第7話 ヴォイドとの戦闘
「行きます」
僕は装置を肩に担ぐ。
フェーズグラス越しに外を見る。
空の歪みは、さっきよりもはっきりしていた。
「場所」
僕はノートPCをもう一度開く。
位相センサーのマップ。
赤い点が点滅している。
「ここ」
澪が画面を覗き込む。
「……公園」
天霧中学校から徒歩五分くらい。
住宅街の小さな公園。
ピノが言う。
「ヴォイド出るには近いね」
澪は頷いた。
「急ぎましょう」
僕たちは部室を出た。
廊下はすでに放課後で静かだった。
窓の外は夕焼け。
赤い空。
その向こうに、フェーズグラス越しでだけ見える裂け目。
僕は歩きながら言う。
「星川」
「はい」
「ヴォイド」
「強い?」
澪は少し考えた。
「ピノ」
「うん?」
「反応は?」
ピノは空中で目を閉じる。
少しだけ集中している様子。
数秒後。
「……うーん」
ピノは言った。
「小型」
澪が頷く。
「それなら大丈夫」
僕はメモする。
ヴォイド=サイズで危険度変化?
澪がちらっと僕を見る。
「もうメモしてる」
「重要」
階段を降りる。
校舎を出る。
外の空気は少し冷たい。
夕方の風が吹いていた。
僕たちは学校の門を出て、公園へ向かう。
住宅街の道。
人通りは少ない。
数分歩いたところで、僕は立ち止まった。
フェーズグラス越しの視界。
空気が揺れている。
澪が小さく言う。
「……見えます?」
僕は頷いた。
「うん」
公園の中央。
ブランコの前。
そこに――
黒い塊がいた。
煙みたいな体。
歪んだ輪郭。
赤い光のような目。
ヴォイド。
澪の声が少し低くなる。
「……確認」
ピノが浮かび上がる。
「ミオ」
「うん」
澪が一歩前に出る。
白と青の衣装が夕焼けの光を受けて輝いた。
スターライト・ミオ。
戦闘態勢。
そして僕は、その横でノートを開いた。
「観測開始」
澪が小さく笑った。
「本当に来ましたね」
僕は言った。
「戦闘データ」
「貴重」
その瞬間。
ヴォイドがゆっくりこちらを向いた。
赤い目が光る。
空気が震える。
澪の手に光が集まり始めた。
そして小さく言う。
「天原くん」
「なに」
「これが」
澪の目が鋭くなる。
「魔法少女の戦場です」
澪の声が静かに響いた、その瞬間だった。
ヴォイドが動いた。
黒い煙のような体がぐにゃりと歪む。
次の瞬間――
地面を滑るように突進してきた。
澪がすぐに反応する。
「ライト・シフト!」
澪の体が光に包まれる。
そのまま横へと一瞬で跳んだ。
ヴォイドの突進は、さっきまで澪が立っていた場所を通り過ぎていく。
地面の砂がばらばらと舞った。
僕はノートに書く。
移動速度:高速
澪が叫ぶ。
「天原くん!」
「なに」
「危ないですから少し下がって!」
僕は数歩だけ後ろへ下がった。
そして装置を展開する。
カチッ。
金属フレームが広がる。
透明な六角形のパネルが展開された。
携帯シールド。
ピノが横で目を丸くする。
「ほんとに持ってきてる!」
僕は装置を地面に固定した。
「観測位置確保」
フェーズグラス越しにヴォイドを見る。
体の中心部。
そこに濃い歪み。
僕は小さく呟いた。
「……核?」
そのとき。
ヴォイドがまた動く。
今度は体の一部が伸びた。
黒い槍のような形。
それが澪へ向かって振り下ろされる。
澪は手を前に出した。
「スター・バリア!」
光の盾が展開される。
バンッ!!
衝撃音。
光と黒い粒子が散る。
澪はそのまま踏み込んだ。
「スターライト・ブレイク!」
右手に集まる光。
次の瞬間――
光の一撃がヴォイドを叩きつけた。
黒い体が弾ける。
煙のような破片が空中に散った。
僕はすぐに書く。
魔法=高エネルギー粒子?
