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魔法少女しか見えない怪物を、天才中学生が科学で観測してしまった  作者: 悪癖


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第69話 戦いのあとにあるもの

――空が、静かだった。


 


さっきまでそこにあったはずの“何か”が、綺麗に消えている。


いや、消えたっていうより……剥がれ落ちた、って感じか。


 


「……変わったね」


 


隣で澪がぽつりと呟く。


その声には、いつもの張りがなかった。戦闘直後の疲労……じゃない。もっと、感情が追いついていないような響き。


 


僕は特に感慨もなく、視界をぐるりと見渡した。


 


――虚界。


ついさっきまで、ネメシスの本拠地であり、地球侵略の中枢だった場所。


 


だけど今、そこにあった“異質さ”は、急速に失われていた。


 


黒く濁っていた空間は、透明度を取り戻しつつある。歪んでいた地形は、まるで記録されていた正しい形に巻き戻るみたいに整っていく。


 


崩壊した構造物の残骸は、存在そのものが否定されるように薄れていき――


代わりに現れたのは、見覚えのある風景だった。


 


「……これ、アストラの……」


「うん。隠れ里に似てる」


 


透花が静かに頷く。


 


そう、これは知ってる。


前に見た、アストラの隠れ里。


 


整った大地、澄んだ空気、規則的に配置された建造物。


どこか現実離れしているのに、妙に“自然”な世界。


 


「ってことはさ」


太陽が頭を掻きながら言う。


「今までのあのヤバい感じのほうが、異常だったってことか?」


 


「そういうことになるね」


僕はあっさり答える。


 


だって、簡単な話だ。


 


ゼル=フィアが消えた。


それだけ。


 


あいつは“結果を後から書き換える”存在だった。


つまり――この世界の状態も、あいつが後付けで歪めていたってことになる。


 


「……侵略者、だったんだね」


澪が小さく言う。


 


その言葉に、僕は少しだけ考えてから答えた。


 


「うん。まあ、そうだろうね」


 


ネメシスがこの世界の支配者だった?


違う。


 


元々のこの世界は、アストラみたいな存在が暮らしていた場所だった。


そこに後から入り込んで、ルールを書き換えて、乗っ取ってたのがゼル=フィア。


 


――だから。


 


ゼルを消した瞬間に、“元の状態”に戻り始めた。


 


ただ、それだけの話。


 


「……なんかさ」


太陽が辺りを見回しながら、ぽつりと漏らす。


「すげー普通だな」


 


「普通って言うな」


澪が即座にツッコむ。


「これでも十分異世界よ?」


 


「いやでもさ、さっきまでと比べたらだいぶマシじゃね?」


「それは……否定できないけど」


 


二人のやり取りを聞きながら、僕は地面を軽く蹴った。


 


感触は、安定している。


 


重力も、空間も、時間の流れも――全部まともだ。


 


さっきまでの、座標が意味をなさない空間とは大違い。


 


「終わったね」


 


誰に向けたわけでもなく、僕は呟く。


 


その言葉に、全員が少しだけ沈黙した。


 


戦いは終わった。


 


四天王は全滅。


ゼル=フィアも消滅。


 


ネメシスの支配構造は崩壊。


ヴォイドの供給も止まる。


 


――つまり。


 


「侵略、完全終了」


 


僕がそう結論づけると、透花がほっとしたように息を吐いた。


 


「……本当に、終わったのですね」


 


その声は、少し震えていた。


 


嬉しいとか、安心とか、そういう単純な感情じゃない。


 


張り詰めていたものが、やっと解けた感じ。


 


「終わったよ」


僕は肩をすくめる。


「少なくとも、あいつらはもう来ない」


 


その言葉で、やっと全員が実感したらしい。


 


澪が空を見上げる。


太陽が大きく伸びをする。


透花が胸に手を当てる。


 


それぞれのやり方で、“終わり”を受け止めていた。


 


