第1話:仙人のじいちゃんと、山底の廃坑
俺はじいちゃんっこだった。
すごく田舎の、日本の地図にも載っていないような山奥に住んでいた、まるで仙人のようなじいちゃん——神木坂 海道。
いくつもの峰が連なる山脈丸ごとひとつを所有している地主で、子どもの俺からすれば、果てが見えないほど広大な土地だったと思う。
小学生や中学生の頃は、夏休みになるたびに遊びに行っていた。
田んぼや畑の手伝いをしたり、ヤギや鶏たちのお世話をしたり。汗をたっぷりかいたあとに縁側で飲む冷えた麦茶の味とか、もぎたてのトマトの甘酸っぱさ。手入れの行き届いた土の匂い。
お手伝いを通して、土をいじるコツや労働の楽しさを教えてくれたのは、間違いなくじいちゃんだった。
——高校2年の夏、じいちゃんが死んだ。
俺は大学を卒業した後の進路を、その時に決めた。
じいちゃんから相続したこの広大な山と歴史ある古民家を使って、古民家民宿を始めるのだ。
高校の後半も、大学に入ってからも、経営を学びながら宿泊施設のオーナーになるための準備をコツコツと進めてきたのだ。
当然、大学卒業までの5年半もの間、大切な古民家を放置するわけにはいかない。
俺は夏休みや長い休みのたびに一人で山奥に通い詰め、換気をして、手入れをし、片付けや掃除を欠かさなかった。
そして大学3年の夏。
ひょんなことから、古民家の床下にある地下倉庫の奥に、忘れ去られたような「廃坑」が連なっていることに気がついたのだった。
◇
「……結構、深いところまで来ちゃったな」
高輝度のLEDハンディライトで足元を照らしながら進む。
ゴツゴツした岩肌の斜坑から、いつの間にか平坦な横坑へと変わり、道幅もトラックがすれ違えるほどに広くなってきた。ひんやりとした地下の空気が肌をなでる。
さらに奥へ奥へと進んでいくと、暗闇の突き当たりにおぼろげななにやら青白い光が見えてきた。
『実はここは、エジプトのピラミッドの原型となった超文明へのゲートの坑道なのです』
静まり返った洞窟内に、やけにダンディで心地よい男声のアナウンスが響き渡った。
「誰だお前は!? こんなところで何をしてる、ここはじいちゃんの土地だぞ!」
反射的にLEDライトの光を向けると、そこに浮いていたのは——およそ地球の物理法則や造形を超越した“何か”だった。
黒い燕尾服のような緻密な模様が浮かぶ、逆三角錐の上半身。
その上には、卵型をした頭部。髪の毛のような黒模様が描かれているが……首も腰も一切繋がっておらず、頭部・上半身・下半身がそれぞれバラバラに空中浮遊し、クルクルと規則的に異質な回転を繰り返している。
だが、顔にあたる模様だけは、なぜか常に正面を向いてピタリと固定されていた。
ロボット? ドローン? それとも未確認生物……?
『あぁ、あなた様が神木坂 海道様の御子孫ですね。私は超文明ゲートの管理人。海道様とは様々な文化交流をしつつ、共にこの聖域を守ってまいりました』
言葉を発するたびに、浮遊するパーツが優雅に傾く。
俺が胡乱な目を向け、LEDライトを突きつけたまま無言で見つめていると、燕尾服のナニカは焦ったように補足してきた。
『あ、あぁ、ご安心ください! この私のボディは情報統合体で出来ておりまして! 外殻は様々な情報を自由に投影でき、思念思考波をも超越したシン層からの情報取得も可能となっております。実際に触ることもできますが、形状記憶・自由変形も可能でして、言わば——』
「あー、まあいいや。詳しくはよくわからないが……」
俺はライトを下ろし、呆れたように息を吐いた。
「要するに、じいちゃんの下僕ってことだな?」
『げ、下僕……!? 3000億年の歴史を誇る超高度AGIに対してなんと大雑把な解釈……っ!?』
分離した頭部パーツがガバッと両手(らしき模様)で顔を覆い、ショックを受けたように浮遊軸を歪める。
「ん? 違うのか? じいちゃんと文化交流して聖域を守ってたんだろ? じゃあ実質じいちゃんの小間使い……いや、下僕だろ」
『こ、小間使いやらとか…アシスタントならまだしも下僕とは……! 我は全知全能にして星間文明の叡智を結集した自立型思考ユニット——』
「はいはい、分かった分かった。じゃあバトラー(執事)って呼んでやるよ。それで、バトラー。ここには何があるんだ?」
俺が興味津々に奥の青い光を指差すと、バトラーは気を取り直したようにスーッと背筋を伸ばし、尊大な態度で胸を張った。
『フッ……よくぞ惹かれましたね、主様。この先に眠るものこそ、地球の未熟な科学技術を数千年は凌駕する、異銀河超文明の保管庫でございます! 物理法則の根幹を揺るがす数々のオーパーツが、あなた様のご命令を待っているのです!』
「ほう……なるほどな」
俺は顎に手を当て、深く頷いた。
「つまり、古民家のリフォームと畑仕事に使える『めちゃくちゃ便利な道具の山』ってわけだな?」
『だ、ど、道具の山……!? 地球の概念で言えば神の遺物でございますよ!?』
「よし、じゃあ早速いくつか見せてもらおうか。5年半かけて一人で掃除してきた甲斐があったわ」
『話を聞いておられますか主様ーっ!?』
洞窟内にバトラーの悲痛な叫びがこだまする。
こうして、俺の真面目な5年半の掃除の努力は、異次元の超文明と、ドヤ顔でポンコツなAGI執事を掘り当てるという形で、ハチャメチャな結末を迎えたのだった。




