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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第三十七話 三人目の受難

 姫川の友人、田母神杏子の一件については、具体的な打開策を見出せないまま、三日が過ぎた。

 身に覚えのない万引きの濡れ衣とは言え、目撃者にしてみれば、万引き犯が捕まる瞬間に立ち会ったという格好の話題になるだろう。

 その中に、同じ学校の生徒も居たと田母神自身が言っていた。


 悪い噂話を、面白可笑しく周囲の人間に広められる苦痛は、人一倍理解できる。

 それもあって、頼まれてもいないのに、対抗策に考えを巡らせた。

 人の口に戸は立てられない。火の無いところに煙は立たない。

 それでも、噂話を話す口を開きにくくするか、火があっても延焼を防ぐ程度のことはしてやりたい。


 姫川と田母神には、あたかも効果的な対抗策であるかのように言って聞かせたが、実のところは、あまり自信の無い案だった。

 だから次の日に、姫川から一定の効果が見られたという報告があって、随分安堵した。


 いわば、俺の案は病気の進行を遅らせる緩和ケアのようなものだ。

 万引き犯の濡れ衣を着せられたままでは、田母神の精神的苦痛は無くならない。

 肝心の事件解決の方は、本職である父親の命令を受けた内藤巡査長が鋭意調査中だが、それとなく様子を聞いた限り、思うような成果は無いらしい。


 店内の防犯カメラ映像を証拠として提出させたのだが、万引きしたとされる商品の陳列棚は映っておらず、田母神がそちらに近付いた様子も映っていない。

 映っていないからと言って無罪放免にはならない。

 映っていて商品を鞄に入れていないという証明が欲しかったこちら側としては、店側の主張を否定する材料を別に用意しなければならなくなった。


 果たして、そのような都合のいい材料があるのか。

 何の権限も持たない、一介の高校生として、出来ることはあるのか。


 俺の思考は、ここで停滞している。


「八王子先輩! 型の稽古、終わりました!」


 威勢のいい声で、俺の意識は内側から外側へ切り替わる。


 学校の武道場。

 俺の正面には、道着を着た一年生十名が、五名横二列に並んでいる。

 一年生の希望により、今月は朝稽古を行う事となった。

 通常であれば高城顧問が居るはずなのだが、「八王子にでもやらせておけ」の一言により、俺が朝稽古の監督を行う事となった。

 高城顧問の職務放棄について思う所はあるが、高城顧問と顔を合わせたくないのも事実なので、総合勘案すると現状が一番いいのだろう。


 整列する一年生の顔を見ながら、次の指示を出す。


「前列は移動稽古、後列は受け返し稽古。時間は五分間だ。集中しろ」


「「「「「押忍!」」」」」


 事前に、練習メニューに合うように前列と後列を決めていた。朝稽古は時間が短いので、効率も大事にしている。


「あの、八王子先輩。まだアイツ来てないスけど」


 受け返し稽古を指示した一年生の一人、馬場崎が、俺に声を掛けて来た。

 二人一組になる受け返し稽古は、事前に組み合わせも指示していた。これも効率化の一つだったのだが、肝心の頭数が揃っていないのではどうしようもない。


「玉城から連絡は?」


「全然連絡つかないッス。電話も応答無しッス」


 玉城とは、朝稽古に来ていない一年生だ。

 玉城に限らず、一年生は朝稽古に積極的に参加している。特に玉城は、俺に朝稽古の監督を依頼してきた一人だ。


「アイツに限って、サボりはあり得ないッスけど。何か――――あっ、やっと来やがった」


 噂をすれば影がさす、とはよく言ったものだ。

 武道場の入口に目を向ければ、慌てた様子の玉城が駆け込んで来た。


「玉城ー! 遅刻だぞー!」


「ごめんっ! いや、それどころじゃ、なくて……!」


「俺じゃなくて、八王子先輩に詫び入れろって!」


「あっ!? す、すみません、っした!」


 俺と馬場崎の元まで駆け寄って来た玉城は、息も絶え絶えに言い訳した後、俺に向かって深々と頭を下げた。


「何かトラブルか?」


「あ、は、はいっ、そう、なんです!」