――僕だけが、いつも通りだった。


 


別に達成感とかないし。


感動もない。


 


ただ、未知の対象がなくなったな、ってくらい。


 


「……で?」


僕は軽く首を傾げる。


「次どうする?」


 


その一言で、空気が少しだけ現実に戻った。


 


そうだ。


終わっただけで、まだ帰ってない。


 


虚界にいるままじゃ意味がない。


 


「……まずは、アストラのところに行こう」


澪が言う。


「報告もしないといけないし」


 


「賛成ですわ」


透花も頷く。


「セリオ様たちも無事か確認したいですし」


 


太陽も拳を握る。


「よし、最後の挨拶ってやつだな!」


 


「挨拶っていうか、結果報告ね」


澪が訂正する。


 


僕はそのやり取りを見ながら、軽く頷いた。


 


「じゃあ、行こっか」


 


アルゴが、足元で静かに存在を主張する。


言葉はないけど、意思は伝わる。


 


――了解。


 


そんな感じ。


 


こうして僕たちは、変わり始めた虚界を後にして、アストラの隠れ里へと向かうことになった。



――――――



変わり始めた虚界の中を、僕たちは進んでいた。


 


さっきまでと違って、足場は安定してるし、空間がねじれることもない。視界もクリアだし、方向感覚もちゃんと働く。


 


……正直、歩きやすい。


 


「すごいわね……」


 


澪が周囲を見渡しながら言う。


その表情には、はっきりとした驚きが浮かんでいた。


 


「同じ場所のはずなのに、こんなに違うなんて……」


 


「元に戻ってるだけでしょ」


僕は肩をすくめる。


「今までがおかしかっただけ」


 


「言い方!」


 


すかさずツッコまれる。


 


でも実際そうだ。


 


ゼル=フィアがいなくなった以上、この世界は“本来の姿”に戻る。


それだけの話。


 


「でもよー」


太陽が地面を軽く蹴りながら言う。


「なんか、こう……平和って感じだな」


 


「……ええ」


透花が小さく頷く。


 


風が吹く。


 


今までは感じなかった、自然な風。


 


それだけで、この世界が“生きている場所”に見えてくるから不思議だ。


 


しばらく進むと、見覚えのある光景が視界に入った。


 


「……あれ」


 


澪が足を止める。


 


その先にあったのは――


 


「隠れ里……」


 


アストラの集落。


 


前に来たときは、外側からは何も見えなかった場所。


 


けど今は違う。


 


そこには、はっきりと“存在している村”があった。


 


透明な膜のようなものが消えている。


隠蔽フィールドが、完全に解除されていた。


 


「……結界、消えてる」


 


澪が驚いたように呟く。


 


「必要なくなったんだろうね」


僕はあっさり言う。


「もう隠れる必要ないし」


 


ネメシスがいないなら、襲撃もない。


 


なら、防御にリソース割く意味もない。


 


合理的だ。


 


「行こう」


 


僕がそう言って歩き出すと、みんなも続いた。


 


里の中に入ると、すぐに気配に気づかれたらしい。


 


数人のアストラがこちらに視線を向ける。


そして――


 


「……来たか」


 


低く、落ち着いた声。


 


前方から現れたのは、見慣れた人物だった。


 


「セリオ=ラディエル」


 


僕が名前を呼ぶと、彼は静かに頷いた。


 


その背後には、イリス=ヴァレナの姿もある。


 


二人とも無事。


 


まあ、分かってたけど。


 


「……終わったようだな」


セリオが言う。


 


確認というより、確信に近い口調。


 


「うん」


僕は軽く答える。


「ゼル=フィア、消した」


 


その一言で、周囲の空気が揺れた。


 


アストラたちの間に、静かなざわめきが広がる。


 


「……そうか」


 


セリオは目を閉じて、ほんの一瞬だけ沈黙した。


 


それは祈りにも似ていて。


同時に、長い緊張から解放された証でもあった。


 


