第8話 魔法少女の“燃費”を改善してみた
放課後の理科室に、半田ごての焦げた匂いが薄く残っている。
机の上には、分解された機材と、見慣れない“それ”が置かれていた。
手のひらサイズの、細身の杖。金属ともガラスともつかない、淡く青白い光を内包した棒状のデバイス。
「……よし、安定した」
僕は最後の接続端子を指で押し込み、軽く叩く。カチッ、と小気味いい音がして、内部の位相振動がぴたりと収束した。
浮かんでいたピノが、ひらりと近づいてくる。
「りく、これ……できたの?」
「一応な。初期研究の成果としては十分だろ」
僕は机の上のそれ――“魔法の杖”を指先で転がす。
「ピノ用の装備。魔法の燃費を改善するための増幅兼制御デバイスだ」
「ぞ、ぞうび……?」
ピノがぱちぱちと瞬きを繰り返す。理解が追いついていない顔だ。
まあ無理もない。魔法少女側の常識では、“装備を科学で作る”なんて発想自体が存在しないはずだ。
「澪を呼べ。実地テストする」
「えっ、いま!?」
「今じゃないと意味ないだろ。エネルギーの挙動は新鮮な状態で取らないと誤差が出る」
「そ、そういう問題……?」
ピノは少し迷ったあと、観念したようにくるりと宙返りした。
「わ、わかった……呼ぶね、ミオに!」
ふわっと光が弾けて、ピノの気配が一瞬遠ざかる。
数分後。
理科室の扉が勢いよく開いた。
「理久くん! ピノが急に呼び出して――って」
息を少し切らせながら入ってきたのは、星川澪。制服のスカートを軽く押さえながら、きょろきょろと室内を見回す。
「……なに、この状況」
机の上に広がる機材の山と、中央に置かれた異質な杖に視線が止まる。
僕は椅子に座ったまま、軽く顎でそれを示した。
「魔法の杖、できた」
「……は?」
澪の動きが止まる。瞬きすら忘れたみたいに固まっている。
「いや、正確には“ピノ用の補助装備”だけど。魔法の燃費を改善するためのやつ」
「ちょっと待って。今さらっとすごいこと言ったよね?」
「そうでもない。ピクシスのコア構造と信号伝達は、前にスキャンしただろ。あれを外部から補助するだけ」
「“だけ”で済ませる話じゃないから!」
澪が机に近づいてくる。手を伸ばしかけて、でも触れていいのか迷って、結局引っ込めた。
「え、これ……本当に使えるの?」
「使えなきゃ呼ばない」
僕は杖を持ち上げて、ピノの前に差し出す。
「ピノ。これ持ってみろ」
「う、うん……」
恐る恐る、ピノが杖に触れた瞬間。
ふわり、と。
杖の内部に流れていた青白い光が、ピノの体表に同調するように広がった。
「……っ!」
澪が息を呑む。
僕はすぐに横の端末を操作し、数値の変化を追う。
「位相出力、安定。エネルギーロス……予測より低いな。いい感じだ」
「ちょっと、理久くん……ピノ、大丈夫なの?」
「問題ない。むしろ最適化されてる」
ピノは驚いた顔のまま、自分の体と杖を見比べている。
「な、なんか……いつもより、軽い……? 流れがスムーズっていうか……」
「だろうな。魔法の制御信号を一度そこで整流してから出力する構造にしてる。無駄な拡散が減る」
「整流ってなに!?」
「電気の話」
「魔法の話してるんだけど!?」
澪のツッコミを無視して、僕は淡々と続ける。
「今までの澪の魔法、最大出力で何発撃てる?」
「え……えっと、全力だと……二回か三回が限界、かな」
「それ、十回くらいまでは伸びるはず」
「……は?」
澪がまた止まる。
今度はさっきよりも長い沈黙だった。
「じゅ、十回……?」
「理論上はな。実測で多少ブレるだろうけど」
「いやいやいやいや待って待って、それって……」
澪は自分の手を見つめる。ぎゅっと握って、開いて、また握る。
その動きに、わずかな震えが混じっていた。
