幕間 深海魚のように息を潜めて
彼女は夕闇から夜へと向かう街の中を、駅方面へと向かう人の流れに逆らって、暗い深海を泳ぐ魚のようにスイスイと歩く。
普段の彼女を知っている者が見れば、その足取りは上機嫌なものだと気付いただろう。
彼女の頭の中では、自分の計画に対しての進捗状況と本日の成果を照合している。
「……まあ、及第点かな」
口から零れた独り言は、誰の耳にも聞かれることなく、夜の闇に溶けていく。
それから彼女は、コインパーキングに駐車していた業務用車に乗り込むと、鞄から業務用の携帯電話を取り出し、暗記している電話番号へ架電した。
数コールで、電話の相手が応答する。
「……どうも~、いつもお世話様になっております。玉城です」
努めて明るい業務用の挨拶をすれば、電話の向こうから、不機嫌そうな返答がある。
「そんな態度でいいんですか? あなたがご執心のお姫様についてのお話ですよ」
少し間があり、手短に報告するように指示される。
「お姫様、九割九分、本件に首を突っ込んでくることが決まりました。……根拠? 今のところは、女の勘です。
まあ、私の仕事振りは、あなたも知っての通りです。報酬分は納期までに完遂が、我が社のモットーですから」
電話の相手は、嘲るように感情の籠らない相槌を打つ。
「正直、あのお姫様にご執心な理由が分かりませんけどね。家柄が良くても、まだ高校生ですよ? その家柄だって、あまりに良過ぎて、一般ピープルからしてみれば、御近付きになりたくありませんけどね。
……え? ……ああ、はいはい。詮索はしません。そういう契約ですから。今の発言は忘れてください」
電話の相手が露骨に不機嫌になるので、素早く前言を撤回する。
単なる雑談のつもりで、彼女にとっては、本当に興味のない事だった。
「……あ~、お言葉ですけど、拙速な進行は私のポリシーに反します。段取り八分仕事二分です。
仕込みはちゃんとやりますから、進行はこちらに任せてください。さっきも言いましたけど、報酬分は働きますから、果報は寝て待っててください。
……はい……はい……分かりました。では、また」
通話を終了し、素早く通話履歴を削除する。
彼女は車のシートに深く背中を預けると、細く長く息を吐いた。
「ふぅ……。大人の世界は、汚いなぁ……。ごめんね、お姫様」
雨が降り始めてフロントガラスに雫が当たっては、下へ流れていく。
まるで、フロントガラスに反射した自分の顔が涙を流しているように見えて不愉快で、彼女は車のエンジンを始動すると、ワイパーで乱暴に水滴を弾き飛ばした。




