている。
「坊っちゃま、スープのおかわりはいかがですか」
「うん、いただく」
「かしこまりました」
ヒナが器を受け取って席を離れると、父がくすりと笑った。
「お前、昨日から随分と落ち着いているな」
「そうですか」
「普通、あの結果を見た次の日は、もう少し浮ついてもおかしくない」
「浮つくというより、整理している感じです」
「整理、ね」
ギアラは面白そうに目を細めた。
「その整理というのが、何かの役に立つならいいがな」
「役に立ちますよ」
俺がそう返すと、セリナがすぐに俺を見た。
「何か思いついたの?」
「まだ、そこまでは」
「そう」
セリナは少しだけ安心したように頷く。でもその目は、やっぱり心配の色を隠しきれていない。
昨日の鑑定で、俺の数値は教会を完全に騒がせた。
その上、固有魔法は万象。
教会側は記録を封印し、上層部へ急いで報告しているらしい。朝食の途中で、その答え合わせみたいに、玄関から軽い足音が響いた。
「失礼いたします」
ヒナが戻ってきた。
その手には、封蝋の押された手紙が二通。
「教会より書状です」
「来たか」
ギアラがひと目で察したように言う。
「ひとつは教会本部から、もうひとつは王都魔術院からです」
「王都魔術院?」
俺が聞き返すと、ヒナが頷いた。
「昨日の鑑定の件で、正式に確認を取りたいとのことです」
封蝋には、どちらもやけに厳めしい紋章が押されている。
教会の方は白地に金。魔術院の方は青銀の印。ギアラは片方の手紙を手に取って、ざっと目を通した。
「なるほど。随分と早い」
「何て書いてあるんですか」
「要約すると、レオンの結果は教会で封印扱い。加えて、数日後に非公開の再確認をしたい、だそうだ」
「再確認?」
「万象に関して、だろうな」
ギアラは肩をすくめる。
「ま、当然か」
セリナはもう一通の方を開いて読んでいる。しばらくして、静かな声で言った。
「こっちも似たようなものね。魔術院の方は、レオンの魔力と才能の記録を見たいそうよ」
「見たい、ですか」
「ええ。正式な観察をしたいと」
「観察って、言い方が嫌ですね」
「嫌よね」
セリナが小さく頷いた。
俺はパンをひと口食べてから、思わず口を開く。
「でも、行くしかないんですよね」
「まあな」
ギアラがあっさり言う。
「ただし、むやみに全部見せる必要はない。今の段階でお前の力を全部晒す必要はないからな」
その言葉に、俺は少しだけ意外な気持ちになった。
「父上、隠した方がいいんですか」
「当然だろう」
「でも、あんな数字が出たんですよ」
「だからこそだ」
ギアラはカップを置いて、俺を見た。
「強さが知れ渡れば、誰かは必ず利用したがる。欲しがる者も出る。守ろうとする者も出る。どちらにしても、お前自身がまだ五歳だということは変わらん」
「……」
「だから、力は見せるな、じゃない。見せるときは選べ、だ」
言われて、少しだけ黙る。
ギアラは軽い男に見える。けれど、こういう時の言葉には、ちゃんと重さがある。セリナも頷いた。
「あなたが強いのは嬉しい。でも、それを理由に無理をしてほしくはないの」
「はい、母上」
「よろしい」
たしかに。今は隠しておくのがいいか。だがどうせ学園に入学する頃にはバレるけどな。
ヒナが静かにスープを置いた。
「坊っちゃま、ご確認ですが、今後は教会からの呼び出しがある可能性があります。表向きは鑑定の再検査という形になりますが、実質は記録の確認でしょう」
「ふーん」
「王都魔術院の方も、おそらく似た動きになるかと」
「やっぱり面倒だな」
「面倒ですね」
ヒナが真顔で返す。
こういうのを、前世の俺は画面越しに見ていたんだなと思うと、少し変な感じがした。
一万時間、この世界をプレイしていた。
イベントの流れも、会話の分岐も、ルートの大筋も、何度も見た。
でも、こうして実際に自分の名前で呼ばれ、実際に自分の鑑定結果として扱われると、まったく違う。画面の向こうの「レオン・ヴァルディア」じゃない。
今の俺は、こいつとして生きている。
そして、だからこそわかる。
ここから先は、ただ強いだけじゃ足りない。
「……よし」
小さく呟くと、セリナがすぐに気づいた。
「どうしたの、レオン」
「いえ。少し、整理していただけです」
「何を?」
「これからのことをです」
ギアラが面白そうに笑った。
「お前、もうそんな先のことまで考えているのか」
「考えますよ」
「そうか」
「だって、俺はこの世界を一万時間プレイしてますから」
小さな声で言って決意を固める。
でも、事実としてはそれだ。
十年分の攻略知識がある。
だから、何が起こるかはだいたい読める。読めるからこそ、避けられる。避けられるからこそ、生き残れる。
