↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PLAY AND BACK  作者: 塩見ヒモン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/18

遊戯が始まる

冷たい金属の感触が、僕の手のひらに食い込んでいた。古びたテープレコーダー。正面には「PLAY AND BACK――パート・ワン」という文字が刻まれている。何のための道具なのか、僕には見当もつかない。それよりも分からないのは、どうして自分がこんな真っ暗な木々の中に、たった一人で立っているのかということだった。


「……僕、これから何すればいいんだろう」


声は風にちぎれるようにして消えていった。頭上で葉が擦れ合う音だけが響き、答えは返ってこない。まるでこの森全体が、僕の声を聞きながらもわざと黙っているみたいだった。


振り返って、何か見覚えのあるものを探した。けれど目に映るのは、隙間なく並んだ木の幹ばかり。道もない。標識もない。自分が今どこにいるのか教えてくれるものは、何一つ見当たらなかった。さっきまで確かに、黄色いテープで封鎖された青木ヶ樹海の入り口に立っていたはずなのに。今はどういうわけか、森の奥深くに一人きりで取り残されている。


足元の土は湿っていて、腐った落ち葉と濡れた地面の匂いが混じり合っていた。空気は普通の森とは違う冷たさで、肌に突き刺さってくる。両腕をさすってみたけれど、理由の分からない鳥肌はなかなか収まらなかった。


「ここに突っ立ってても、どうしようもないよな」


そう決めて、僕は歩き出すことにした。木の根の間に何か黒いものが転がっているのが見えて、近づくとそれはカセットテープだった。一つ、また一つと拾い上げていくと、ほとんどのテープに「PLAY AND BACK」と印字され、それぞれ違うパート番号が振られている。まるで僕が通る道に沿って、わざと撒かれたみたいに。


どうしてこんなものが森の中に散らばっているのか、僕には理解できなかった。だけど放っておく気にもなれず、拾い集めながら少しずつ奥へと進んでいった。


歩くほどに、木々はさらに密になっていく。幹は苔むして高く伸び、葉の隙間から差す光はわずかで、風が吹くたびに地面に長い影が揺れた。今までどこでも見たことのない森だと感じたけれど、何がどう違うのか、言葉にはできなかった。


不思議なことに、そこまで怖くはなかった。パパとママはよく心霊スポット巡りに僕を連れていってくれて、インドネシアの山や不気味な言い伝えのある場所にも何度か足を運んだことがある。だから、これくらい暗い森でも膝は震えなかった――振り返るまでは。


足が止まった。


何かがおかしいと、目で確かめるより先に体が気づいていた。まず首の後ろの毛が逆立ち、それから冷たいものがうなじから指先まで一気に走り抜けた。そしてようやく、僕はそれを見た。木の幹の間に人影がいくつも立ち並び、僕を取り囲んでいる。足音も前触れも、何一つなかった。


さっきまでここには誰もいなかったはずだ。木以外、何も。なのに今は、あらゆる方向から顔が僕を見つめていて、その中のいくつかはもう人間の顔とは呼べない形をしていた。


体が腐って崩れかけた死体のようなものがいた。おばあさんに似た姿もあったけれど、体の一部があちこち欠けていて、まるで現実そのものから引きちぎられたみたいだった。誰も動かず、ただじっと立っているだけなのに、動かれるよりもずっと恐ろしく感じられた。


僕の体は、その場に凍りついたように固まった。心臓が自分の耳にまで聞こえるほど激しく打ち、さっきまで気になっていた風の音より大きく響く。冷や汗が背中を伝う一方で、周りの空気は氷のように冷たいままだった。


今までお化けの話は、大人たちの口から聞くだけのものだった。祟られた場所とか、そこに棲みついているという何かとか。でも話と現実はまったく別物で、今それが本当に僕の目の前に立っている。すぐそこまで近づいていて、体から漂う冷気さえ感じ取れるほどに。


逃げたかった。なのに足は石みたいに重く、脳から送る命令をことごとく拒んでいる。


震えながら、一歩だけ後ろに下がった。靴の下で乾いた枝がパキッと鳴り、その小さな音が、張り詰めた静寂の中では爆発のように大きく響いた。


「やめて……」


声はほとんど囁きにしかならず、止まらない体の震えに合わせて揺れていた。誰に向かって頼んでいるのかさえ、自分でも分からない。目の前の何かに対してなのか、それとも泣き出しそうな自分自身に対してなのか。


願うことは一つだけだった。あいつらがどこかへ消えてくれること。それなのに誰一人動こうとせず、まるで僕が最初の過ちを犯すのを待っているみたいだった。


囲む顔を一つずつ見ていくと、見るたびにさっきよりも恐ろしく感じられて、目を閉じたいのにどうしても視線を外せなかった。喉が締めつけられ、パパとママを呼ぶことだけが、頭の中に残った唯一の考えになっていた。


けれど、その声が口から出るより先に。


ドーン!!


何か大きなものが、すぐ近くの地面に叩きつけられた。足から胸まで突き抜ける揺れに、体ごと吹き飛ばされそうになる。上から――どこからかは分からないけれど――古いブラウン管テレビが落ちてきて、土と枯れ葉が勢いよく舞い上がった。


「うわあっ!」


衝撃に体を押されて視界が一気に歪んだ。地面に倒れ込み、頭がズキズキと痛む。周りの景色が、行き先の分からないまま回り始めた。


もう一度目を開けようとしたけれど、ぼやける焦点をどうしても保てなかった。人影たちがぐるぐると渦を巻くように速く回転し、やがてすべてが真っ暗になって、僕の意識を呑み込んでいった。


   


気がつくと、僕はうつ伏せで倒れていた。頬に触れる地面は冷たく湿っている。何度か瞬きを繰り返し、まだ視界を覆う霞を追い払いながら、ゆっくりと頭を持ち上げた。


同じ森の中にいるのは変わらなかった。それなのに、さっきまでとは何かが違う気がして、それが何なのか、まだうまく言葉にできない。


視線を無理やり周囲に走らせてみる。そこには、誰も立っていなかった。


後ろを振り返り、あの恐ろしい人影たちが立っていた場所を一つずつ確かめた。空っぽだった。左も右も同じで、僕を取り囲んでいたはずの姿は跡形もなく消えている。まるで初めから、そこに何もいなかったかのように。


「……みんな、どこ行ったんだろう」


まだズキズキと痛む頭の中で、混乱ばかりが膨らんでいく。さっきまであんなにたくさんいて、四方から僕を囲むように立っていたはずなのに、今は一人として残っていない。


ゆっくりと視線を動かすと、僕にぶつかってきたあの物が目に入った。古い型の大きなブラウン管テレビが、すぐそばに転がっている。画面にはひびが入り、背面は衝撃でひどく凹んでいた。しばらくそれを見つめていると、その下に何かが挟まっているのに気づいた。テープレコーダーだった。


僕は眉をひそめた。「……さっきのテープレコーダー、なんでテレビの下にあるんだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。