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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第三十九話 裏目(後輩談)

 今朝の和の事件は、朝のホームルームの時間に兵藤教頭が全校放送で、


「本日朝、校内に本校生徒の素行不良を疑わせる掲示物が掲出された件については、関係者に事情聴取を行い、事実無根であることが確認された。

 該当掲示物に印刷されていた写真に、本校の女子生徒の制服を着用した人物が写っていたが、容姿の類似する生徒は、在籍する者だけで八名、卒業生及び何らかの方法で服装を入手した外部の者を検討に含めれば、その数は際限がない。

 加えて、事情聴取した在校生徒の普段の素行は良好であり、掲示物の記載内容の方が疑わしいと判断できる。

 本件に関しては、兵藤の預かりとするため、本件に関して質疑がある教職員又は生徒は、兵藤の所へ来るように。

 以上」


 と宣言したため、表立って騒ぎ立てる教職員や生徒は皆無です。

 恐るべし、兵藤教頭。


 そうは言っても、被害が拡大するのを防いでいるだけで、根本的解決にはなりません。

 ですから、私はその根本的解決を目標として行動することに決めました。

 私自身の力で、友達を助けるのです。


 今日は私の部活動が休みでしたので、放課後、友達への挨拶もそこそこに学校を出ました。

 なるべく他の生徒と一緒にならないように早足で学校の最寄り駅周辺まで来た私は、馴染みのファミレスではなく、メインストリートから側道へ入った場所にある、同じ学校の生徒が利用しない趣のある喫茶店に入りました。

 チリンと、ドアベルが鳴ります。


「いらっしゃいませ」


 光量を落ち着かせた照明で照らされた木目調の店内は、カウンターも椅子やテーブルも飴細工のような艶があって、コーヒーの香りに包まれます。

 学校の教室の半分程の広さの店内を、左右に見回すと、右手側の奥の席で、待ち合わせの約束をしていた人物が私に気付いて小さく手を挙げてくれました。

 店内には他に常連客風の四名が居ましたから、私はなるべく足音を忍ばせて店内を移動します。


「や、舞衣ちゃん。どう、いい雰囲気のお店でしょう?」


「こんばんは、千尋さん。素敵なお店ですね」


 玉城千尋さんは、身振りで自身の対面の席を示して、私も鞄を隣の椅子に置きつつ千尋さんの対面に着席します。

 昨日の夜、私が千尋さんに、内緒話がしたいと相談したところ、千尋さんからこの喫茶店で待ち合わせの提案があったのです。


「素敵なのは雰囲気だけじゃなくて、飲み物も食べ物も、何よりダンディなマスターが素敵なのよ」


「ありがとうございます」


 私の分の水とお絞りを運んで来てくれたマスターが、落ち着いて千尋さんに返事をします。


「ご注文が決まりましたら、お声掛け下さい」


「はい、あ、じゃあ……ダージリンをお願いします」


 コーヒーの美味しさはまだ分かりませんので、テーブルの上のメニュー表を見て、無難に紅茶を注文しました。


「ここのお店は、ミルクレープもお勧めよ」


 千尋さんがカウンターの上にあるショーケースを目線で示しながら言います。

 私も千尋さんと同じ方を見ると、ショーケースの中にミルクレープをはじめワッフルやマフィンなどの軽食が並んでいて、確かにどれも美味しそうです。


「いいですね。今日は晩ご飯前なので、また今度にします」


「それもそうね」


 千尋さんの前にはカップ半分程のコーヒーがあって、それを一口飲んでから、


「それで、急に相談なんて、何かあったの?」


 変な前置きもなしに、千尋さんが本題に入ります。

 竹を割ったような性格というのは、こういったハッキリとした性格の人を指すのだろうと思います。


「急にすみません。私の方の事情が変わったんです。それで、千尋さんから前に聞いた悪者退治の件、早めに解決したくなったんです」


「……何があったの?」


「ちょっと……ではないんですけど、学校で私の友達がトラブルに巻き込まれて。その元凶が、多分、千尋さんからお話を聞いた悪者だと思うんです。だから、少しでも早く解決して、友達を助けたいんです」


「そっか。でも舞衣ちゃん、焦りは禁物よ。段取り八分仕事二分ってね」


「お待たせしました。ダージリンです」


「ありがとうございます」


 マスターが、私の前に優しい香りのする紅茶を置いて、流れるようにカウンターの中へ戻って行きました。

 話が中断したところで、千尋さんが自分のリュックサックから何かの書類を取り出して、私に見えるようにテーブルの上に置きます。

 薄い緑色の書類には、四角い表と細かい文字が記載されています。


「……何ですか、この書類?」


「会社の登記事項証明書。まあ、会社の住民票みたいなものね。手数料払うと誰でも取れるから、厳密にはちょっと違うけど。それは置いといて、ここに個人名が書いてあるでしょう?」