「これで、この世界は解放された」


 


イリスが短く言う。


 


その声には、重みがあった。


 


「長かった……本当に」


 


彼女の拳が、わずかに握られる。


 


澪が一歩前に出る。


 


「……お疲れさまでした」


 


自然に出た言葉だった。


 


敵でも味方でもなく、“同じ戦いを終えた者”としての言葉。


 


それに対して、セリオは静かに頷く。


 


「そちらもな」


 


短い言葉。


でも、それで十分だった。


 


太陽が笑う。


 


「いやー、マジでやったな俺たち!」


 


「あなたはもう少し緊張感を持ちなさい」


澪の即ツッコミ。


 


「いやだって終わったし!」


 


「だからって――」


 


いつものやり取り。


 


その光景を見て、イリスがわずかに口元を緩めた。


 


「……面白い連中だ」


 


ぽつりと漏らす。


 


透花が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。


 


「この度は、ご協力ありがとうございました」


 


「礼を言うのはこちらだ」


セリオが答える。


 


「我々だけでは、決して辿り着けなかった」


 


その視線が、僕に向く。


 


「天原理久」


 


名前を呼ばれる。


 


「お前の存在が、この結果を引き寄せた」


 


「別に」


僕は肩をすくめる。


「興味あったからやっただけ」


 


本音だ。


 


その答えに、セリオは少しだけ目を細めた。


 


「……そうか」


 


それ以上は何も言わなかった。


 


たぶん、理解したんだろう。


 


僕がどういう人間か。


 


イリスが口を開く。


 


「これから、この世界は再建に入る」


 


「そりゃそうでしょ」


 


「お前たちはどうする」


 


「帰るよ」


僕は即答した。


 


「やること終わったし」


 


その言葉に、澪たちも頷く。


 


「……そうか」


 


セリオは小さく息を吐いた。


 


「ならば、ここで別れだな」


 


その一言で、場の空気が少しだけ静かになる。


 


別れ。


 


分かっていたことだけど、改めて言葉にされると、少しだけ重くなる。


 


透花が微笑む。


 


「またお会いできますよね」


 


「必要があればな」


セリオが答える。


 


「我らはここにいる」


 


イリスも続く。


 


「道は繋がったままだ」


 


フェーズゲート。


 


僕が作った双方向転移。


 


物理的な距離は、もう意味を持たない。


 


「じゃあ、また今度」


 


僕は軽く手を振る。


 


深刻になる理由もない。


 


会えなくなるわけじゃないし。


 


澪が苦笑する。


 


「理久、もうちょっとこう……」


 


「何?」


 


「……いいわ、もう」


 


諦めた。


 


太陽が大きく手を振る。


 


「またなー!!」


 


透花も静かに礼をする。


 


「どうか、お元気で」


 


アストラたちがそれぞれ応じる。


 


短いやり取り。


 


だけど、それで十分だった。


 


「じゃ、帰るよ」


 


僕はフェーズストレージからデバイスを取り出す。


 


空間に、幾何学的な光が走る。


 


――フェーズゲート、展開。


 


安定した転移座標を設定。


 


地球、天霧市。


 


誤差ゼロ。


 


「準備できた」


 


振り返る。


 


全員が揃っている。


 


アルゴも、僕の足元で静かに待機している。


 


「行くよ」


 


一歩、踏み出す。


 


光が視界を包み込む。


 


虚界の空気が、遠ざかっていく。


 


そして――


 


僕たちは、地球へと帰還した。



――光が、弾けた。


 


次の瞬間、足の裏に伝わってきたのは、慣れた感触だった。


 


硬い床。


均一な重力。


微妙に乾いた空気。


 


「……ああ、戻ってきた」


 


思わず、そんな言葉が漏れる。


 


視界がクリアになると同時に、見慣れた風景が広がった。


 


天霧市。


その中心部に設置された臨時の指揮拠点。


 