 顔を上げた玉城が、手に何かの紙束を持っている事に気付いた。

 それと同時に、玉城はその紙束を広げ、俺の目の前に掲げた。

 紙束だと思ったそれは、折り畳んだポスターだった。大きさは、丁度畳一枚位だ。


「朝稽古の前に、教室に荷物置きに行ったら、校舎のあっちこっちにこれがあって!」


 ポスターを発見した後に、校内を駆け回って、ポスターが貼られている状況を確認して来たらしい。


「俺、この子、同じクラスなんですけど! これ、絶対あり得なくて! 八王子先輩に、相談したくて!」


 玉城が広げたポスターの内容は、週刊誌のゴシップ記事を真似たもので、個人を貶める内容だった。


『女子バレー部の一年生エース 援助交際疑惑!?』


 大きく拡張されたフォントで表示された見出しの下に、中央の被写体以外をモザイク加工した写真が五枚。

 被写体は、本校の制服を着た女子生徒らしき人物と、スーツ姿の男性。

 こちらも週刊誌の真似なのか、被写体達の顏には目隠しのように黒い線が入っている。


 写真の一枚目は、女子生徒と男性が、駅前らしき場所で待ち合わせをしており、丁度、合流したタイミングに見える場面。

 写真の二枚目は、女子生徒が男性と腕を組んで歩いている様子を、正面から撮影したもの。

 写真の三枚目は、女子生徒と男性が、ホテルらしき建物に入って行く場面を、背後から撮影したもの。

 写真の四枚目と五枚目は、同一人物と思われる女子生徒が、それぞれ別な男性と腕を組んで歩いている場面と、ホテルらしき建物から出て来る場面を正面から撮影したものだった。


「これって、一組の西塔さいとうなごみじゃねーの?」


「マジじゃん!」


「すげーっ! スクープスクープ!」


 俺達の会話が聞こえた他の一年生達が集まって来るなり、口々に騒ぎ始めた。


「有名人なのか? 西塔和」


「バレー部の一年で、中学時代から注目選手で、背もデカいから目立つんですよ」


「声もデカくて、気も強えから、おっかないって有名なんスよ」


 玉城に続き、馬場崎が口を挟む。


「あと、この西塔さんって、姫川さんと仲良いんですよ。だから、八王子先輩に相談したかったんです」


 姫川と仲の良い生徒が、何らかのトラブルに巻き込まれている。

 その事実だけが、強烈に印象に残る。


「そうか。それで、この写真はその西塔本人なのか? 服装……は制服だから判別できないけど、ショートカットの女子生徒なんて、数え切れないくらい居るんじゃないか?」


「男より背高いから、絶対西塔ッスよ!」


「背の高い女子生徒なんて、探せば何人も居るんじゃないか? 隣の男の身長が低い可能性だってある」


「いや……でも、この髪型は、絶対、西塔ッス!」


「髪型なんて、真似ようと思えばいくらでも真似できるだろう」


「それは……そう、スね」


「あぁ、言い方が悪かった。そういった可能性もあるって話だ」


 結果として西塔を擁護する形になってしまったが、馬場崎の反応から、同じように写真の人物を「西塔和」本人と決め付けて、話を広げる生徒は少なくないだろう。

 相談を持ち掛けて来た玉城にも、見ず知らずの西塔にも、肩入れする義理はないが、


「我関せず、を決め込むのは気分が悪いな……。よし、お前達は朝稽古を続けてくれ。俺は少し抜ける」


「俺も行きます。ポスター、結構な数だったので、剥がすなら人手あった方がいいです」


「俺も行くッス」


「そうか。じゃあ、手分けして、このポスターを剥がしに行くぞ」


「はい!」「押忍!」


 他の一年生には、朝稽古を続けるように指示し、俺は玉城と馬場崎を率いて、校舎へと向かった。

 登校する生徒が多くなる時間帯。黒い制服の群れに、白い空手着の俺と馬場崎の姿は目立つので、周囲が視線を向けて来る。


「何か、昇降口が騒ぎになってます!」


 玉城の言う通り、昇降口が近付くと、その内部に人垣が出来ている様子が見受けられた。

 嫌な予感に、足を速める。


 昇降口の中へ入ると、誰かが言い争っている声が響いていた。

 人垣の薄い場所を強引に抜けると、中心部分に出た。その場所は、昇降口正面の大きな掲示板の前で、掲示板には玉城が回収した壁新聞と同じ物が三枚も等間隔に掲示されている。