 テーブルに置かれた書類の上部には、株式会社総智頼義コンサルティングと表記がありました。

 千尋さんが書類の中段を指さします。確かにそこには、個人名がいくつか記載されています。


「会社の役員の名前が書いてあるんだけど、知ってる名前ある?」


「……いえ、ありません」


 念のために三回繰り返して確認しますが、知らない方の名前しか記載されていません。


「そうなのよね。でも、ウチの社長、あのおっさんを『社長』って呼んでたし、手下を連れて出歩いているところも何回も見てるし。あれが親玉で間違いないとは思うのよね。

 舞衣ちゃんの方は? 例の人が舞衣ちゃんの友達に如何わしい行為でもしたの?」


「いえ、確証は全然無くて……。でも、私に……私の友達に、こんな悪質な嫌がらせをするような人物に心当たりが他にありません」


 他人から恨みを買うような覚えはありません。そういった類の感情には注意して生活している自信もあります。

 だから、例の人が私の友達に悪質な嫌がらせをするのは、別な理由からだと思います。

 それを知る事ができる立場で、尚且つ、このような悪事が可能な人物は、私の周囲に何人も居ません。


「まあ、私は舞衣ちゃんの個人的な事情に介入する気も、手助けしてあげられるようなスペックも持ち合わせてないから、深くは聞かないとして。

 正直、手詰まりなのよね。私の頭で考えられるのは、この書類に書いてある会社の住所へ行くくらいだけど」


「行ってみたんですか?」


「レンタルオフィスだったのよ。あ、レンタルオフィスって分かる? お金払うと誰でも借りれるから、日によって使ってる会社とか個人とかバラバラなの」


「それって、いいんですか? 法律的に」


「詳しく調べたわけじゃないけど、こうして手続き完了してるから、いいんじゃないかしら?」


「インターネットで調べても、会社のウェブページもありませんでした……」


「だから、この前は手下達を尾行して、取引現場なりアジトなりを突き止めようとしたのよ。見事に失敗したけど」


「う~ん……そうなると……」


「手詰まりよねぇ」


 二人揃って飲み物に口を付けます。

 千尋さんが言う通り、現状としては手を尽くしている感じです。

 打開策として思い付くことは、千尋さんが失敗している尾行作戦に再度挑戦するくらいでしょうか。


「この会社、本当に実在する会社なんですかね? 形式上はこうして書類はありますけれど」


「ペーパーカンパニーってヤツよね。まあ、会社は紙切れでも、生身の人間が動いている訳だから、何かしらのグループとしては活動してるってのは間違いないんだけれど……。舞衣ちゃん、人が団体で何かやる時に、一番必要なルールって何だと思う?」


「大事なルール……指揮命令……序列ですかね? 誰が一番偉いか」


「その通り。で、人間社会で偉いのは、一番金を持ってるヤツ。

 あの社長、身形みなりも所持品も、無駄にブランド物で飾ってた。柄とか色とかの組み合わせは壊滅的だったけど、高級品なのだけは間違いない。

 まあ、悪人とまでは言わないけれど、狡賢くないと金持ちになれないってのが、私の常識」


「狡賢い……」


「正直さ、ここだけの話」


 千尋さんが私の方へ身を乗り出して、小さな声で言います。


「ウチの建設会社、この会社にコンサルタント料って名目で、毎月十万から多い時で三十万位払ってるの。実際には、何にもコンサルタントしてないのに。

 でも、昔、経営がヤバかった時に、ここの社長から大手の工事受注に口利きしてもらって、そこから経営回復した事があったらしくてね。切るに切れないみたい」


 私も千尋さんの方に身を乗り出して、小声で。


「コンサルタント料……って、それを警察に言ったらダメなんですか? 脅迫されてお金取られてるって」


「う~ん……まあ、それを警察に言っちゃうと、ウチの会社もちょっとね。警察じゃないトコから怒られて、色々マズイのよ。

 だから、別な角度から手を切れないかしら、と思って色々調べてたの。まあ、結果的にはウチの会社のこともバレることになるんだろうけどね。

 でも、ウチの会社が悪いことしてたけど相手も極悪人でしたって順番より、こんな極悪人に騙されて泣く泣く悪事に加担させられてましたって方が、ウチの会社のイメージダウンは少ないハズなのよね。多分」


「そういうものなんですか?」


「そういうものなの、経営戦略って」


 まるで、千尋さんが経営者であるかのような言い方です。

 この話はここまで、と言うように千尋さんが椅子の元の位置に座り直します。私もそれにならいます。


「私のおつむで考え付くのはこの辺までだから、舞衣ちゃんから画期的な案でも出てくれたら嬉しいなぁ、とは思ったんだけど。あ、プレッシャーとかじゃなくてね? 単純に、物事見る角度が私と舞衣ちゃんでは違うから、そういうことに期待してるのよ」


