第72話 理解されない力と、残されたもの
結論から言うと。
僕のやってることは、誰にも理解されなかった。
まあ、分かってたけど。
ゼル=フィアとの戦いで到達したあの領域。
結果を出すとか、魔力を操作するとか、そういう話じゃない。
“結果が発生する前提”を決める。
――って言っても、意味分かんないでしょ。
実際、説明しても無駄だった。
鬼塚にも、白峰にも、一応話した。
政府の技術者とか、協会の上層部にも、軽く共有はした。
結果。
「……すまん、何を言っているのか分からん」
だいたいこれ。
まあそうなる。
「要するに、魔法じゃないってこと?」
って澪に聞かれたこともある。
「うん」
「じゃあ何なのよ」
「別に名前ないけど」
そこで会話は止まる。
名前がないとかそういう問題じゃない。
そもそも、理解するための前提が違う。
だから。
僕のやってることは、結局“再現不能”って扱いになった。
当然だ。
設計図を書けるわけでもないし、工程を共有できるわけでもない。
「こうすればこうなるよ」って説明できないものは、技術とは呼べない。
結果として。
人類側に残ったのは、これまでに作ってきた“従来の技術”だけ。
フェーズグラス。
フェーズシールド。
フェーズレーダー。
フェーズドーム。
フェーズアンカー。
フェーズシフター。
フェーズビースト。
あの辺。
それらは、ちゃんと“理解できる範囲”に収まってる。
理論もあるし、構造もある。
再現もできる。
ただし――
「結局、魔法は必要なんだよね」
僕は机の上のデバイスを指で軽く弾く。
これらの技術は、全部“魔力”を前提にしてる。
つまり。
ピクシスがいないと、まともに使えない。
「完全な科学技術には、ならなかったってこと?」
って、白峰に聞かれたことがある。
「そうなるね」
僕はあっさり答えた。
「魔力っていう外部リソースが必須だから」
ピクシスが帰った今。
その問題は、さらに顕在化している。
「じゃあもう使えないの?」
澪に聞かれたときも、同じように答えた。
「使えるよ」
「え?」
「魔力は残ってるから」
ヴォイドとの戦いで、魔力は“インフラ化”されていた。
発魔所。
畜魔器。
魔力供給ライン。
あれはそのまま残ってる。
つまり。
ピクシスがいなくても、“魔力を使う技術”は動く。
ただし。
「操作はできないけどね」
魔法少女みたいに自由に扱うことはできない。
あくまで、あらかじめ設計された用途に限る。
ボタンを押せば動く。
でも、応用は効かない。
そんな感じ。
「……不便ね」
澪はそう言ってたけど。
「まあね」
僕は特に気にしてない。
だって。
それでも十分、便利だから。
そして何より。
「僕がやればいいし」
結局、それに尽きる。
「民間用に落としてほしい」
最初にそう言われたのは、戦いが終わってから数日後だった。
相手は白峰。
協会の窓口として、というよりは、その向こうにいる“各方面”の意向をまとめて持ってきた感じ。
「医療とエネルギーが最優先です」
淡々とした口調。
でも中身は重い。
「分かりやすいね」
僕はあっさり頷く。
「人が助かる分野と、生活が回る分野」
「ええ」
白峰も頷く。
「戦時のための技術を、そのまま放置するわけにはいきません」
「まあそうでしょ」
むしろ、そっちのほうが自然だ。
というわけで。
「じゃあ、作るよ」
僕はそう言って、いつも通り手を動かした。
やったこと自体は単純。
既存の技術を、“ダウングレード”した。
例えば医療。
回帰魔法をそのまま使えば、死んでも戻せる。
でもそれはやりすぎ。
だから、そこまでいかない範囲に制限する。
損傷の修復。
細胞の再生。
状態異常の除去。
その辺までに絞る。
結果としてできたのが、医療用の回復ユニット。
ベッドに寝かせて、装置を起動するだけで、ある程度の怪我や病気は自動で治る。
操作は簡単。
ボタンを押すだけ。
医者じゃなくても使える。
「……これ、革命どころじゃないわね」
澪が呆れたように言ってた。
「まあね」
否定はしない。
エネルギーも同じ。
発魔所をベースにして、民間用の小型発電ユニットを作る。
魔力を電力に変換して、安定供給。
燃料いらない。
排出物もない。
ただ置いておくだけで、勝手にエネルギーが供給される。
「……もう電力会社いらなくなるんじゃない?」