「……そんなの、戦い方が変わるレベルじゃない」
「変えればいい」
僕は即答する。
「今までが非効率すぎただけ。燃費改善すれば戦術の自由度が上がる。単純な話だろ」
「単純じゃないよ……!」
澪が顔を上げる。驚きと戸惑いと、少しの――期待。
「……それ、本当に実戦で使えるの?」
「だからテストするんだろ」
ちょうどそのタイミングで、机の端に置いていた位相センサーが、小さく震えた。
ピピッ、と乾いた電子音。
僕はすぐに画面を見る。
「……来たな」
「え?」
「ヴォイド。出現前兆」
澪の表情が一瞬で切り替わる。さっきまでの戸惑いが消えて、魔法少女の顔になる。
「場所は?」
「学校から半径一キロ圏内……南側。公園付近」
僕は杖をピノに押し付けるように渡した。
「ちょうどいい。実戦テストだ」
「ちょ、ちょっと待って、いきなり!?」
「データは現場で取るのが一番正確」
僕はフェーズグラスをかけながら立ち上がる。
「澪、行くぞ」
澪は一瞬だけ迷ったあと、深く息を吸った。
「……わかった。やる」
その視線が、ピノ――そしてその手にある“新しい杖”に向けられる。
次の瞬間、澪の体が光に包まれた。
「――スターライト・ミオ、出動!」
理科室の空気が一気に張り詰める。
僕はその背中を見ながら、小さく呟いた。
「さて。どこまで伸びるか」
データ取りとしては、これ以上ない条件だ。
そして――
“魔法”が、どこまで“科学で扱えるか”を確かめる最初の実戦でもある。
僕は端末を掴み、そのまま澪の後を追って走り出した。
――――――
夕焼けに染まりかけた校舎を飛び出す。
澪――いや、“スターライト・ミオ”はすでに数メートル先を走っていた。白と青の衣装が風を切るたびにひらりと揺れて、軽いのに妙に速い。
「理久くん、ちゃんとついてきてる!?」
「見ての通り」
僕はポケットの中で端末を押さえながら、無駄のない足運びで距離を詰める。全力疾走はしない。観測の前に息を切らすとか、本末転倒だ。
横を、ふわふわとピノがついてくる。手にはさっきの“杖”。
「りく……ほんとに、これ使うの?」
「そのために作った。今さら引き返す理由あるか?」
「で、でも……」
ピノは杖を見下ろして、少しだけ躊躇う。
その様子を見て、僕は肩をすくめた。
「壊れるなら壊れるでデータになる。問題ない」
「問題しかないよ!?」
後ろから澪のツッコミが飛んでくる。
いつも通りだ。むしろ安心する。
数十秒で、公園に到着する。
人影はない。風も止まっているみたいに、妙に静かだ。
そして――空間が、歪んでいる。
「……来てる」
フェーズグラス越しに、裂け目が見える。黒い粒子がじわじわと滲み出している、出現前兆。
澪がすっと前に出た。
「理久くん、ここからは――」
「近くで観測する」
「却下」
「安全圏は作る」
僕は即答して、ポケットから小型装置を取り出し、地面に転がした。
カチ、と音がして――半透明の球状フィールドが展開される。
澪が目を見開いた。
「それ……この前のシールド?」
「改良版。範囲拡張と安定化。多少の衝撃なら余裕で受ける」
「“多少”ってどのくらい!?」
「測ってない」
「測ってから言って!?」
いつものやり取りだ。
僕はシールドの内側に入り、端末を起動する。
「いいから始めろ。出るぞ」
その直後。
空間が裂けた。
――ズルリ、と黒い塊が這い出てくる。
輪郭が曖昧で、腕のようなものが歪に伸びている。見慣れたヴォイド。
「……いくよ、ピノ」
「うん……!」
ピノが杖を握りしめる。
その瞬間。
杖の内部の光が、ピノの体にすっと馴染んだ。
「……っ!」
ピノの羽がぴくりと震える。
「ミオ……これ、すごい……! 流れが、きれいに通る……!」
「ほんと……?」
「うん、無駄がない感じ……!」