朝食を終えると、俺はすぐに自室へ戻った。
ヒナが後ろをついてくる。
「坊っちゃま、どちらへ」
「少し試したいことがある」
「……鑑定の件、ではありませんよね」
「うん、別件」
「別件、ですか」
ヒナは少しだけ眉を寄せた。
でも、止めない。
もうそういう性格だとわかっているからだ。
部屋に入ると、昨日のまま机の上に置いてあった小物が目に入った。
スプーン、ペン、ガラスのコップ。それから、昨日のうちに遊び半分で置いた小石。俺はそれらを前に並べて座る。
「さて」
小さく息を吐く。
昨日、万象に少しだけ触れた。現象の流れを、ほんの少しずらすことはできた。だが、それ以上はまだない。
「まずは、見える範囲からだな」
俺はコップの水面を見つめた。
水。動き。反射。重さ。波紋。
ひとつずつ、イメージする。
昨日も思ったが、万象はただ念じればいい魔法じゃない。
何をどう変えたいか、ある程度はっきりしていないと反応しない。
「水面を、静かに」
そう言った瞬間、コップの中の波が、すっと消えた。
「……お」
本当に止まった。
完全にではない。
けれど、さっきまで揺れていた水が、見えない手でそっと押さえつけられたように静かになった。
「面白いな」
次に、スプーンを持つ。
「今度は、軽く」
意識を向けると、スプーンの重さがほんの少しだけ変わった。
いや、重さそのものというより、持った時の手応えが違う。
軽く感じる。
「……これは、慣性か?」
前世の理科を思い出しながら、口に出してみる。
ヒナが後ろで静かに見ていた。
「坊っちゃま」
「うん?」
「それは……何をされているのですか」
「万象の練習」
「万象、ですか」
「うん。まだ小さいことしかできないけど」
そう言うと、ヒナは少しだけ目を細めた。
「小さいこと、でしょうか」
「どういう意味」
「……今の、普通に見れば十分おかしいです」
「そう?」
「はい」
ヒナはまったく冗談を言っていない顔で頷いた。
たしかに、一般的な子供ならこんなことはできない。
だが、俺は昨日の時点で、そもそも普通じゃない数値をもらっている。
魔力八万九千。
全属性S~A。
その上に、万象。
なら、このくらいはまだ序の口だろう。
俺は立ち上がると、窓際に置いてあった小さな木の葉を手に取った。
「今度は、風」
葉を指先で浮かせる。
ほんの少しだけ、空気がずれた。葉はふわりと持ち上がったあと、机の上を回るように漂う。
「おお……」
今度は、葉の落ち方を変えてみる。
「重さを少し戻して……いや、違う。摩擦か」
葉が机に触れる瞬間、滑るようにスライドした。
「やっぱり、現象の調整だ」
魔法というより、状態の編集に近い。
それがしっくりくる。
前世のゲームで言うなら、これは属性魔法の上位互換というより、そもそもカテゴリが違う気がした。
火や水をそのまま出すのではなく、火や水が発生する条件そのものに触れている。
「坊っちゃま」
ヒナの声が少しだけ低くなる。
「さっきから、危ないことはしていませんか」
「危ないことって」
「部屋の家具が壊れたり、天井が落ちたり、そういうことです」
「しないよ」
「本当ですか」
「本当」
俺はすぐにコップの中の水を元に戻した。
たしかに、強い力はある。
でも、今の段階ではまだ精密すぎて、逆に派手にはならない。
そこが少し面白い。
と、そのとき。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえた。
「坊っちゃま!」
ドアを開けたのはギアラだった。
「父上」
「少し来い」
珍しく声が急いでいる。
「何かありましたか」
「門の方だ。来客がある」
俺とヒナは顔を見合わせる。
門へ向かうと、そこには見知らぬ馬車が一台止まっていた。
屋敷の騎士たちが、やや緊張した面持ちで立っている。ギアラの前には、教会の紋章を持った使者がいた。
「ヴァルディア公爵閣下。失礼いたします」
「どうした」
「本日は、レオン・ヴァルディア様に関して、教会本部より正式なお願いがありまして」
「お願い?」
ギアラが片眉を上げる。
使者は深く頭を下げた。
「三日後、王都教会にて、非公開の再確認を行いたく存じます。鑑定記録の最終確認と、固有魔法“万象”についての審査です」
「三日後か」
「はい。教会本部、及び王都魔術院からも、立会いの要請が出ております」
魔術院。
やっぱり来たか。
俺は心の中で小さく息を吐いた。
ゲームで見た通りだ。
この時期、この結果のあと、教会と魔術院が黙っているはずがない。
ギアラは使者の話を最後まで聞いて、それから淡々と言った。
