第69話 戦いのあとにあるもの
――空が、静かだった。
さっきまでそこにあったはずの“何か”が、綺麗に消えている。
いや、消えたっていうより……剥がれ落ちた、って感じか。
「……変わったね」
隣で澪がぽつりと呟く。
その声には、いつもの張りがなかった。戦闘直後の疲労……じゃない。もっと、感情が追いついていないような響き。
僕は特に感慨もなく、視界をぐるりと見渡した。
――虚界。
ついさっきまで、ネメシスの本拠地であり、地球侵略の中枢だった場所。
だけど今、そこにあった“異質さ”は、急速に失われていた。
黒く濁っていた空間は、透明度を取り戻しつつある。歪んでいた地形は、まるで記録されていた正しい形に巻き戻るみたいに整っていく。
崩壊した構造物の残骸は、存在そのものが否定されるように薄れていき――
代わりに現れたのは、見覚えのある風景だった。
「……これ、アストラの……」
「うん。隠れ里に似てる」
透花が静かに頷く。
そう、これは知ってる。
前に見た、アストラの隠れ里。
整った大地、澄んだ空気、規則的に配置された建造物。
どこか現実離れしているのに、妙に“自然”な世界。
「ってことはさ」
太陽が頭を掻きながら言う。
「今までのあのヤバい感じのほうが、異常だったってことか?」
「そういうことになるね」
僕はあっさり答える。
だって、簡単な話だ。
ゼル=フィアが消えた。
それだけ。
あいつは“結果を後から書き換える”存在だった。
つまり――この世界の状態も、あいつが後付けで歪めていたってことになる。
「……侵略者、だったんだね」
澪が小さく言う。
その言葉に、僕は少しだけ考えてから答えた。
「うん。まあ、そうだろうね」
ネメシスがこの世界の支配者だった?
違う。
元々のこの世界は、アストラみたいな存在が暮らしていた場所だった。
そこに後から入り込んで、ルールを書き換えて、乗っ取ってたのがゼル=フィア。
――だから。
ゼルを消した瞬間に、“元の状態”に戻り始めた。
ただ、それだけの話。
「……なんかさ」
太陽が辺りを見回しながら、ぽつりと漏らす。
「すげー普通だな」
「普通って言うな」
澪が即座にツッコむ。
「これでも十分異世界よ?」
「いやでもさ、さっきまでと比べたらだいぶマシじゃね?」
「それは……否定できないけど」
二人のやり取りを聞きながら、僕は地面を軽く蹴った。
感触は、安定している。
重力も、空間も、時間の流れも――全部まともだ。
さっきまでの、座標が意味をなさない空間とは大違い。
「終わったね」
誰に向けたわけでもなく、僕は呟く。
その言葉に、全員が少しだけ沈黙した。
戦いは終わった。
四天王は全滅。
ゼル=フィアも消滅。
ネメシスの支配構造は崩壊。
ヴォイドの供給も止まる。
――つまり。
「侵略、完全終了」
僕がそう結論づけると、透花がほっとしたように息を吐いた。
「……本当に、終わったのですね」
その声は、少し震えていた。
嬉しいとか、安心とか、そういう単純な感情じゃない。
張り詰めていたものが、やっと解けた感じ。
「終わったよ」
僕は肩をすくめる。
「少なくとも、あいつらはもう来ない」
その言葉で、やっと全員が実感したらしい。
澪が空を見上げる。
太陽が大きく伸びをする。
透花が胸に手を当てる。
それぞれのやり方で、“終わり”を受け止めていた。
――僕だけが、いつも通りだった。
別に達成感とかないし。
感動もない。
ただ、未知の対象がなくなったな、ってくらい。
「……で?」
僕は軽く首を傾げる。
「次どうする?」
その一言で、空気が少しだけ現実に戻った。
そうだ。
終わっただけで、まだ帰ってない。
虚界にいるままじゃ意味がない。
「……まずは、アストラのところに行こう」
澪が言う。
「報告もしないといけないし」