 掲示板の前では、背の高い女子生徒一人と、三人組の男子生徒が向かい合って、言い争っていた。

 この状況下で、言い争っている人物となれば、女子生徒の方は西塔和だろう。


「だから、こんなのデタラメだって言ってんだろ!」


 身長が高い上に、バレー部で声を張っているからなのか、ビリビリと響くような怒声で、西塔は対峙している三人組男子に言う。

 その迫力に、一瞬気圧された様子の三人組だったが、


「ここに証拠があんだろーが!」


「この写真、どう見たってお前だろ!」


「デタラメだって言うなら、この写真はどう説明すんだよ!」


「顔にボカシがあるんだから、誰だか分かんないだろ! 合成だか何だか知らないけど、決め付けんな!」


「ハッ! そうやって必死になってんのが怪しいんだよ!」


「やましい事がある奴の態度だろ、それ!」


「おいおい、一回いくらだよ? 何なら、今日相手してやろーか?」


「いいな、それ!」


「ご新規三名様、入りまーす!」


「テメェら……」


 ギャハハハッ、と下卑た笑い声が響く。


 西塔の表情が強張る。

 直感的に、最悪の展開を想像した俺は、西塔に向かって駆け出した。


「っざけんな!」


 西塔が拳を振り上げて、三人組の中央の一人に殴り掛かる。

 周囲の生徒からはどよめきと悲鳴、


「和っ!」


 西塔を制止すべく呼び掛ける声が聞こえた。


 そんな中、一瞬早く動き始めた俺は、西塔を羽交い絞めで物理的に制止させた。

 西塔の方が身長が高いことと、女子生徒を羽交い絞めする遠慮があったせいで、一歩分だけ西塔に力負けして前に進んでしまったが、どうにか踏み止まった。


「なっ、は、放せ!」


 突然後方から羽交い絞めされた西塔は、パニックを起こして遮二無二暴れ始める。


「放すから落ち着け! あと、この三人に手を上げるな! お前の立場が悪くなるだけだ!」


「和っ! 今は先輩の言う通りにして!」


 人垣から飛び出して来たのは、姫川だった。

 やはり、先程、西塔を制止しようとして発せられた声は、姫川の声だった。


 姫川の姿を見て冷静さを取り戻した西塔が暴れるのを止めたので、俺も西塔を拘束するのを止めて離れた。


「舞衣、私、こんな……っ!」


 西塔が、ポスターの件について説明しようとして言葉に詰まる。


「分かってる。分かってるから、落ち着いて。大丈夫だから。ほら、ゆっくり吸って~……、吐いて~」


 姫川は西塔の両手を取ると、落ち着かせようと声を掛け続ける。

 西塔の方は、姫川に任せる事にして、俺は西塔と言い争っていた三人組の前へ進み出る。


「お前ら、寄ってたかって、女子一人を攻撃して。恥ずかしくないのか?」


「なっ、何だテメエ!」


「関係ねぇだろうが! 引っ込んでろ!」


「女助けてヒーロー気取りかよ! ぶん殴られてぇのか!」


「そこの西塔とは、個人的に少し縁があるんだ。荒事になるなら、俺も容赦しない」


 三人組が好戦的な姿勢を見せるので、少し気迫を込めて八字立ち。

 朝稽古から道着のまま来たせいで、相手が好戦的だと、自然と自分も好戦的になってしまう。


 大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。


 相手が手を出してくれば、最低限の反撃はするが、進んで事を荒立てる必要はない。


「……お、おい、待てよ。こいつ、八王子だ」


「八王子って、病院送りの八王子か!?」


「……くそっ。行こうぜ」


 俺が悪名高い『八王子』だと気付くと、三人組は大人しく引き下がってくれた。

 こういった場面で役立つのだから、悪い噂話も捨てたものではない。いや、嬉しくはないのだが。


「おらぁ! 見せもんじゃねぇぞ! 散れ!」


 三人組が居なくなったのを見計らってか、馬場崎が突然声を張り上げる。

 絵に描いたような悪役の下っ端の台詞を言い放ち、こちらに得意げな顔を向けるな。俺が悪の親玉みたいじゃないか。

 馬場崎の声に反応してか、一悶着が落ち着いて興味が失せたのか、周囲の生徒達は三々五々と解散していく。


 悪い空気が霧散していく中、俺は姫川と西塔に向き直る。

 西塔の顔色は、幾分良くなっている。

 西塔の周囲には、姫川の他に二人の女子生徒が付き添っていて、片方は知らないが、一人は田母神杏子だ。


 姫川と話がしたかったが、女子生徒四人の間に割って入るのも気が引けるので、先にポスターを剥がす。

 馬場崎と玉城も手分けして、他の二枚のポスターを剥がしていた。


 西塔和本人を今回初めて見たが、剥がしたポスターの写真と見比べれば、確かに同一人物に見える。

 そうは言っても、写真が撮影された時間帯が、夕方の薄暗い時間帯だったり、夜間で顔に影があったりしているので、似ているように見えると言った方が正しいだろう。


 まるで、このポスターを作成するために撮影された写真だな、と思った。






「おやおや、騒ぎがあったと聞いて来てみれば……。君達は、つくづくトラブルに遭遇する星の下に生まれた様だね。同情を禁じ得ないねえ」






 不愉快な声が襲来した。

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