「わかった。だが、息子はまだ五歳だ」
「承知しております」
「過剰な干渉は認めん」
「もちろんです」
「記録はあくまで必要なものだけ。大々的に広めるな」
「はい」
「よろしい」
ギアラはそう言って、視線だけ俺へ向けた。
「レオン」
「はい、父上」
「三日後、少し面倒になる。だが、逃げる必要はない」
「はい」
「必要なのは、見せることじゃない。使えると示すことだ」
その言葉に、俺は静かにうなずいた。
わかっている。
この世界で生きるには、ただ強いだけでは不十分だ。
何を見せるか、何を隠すか。それを選べるかどうかが大事になる。使者は続けて、少し声を落とした。
「それと……教会本部は、昨日の鑑定結果について、非常に慎重です。万象の前例はひとつだけですが、今回の魔力量は記録の範囲を大きく超えています」
「そうだろうな」
「ええ。ですので、詳細はまだ封印されています」
封印。
やっぱり、ただの固有魔法じゃない。
その言葉を聞いて、俺は少しだけ別のことを考えた。
過去に万象を持っていた者は、世界の魔術体系を変えた。
なら、今の俺はどうだろう。
しかも、あの人と違って、俺は魔力が桁外れにある。
ゲームを一万時間やっていた知識もある。
レオンとしての記憶もある。
それが全部揃っている。
もし万象を使いこなせたら、何ができる。
ただ魔法が強いだけじゃない。
戦い方そのものが変わる。
回避。反撃。救助。移動。防御。
全部に関わる。
面白い。
本当に面白い。
使者が去ると、屋敷の門の前に一瞬だけ静けさが戻った。
「やっぱり面倒そうだな」
俺が言うと、ヒナがすぐに答えた。
「面倒です」
「即答だな」
「はい。ですが、坊っちゃまのためです」
その言葉に、少しだけ笑った。
面倒。
でも、面倒だからこそ価値がある。
俺の力は、ただ強いだけじゃなく、きっと“面白い”方向に使える。
そして、面白く使えるなら、死に筋だって潰しやすい。その日の午後、俺はもう一度、自室で万象の練習を続けた。
今度は窓際に立ち、小さな水滴をひとつ作る。
ヒナが持ってきた水差しから落ちた雫だ。
「止まれ」
そう思った瞬間、水滴が空中でぴたりと止まった。
「……」
落ちるはずのものが、落ちない。
ほんの数秒だけ浮いて、そのままゆっくり机へ戻る。
「やっぱり……」
これは単なる停止じゃない。
“落ちる”という現象そのものを、ほんの少し遅らせている。
「坊っちゃま」
「うん」
「今のは……」
「たぶん、万象の基本だ」
「基本で、それですか」
「多分」
ヒナはしばらく黙っていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……やはり、坊っちゃまは変わっていらっしゃいます」
「褒めてる?」
「もちろんです」
その会話の途中で、ふと、俺の頭にひとつの記憶がよぎった。
ゲーム内で、この時期のレオンは何をしていたか。
何度もやり直したルートの中で、何度も確認した小さなイベント。
それは三日後の夜に起きる。
王都教会の裏手で、ある子供が巻き込まれる。
そして、その事件は、後の大きな分岐に繋がる。あれは、ゲーム上ではただの背景イベントだった。でも、実際は違う。
もし見逃せば、誰かが傷つく。そして、その先の流れも変わる。俺はその瞬間、思った。
一万時間プレイした俺が、最初に潰すべきイベントはこれだ。
三日後。
教会の再確認。
そして、裏で動く小さな事件。
俺はそれを知っている。知っているなら、止められる。
止められるなら、止める。そのために、今のうちに万象を触っておく。
落ちるものを止める。
流れるものを曲げる。
重さを変える。
光をずらす。
それだけでも、十分戦える。
「よし」
俺は小さく笑った。
「三日後までに、もう少しだけ使えるようになってやる」
窓の外では、王都の空がゆっくりと傾き始めている。
その向こうにある教会の尖塔を見ながら、俺は静かに決めた。この世界を、一万時間プレイしてきたのは俺だ。
だから、イベントの流れも、危険の匂いも、全部わかる。
なら、次に起こることはもう決まっている。
でも、決まっているからこそ、変えられる。
その夜、俺は寝る前にもう一度だけ水滴を止めた。
今度はさっきより少し長く。
ほんの少しだけ、精度が上がった。
小さい。
だが、確かに進んでいる。
「この世界、もっと面白くなるな」
そう呟いた俺の声は、誰にも聞こえなかった。
けれど、俺の中でははっきりしていた。
三日後。
俺は、ゲームの中で見た“ただのイベント”を、現実で止める。
そしてそこから、全部が始まる。
応援よろしくお願いします!!