「賛成ですわ」
透花も頷く。
「セリオ様たちも無事か確認したいですし」
太陽も拳を握る。
「よし、最後の挨拶ってやつだな!」
「挨拶っていうか、結果報告ね」
澪が訂正する。
僕はそのやり取りを見ながら、軽く頷いた。
「じゃあ、行こっか」
アルゴが、足元で静かに存在を主張する。
言葉はないけど、意思は伝わる。
――了解。
そんな感じ。
こうして僕たちは、変わり始めた虚界を後にして、アストラの隠れ里へと向かうことになった。
――――――
変わり始めた虚界の中を、僕たちは進んでいた。
さっきまでと違って、足場は安定してるし、空間がねじれることもない。視界もクリアだし、方向感覚もちゃんと働く。
……正直、歩きやすい。
「すごいわね……」
澪が周囲を見渡しながら言う。
その表情には、はっきりとした驚きが浮かんでいた。
「同じ場所のはずなのに、こんなに違うなんて……」
「元に戻ってるだけでしょ」
僕は肩をすくめる。
「今までがおかしかっただけ」
「言い方!」
すかさずツッコまれる。
でも実際そうだ。
ゼル=フィアがいなくなった以上、この世界は“本来の姿”に戻る。
それだけの話。
「でもよー」
太陽が地面を軽く蹴りながら言う。
「なんか、こう……平和って感じだな」
「……ええ」
透花が小さく頷く。
風が吹く。
今までは感じなかった、自然な風。
それだけで、この世界が“生きている場所”に見えてくるから不思議だ。
しばらく進むと、見覚えのある光景が視界に入った。
「……あれ」
澪が足を止める。
その先にあったのは――
「隠れ里……」
アストラの集落。
前に来たときは、外側からは何も見えなかった場所。
けど今は違う。
そこには、はっきりと“存在している村”があった。
透明な膜のようなものが消えている。
隠蔽フィールドが、完全に解除されていた。
「……結界、消えてる」
澪が驚いたように呟く。
「必要なくなったんだろうね」
僕はあっさり言う。
「もう隠れる必要ないし」
ネメシスがいないなら、襲撃もない。
なら、防御にリソース割く意味もない。
合理的だ。
「行こう」
僕がそう言って歩き出すと、みんなも続いた。
里の中に入ると、すぐに気配に気づかれたらしい。
数人のアストラがこちらに視線を向ける。
そして――
「……来たか」
低く、落ち着いた声。
前方から現れたのは、見慣れた人物だった。
「セリオ=ラディエル」
僕が名前を呼ぶと、彼は静かに頷いた。
その背後には、イリス=ヴァレナの姿もある。
二人とも無事。
まあ、分かってたけど。
「……終わったようだな」
セリオが言う。
確認というより、確信に近い口調。
「うん」
僕は軽く答える。
「ゼル=フィア、消した」
その一言で、周囲の空気が揺れた。
アストラたちの間に、静かなざわめきが広がる。
「……そうか」
セリオは目を閉じて、ほんの一瞬だけ沈黙した。
それは祈りにも似ていて。
同時に、長い緊張から解放された証でもあった。
「これで、この世界は解放された」
イリスが短く言う。
その声には、重みがあった。
「長かった……本当に」
彼女の拳が、わずかに握られる。
澪が一歩前に出る。
「……お疲れさまでした」
自然に出た言葉だった。
敵でも味方でもなく、“同じ戦いを終えた者”としての言葉。
それに対して、セリオは静かに頷く。
「そちらもな」
短い言葉。
でも、それで十分だった。
太陽が笑う。
「いやー、マジでやったな俺たち!」
「あなたはもう少し緊張感を持ちなさい」
澪の即ツッコミ。
「いやだって終わったし!」
「だからって――」
いつものやり取り。
その光景を見て、イリスがわずかに口元を緩めた。
「……面白い連中だ」
ぽつりと漏らす。