フェーズドームで保護されたこの場所は、今回の作戦の中枢だった。


 


「――帰還を確認!!」


 


誰かの声が響く。


 


一瞬の静寂。


 


そして――


 


「全員、生存確認!!」


「負傷者……なし!?」


「そんな馬鹿な……!」


 


一気にざわめきが広がった。


 


こっちに駆け寄ってくる人影がいくつも見える。


 


その先頭にいたのは――


 


「……おかえりなさい」


 


落ち着いた声。


でも、ほんの少しだけ震えている。


 


白峰朱音。


 


その背後には、協会職員や各国の関係者たちが控えている。


 


「うん」


 


僕は軽く頷く。


 


「終わったよ」


 


その一言で、空気が止まる。


 


誰もが、次の言葉を待っていた。


 


だから僕は、そのまま続ける。


 


「ネメシス、全滅。四天王も、ゼル=フィアも消した」


 


ざわり、と空気が揺れる。


 


「虚界の支配構造も崩壊してる。ヴォイドの供給も止まった」


 


淡々と、事実だけを並べる。


 


「つまり――侵略、完全終了」


 


言い切った。


 


数秒。


 


誰も、何も言わなかった。


 


理解が追いついていない、って感じだ。


 


「……本当、なのですか?」


 


白峰が静かに問う。


 


確認。


というより、信じたいけど信じきれない、そんな声。


 


「嘘つく意味ある?」


 


僕はあっさり返す。


 


「確認したいなら、フェーズレーダーでもなんでも使えばいいよ。反応、もう出ないから」


 


それを聞いた瞬間、後方で誰かが慌てて機器を操作し始めた。


 


数秒後。


 


「……反応、ゼロです……!」


 


震える声。


 


「全領域、ヴォイド反応、完全消失……!」


 


その報告で、ようやく現実が浸透した。


 


「……終わった……?」


 


誰かが呟く。


 


「本当に……?」


 


別の誰か。


 


その声は、小さくて、弱くて。


 


でも――確かに、希望を含んでいた。


 


「終わったよ」


 


僕はもう一度言う。


 


今度は、少しだけはっきりと。


 


「もう出てこない」


 


その瞬間。


 


――空気が、崩れた。


 


「……っ!」


 


誰かが膝をついた。


 


「は、はは……終わった……終わったのか……」


 


笑っているのか、泣いているのか分からない声。


 


「嘘じゃないんだな……!」


 


あちこちで、同じような反応が広がっていく。


 


張り詰めていたものが、一気にほどけていく。


 


白峰がゆっくりと息を吐いた。


 


「……信じられませんね」


 


そう言いながらも、その口元はわずかに緩んでいる。


 


しばらくして、後方がざわついた。


 


人の流れが割れる。


 


そこを、見慣れた男が歩いてくる。


 


「……無事、か」


 


鬼塚錬。


 


戦場からそのまま戻ってきたらしく、装備はまだ外していない。ところどころに傷や汚れはあるが、動きに支障はなさそうだ。


 


「うん」


 


僕は軽く手を上げる。


 


「終わり」


 


鬼塚は数秒、僕を見たまま黙っていた。


 


それから、小さく息を吐く。


 


「……やりやがったな」


 


それだけ。


 


でも、その声にははっきりと安堵が混じっていた。


 


「で?」


 


僕は話を先に進める。


 


「報告は以上でいい?」


 


「……いや、待て」


鬼塚が手を上げる。


 


「損害状況は?」


 


ああ、そこね。


 


「ゼロ」


 


即答。


 


「は?」


 


理解できてない顔。


 


「死傷者、ゼロ。怪我もなし」


 


「……は?」


 


もう一回言っても同じ反応だった。


 


「だから、ゼロだって」


 


僕は少しだけ面倒になってきた。


 


「透花がいるんだから当たり前でしょ」


 


その一言で、白峰がはっとする。


 


「ああ……回帰魔法……」


 


透花が一歩前に出て、軽く頭を下げる。


 


