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買い物の話(3)

「姫川……」


「何ですか、先輩。そんなに端に寄らなくてもいいんですよ?」


「いや、それは……」


「うふふっ。先輩ってば、この程度で動じるなんて、まだまだですね」


「この程度って……」


「郷に入っては郷に従え、ですよ。このお店、スイーツも美味しいと評判ですけれど、このコンセプトも話題なんです。知らなかったんですか?」


「知っている訳ないだろ」


「そーでしたかー。ふふっ。これは早速、仕返しができましたね」


 姫川と一緒に訪れたスイーツショップ。ハミングバード。

 入口で十分程度の順番待ちをしたことを加味しても、すんなり入店できたと評価して、姫川は上機嫌だった。

 ただし、姫川の上機嫌の理由が他にもあったことを、店員に案内された店内の席を見てから気付いた。


 店内全席が、二人掛けベンチシートで、なおかつ、どう見ても横幅が二人分に足りない。

 はかられた、と気付いた時には手遅れで、


「ほら、先輩。通路で立ち往生していると、他のお客さんの迷惑になりますから、まず座っちゃいましょう。ほらほらっ」


 姫川は嬉々として、俺の腕を引いて、狭い椅子にストンと座った。

 横幅が足りないので、自然と姫川と腕や肩が触れる。


「ここのお店、二人で仲良く肩寄せ合って、囁き声でお喋りしましょう、というのがコンセプトなんです。新規開店を雑誌で見て、来たいなぁ、と思っていたんです。先輩がご一緒してくれて、本当に良かったです」


「今日ほど、姫川の口車に乗って後悔したことはないな……」


「しくしく……そんなに嫌がることないじゃないですか……。可愛い後輩の繊細な乙女心は深~く傷付きました。しくしく……」


 姫川が俯いて、両の掌で顔を覆ってさめざめと泣く真似をする。

 何なら、姫川が、顔を覆っている掌の横から、チラチラとこちらの様子をうかがってくるのも見えている。

 確かに、多少腕や肩が触れ合う程度のことで文句を言い過ぎた、と反省する。


「はぁ……。悪かった。別に、姫川と並んで座るのが嫌って訳じゃない。少し気恥ずかしかっただけだ」


 途端に、喜色満面の姫川が顔を上げる。


「じゃあ、問題ありませんね。せっかく来たんですから、先輩も楽しんでください。さっきも言いましたが、ここのお店、コンセプトも話題ですけれど、スイーツの味も好評なんです。ほらほら、一緒にメニュー選んでください」