透花が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「この度は、ご協力ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらだ」
セリオが答える。
「我々だけでは、決して辿り着けなかった」
その視線が、僕に向く。
「天原理久」
名前を呼ばれる。
「お前の存在が、この結果を引き寄せた」
「別に」
僕は肩をすくめる。
「興味あったからやっただけ」
本音だ。
その答えに、セリオは少しだけ目を細めた。
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。
たぶん、理解したんだろう。
僕がどういう人間か。
イリスが口を開く。
「これから、この世界は再建に入る」
「そりゃそうでしょ」
「お前たちはどうする」
「帰るよ」
僕は即答した。
「やること終わったし」
その言葉に、澪たちも頷く。
「……そうか」
セリオは小さく息を吐いた。
「ならば、ここで別れだな」
その一言で、場の空気が少しだけ静かになる。
別れ。
分かっていたことだけど、改めて言葉にされると、少しだけ重くなる。
透花が微笑む。
「またお会いできますよね」
「必要があればな」
セリオが答える。
「我らはここにいる」
イリスも続く。
「道は繋がったままだ」
フェーズゲート。
僕が作った双方向転移。
物理的な距離は、もう意味を持たない。
「じゃあ、また今度」
僕は軽く手を振る。
深刻になる理由もない。
会えなくなるわけじゃないし。
澪が苦笑する。
「理久、もうちょっとこう……」
「何?」
「……いいわ、もう」
諦めた。
太陽が大きく手を振る。
「またなー!!」
透花も静かに礼をする。
「どうか、お元気で」
アストラたちがそれぞれ応じる。
短いやり取り。
だけど、それで十分だった。
「じゃ、帰るよ」
僕はフェーズストレージからデバイスを取り出す。
空間に、幾何学的な光が走る。
――フェーズゲート、展開。
安定した転移座標を設定。
地球、天霧市。
誤差ゼロ。
「準備できた」
振り返る。
全員が揃っている。
アルゴも、僕の足元で静かに待機している。
「行くよ」
一歩、踏み出す。
光が視界を包み込む。
虚界の空気が、遠ざかっていく。
そして――
僕たちは、地球へと帰還した。
――光が、弾けた。
次の瞬間、足の裏に伝わってきたのは、慣れた感触だった。
硬い床。
均一な重力。
微妙に乾いた空気。
「……ああ、戻ってきた」
思わず、そんな言葉が漏れる。
視界がクリアになると同時に、見慣れた風景が広がった。
天霧市。
その中心部に設置された臨時の指揮拠点。
フェーズドームで保護されたこの場所は、今回の作戦の中枢だった。
「――帰還を確認!!」
誰かの声が響く。
一瞬の静寂。
そして――
「全員、生存確認!!」
「負傷者……なし!?」
「そんな馬鹿な……!」
一気にざわめきが広がった。
こっちに駆け寄ってくる人影がいくつも見える。
その先頭にいたのは――
「……おかえりなさい」
落ち着いた声。
でも、ほんの少しだけ震えている。
白峰朱音。
その背後には、協会職員や各国の関係者たちが控えている。
「うん」
僕は軽く頷く。
「終わったよ」
その一言で、空気が止まる。
誰もが、次の言葉を待っていた。
だから僕は、そのまま続ける。
「ネメシス、全滅。四天王も、ゼル=フィアも消した」
ざわり、と空気が揺れる。
「虚界の支配構造も崩壊してる。ヴォイドの供給も止まった」
淡々と、事実だけを並べる。
「つまり――侵略、完全終了」
言い切った。
数秒。
誰も、何も言わなかった。
理解が追いついていない、って感じだ。
「……本当、なのですか?」
白峰が静かに問う。
確認。
というより、信じたいけど信じきれない、そんな声。
