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買い物の話(2)

 俺の服を一緒に見ると張切る姫川を伴い、普段から愛用しているアパレルブランドのショップの一つに足を踏み入れた。


「このブランドのお店は初めてです。あ、女性服もありますね。後でちょっと見ようかな」


 きょろきょろと店内を見回す楽しそうな姫川。


「別に、俺と一緒に回らなくても、姫川は自分が見たい服を見てもいいんだぞ?」


「いいえ、今日はせっかく先輩で遊べ……ご一緒できるんですから、私の買い物はいいんです」


「本音が漏れてるぞ、姫川」


「そんな事ありませんよ? 変な事言う先輩ですね。あ、新調したいのはトップスですか、ボトムスですか?」


「話題変更も雑だな……。今日は長袖のTシャツかYシャツを買おうかと考えてる」


「じゃあ、あっちですね。参考までに、先輩の持っている服は、寒色系統が多いですか? ブルーとかネイビーとか」


「どうだったかな……。多分、そうだと思う」


「ふむふむ……。じゃあ、今日は思い切って暖色系統を選びましょう。淡い色のピンクとかオレンジとかなら、他の色との組み合わせもできますから、着回しも簡単ですよ。お洒落の幅も広がります」


「いや、あまりそういう色は選ばないんだが……」


「だから、いいんじゃないですか。任せてください。特別に、私が素敵な服を見繕ってあげますから」


 言いながら店内を進んでいく姫川に、追従する形になってしまう。

 近くの棚で商品の整理をしていた女性店員が、


「ぃらっしゃいまぁせ~」


 と独特なイントネーションで歓迎してくれる。

 手前にもYシャツの陳列があったのだが、姫川はそれを一瞥して、店の奥へ進んで行ってしまう。


「姫川、入口の服は見なくてよかったのか?」


 姫川に追いついたところで、尋ねると、


「あっちは新商品ですからお値段が張ります。それよりも、こちらの割引商品から良い品を発掘する方が楽しいですし、先輩のお財布にも優しいでしょうから」


「なるほど」


 姫川は喋りながら、目星を付けたらしい商品を二着、それぞれ両手に持って眺めている。


「先輩。色はさておき、柄の好みはありますか?」


「特別、好みはないけれど、柄が派手な物は選ばないな」


「じゃあ、無地か、あってもワンポイントってところですね」


 自分の着る服ならまだしも、俺が着る服を探すことの何が楽しいのか、姫川は小さく鼻歌を歌いながら、次から次へと商品を見比べる。

 姫川の様子を眺めているだけでは悪いと思い、自分も商品を選んでみる。


「楽しそうだな、姫川」


「え? あ、はい。楽しいですよ。メンズファッションなんて、ちゃんと見る機会ありませんから、新鮮で。それに、私もシンプルなデザインの服が好きですから、私自身が着てみたいな~っていう服もありますし」


「体形が合わないんじゃないのか?」


「メンズのトップスやアウターを、女性のコーディネーションに取り入れるのもありますよ。まあ、ペアルックが目的の場合もあるみたいですけれど。

 あとは、オーバーシルエット? ビックシルエットでしたっけ? ゆったりしたコーディネートも流行してるみたいです」


「今更だけど、詳しいな」


「ファッション知識も、高校生の一般教養の範疇ですよ、先輩。と、偉そうに言ってみましたけれど、雑誌の受け売りです。あ、先輩、ちょっと動かないでください。背中貸ります」


