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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第三十八話 三人目の受難(後輩談)

「おやおや、騒ぎがあったと聞いて来てみれば……。最近の姫川君は、つくづくトラブルに遭遇する星の下に生まれた様だね。同情を禁じ得ないねえ」


 反射的に声のした方向を見れば、言葉とは真逆の、愉悦に満ちた表情を浮かべ、冠木校長が立って居ました。

 冠木校長は、私と和、菜々子と杏子、最後に後方の先輩達へ、順番に視線を向けました。

 ほんの一瞬だけ、先輩へ向けた視線が、不愉快そうに歪んだように見えました。


 私が瞬きする一瞬後には、普段通りの嘲笑を含む笑みを浮かべる冠木校長。


「冠木……校長……」


 声が普段通りに出せません。

 心臓が不規則な動きをしているような、気持ち悪い感覚に襲われます。


「おやおや、姫川君。そんなに怖い顔をしては、折角の美人が台無しじゃないか。まあ、ご友人が思わぬとトラブルに巻き込まれて、心中穏やかで居られないことは、想像に難くないがねえ」


 私は無意識に冠木校長を睨んでしまっていたようです。

 この男は、私の大事な友達が不幸に見舞われている状況を楽しんでいる。

 冠木校長の暗い目の奥に、その確信を見た私は、怒りの感情が表情に出てしまうのを隠しきれません。


 それに気付いて、薄笑いを少し深くする冠木校長の挑発的とも受け取れる軽口に、私の内心の怒りは臨界点に達しようとしています。


「騒動の原因になった壁新聞はこれです。お一つ差し上げましょうか?」


 私が思わず冠木校長に食って掛かろうとする直前、私を庇う様に先輩が体ごと割って入って来ました。

 先輩の手には、先程壁から剥がしたポスターが丸められて握られています。その手を冠木校長に向かって真っ直ぐ伸ばしているので、まるで、拳を向けて宣戦布告しているかのように、私の目に映ります。


 先輩の存在が目障りなのか、先輩の態度が不服なのか、冠木校長の薄ら笑いが苦々しく歪みます。


「八王子君……。君もつくづく、厄介事に飛んで入るのが好きだねえ。それと、心配には及ばないよ。そのポスターなら、先に兵藤君から現物を見せてもらったところだよ」


「そうですか。冠木校長にしては珍しいですね。普段、揉め事の現場に直接来ることなんてないでしょう」


「まあ、確かにそうだね。私は基本、指揮監督の立場だからねえ。フラフラ出歩く訳にはいかないのだよ。しかし、学校内の問題に、校長の私が直接足を運んでも、珍しい事は無いよ、八王子君。大事な本校の生徒が困っているとなれば、微力ながら手を差し伸べるのが私の役目だからねえ」


「姫川の様子を直接見に来た、と言うのが本音ですか?」


「…………。おやおや、何を言うかと思えば。まるで私が、姫川君を優遇しているような口振りだねえ、八王子君」


 先輩の一言に、表情こそ変えないものの、冠木校長の言動が止まりました。いえ、ほんの少しですが、苛立ちの色が見えます。

 私には先輩の表情が見えませんが、きっと、意地の悪い笑みを浮かべているに決まっています。


 先輩は、冠木校長に鎌を掛けたのでしょう。自分は冠木校長の思惑に勘付いているぞ、と。

 そして、一瞬の沈黙が、それを肯定してしまった事に気付いた冠木校長。


 先輩の背中に隠れて、私も小さく笑ってしまいました。


「やれやれ……。誤解があってはいけないねえ、八王子君。私は立場上、全生徒及び全職員の身の上を案ずるべき立場なのだよ。今回も、姫川君を含め、騒動の渦中の友人も、私の懸案の対象。努々(ゆめゆめ)、忘れないで貰いたいものだねえ。

 勿論、八王子君。君の身に降りかかった先日の一件にも、私は心を砕いているよ。ただし、」


 冠木校長が、にたり、と粘着質を感じさせる笑みを浮かべます。


「姫川君がトラブルに巻き込まれる原因。一端は君にあるんじゃないかね、八王子君? 君はどうやら、知らず知らず、他人から恨みを買ってしまう体質の様子だ。気を付けて学生生活を送らなければ、大怪我をするかも知れないよ?」