「嘘つく意味ある?」
僕はあっさり返す。
「確認したいなら、フェーズレーダーでもなんでも使えばいいよ。反応、もう出ないから」
それを聞いた瞬間、後方で誰かが慌てて機器を操作し始めた。
数秒後。
「……反応、ゼロです……!」
震える声。
「全領域、ヴォイド反応、完全消失……!」
その報告で、ようやく現実が浸透した。
「……終わった……?」
誰かが呟く。
「本当に……?」
別の誰か。
その声は、小さくて、弱くて。
でも――確かに、希望を含んでいた。
「終わったよ」
僕はもう一度言う。
今度は、少しだけはっきりと。
「もう出てこない」
その瞬間。
――空気が、崩れた。
「……っ!」
誰かが膝をついた。
「は、はは……終わった……終わったのか……」
笑っているのか、泣いているのか分からない声。
「嘘じゃないんだな……!」
あちこちで、同じような反応が広がっていく。
張り詰めていたものが、一気にほどけていく。
白峰がゆっくりと息を吐いた。
「……信じられませんね」
そう言いながらも、その口元はわずかに緩んでいる。
しばらくして、後方がざわついた。
人の流れが割れる。
そこを、見慣れた男が歩いてくる。
「……無事、か」
鬼塚錬。
戦場からそのまま戻ってきたらしく、装備はまだ外していない。ところどころに傷や汚れはあるが、動きに支障はなさそうだ。
「うん」
僕は軽く手を上げる。
「終わり」
鬼塚は数秒、僕を見たまま黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……やりやがったな」
それだけ。
でも、その声にははっきりと安堵が混じっていた。
「で?」
僕は話を先に進める。
「報告は以上でいい?」
「……いや、待て」
鬼塚が手を上げる。
「損害状況は?」
ああ、そこね。
「ゼロ」
即答。
「は?」
理解できてない顔。
「死傷者、ゼロ。怪我もなし」
「……は?」
もう一回言っても同じ反応だった。
「だから、ゼロだって」
僕は少しだけ面倒になってきた。
「透花がいるんだから当たり前でしょ」
その一言で、白峰がはっとする。
「ああ……回帰魔法……」
透花が一歩前に出て、軽く頭を下げる。
「戦闘中に発生した損傷は、すべて修復いたしました」
「……すべて?」
「はい。死亡も含めて」
静かに言い切る。
その内容の異常さに、周囲が一瞬で静まり返った。
「……死亡を、なかったことにした……?」
誰かが呟く。
「そういう魔法ですので」
透花は微笑む。
軽く言ってるけど、やってることは普通にバグ。
「……なんだそれは……」
鬼塚が額に手を当てる。
「いや、待て……それはつまり……」
「今回の作戦での損失は、魔力消費だけ」
僕がまとめる。
「物理的損害、人的被害、全部ゼロ」
完全勝利。
文句のつけようがない結果。
「……」
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
それだけ、現実離れしている。
でも――
事実だ。
白峰が、ゆっくりとこちらを見る。
その目には、もう疑いはなかった。
あるのは――
評価と、理解と。
そして、ほんの少しの畏れ。
「……報告、確かに受理しました」
静かに言う。
「人類は、勝利しました」
その宣言が、この場で初めての“公式な結論”だった。
――――――
「――人類は、勝利しました」
白峰のその一言は、ただの報告じゃなかった。
それは、宣言だった。
長く続いた戦いの終わりを告げる、確定した“事実”。
そしてそれは、この場だけに留まるものじゃない。
「各所へ通達! 最優先回線を開け!!」
「各国政府、軍、協会本部へ同時送信!」
「記録媒体、すべて保存! これは歴史になります!」
一気に現場が動き出す。