「戦闘中に発生した損傷は、すべて修復いたしました」


 


「……すべて?」


 


「はい。死亡も含めて」


 


静かに言い切る。


 


その内容の異常さに、周囲が一瞬で静まり返った。


 


「……死亡を、なかったことにした……?」


 


誰かが呟く。


 


「そういう魔法ですので」


 


透花は微笑む。


 


軽く言ってるけど、やってることは普通にバグ。


 


「……なんだそれは……」


 


鬼塚が額に手を当てる。


 


「いや、待て……それはつまり……」


 


「今回の作戦での損失は、魔力消費だけ」


 


僕がまとめる。


 


「物理的損害、人的被害、全部ゼロ」


 


完全勝利。


 


文句のつけようがない結果。


 


「……」


 


誰も、すぐには言葉を出せなかった。


 


それだけ、現実離れしている。


 


でも――


 


事実だ。


 


白峰が、ゆっくりとこちらを見る。


 


その目には、もう疑いはなかった。


 


あるのは――


 


評価と、理解と。


 


そして、ほんの少しの畏れ。


 


「……報告、確かに受理しました」


 


静かに言う。


 


「人類は、勝利しました」


 


その宣言が、この場で初めての“公式な結論”だった。



――――――



「――人類は、勝利しました」


 


白峰のその一言は、ただの報告じゃなかった。


 


それは、宣言だった。


 


長く続いた戦いの終わりを告げる、確定した“事実”。


 


そしてそれは、この場だけに留まるものじゃない。


 


「各所へ通達! 最優先回線を開け!!」


「各国政府、軍、協会本部へ同時送信!」


「記録媒体、すべて保存! これは歴史になります!」


 


一気に現場が動き出す。


 


張り詰めていた空気が、今度は別の意味で熱を帯びていく。


 


誰もが分かっている。


 


――今、この瞬間が、歴史の転換点だと。


 


 


――数分後。


 


 


巨大モニターに、各地の映像が次々と映し出されていく。


 


「……中継、繋がったか」


 


鬼塚が低く呟く。


 


そこに映っていたのは、世界だった。


 


 


最初に映ったのは、とある都市の跡地。


 


かつては高層ビルが立ち並び、人で溢れていた場所。


 


今は――瓦礫の山。


 


黒く焼け焦げた地面。


 


ねじ曲がった鉄骨。


 


崩れたコンクリート。


 


 


「……ここは……」


 


澪が息を呑む。


 


説明はいらない。


 


ヴォイドによって壊滅した都市。


 


何度もニュースで見た光景。


 


でも――


 


その“現場”を、こうして改めて見ると、重さが違う。


 


 


画面の中で、作業員たちが動いている。


 


瓦礫の撤去。


 


重機の音。


 


そして、その中に――


 


人の姿。


 


 


生きている人間たち。


 


 


「……あ」


 


誰かが声を漏らした。


 


 


画面の端で、ひとりの男が膝をついていた。


 


その肩は震えている。


 


 


泣いていた。


 


 


「……終わった……」


 


小さく、でもはっきりとした声。


 


 


「もう……来ないんだよな……?」


 


 


その問いに答えるように、別の誰かが叫ぶ。


 


 


「終わったんだ!! ヴォイドはもう出ない!!」


 


 


その瞬間。


 


 


歓声が上がった。


 


 


泣き崩れる者。


 


抱き合う者。


 


空を見上げる者。


 


その場に座り込む者。


 


 


感情が、溢れ出していた。


 


 


 


別の画面に切り替わる。


 


 


そこは病院だった。


 


 


ベッドに横たわる患者。


 


その隣で手を握る家族。


 


 


医師が、モニターを見ている。


 


 


「……反応、消失……?」


 


 


その目が見開かれる。


 


 


「本当に……終わったのか……?」


 


 


看護師が、口元を押さえる。


 


 


「……助かる……助かるのね……」


 