太陽がそんなことを言ってた。
「完全には無理でしょ」
僕は適当に答える。
「既存インフラとの兼ね合いあるし」
他にもいろいろ作った。
水処理。
食料生産。
簡易防災システム。
全部、“戦時用の技術を安全圏に落としたもの”。
「ここまでやっていただけるとは……」
白峰が、珍しく言葉に詰まっていた。
「いや、頼まれたから作っただけだし」
僕は肩をすくめる。
実際、それ以上でもそれ以下でもない。
「配布はどうするの?」
澪が聞く。
「勝手にやればいいでしょ」
僕はあっさり答える。
「設計は渡したし、量産もできるようにしてる」
あとはもう、僕の管轄じゃない。
「ずいぶんと投げますのね」
透花が苦笑する。
「管理する気ないし」
正直、興味がない。
使いたいなら使えばいいし、いらないなら放置すればいい。
ただ。
「……ちゃんと使えば、便利だよ」
それだけは事実だった。
で。
技術を下ろして、しばらくしたあたりから。
妙なことが起き始めた。
「……また来てる」
澪が、部室の窓から校門の方を見て呟く。
そこには、明らかに“普通じゃない人たち”がいた。
黒いスーツ。
整いすぎた立ち姿。
周囲と浮いてる雰囲気。
どう見ても、ただの来客じゃない。
「何人目?」
僕が適当に聞く。
「今日だけで三組目」
「多いね」
他人事みたいに言う。
太陽が窓に顔を近づける。
「うわ、なんかまた増えてね?」
「見ないでいいから」
澪が引き剥がす。
透花は、少しだけ困ったように笑っていた。
「……海外の方々ですわね」
そう。
来てるのは、ほとんどが外国人。
しかも、分かりやすいところで言えば――
「アメリカ、中国、ロシア……」
澪が小声で列挙する。
「あと欧州のどこかも混じってるわね」
要するに。
“その辺”の国。
「分かりやすいね」
僕は特に気にせず呟く。
戦いが終わって。
僕のやったことが、世界規模で共有された。
結果。
「まあ、来るでしょ」
スカウト。
それも、やたらと直接的なやつ。
「……学校に来るのはやめてほしいんだけど」
澪がため息をつく。
「普通に迷惑よ」
「だね」
でも、止まらない。
一応、日本側がある程度は抑えてるらしいけど。
完全には防げてない。
「この前なんて、家の前にいたのよ?」
澪が半分キレてる。
「え、マジで?」
太陽が目を丸くする。
「うん。しかも二組」
「それは怖いな……」
「理久のとこにも来てるの?」
澪が聞く。
「来てるよ」
「……そうよね」
僕は思い出す。
スーツの人たち。
通訳付きの人。
妙に丁寧な日本語。
「研究施設用意するから来ないか、とか」
「国家レベルでバックアップするとか」
「好きなだけ予算出すとか」
まあ、だいたいそんな感じ。
「で、どうしたの?」
太陽が聞く。
「断った」
即答。
「だろうな」
太陽が笑う。
「なんで断るのよ」
澪が呆れたように言う。
「普通に考えたら、めちゃくちゃいい条件でしょ」
「別に困ってないし」
僕は肩をすくめる。
「今の環境で足りてる」
実際、そうだ。
研究する場所はある。
設備もある。
材料も手に入る。
わざわざ環境変える理由がない。
「それに」
僕は少しだけ間を置く。
「面倒そうだし」
「それが本音でしょ」
澪が即ツッコむ。
「否定はしない」
国が絡むと、絶対制約が増える。
報告義務とか。
管理とか。
制限とか。
全部いらない。
「まあでも……」
透花が少しだけ真面目な顔になる。
「それだけ、理久さんの価値が認識されているということですわね」
「そうだね」
僕は軽く頷く。
価値があるのは事実。
それを欲しがるのも、まあ分かる。
「……でも」
澪が窓の外をもう一度見る。
「ちょっと、きな臭くなってきてるわよね」
その言葉は、小さかったけど。
確かに、現状を言い当てていた。
表面上は、ただの“スカウト”。
でもその裏にあるのは――
もっと分かりやすい話。
“どの国が、あれを手に入れるか”
そういう段階に、入ってきている。
――――――
スカウトが増えたのと、ほぼ同時期だったと思う。
今度は、逆方向から話が来た。
「正式に、国として評価したい」
そんな感じのやつ。
最初に来たのは、内閣経由。
「……理久くん、忙しいとは思うのですが」
白峰が、珍しく少しだけ遠慮がちな口調で切り出してきた。