澪が小さく頷く。
そして一歩踏み出した。
「――スターライト・ショット!」
光弾が放たれる。
ヴォイドに直撃し、爆ぜる。
いつも通り、崩れた部分が再生を始める。
「再生あり。通常個体」
僕は淡々と記録する。
「澪、続けて撃て」
「え、もう?」
「いいから」
「……わかった!」
澪が構え直す。
「スターライト・ショット!」
二発目。
続けて三発目。
そこで――澪の表情が変わった。
「……あれ?」
「どうした」
「まだ……いける」
呼吸が乱れていない。
肩も落ちていない。
明らかに、消耗していない。
「そのまま続けろ」
「う、うん!」
四発、五発。
連続で撃つたびに、澪の目が少しずつ見開かれていく。
「うそ……まだ余裕ある……!」
六発目。
七発目。
ヴォイドの再生が追いつかなくなり、体が大きく崩れ始める。
「エネルギー消費率……想定より低いな。いい」
僕は端末の数値を見ながら呟く。
ピノが興奮した声を上げる。
「りく! これ、ほんとにすごい! ミオ、全然減ってない!」
「当然だろ」
僕は視線を外さず答える。
「無駄な拡散を抑えてるだけ。出力自体は変えてない」
「それがすごいって言ってるの!」
澪が前に踏み込む。
動きが明らかに軽い。
余裕があるから、判断も早い。
「――スターライト・ショット!」
さらに一撃。
ヴォイドの形が崩壊寸前まで追い込まれる。
澪は一瞬だけ間を置いて――
「……いける」
小さく呟いた。
その声には、はっきりとした確信があった。
「――スターライト・バースト!」
強烈な光が放たれる。
今までと同じ必殺技。
でも、その“重さ”が違う。
エネルギー切れを気にしない、全力の一撃。
閃光が弾けて――
ヴォイドは、完全に消滅した。
静寂が戻る。
風が、遅れて吹いた。
「……はぁ」
澪が息を吐く。
でも、膝はつかない。
そのまま立っている。
「……ほんとに、まだ動ける……」
自分の手を見つめて、ゆっくり握る。
信じられない、という顔。
でも同時に――少しだけ、嬉しそうだった。
ピノがくるくると回る。
「ミオ! すごい! 今までの倍以上撃ってるのに、全然平気!」
「うん……うん……」
澪が何度も頷く。
それから、ゆっくりとこっちを見る。
「……理久くん」
「何」
「これ、ほんとに……あなたが作ったの?」
「他に誰がいる」
僕は端末を閉じながら答える。
「データも問題ない。成功だな」
澪は少しだけ黙って、それから――
「……ありがとう」
小さく、でもはっきりと言った。
僕は一瞬だけ視線を逸らしてから、肩をすくめる。
「礼はいい。こっちはデータ取れたし、対価としては十分」
「そういうとこだよ……ほんとに」
呆れたように笑う澪。
でも、その表情はさっきより柔らかい。
ピノが杖をぎゅっと抱える。
「りく! これ、これからも使っていいよね!?」
「そのための装備だ。壊すなよ」
「壊さないよ!」
「壊れたら改良できるけどな」
「壊す前提やめて!?」
いつものやり取りに、少しだけ空気が軽くなる。
僕はフェーズグラスを外して、空を見上げた。
夕焼けが、やけに明るい。
「……これで、戦闘継続時間は大幅に伸びる」
「うん」
「次は防御面と索敵の強化だな」
「もう次の話してるの!?」
「当たり前だろ。改善点は山ほどある」
澪が苦笑する。
「ほんと……休む気ないんだね」
「無駄だからな」
僕は歩き出す。
「ほら、戻るぞ。まだやることある」
「え、まだ何かあるの!?」
「ある」
振り返らずに答える。
頭の中では、もう次の設計が始まっている。
――魔法は、まだ最適化できる。
その確信だけが、はっきりとあった。
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