 


涙がこぼれる。


 


 


 


さらに別の場所。


 


 


学校。


 


 


避難生活を続けていた子供たち。


 


 


テレビに映る映像。


 


 


「……ヴォイド、いなくなったって」


 


 


ぽつりと呟く子供。


 


 


「もう、逃げなくていいの……?」


 


 


その言葉に、教師が力強く頷く。


 


 


「大丈夫よ」


 


 


声が震えていた。


 


 


「もう、大丈夫」


 


 


子供たちが、顔を見合わせる。


 


 


そして――


 


 


笑った。


 


 


 


次々と映像が切り替わる。


 


 


世界中で、同じ反応が広がっていく。


 


 


絶望の記憶がある場所ほど、


 


その“終わり”の意味は重く、深く、そして――


 


大きかった。


 


 


 


やがて、画面の一つに切り替わる。


 


 


そこには、整った会議室のような場所が映っていた。


 


 


各国の代表。


 


軍関係者。


 


魔法少女協会の上層部。


 


 


その中心にいる人物が、こちらを見て口を開く。


 


 


「……天原理久、並びに作戦参加者へ」


 


 


低く、重い声。


 


 


形式ばった言葉。


 


 


でも、その奥にある感情は明確だった。


 


 


「我々は、この勝利に最大の敬意を表する」


 


 


一拍。


 


 


「あなた方は、人類を救った」


 


 


 


静まり返る指揮所。


 


 


その言葉は、やけに重く響いた。


 


 


「……」


 


 


澪が息を呑む。


 


 


太陽が、少しだけ真顔になる。


 


 


透花は、静かに目を伏せる。


 


 


鬼塚は、腕を組んだまま何も言わない。


 


 


 


画面の向こうの人物が続ける。


 


 


「これまで、我々は多くを失った」


 


 


その言葉と同時に、映像が切り替わる。


 


 


崩壊した都市。


 


炎に包まれた街。


 


瓦礫の中に残された生活の痕跡。


 


 


「数えきれない命が奪われ」


 


 


病院のベッド。


 


包帯に巻かれた体。


 


動かない手。


 


 


「未来が断ち切られた」


 


 


泣き叫ぶ人々。


 


名前を呼ぶ声。


 


返らない返事。


 


 


 


「――だが」


 


 


再び、会議室の映像に戻る。


 


 


「あなた方が、それを終わらせた」


 


 


まっすぐな視線。


 


 


「その事実は、決して忘れられることはない」


 


 


 


そして――


 


 


「感謝する」


 


 


短く、はっきりと。


 


 


「心から」


 


 


 


その言葉で、すべてが締めくくられた。


 


 


指揮所の中は、静まり返っていた。


 


 


誰も、すぐには言葉を出せない。


 


 


重い。


 


 


あまりにも、重い。


 


 


 


でも。


 


 


確かに、それは――


 


 


「……すごいな、俺たち」


 


 


太陽がぽつりと呟く。


 


 


その言葉で、少しだけ空気が動いた。


 


 


「本当に、世界救っちゃったんだな」


 


 


澪が苦笑する。


 


 


「……実感、湧かないけどね」


 


 


透花が小さく頷く。


 


 


「ええ……でも、確かに……終わったのですね」


 


 


鬼塚が、ゆっくりと息を吐いた。


 


 


「……ああ」


 


 


それだけだった。


 


 


でも、その一言で十分だった。


 


 


 


世界は、救われた。


 


 


その事実だけが、そこに残っていた。



静かだった。


 


さっきまで世界中の映像で溢れていたモニターも、今は情報表示だけに切り替わっている。


 


ざわめきはある。


でも、それはもう緊張でも恐怖でもない。


 


終わったあとの、余韻みたいなもの。


 


 


「……人類を救った、か」


 


澪が小さく呟く。


 


その声は、どこか現実感が薄い。


 


自分の言葉じゃないみたいに聞こえる。


 