「政府として、いくつか式典を用意したいそうです」
「式典?」
「ええ。表彰や叙勲、それに――」
一拍置いてから。
「柊原総理からの直接の任命なども含まれます」
「……へえ」
正直、あんまりピンと来てない。
「内容としては、日本の終身名誉国民の称号付与などが検討されています」
「それ、日本人でもなるの?」
「本来は例外的な扱いですが……今回は、前例を作る形になるかと」
「ふーん」
そのあとも、いろいろ説明された。
天皇陛下への拝謁。
感謝状の授与。
記念式典。
全部まとめると。
「すごいことしたから、すごい扱いするね」って話。
「で、どうするの?」
澪に聞かれる。
「別にいいよ」
僕はあっさり答える。
「え、いいの?」
「公欠になるって言ってたし」
「そこなの!?」
澪が即ツッコむ。
いや、普通に重要でしょ。
「授業出なくていいなら、行く意味あるし」
「……もうちょっとこう、ないの?」
「何が?」
太陽が横で笑ってる。
「理久らしすぎだろそれ!」
「だって実際そうだし」
透花は、少しだけ困ったように微笑む。
「ですが、とても名誉なことですわ」
「まあ、そうらしいね」
僕は特に感慨なく頷く。
で、実際に行った。
スーツ着せられて。
妙に広い場所に連れていかれて。
カメラがいっぱいあって。
知らない人がたくさんいて。
「――天原理久君の功績は、人類史において極めて重要な意味を持ち――」
誰かが長い話をしてた。
たぶん総理。
柊原総理。
途中から、半分くらい聞いてない。
で、名前呼ばれて。
前に出て。
何か渡されて。
拍手されて。
「……ありがとうございました」
適当にそう言って、戻る。
そのあとも、似たようなのが続いた。
「天皇陛下より、お言葉を賜ります」
とか言われて。
実際に言葉もらって。
周りがすごい緊張してる中で、僕だけ普通に聞いてて。
終わったあと。
「理久、あんたほんとに分かってる?」
澪に真顔で聞かれた。
「何が?」
「今の、どれだけすごいことか」
「すごいらしいね」
「……もういいわ」
諦められた。
太陽はめちゃくちゃ興奮してた。
「なあ今のやばくね!? テレビ出てたぞ俺ら!!」
「映ってないでしょ」
「映ってたって!! たぶん!!」
透花は、静かに嬉しそうだった。
「本当に、評価されたのですね」
まあ。
評価されたらしい。
でも正直。
「別に変わらないよね」
僕はそう思ってる。
やることは同じだし。
次にやることも、もう決めてるし。
ただ。
「公欠増えたのは、まあ悪くない」
それくらい。
――――――
総理官邸――地下会議室。
外界から完全に隔離されたその空間には、日本の中枢が集まっていた。
長い楕円形のテーブル。
その周囲に並ぶのは、各省の大臣たち。
防衛、外務、経産、内閣官房。
そして、その中央に座るのが――
柊原総理。
空気は重い。
静かだが、張り詰めている。
「……現状を報告してくれ」
総理の一言で、会議が始まる。
「はい」
外務大臣が資料を開く。
「各国の動きですが――明らかに活発化しています」
スクリーンに映し出されるデータ。
「特にアメリカ、中国、ロシア。この三国の動きが顕著です」
外交ルートを通じた接触。
研究協力の打診。
人的交流の提案。
表向きは、どれも穏当なもの。
だが――
「裏では?」
総理が短く問う。
「はい」
一拍。
「直接的なスカウト行為が確認されています」
空気が、わずかに揺れる。
「対象は、天原理久」
その名前が出た瞬間、全員の意識が一つに収束する。
「……予想通りだな」
防衛大臣が低く呟く。
「接触はすでに複数回。学校、居住地、関係者への間接的アプローチも含まれます」
「排除の動きは?」
今度は内閣官房長官。
「現時点では確認されていません」
外務大臣が答える。
「ただし――」
言葉を選ぶように、わずかに間を置く。
「可能性は否定できません」
沈黙。
その意味は、誰もが理解している。
“手に入らないなら、どうするか”
そういう段階に入るのは、時間の問題。
「……オブザーバーの意見を聞こう」
総理が視線を向ける。
その先にいるのは――
鬼塚錬。
そして、その隣に白峰朱音。
「まずは現場側から」
鬼塚が、静かに口を開く。
「結論から言います」
短く、はっきりと。
「天原理久は、“制御不能”です」
ざわり、と空気が動く。