「分かった分かった」


 今日はもう、姫川に勝てる気がしない。

 観念して、姫川と一緒に、写真が所狭しとひしめくメニュー表を覗き込む。

 姫川がテーブルの上に広げたメニュー表には、見た目もこだわったケーキやパフェがずらりと並んでいる。


「私としては、期間限定の白桃と黄桃のタルトがお勧めですね。日向夏のパフェも良さそうですね。先輩は、どんなスイーツが好きですか?」


「洋菓子なら、フルーツタルトか……あぁ、ミルクレープもいいな」


 姫川がメニュー表をゆっくりめくるので、一緒に眺めながら、俺はそんな感想を述べる。


「あ、このミルクレープ、クリームの他にフルーツも入ってるんですね。美味しそうですね。うぅ……、迷いますね」


 言いながら、姫川の表情は楽しそうだ。


「楽しそうだな、姫川」


「うふふっ。楽しいですよ。先輩とこうして、一緒に買い物したり、喫茶店で何食べよーって会話するのも」


「……そうか」


 不思議と、姫川の言葉を聞いて、柄にもなく緊張していた気持ちが軽くなる。

 姫川から離れようと逃げていた重心を、自分の中心へ戻す。

 左の二の腕辺りに、姫川の体温を感じる面積が増えるが、そういうコンセプトの店なのだから、慣れるしかない。


「ぁ……う……」


「……? どうかしたか?」


「な、何でもありません。それで、先輩は何を注文しますか?」


 姫川がメニュー表に表記されている二次元コードを自分のスマートフォンで読み取り、注文画面をこちらに向ける。


「へぇ……、自分のスマホから注文するのか」


「最近、こういうお店増えましたよ」


「専用の機器を導入するより、コストが掛からないのかもな」


「システムを悪用した悪戯も、過去にはあったみたいですから、いいことばかりではないみたいですけどね。ほらほら、そんなことより、注文選んでください」


「そうだな……。せっかくだから、白桃と黄桃のフルーツタルトと……黒豆茶で」


「分かりました。じゃあ、私は、日向夏のパフェとルイボスティーで……。よし、注文しました」


「水とおしぼりはセルフサービスなんだな。取ってくるから、荷物見ててもらっていいか?」


 俺はメニュー表の注意書きを読んで、立ち上がる。


「あ、はい。お願いします」


 店の入口に近い場所に、ウォーターサーバー等が準備してある場所があり、二人分の水とおしぼりを小さなトレーに乗せて、姫川の隣へ戻る。


「ありがとうございます。私へのポイント稼ぎに余念がありませんね」


「何だ、それ」


「ポイントを貯めると、豪華賞品と交換できちゃうかも知れませんよ?」


「貯めていないし、要らない」


「もうっ、先輩は素直じゃありませんね。うりうり」


 言いながら、姫川がこちらに体重を預けてくるが、特段逃げる理由もないので、好きにさせておく。

 いや、内心はむず痒い気持ちでいっぱいなのだが、表面上は平静を装う。


「むぅ……、先輩、開き直りましたね。可愛げがありません」


「郷に入っては郷に従えって言ったのは、姫川だろ」


「まあ、そうなんですけれど。こんなに早く順応されてしまうと、私も思うところがあります」


「何だよ、思うところって?」


「それは……内緒です。それはさて置き、先輩ってコーヒー飲めない人ですか? この前、餡蜜を食べに行った時も玄米茶でしたよね? ふふっ。コーヒーが飲めないなんて、お子様ですね」


