自然的自然権
林檎果樹は遺伝的搾取の憂き目に遭っている。
と青森自立支援互助会広報委員長は言った。
「なんで無視したんですか」
とフェリンも言った。
遺伝子は自然意思に基づく自由淘汰によってしか操作されるべきではない。我々は苦渋の鉄槌によってそれを世に知らしめた。
「いや、意味がわからなくて」
僕は答えた。実験室は化学防護装備のなにかの組織で慌ただしく、応接室に場所を移していた。テレビはフェリンがつけた。
「転生したくないんですか?」
人間の遺伝子は既に不純な人為的操作により自然を逸脱した。資本や人為選択による自然的自然権への挑戦である。
「だからどういう意味?」
尋ねるとフェリンはあからさまに気分を害したようで、侮蔑の表情で僕を見た。
「転生も知らないのですか? 日本語圏では常識だと思っていましたが。なぜ知らないんですか? どんな私生活なんですか?」
ゆえに我々の庇護に値しない。
「質問に質問で返さないでくれ」
至極真っ当なことを言ったつもりだが、フェリンは動揺した。タブレットは繋いだままで、そこからかん高い叱責が聞こえた。
「察しの悪い人ですね! あなたは我々に選ばれたのです。あなたの魂は再録に値すると言っているんです!」
「だから、つまり? 幼稚園児に分かるように説明してくれ」
「やめてください。本当は分かってるんでしょ? 要は私があなたを導いて強くてニューゲームさせてあげるし、便宜も図るってことです。滅多にないことです」
「説明できないのか?」
タブレットが割れんばかりの怒声を上げた。フェリンは怯えて肩をすくめた。官房長官は、本件は国体に対する最大限の挑戦であり、自衛権の行使を躊躇しないと宣言した。
「いやすまん。困らせたくはないんだ。転生ってなにか聞いてるだけなんだ」
フェリンは僕を睨みつけた。そして怒声の止まらぬタブレットをいじり、投げやりに告げる。
「あなたがたの理解では、魂を別サイドあるいは周に転移する操作のことです」
「魂って?」
「私はあなたとなぜなぜ分析をするほど暇じゃないんです!」
彼女はしばらく息を吸い、ふう、と息を吐いた。
「私はあなたの今後を思って言ってるんですよ」
「なるほど分かった。ありがとう。恩に着る。転移操作ってなに?」
フェリンが両手で目を覆った。ワセリン(Vaselinum Album)みたいに白く、小さな手だった。
「カスハラですか?」
絞り出すような声だった。
「押し売りか?」
僕は答えた。
「わかりました。要するにあなたの自我を別世界の別生体に転写する措置のことです。簡単に言えば」
「自我ってなんだ? 細胞が転写されるのか」
「わからない人ですね! 怒りますよ!」
フェリンが怒鳴った。タブレットがけたたましく叫んだ。もういい、一度中断して話を聞け!
「もういいです。黙っててください。今から電話するんでテレビでも見ててください」
テレビでは二次被害の様子が映し出されていた。比重の重い気体だったようで、野次馬の数人が病院に運ばれていた。報道陣にも犠牲者が出たらしい。フェリンは黒檀のテーブルにメモを開いて、タブレットの音量を上げた。かん高い女の声がフェリンをなじった。防衛大臣は、アイアンドームと低域ジャミングにより、国土防衛は万全である、と言った。




