天使はイジリの被害者になるか
魂は有限である。
ロナは確かにそう言った。
「どういうことだ? それとお前たちになんの関係がある」
「どういうことです? それと私たちに何の関係が?」
フェリンとハモってしまった。
「本来は知る必要がありません」
ひえびえとロナは言い放った。
「なんでフェリンは知らないんだ?」
「私の仕事じゃありません、教育の問題です」
「分からないことは聞けって教わりました!」
ぶらんぶらんと足首を掴まれたままフェリンが抗議した。
抑える手で抗議するものだから、パンツがチラ見えしてしまった。僕は静かに手を離し、さりげなく距離を取った。
「自分で調べてから聞きなさい」
ひえびえとロナは言い放った。
そしておもむろにフェリンのサンダルを脱がせ、何をするかと思いきや掴んだ足裏をガリガリとひっかき始めた。
「うわーー! うきゃーー! やめてください! 佐藤、やめさせてください! 助けて!」
「なぜ突然くすぐりを?」
「体罰のやりすぎは逆効果と学んでおりますので。あと、イジりがいがありますねこの子は」
飛べない翼をはためかせてフェリンが暴れ回る。
「そんなに暴れると、私の手が滑ってしまうかもしれませんよ?」
「フェリン、暴れるな。本当に滑らせかねん」
ぐー! ぐー! と口を手で塞ぐが、身体のバタつきは止まらない。
「面白いな」
僕はロナに同意した。
「しばらく借りてもいいですか?」
「俺の話は?」
「なんでしたっけ」
「転生とか、魂とか、その辺の」
ああ、とロナは両手をポンと叩いた。フェリンは落下を始めた。
反射的に手が伸びた。
彼女を助けてあげたかったけれど、空気抵抗が等しい場合、重力加速度だけでは追いつかないことを知っていた。
悲しいけれどただ見送ることしかできなかった。
ロナは姿を消していて、眼下を見ればパタパタとここまで登ってくるのが見えた。
「冗談です」
ロナは言った。
「イジりの範疇?」
「ザッツライト」
そういうものか。フェリンは可哀想にも気を失い、絞められた七面鳥のようにぶら下がっていた。
「七面鳥で思い出した」
「なんですか藪から棒に。七面鳥?」
「いや七面鳥のことはいいんだ。魂の話だ」
「あー、まぁよく考えたら本当に知ったところでどうしようもないことですよ?」
「こんな話を聞いて死に切れん」
「死に切ってます。病院到着時死亡が公式発表です」
「いやまあそれはいいんだ。言葉のあやだ」
「ああ言えばこう言いますね」
上司が出てきてロナをひっぱたくことを僕は願った。
「話を聞いたら転生するから」
「本当に?」
「本当に本当! お願い!」
ロナはしばらく考え込んだ。
その間フェリンが目を覚まし、なぜ助けない佐藤! 不敬だぞ! などとわめくので、僕は爪を立てて足裏をひっかいてやった。皮が厚くなることもない、きめ細やかな足裏だった。土踏まずを重点的にひっかいた。
「わかりました。いいでしょう。新人教育の一環です。場所を移しましょうか」
ロナが告げると、我々は豪奢なホテルの一室のような場所にいた。
「テレビでも見ましょうか」
ロナはフェリンを放り出し、ソファーに深々と腰かけた。
「忙しいとか時間がないとか、意味深なことを言ってなかったか?」
「よく考えたら歩合でもないので。新人教育というていにします」
なるほど。来世では使おう、と僕は思った。
「ところで佐藤ふぁん、ほほにひふふのふぁふぁふぃふぃふぁ」
ぐびり。
テレビの電源が入った。
ロナの前にはかぐわしいミルクティー、いやチャイか?
それとインド料理屋のお通しせんべいが置かれていた。
「なんて?」
「失礼。ところで佐藤さん。ここに何個の魂があると思いますか?」
暗視映像に特徴的な緑色。暗く滲んだその中心に建物が見える。戦闘の中継のようだった。次の瞬間、建物は無音のまま煙を巻き上げ崩落した。精密攻撃による人的被害の最小化、その最先端であると、通訳の音声が流れた。
「…今死んだ人間の数に、微生物とかの数を足した分、あるに決まってる」
「その認識は大いに結構です。それでいてくれたほうがいい」
ロナはインドせんべいを割って、起き上がったフェリンに分け与えていた。鹿せんべいを頬張る鹿のような眼をしてロナを見ていた。
「そんなに天使がいると思いますか?」
「んなこといったら市役所の窓口だってせいぜい10個だろう」
フェリンが手を上げた。
「あ、ひょっとして今見えたのが魂ですか?!」
「そのとおり」
フェリンはもう一枚せんべいをもらっていた。