 


太陽は、さっきからずっと天井を見上げていた。


 


「なあ、理久」


 


「何?」


 


「俺さ……めっちゃすごいことしたんじゃね?」


 


「したね」


 


即答。


 


「お、おう……」


 


あまりにもあっさり返されたせいで、逆に反応に困ってる。


 


 


透花は、胸の前で手を組んでいた。


 


目を閉じて、静かに息を整えている。


 


祈り、っていうより――整理、かな。


 


自分の中にあるものを、一つずつ落ち着かせていく感じ。


 


 


鬼塚は、少し離れた場所で腕を組んでいた。


 


視線はモニターの残像みたいなところに向いている。


 


何も言わない。


 


でも、その背中は、ほんの少しだけ力が抜けていた。


 


 


白峰は、現場の指示を一通り終えたらしく、静かにこちらを見ていた。


 


何か言いたげだけど、あえて何も言わない。


 


 


……たぶん、分かってる。


 


今は、そういうタイミングじゃないって。


 


 


 


僕は、特に何もせず、その場に立っていた。


 


 


やることは終わった。


 


状況も確定した。


 


 


本来なら、もう次のことを考えてもいい。


 


 


――でも。


 


 


「…………」


 


 


僕は何も言わなかった。


 


 


視線だけを動かして、みんなの様子を見る。


 


 


澪はまだ現実と感情の間にいる。


 


太陽は実感がじわじわ来てる途中。


 


透花は自分の中で区切りをつけてる最中。


 


鬼塚は“責任を終えた側”の思考に入ってる。


 


 


それぞれ、違う。


 


でも全員、“終わった”ところにいる。


 


 


だったら――


 


急かす必要はない。


 


 


数分。


 


 


誰も何も言わない時間が流れる。


 


 


その間に、呼吸が整っていく。


 


表情が落ち着いていく。


 


 


やがて。


 


 


「……よし」


 


 


澪が小さく息を吐いた。


 


 


「なんか、やっと実感してきた」


 


 


太陽が笑う。


 


 


「な! 俺も!」


 


 


透花も、目を開けて微笑む。


 


 


「一区切り、ですね」


 


 


鬼塚が肩を回す。


 


 


「……ああ。ひとまずは、な」


 


 


白峰も、わずかに頷いた。


 


 


全員、戻ってきた。


 


 


ちゃんと、“いつも”の位置に。


 


 


 


だから。


 


 


僕は、そのタイミングで口を開く。


 


 


「じゃあさ」


 


 


全員の視線が、自然にこっちに向く。


 


 


僕は、いつも通りの調子で言った。


 


 


「帰ろっか」


 


 


――それだけ。


 


 


重くもない。


 


感動的でもない。


 


締めの言葉としては、たぶん軽すぎる。


 


 


でも。


 


 


「……そうね」


 


澪が笑った。


 


 


「帰りましょ」


 


 


「腹減った!!」


 


 


「もう、太陽さん……」


 


 


いつものやり取りが、自然に戻ってくる。


 


 


鬼塚が軽く息を吐く。


 


 


「……日常、か」


 


 


白峰が小さく微笑む。


 


 


「ええ。ようやく、ですね」


 


 


 


僕はフェーズストレージからデバイスを取り出す。


 


 


空間に、見慣れた光が走る。


 


 


――フェーズゲート、展開。


 


 


帰還先は、いつもの場所。


 


 


天霧市。


 


 


学校の近く。


 


 


 


「ほら、早く」


 


 


僕が先に一歩踏み出す。


 


 


アルゴが、それに続く。


 


 


みんなも、当たり前みたいにその後に続いた。


 


 


 


光に包まれる直前。


 


 


僕は一瞬だけ、振り返った。


 


 


さっきまで戦っていた場所。


 


 


もう、何もない。


 


 


 


――まあ、いいか。


 


 


 


次の瞬間。


 


 


僕たちは、日常へと戻っていった。

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