「……脅しのつもりですか?」


「まさか。亀の甲より年の劫。年長者からのアドバイスだよ、八王子君。それから、姫川君も」


 名前を呼ばれて、不愉快ですが、冠木校長を睨まないように注意して見ます。


「大事な友人を、これ以上大変な目に遭わせたくなければ、交友関係を持つべき人間を、きちんと選ぶことだね」


 私は先輩の背中に飛び付くと、先輩の右肩から顔だけ出して、


「私の交友関係について、とやかく言われる筋合いありませんよーだ」


 んべっ、と舌を出して冠木校長へ言ってやりました。

 冠木校長は、つまらなそうに鼻を鳴らしてから、


「まあ、すぐに考えが変わると思うがね」


 吐き捨てるように言うと、そのまま私達に背中を向けて、去って行きました。

 私は、先輩の背中に隠れたまま、冠木校長の背中を見送りました。


「……かわ。……めかわ。姫川?」


「あっ、はい」


 古狸校長へ、危機意識を集中していたせいで、先輩からの呼び掛けに反応するのが遅れてしましました。


「せめて、俺を盾にしないで啖呵切ってくれるか、姫川?」


 冠木校長の姿が見えなくなったタイミングで、先輩が溜息混じりに言いました。

 離れた場所に居る、杏子や菜々子や和には聞こえないように、声を抑えて話します。


「しょうがないがないですか。あんなに露骨に挑発されたら、私だって我慢できません。もう、堪忍袋の緒がプッツン寸前です」


「姫川の気持ちは分かるけど、まだ確証が何も無いんだ。堪えてくれ」


「そんなの、この前みたいに私があの古狸から自白を聞き出せばいいじゃないですか」


「あの冠木校長が、その程度で尻尾を出す間抜けなら、兵藤教頭も苦労していない。それに、姫川を危ない目に遭わせたくなんだ」


「……むぅ。そんな風に言われたら……。卑怯です。卑劣漢で、鬼畜です」


「何で、突然罵倒されるんだ……。

 とりあえず、今は西塔和が優先だ。兵藤教頭の所に西塔と一緒に行って、状況説明と今後の対策を相談して来るといい。その方が、西塔も少しは安心するだろう」


 先輩はそう言いながら、廊下の壁際に並んでいる和と杏子と菜々子を、見遣ります。

 突然の古狸、もとい冠木校長が登場し、私達と口論のような事を始めれば、状況が飲み込めない第三者は呆気に取られて事の成り行きを見守るしかないでしょう。今の和達のように。


「先輩は一緒に来てくれないんですか? 私、まだあの教頭先生の怖いお顔に慣れないので、一緒に来て欲しいです」


「一応、このポスターの剥がし漏れが無いか、もう一周見回って来る。西塔の相談は長く掛からないだろうから、その間に終わると思うぞ」


「むぅ……。確かに、そちらも大事ですね。はあ、仕方がありません。気は進みませんが、お顔の怖い教頭先生の所に行って来ます」


「お顔が怖くて悪かったな、姫川」


「ひゃうっ!?」


 後方からドスの利いた声が聞こえて、私は思わず小さな悲鳴を上げ、先輩の制服の背中を掴んでしまいました。

 声の方を恐る恐る振り向けば、噂の兵藤教頭が、苦虫を煎じて飲まされたような不機嫌な顔で立っていました。

 一瞬、仁王尊が脳裏を過ったのは内緒です。


「兵藤教頭。あっちに居るのが、」


「一年の西塔和だな。分かっている。この件は、一旦、俺が預かる。心配するな、悪いようにはしない」


「そうですか。よろしくお願いします」


 先輩の言いたい事を先回りして、兵藤教頭が言いました。

 先輩も、兵藤教頭に一定の信頼を置いているので、こんな短い会話で済ませられる辺りが、ちょっと羨ましいなと思います。


「西塔和、落ち着かない状態で悪いが、職員室に来なさい。今後の対応で説明したいことがある」


「は、はいっ!」


 流石の和も、顔の怖い兵藤教頭に呼ばれて、緊張した様子でギクシャクとぎこちなく動きます。


「と言うことで、姫川、西塔和に今後の話をするから、付き添いで一緒に職員室に来なさい」


「え、私もですか?」


「怖い顔の教頭と二人より、仲の良い姫川が隣に居た方が、西塔も精神的に楽だろうからな。担任の僧根には、俺の方から話をしておくから、出席関係の心配は無用だ」


 兵藤教頭の言葉に棘を感じるのは、まあ、私にも落ち度がありましたので甘んじて受け入れます。

 私と、背の高い和と、それよりも更に身長の高い兵藤教頭と並んで職員室に向かいます。


 先輩、杏子、そして和。

 私の親しい人達が、次から次へとトラブルに巻き込まれるこの状況が、偶然な訳がありません。

 それを、未然に防げないのは仕方がないとしても、事件発生後に、私一人では守ることもできず、先輩や、今回は兵藤教頭の助力を受けなければ何も出来ない現実に、胸の奥がズキリと痛みます。






 私は、また、友達を守れない。






 違う。

 私は、自分の大切な友達は、自分で守れるようになったんです。

 先輩の件で、私は、自分自身にそれを証明したはずなんです。


 だから私は、


「私に出来ることを、やらなくちゃ……」


 私は強く拳を握りました。

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