ピノが横で言う。
「ミオ強いでしょ!」
僕は頷く。
「うん」
そのときだった。
ヴォイドの体が再び集まる。
霧が集まるみたいに、中心へ戻る。
澪の眉が少し動く。
「……再生」
僕は言った。
「完全破壊じゃない」
澪は小さく舌打ちした。
ヴォイドが低く唸る。
空気が震えた。
次の瞬間。
分裂した。
黒い塊が二つになる。
ピノが叫ぶ。
「ミオ!」
澪の目が鋭くなる。
「増えるタイプですか」
僕はメモを書く。
分裂能力確認
澪は深く息を吸う。
それから静かに言った。
「……なら」
右手に光を集める。
さっきより強い光。
空気が震える。
ピノが少し驚く。
「ミオそれ……」
澪が前に出る。
「まとめて消します」
僕は視線を上げる。
澪の周囲の光。
そのエネルギー量。
フェーズグラスの表示が大きく振れている。
僕は小さく呟く。
「出力上昇」
澪が叫んだ。
「スターライト――」
その瞬間だった。
ヴォイドが動いた。
だけど。
澪へ向かったわけじゃない。
僕の方へ。
ピノが絶叫する。
「理久!!」
黒い塊が一直線に飛んでくる。
速い。
さっきより速い。
澪が叫ぶ。
「天原くん!!」
でも僕は動かなかった。
装置のスイッチを押す。
展開。
シールドが光る。
次の瞬間――
ドンッ!!
ヴォイドがシールドに激突した。
衝撃波。
砂が舞う。
だけど。
透明な六角形のパネルは壊れない。
ピノが目を見開く。
「防いだ!?」
僕は装置の出力を見る。
「エネルギー値……記録」
澪が叫ぶ。
「天原くん下がって!」
僕は頷いた。
そして一歩下がる。
その瞬間。
澪が前へ跳んだ。
「スターライト――」
光が爆発する。
夕焼けよりも眩しい光。
そして。
「バースト!!」
巨大な光の衝撃がヴォイドを飲み込んだ。
閃光。
数秒後。
光が消える。
そこにはもう――
ヴォイドはいなかった。
黒い粒子が空中に溶けて消えていく。
静かな公園。
ブランコが風で少し揺れている。
澪はゆっくり息を吐いた。
戦闘態勢を解く。
ピノが飛び回る。
「終わったー!」
僕はノートに書く。
ヴォイド消滅確認
澪がこちらを見る。
そして歩いてきた。
少し怒った顔。
「天原くん」
「なに」
「逃げてくださいって言いましたよね」
僕は答える。
「シールドあった」
澪は深くため息をついた。
「……もう」
ピノが笑う。
「でもさミオ」
澪がピノを見る。
「なに?」
ピノは僕を指差した。
「この子」
「さっき」
「ヴォイドの攻撃」
「観察してたよ」
澪が僕を見る。
僕はノートを見せた。
びっしり書かれたメモ。
・攻撃速度
・エネルギー反応
・分裂挙動
・再生構造
澪は数秒黙った。
それから小さく笑った。
「……本当に研究してる」
僕は言った。
「貴重データ」
そのとき。
フェーズグラスの表示がまた少し揺れた。
僕は空を見る。
さっきヴォイドがいた場所。
そこに残っている、微かな歪み。
そして――
「……?」
僕は少し眉をひそめた。
澪が気づく。
「どうしました?」
僕は静かに言った。
「星川」
「はい」
「これ」
空を指差す。
「ヴォイドの残骸じゃない」
澪の表情が少し変わる。
「……どういう意味ですか」
僕はフェーズグラスを調整する。
歪みを拡大。
そこにあったのは――
細い線のような位相の痕跡。
まるで。
どこかへ繋がっているみたいな。
僕は小さく呟いた。
「これ」
澪が聞く。
「何です?」
僕は言った。
「……誰か」
「ヴォイド」
「送ってる」
僕はフェーズグラスの倍率を上げた。
ヴォイドが消えた空間。
そこには、まだ微かな歪みが残っている。
ただの残留エネルギーじゃない。
流れている。
澪が隣で聞いた。
「……何が見えてるんですか」
僕は数秒観察した。
そして言った。
「回収」
澪が眉を寄せる。
「回収?」
僕は頷いた。
「ヴォイド」
「消えてない」
ピノがきょとんとした。
「え?」
僕は空を指差す。
「星川の攻撃」
