天使はパンティにこだわりを持つか
「危うく死ぬところでした」
薄暗闇でも眩く白い翼を羽ばたかせながら、ロナは言った。フェリンは足首を掴まれて宙づりになっていた。必死にスカートを抑えている。
「こっち見ないでください! 異常性癖!」
燃え盛る炎、黒煙、散発的な爆発の中でフェリンは見苦しくももがいていた。
「フェリンは飛べないのか?」
「はい。まだ試用期間中ですので」
「飛ぶ必要は?」
「足場がないと落ち着かなくてですね」
そういうもんかね。深く論ずるのはやめた。
「死ぬかと思ったというのは?」
「慣用表現です」
ふむ。
さてどこまで話しただろうか。山の中腹が瞬いたかと思うと、閃光が我々の頭上を飛び交い、市街地で火の手が上がった。
「なんでフェリンのパンツは見えそうになってるんだ? 落ちないだろうに」
「その言い方する必要ありますか?!」
「落ちると思えば落ちる。それが世の理なのです」
山間の光源に戦闘機のミサイルが当たる。続けざま2機、3機と飛び交い原野を焼き払った。
「そういうこと? パンツがあると思えばある?」
興味深い。僕はフェリンの逆さづりの顔を見やった。鼻の穴は暗くて見えなかった。
「何考えてるんですか変態!」
美少女に鼻毛は生えるか考えていたんだよ。僕は口をつぐんだ。
僕はあんまり経験はないが念を込め、神仏に身を捧ぐ気持ち? でフェリンの足首を掴んだ。
「ギャーーっ! 冷たい! キョンシー!!」
「なるほどね」
「そういうことです」
日本語圏担当だとこういうときキョンシーで合ってるのだろうか。僕はフェリンの行く末を不安に思った。
「生命を生命たらしめているのはその意思である」
そんな説を思い出した。
「なんですかその胡散臭い言説は」
ロナは言った。お前らに比べればまだマシだろうとは努めて僕は思わないようにした。
「さて君たちは魂を管理している。そして放流するわけだ。生命工学者として魂の存在は興味深い」
「転生したくなりましたか? ちょっと急いでるのですが。フェリンに任せていいですか?」
「フェリン、落ちない落ちない、怖くないぞ」
「だめ! 落ちる! 先輩行かないでください!」
わざとはぐらかされている気がしてきた。
「なんのために放流をするんだ? なんのために管理してるんだ?」
「聞いたら転生してくれますか?」
「なんでそうなる」
「わかりました。ではここで私がフェリンの脚を放しましょう。あなたの意識では飛べないはず。二人で仲良く瓦礫の海へ。それをお望みで?」
「痛いのか?」
「わかりません、ヒトによります、たぶん」
さきほどの、土下座するフェリンの痛みに歪む顔が思い出された。僕はため息をついた。
「わかった。聞いたら転生するよ。それでいいんだろ? あんまりいじめてやるな」
「私たちがこういうセールスだとしたら?」
「何がしたいのかわからん。本当に時間を稼いでるんじゃないだろうな」
何機ものジェット戦闘機が頭上を抜けて、北に向かって飛んで行った。辺りはすっかり日が落ちて、遠目に見る戦闘機の隊列は不気味な鳥の群れに見えた。
「稼いでるといいますか、潰してるといいますか」
「え? どういうことです?」
フェリンがプーみたいに目を丸めた。
「実はね、佐藤さん。魂って有限なんですよ。なのに生命体が増えすぎたのです。どういうことだかわかりますか?」
ロナの黒曜の髪が、薄暗がりに、まるで別の生き物のようになびいた。
また爆音が聞こえた。