「……どういう意味だ」
防衛大臣が眉をひそめる。
「文字通りです」
鬼塚は一切迷わない。
「命令、拘束、誘導――いずれも現実的ではありません」
視線が、一斉に集まる。
「彼は、こちらの想定を前提ごと無視します」
「……誇張ではないのか」
「事実です」
断言。
「戦闘時の記録を参照してください。あれを“技術”として扱うのは不可能です」
沈黙。
「……つまり」
今度は経産大臣。
「兵器としての運用は不可能、と?」
「はい」
鬼塚は即答する。
「正確には、“兵器という枠に収まらない”存在です」
言葉が重く落ちる。
白峰が、静かに続ける。
「補足いたします」
その声は落ち着いているが、どこか緊張も含んでいる。
「彼の技術は、一部を除き共有可能です。しかし――」
一拍。
「本質部分は、本人にしか扱えません」
「再現性がない、ということか」
「はい」
「つまり、奪っても意味がない」
「その通りです」
再び沈黙。
だが、それで終わりではない。
「……それでも」
外務大臣が口を開く。
「各国が動く理由には、なりますな」
理解できなくてもいい。
扱えなくてもいい。
“そこにある”という事実だけで――
十分に価値がある。
「……厄介だな」
防衛大臣が低く吐き捨てる。
その言葉に、誰も反論しなかった。
重い沈黙が、会議室を満たしていた。
誰もが理解している。
天原理久という存在が、どれだけ異質で、どれだけ危ういか。
そして同時に――
どれだけ“重要”か。
「……整理しよう」
柊原総理が、ゆっくりと口を開く。
その一言で、場の空気が引き締まる。
「我々が向き合っているのは、兵器ではない」
視線が、全員に向けられる。
「技術者でもない。資源でもない」
一拍。
「“現象”だ」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
だが、その表現の意味は、全員が理解している。
管理できるものではない。
枠に収めることもできない。
ただ、そこに在る。
「……ならば、方針は一つだ」
総理の声は、静かで、しかし揺るがない。
「敵に回さないこと」
シンプルな結論。
だが、それが最も現実的で、最も重要な判断だった。
「接触の自由は維持する」
内閣官房長官が続ける。
「ただし、干渉は最小限に抑える」
「監視は?」
防衛大臣が問う。
「過度なものは逆効果だ」
総理が即座に否定する。
「彼はそれを理解する。理解した上で、切り捨てる」
鬼塚が小さく頷く。
「……その通りです」
「ならば、どうする」
その問いに答えたのは、白峰だった。
「“普通”を守ることです」
視線が集まる。
「彼を特別扱いしすぎないこと」
「同時に、外部からの圧力はすべて遮断すること」
「矛盾していないか」
経産大臣が眉をひそめる。
「ええ、矛盾しています」
白峰はあっさり認める。
「ですが、それしか方法がありません」
一歩、言葉を強める。
「彼は“自由”であることが前提の存在です」
「その自由を侵害した瞬間、関係は崩壊します」
静かに、しかし確実に。
その言葉は場の空気に浸透していく。
「……守る、ということか」
防衛大臣が低く呟く。
「はい」
白峰は頷く。
「国家として、彼を守る」
「理由は?」
短い問い。
それに答えたのは――
鬼塚だった。
「必要だからです」
迷いのない声。
「彼は、人類を救いました」
「そして今も、理解不能な領域に立っています」
一拍。
「敵に回せば終わる」
それだけだった。
だが、その一言で十分だった。
「……結論は出たな」
柊原総理が、ゆっくりと頷く。
「天原理久は――」
その言葉は、静かに、しかし確定的に告げられる。
「日本の宝であり、人類の救世主だ」
「そして」
わずかに声を強める。
「我々が、守る」
会議室の空気が、変わる。
決意が、共有された。
誰も異論を挟まない。
それが、この国の意思になった。
――表には出ない。
――記録にも残らない。
だが確かに。
この瞬間、日本は一つの選択をした。
“あれ”を管理するのではなく。
“あれ”が自由でいられるように、周囲を整える。
そのために、大人たちは動く。
誰にも知られない場所で。
静かに、確実に。
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