「背中?」


 気に入った商品があったらしい姫川が、俺の背中に服を当ててサイズを確認していると、


「彼氏サンの服をお探しですか~?」


 先程、店の入口付近で棚の整理をしていた女性店員が接近してきた。

 男女二人で買い物に来ていれば、当然の解釈だろうなと考えながら、構わないでほしい旨を告げようと振り向くと、


「そうなんですよ。淡い暖色系で、お勧めの服ありますか?」


「淡い色ですか……。う~ん……と、この辺りはどうですか?」


「あ、いいですね。はい、先輩は動かないでくださいね」


 俺が断りを入れる間もなく、姫川が悪乗りして店員と一緒に服を選び始めた。

 愛想よく微笑んでいるように見える姫川の表情が、この状況を面白がっているだけだと俺には分かる。

 そして、店員の勧める服を、姫川が再び俺の背中に当ててサイズ確認。


「おい、姫川……」


「うふふっ。いいじゃないですか」


「お二人は、学校の先輩後輩なんですか?」


「そうです。まあ、まだお付き合いが浅いので、名前じゃなくて、先輩って呼んでいるんですけど」


 言いながら、嘘は言っていませんと、姫川がこちらに目配せをする。

 確かに、姫川との交流は四月から始まったばかりなので、付き合いが浅いというのは事実だ。


 ここで俺が話に割り込んで店員の誤解を解いてもいいが、一期一会の相手に姫川との関係を説明したところで、骨折り損のくたびれもうけにしかならない。

 結局、俺は小さく溜息をついて、姫川に任せることにした。


「初々しい感じでいいですね~。じゃあ、こっちのシャツなんてどうですか? ユニセックスなデザインなので、お揃いコーデできますよ~」


 店員も商売根性たくましく、一緒に姫川にも買うように勧めてくるから侮れない。


「ですって。ふふっ。どうしますか、先輩?」


「勘弁してくれ……」


「彼氏サンは、シャイなんですね~」


「恥ずかしがり屋さんなんですね~」


 姫川一人だけでも持て余すのに、店員まで一緒にからかってくる状況では、俺は黙ってやり過ごす以外の方法が思い付かない。

 楽しそうな姫川を見ているのは悪い気分ではなかったが。


 店員が居たのは五分程度で、あとは「ごゆっくり~」と言い残して、本来の業務に戻っていった。


「楽しい店員さんでしたね」


「俺は玩具にされて大変だった」


「これくらい、笑顔で対応できないとダメですよ、先輩。あ、それとも、私との二人きりの時間を邪魔されたのが嫌だったんですか?」


「初対面の人間に気疲れするという意味では、姫川と二人の方がいいな」


「うふふっ。先輩ってば、私のこと独占したいなんて、愛が重くて困っちゃいますね~」


「そんな事は言ってない」


「冗談はさて置き。そろそろ、真面目に先輩のお洋服を選びましょうか。候補は四点に絞り込みましたので、先輩にも確認してもらって、決めていきましょう」


「ふざけていただけじゃなかったんだな」


「ふふん。私の有能さに惚れ直しましたね。あ、やっぱりこっちもいいかも」


「絞り込めていないじゃないか……」


「選択肢が多いことは、良い事ですよ。臨機応変と褒めてください。う~ん……、こっちも良いですね」


「おい……」


 結局、そこから三十分程度、姫川が取捨選択に迷った挙句、最初の四点とは違うものを一点買う事にした。

 加えて、手頃な値段であったことも手伝って、同じ服の色違いで小さいサイズを姫川も自分用に購入したのだから、あの店員は商売上手だったのかも知れない。


「あ、お揃いでお買い上げですね~。嬉しいから、十パーオフってあげちゃいま~す」


「いいんですか、お姉さん? ありがとうございます」


「いえいえ~。また来てくださいねぇ」


「はい、また来ますね」


 店員と姫川が手を振り合うのを横目に見ながら、姫川と連れ立って店を後にした。


「これでペアルックができますね。どのくらい嬉しいですか?」


「嬉しい事は前提なんだな」


「当然じゃないですか。可愛い後輩と仲良しアピールできるんですから、先輩が狂喜乱舞したい気持ちを必死に隠している事までお見通しです」


「そうか……。じゃあ今度、これを着て一緒にどこか行くか?」


「ぅえっ?」


「冗談だよ」


「も、もう! 先輩のくせに、私をおちょくりましたね!? 先輩のくせに!」


「いや、たまには反撃してみようかと思ったんだけれど。そこまで驚くとは思わなかった」


「むぅ……。確かに、今のは一本取られました。成長しましたね、先輩。褒めて遣わします」


「尊大に褒められてもな……」


「この借りは絶対に返しますからね。覚えておいてください」


「仕返し宣言までされるのか」


「ふふっ、首を洗って、楽しみにしていて下さい。ところで先輩、この後ってまだお時間ありますか?」


「まあ、急いで帰る理由はないから、時間はあるけれど」


「じゃあ、よろしければ、私の用事にご一緒していただけませんか?」


「姫川の用事は……スイーツショップだったか?」


「はい。時間帯も丁度良いですし、お茶でもどうですか?」


「姫川には、俺の用事に付き合ってもらったからな。いいぞ」


「よしよし」


「よしよし?」


「あ、何でもありません。では、ご案内しますね。えっと……こっちです」


 姫川が近くにあった案内板を見て、目的地を確認すると、先導し始めたので付き従う。

 これが罠だと気付けない時点で、やはり姫川の方が一枚上手だったのだろう。

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