「さて置くのか……。飲めないというか、カフェインを極力摂取しないようにしてるだけだ」


「その心は?」


「二〇〇四年くらいまで、カフェインはドーピング禁止薬物だったから、念のため」


「うわぁ……。さすが先輩。理由が私の予想の斜め下です。可愛げのかけらもありません」


「可愛げを期待されてもな……」


 雑談をしている間に、店員が注文した品を運んで来てくれた。

 フォークとスプーンは2本ずつ、竹籠のような物に入っている。

 姫川と二人で、店員に礼を言って見送る。


「あ、先輩。食べる前に写真撮ってもいいですか?」


「あぁ、どうぞ」


 姫川の方に、ケーキや飲み物を寄せてやる。


「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと失礼して……」


 姫川が、テーブルの上の被写体の位置を微調整して、スマートフォンのカメラで撮影する。

 数回シャッター音がしたタイミングで、店員の女性が横の通路を、厨房方面に向かって通り掛かった。


「お客様、よろしければ、お二人の写真もお撮りしましょうか?」


 まさか、店員から話し掛けられると思ってもいなかったので、姫川よりも反応が遅れた。


「…あ、はい。お願いします」


「……いえ、って、おい」


「では、スマホ、お借りしますね」


 抗議の声を上げた時には既に遅く、にこやかな笑みを浮かべた姫川が、自身のスマートフォンを女性店員に手渡し、こちらの左肩に頭を乗せるような格好でくっついてきた。


「ほらほら、先輩。せっかくですから、記念に、一緒に写真撮ってもらいましょう」


「おい、姫川……」


「はい、では、こちらを向いてください。ケーキをこちらに向けて……。あ~、彼氏さん、ちょっと表情が固いですね~」


「ふふっ。先輩、眉間に皺寄せたままだと、この時間が長引くだけですよ? あ、そうだ先輩、これやりましょう。手でハート作るやつ」


 こちらを間近で見上げて、姫川が心底楽しそうに言う。

 姫川がクスクス笑うと、その動きが右腕に直接伝わってくるので、とにかく気恥ずかしくて仕様がない。

 挙句の果てには、姫川は、左手でハートの片方を作って、残りの半分を作れと催促してくる始末だった。


 これには、さすがに文句を言ってもいいだろうと思ったが、楽しそうにしている姫川の横顔を見ると、水をさすことが躊躇われた。

 ニコニコしているだけで、周囲をそんな気持ちにさせるのだから、改めて、姫川の持つカリスマ性というか、他人を惹きつける能力に感心してしまう。


 今日くらいは、まあ、姫川に合わせてもいいか。

 姫川の真似をして、右手で作ったハートの片割れを、姫川の左手に近付ける。


「あ、いいですね~。じゃあ、何回か撮りますね~」


 店員が持つ姫川のスマートフォンから、何度かシャッター音が鳴った。

 写真を撮り終え、店員からスマートフォンを返してもらった姫川は、撮ってもらった写真を確認して、ご満悦だった。


「うふふっ。素敵な記念写真が撮れました。あ、後で先輩にもデータ共有してあげますからね」


「いや……まあ、そうだな。うん、頼む」


 一瞬だけ、不要だと回答しそうになったが、考え直して共有してもらうことにした。

 今は苦い気持ちでいっぱいだが、数年後に見返せば、いい思い出になっているかも知れないと思ったからだ。


 俺の内心を察したのかどうかは知る由もないけれど、俺の返事を聞いた姫川は、とても満足そうに笑みを深くした。


「うふふっ。じゃあ、ケーキをいただきましょう。そうだ、先輩。食べさせ合いっこも、」


「却下」


「むぅ……まあ、そうですね。今日は充分満足したので、許してあげます。強欲は大罪ですからね。あぁ……でも……」


 姫川が言い淀みながら、白桃と黄桃のフルーツタルトを見ているので、皿を押して寄せてやる。

 服選びを手伝ってもらったお礼ということで。


「自分で食べるなら、一口分くらいは食べていいぞ」


「え、いいんですか? やった。ありがとうございます。ん~……旬の桃は香りがいいですね。甘さの中にちょっぴり酸味があるのが乙です。桃の柔らかさと、タルト生地の香ばしさの対比も楽しいです」


 タルトの角を一口分、自分のフォークで切り分けて頬張った姫川が、滔々と食レポする。

 ここまで喜ばれると、分けてやってよかったと思うのだから、本当に得な性格をしている。


 うっとりと味わっていた姫川だったが、


「先輩も、一口どうぞ」


 自分の日向夏のフルーツパフェの器を、こちらに寄せてきた。


「いや、俺は服選びを手伝ってもらったお礼に分けただけだぞ?」


「そんなの、気にしなくていいんですよ。せっかく一緒に居るんですから、幸せはシェアしましょうよ。ほらほら」


 ついつい、とパフェの器をつついて少しずつこちらに寄せる姫川。


「分かった。じゃあ、ありがたく」


 一応遠慮して、比較的小さい日向夏を一欠けら、自分のフォークで刺して食べる。


「どうですか? こっちも美味しいでしょう?」


「あぁ、美味い」


「ふふっ。友達と一緒に食べ物屋さんに来た時は、こうしてシェアができるのが最大の楽しみですよ、先輩。じゃあ、私もいただきます」


 パフェの器を自分の目の前に引き戻し、スプーンに持ち替えて、食べ始めた。


「んふふっ。こっちもさっぱりしてて、生クリームとの相性も抜群ですね。日向夏以外にも、レモンゼリーだったり蜜柑のソースだったり、色んな柑橘が味わえて贅沢です。んふふふふっ」


 本当に幸せそうに食べる姫川を眺めつつ、自分もタルトを食べ始めた。

 姫川のように語彙力豊富にはいかないが、美味いと思った。

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