「別な角度から、ですか……」


 私はテーブルの上の書類を手に取って、横向きにしたり、逆さまにしたり。


「あまり根を詰めても仕方がないし、遅くなってもいけないから、今日は解散にしましょう。あ、その書類は舞衣ちゃんが持ってて。私はコピーを持ってるから。何か面白いことを考えたら教えてね」


 コーヒーの最後の一口を飲み終えた千尋さんが、手荷物と伝票を持って、立ち上がります。

「分かりました。じゃあ、こちらの書類はお預かりします」


 紅茶の最後の一口を飲み干してから、通学鞄に書類をしまい、私も立ち上がります。

 千尋さんは先に会計を済ませてしまっていました。


「今日はお姉さんの奢り。これでも社会人だしね」


「ありがとうございます。ごちそうさまでした」


 前半は千尋さんへ、後半はマスターへ向けて謝辞を述べました。

 千尋さんと二人で店を出ると、


「じゃあ、私は駅とは逆方法に野暮用があるから、ここでね」


「はい、じゃあ、また」


「あ、そうだ、舞衣ちゃん」


 立ち去りかけた千尋さんが、半分だけ振り向いて、


「陸には、私が舞衣ちゃんに相談してる件、内緒にしてくれてる?」


「はい、約束しましたから」


 私が即答すると、千尋さんは少しだけ驚いたように目を丸くした――ような気がしました。

 すっかり暗くなった夜空の下で、喫茶店から漏れる明かりで千尋さんの表情が陰っているので、見間違いだったかも知れません。


「……そっか、ありがとね。陸って、私のこと嫌いだから、舞衣ちゃんに変な相談してるなんてバレたら、きっと、全力で舞衣ちゃんと私の仲を引き裂きに来ると思うのよ」


「千尋さん、先輩に何したんですか?」


「うふふ。ナイショ。じゃあ、気を付けてね」


 勿体ぶるように笑ってから、ヒラヒラと手を振って、千尋さんは行ってしまいました。

 その背中を見送りながら、私は、


「……あれは、わざとだよね、多分」


 独り言を呟きます。

 確信はありませんが、千尋さんは、私が先輩にこの件を相談するように仕向けているような気がします。

 それも、本当にごく自然な会話の流れや、印象操作のような方法です。


 理由は分かりませんが、先輩と千尋さんが不仲であることは事実なのでしょう。

 千尋さんは、本当は先輩にこの件を頼みたかった。でも、先輩は絶対に引き受けてくれない。

 だから、千尋さんは、先輩と仲の良い私を巻き込んで、間接的に先輩に解決させるか知恵を出させようとしている、ような気がして仕方がありません。


 正直なところ、私はまだ、玉城千尋さんの為人ひととなりを把握できていません。

 掴み所が無いと言いますか、千尋さんが意図して、そのように振舞っている気がします。

 千尋さんか私に隠している裏側。それも、一つや二つでは済まないでしょう。


 それでも、千尋さんを憎めないで居るのは、私が千尋さんに対してシンパシーを感じているからだと思います。

 そして、そのシンパシーのみを根拠として、千尋さんが『悪の秘密結社』を打倒したいと考えていることは真実だと思っていますし、助けになってあげたいとも思っています。

 『悪の秘密結社』の親玉が、私の怨敵である可能性が高いからというのも、理由の一つですが。


 頭の中で渦を巻き始めた思考を一旦放棄して、大きく深呼吸します。

 ここで突っ立って居ても、妙案は浮かびそうにありませんので、家路を急ぐことにしました。


 ところが、そんな私を嘲笑うかのように、私のスマートフォンから電話の着信音が鳴り響きました。

 嫌な予感がして、スマートフォンを取り出し、ディスプレイを確認すると、すぐに応答の操作をして耳に当てます。


「菜々子、どうしたの!?」


 杏子、和と立て続けに私の友達が事件に巻き込まれている中、次に危ないのは菜々子ではないかと思って、時間の許す限りは一緒に居てボディーガードをすると申し出たのが、今日の昼休み。

 しかし、菜々子からは、


「私の脚力を見くびらないの。危ない目に遭いそうになったら、すぐ逃げるから大丈夫。それを言ったら、舞衣だって危ないかも知れないんだから、あまり暗くなるまで寄り道しないようにね。

 あ、でも、舞衣の場合は、八王子先輩に四六時中付きっきりで護衛してもらう大義名分が……あ、ごめん、冗談よ。

 とにかく、心配してくれるのは嬉しいけど、私は、帰り道も人通りが多い商店街を歩く訳だから、そこまで心配要らないわよ」


 と言われて、渋々納得したところでした。

 このタイミングでの菜々子からの電話。嫌な予感が、否応にも膨らみます。


 電話の向こうからは、屋外の雑音と、走っているような足音と息遣いが聞こえてきました。


『舞衣、どうしよう! 警察から電話があって! 弟達が、喧嘩に巻き込まれて、ケガしたって!』


「そんな……」


 それは、私の想定外の事態でした。

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