「ヴォイド破壊した」
澪は頷く。
「はい」
僕は続ける。
「でも」
「完全消滅じゃない」
ピノが小さく首を傾げた。
「どういうこと?」
僕はフェーズグラス越しの映像を録画しながら説明する。
「粒子」
「ここに残ってる」
澪も空を見上げた。
でも、彼女には見えない。
僕は言う。
「普通の人」
「見えない」
「フェーズグラスだけ」
ピノが僕の横に飛んできた。
「どれどれ」
レンズを覗き込む。
そして――
「……あ」
小さく声を漏らした。
澪がすぐに聞く。
「ピノ?」
ピノはゆっくり言った。
「ミオ」
「うん」
「これ」
「引っ張られてる」
澪の表情が変わる。
「……引っ張られてる?」
僕は頷いた。
空間に残った黒い粒子。
それが、糸みたいな細い位相の流れに沿って動いている。
どこかへ。
僕ははっきり言った。
「ネメシス」
「回収してる」
澪が固まる。
ピノも黙った。
夕方の公園は静かだった。
ブランコが風で少しだけ揺れる。
澪がゆっくり言う。
「……ヴォイドを?」
僕は頷く。
「死体」
「粒子状態」
「回収」
ノートを開いて図を書く。
ヴォイド → 戦闘 → 破壊 → 粒子化 → 回収
ピノが小さく呟いた。
「……ゴミ回収みたい」
僕は言う。
「多分」
「虚界に戻ってる」
澪の眉が寄る。
「虚界……」
ヴォイドが来る場所。
ネメシスの領域。
ピノが少しだけ真面目な顔で言った。
「ミオ」
「うん」
「ボクも感じる」
澪が見る。
「本当?」
ピノは頷いた。
「向こう側に」
「引っ張られてる」
澪は数秒黙った。
それから静かに息を吐く。
「……つまり」
僕は言った。
「ヴォイド」
「使い捨てじゃない」
澪の視線が少し鋭くなる。
「回収して」
「また使う可能性」
僕は頷く。
「再利用」
ピノが震えた声で言う。
「それって……」
澪が言葉を継いだ。
「資源」
僕はノートに書く。
ヴォイド=循環兵器?
少しの沈黙。
夕方の風が吹いた。
澪が空を見上げる。
さっきまでヴォイドがいた場所。
もう何も見えない。
ただ、僕のフェーズグラスの中だけで、粒子が細い線に吸い込まれていく。
やがてそれも消えた。
澪が小さく言う。
「……天原くん」
「なに」
「それ」
「かなり重要な情報ですよね」
僕は答える。
「うん」
「多分」
ピノがまた言う。
「多分」
澪が苦笑した。
「でも」
「ピノも感じてるなら」
僕は頷く。
「仮説の信頼度」
「少し上がった」
澪は腕を組む。
「ネメシスが」
「ヴォイドを回収している」
ゆっくり整理するように言った。
「そして」
「再利用している可能性」
僕はノートを閉じた。
「研究テーマ増えた」
ピノが言う。
「ミオの戦いが研究材料になってる」
澪がため息をつく。
「否定できないのが怖いですね」
少しの沈黙。
それから澪が言った。
「……今日はここまでにしましょう」
僕は頷く。
「うん」
澪が続ける。
「出先で分析はできませんし」
「ちゃんと整理するなら」
僕が言う。
「科学部」
「戻る」
「そうです」
ピノがくるっと回った。
「研究会だね」
澪が少し笑う。
「そうですね」
それから僕を見る。
「天原くん」
「なに」
「今日のところは解散にしましょう」
「データ整理」
「また明日」
僕は頷いた。
「了解」
澪は小さく伸びをした。
戦闘の緊張が少し抜けた顔。
ピノもふわふわ浮いている。
静かな公園。
夕方はもう夜に変わりかけていた。
僕は最後にフェーズグラスで空を見た。
ヴォイドの残滓は、もう完全に消えている。
回収された。
虚界へ。
僕はノートに最後の一行を書いた。
ネメシスはヴォイドを回収している。
そしてページを閉じた。
お読みいただきありがとうございました!
この作品を
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が更新の大きな力になります。
今後ともよろしくお願いします!




