青森独立
青森独立を目論む武装勢力が無人ドローンに神経毒を積み込んで僕の研究室に突っ込んできたその日、僕はこの世ならざる美少女に出会った。同時に、先鋭的環境保護団体の資金援助の噂、生命工学関連施設を対象リストに入れた件、いずれも真実だと分かった。
「転生チャンスです」
彼女は言った。僕より2オクターブ高い甘やかな声だった。身長は155センチ前後、乳房は骨格不相応に発達し、骨盤上のくびれは白い羽衣により強調されていた。
髪は柔らかく波打つブラウン、眼瞼は大きく開き、頭骨は僕の拳ほどだった。
「転生チャンスですよ?」
彼女は繰り返した。小首をかしげて、足元に転がる僕の死骸を指さした。赤黒く充血した僕の目が虚空を眺めていた。さっきよりも皮下出血が進んでいる。知らない毒だ。
「キャ、きゃんゆーすぴーくジャパニーズ?」
僕は答えなかった。
狼狽し、胸元から取り出したタブレットをせわしなく操作した。
それから、タブレット背面の番号を手に書き写し、それを見ながらキーパッドを操作した。
「お、お世話になっております……本年度から日本語圏を担当することになりましたフェリンと申します……以後お見知りおきを……それでですね、えっと、本日の対象者なのですが……はい、合っています。その件の…」
フェリンはこちらに小さな背を向け、しゃがみこんで床でメモを取り始めた。
足音が立つのか甚だ疑問であったが、僕はなるべくゆっくり歩を進め、彼女の肩越しにメモを覗いた。字はこの世ならざるほど汚かった。三半規管も無かろうに眩暈がした。
「ええ、ええ、個体の識別番号ですね。製造年は人間西歴2002年…え、天界歴ですか? 少々お待ちください、換算を…えっと、すみません、少々お時間……あっ、そうです、Fサイド752周ですたぶん…いえ! すみません!! たぶんではなく間違いなくです!! はい、失礼いたしました!」
ペコペコ頭を下げながら、メモ帳に『不確かなことは言わない』と記した。その上には『必ずメモを取る』と書いてあった。不確かだけど。
「はい、ええ、どうも言葉か意識がですね、疎通できないと申しますか、あ、はいメモします!」
『不確かなことは言わない』の下に『忘れずメモを取る!!』と書いた。簡易マスクの同僚が踏み込んできて、おいおい! と思った次の瞬間、眼鏡が割れるほど床に顔面を打ち付けた。痙攣が見られた。
「ひっ!」
フェリンが叫んだ。それよりも大きな怒号がタブレットから漏れ聞こえてきた。
「いえすみませんすみません、非対象者がですね、ええ……はい、ええ、いえ! やる気はあります! 唐突だったもので!」
『動揺しない』と震える字でメモが足された。その文字が水滴で滲んだ。
「あー…おほん。転生って?」
思わず声をかけた。しかし被さるように非常ベルが鳴り、全館換気の騒音がかき消した。全館換気、馬鹿それはやばいだろと思った。
「ええ、ええ、申し訳ありません……対象とですね、意思の疎通ができなくて…はい、初めてのことでして……」
フェリンはペンを置き、タブレットの反対側の耳を指でふさいだ。これではなにも聞こえまい。
声を張り上げても無理だろうと震える肩に手を置いた。が、すり抜けた。ふむ。自分の手は見える。あまり考えても意味のない領域だと分かった。
「改めて申し上げます。製造年がFサイド752周。認識番号がイの、ハの、…いえイノハノではなく…いえ現場が騒がしくてですね、」
抱える頭もない。割れた窓から、陰圧の室内へ風が吹き込んできた。風は感じると。市内放送と防災ラジオが同時に警告音を鳴らした。そういえば音も。
「え、対象者の現状ですか? えっと……いえ! 決して目を離したりは! もちろんです! はい、マニュアルもすべて目を通してます!!」
勢い込んで振り返る。間近でフェリンと目が合った。
「うわあああああ!!!!」
タブレットを放り投げたフェリンの悲鳴が、避難放送をかき消した。