張り詰めていた空気が、今度は別の意味で熱を帯びていく。
誰もが分かっている。
――今、この瞬間が、歴史の転換点だと。
――数分後。
巨大モニターに、各地の映像が次々と映し出されていく。
「……中継、繋がったか」
鬼塚が低く呟く。
そこに映っていたのは、世界だった。
最初に映ったのは、とある都市の跡地。
かつては高層ビルが立ち並び、人で溢れていた場所。
今は――瓦礫の山。
黒く焼け焦げた地面。
ねじ曲がった鉄骨。
崩れたコンクリート。
「……ここは……」
澪が息を呑む。
説明はいらない。
ヴォイドによって壊滅した都市。
何度もニュースで見た光景。
でも――
その“現場”を、こうして改めて見ると、重さが違う。
画面の中で、作業員たちが動いている。
瓦礫の撤去。
重機の音。
そして、その中に――
人の姿。
生きている人間たち。
「……あ」
誰かが声を漏らした。
画面の端で、ひとりの男が膝をついていた。
その肩は震えている。
泣いていた。
「……終わった……」
小さく、でもはっきりとした声。
「もう……来ないんだよな……?」
その問いに答えるように、別の誰かが叫ぶ。
「終わったんだ!! ヴォイドはもう出ない!!」
その瞬間。
歓声が上がった。
泣き崩れる者。
抱き合う者。
空を見上げる者。
その場に座り込む者。
感情が、溢れ出していた。
別の画面に切り替わる。
そこは病院だった。
ベッドに横たわる患者。
その隣で手を握る家族。
医師が、モニターを見ている。
「……反応、消失……?」
その目が見開かれる。
「本当に……終わったのか……?」
看護師が、口元を押さえる。
「……助かる……助かるのね……」
涙がこぼれる。
さらに別の場所。
学校。
避難生活を続けていた子供たち。
テレビに映る映像。
「……ヴォイド、いなくなったって」
ぽつりと呟く子供。
「もう、逃げなくていいの……?」
その言葉に、教師が力強く頷く。
「大丈夫よ」
声が震えていた。
「もう、大丈夫」
子供たちが、顔を見合わせる。
そして――
笑った。
次々と映像が切り替わる。
世界中で、同じ反応が広がっていく。
絶望の記憶がある場所ほど、
その“終わり”の意味は重く、深く、そして――
大きかった。
やがて、画面の一つに切り替わる。
そこには、整った会議室のような場所が映っていた。
各国の代表。
軍関係者。
魔法少女協会の上層部。
その中心にいる人物が、こちらを見て口を開く。
「……天原理久、並びに作戦参加者へ」
低く、重い声。
形式ばった言葉。
でも、その奥にある感情は明確だった。
「我々は、この勝利に最大の敬意を表する」
一拍。
「あなた方は、人類を救った」
静まり返る指揮所。
その言葉は、やけに重く響いた。
「……」
澪が息を呑む。
太陽が、少しだけ真顔になる。
透花は、静かに目を伏せる。
鬼塚は、腕を組んだまま何も言わない。
画面の向こうの人物が続ける。
「これまで、我々は多くを失った」
その言葉と同時に、映像が切り替わる。
崩壊した都市。
炎に包まれた街。
瓦礫の中に残された生活の痕跡。
「数えきれない命が奪われ」
病院のベッド。
包帯に巻かれた体。
動かない手。
「未来が断ち切られた」
泣き叫ぶ人々。
名前を呼ぶ声。
返らない返事。
「――だが」
再び、会議室の映像に戻る。
「あなた方が、それを終わらせた」
まっすぐな視線。
「その事実は、決して忘れられることはない」
そして――
「感謝する」
短く、はっきりと。
「心から」
その言葉で、すべてが締めくくられた。
指揮所の中は、静まり返っていた。
誰も、すぐには言葉を出せない。
重い。
あまりにも、重い。
でも。
確かに、それは――
「……すごいな、俺たち」
太陽がぽつりと呟く。
その言葉で、少しだけ空気が動いた。
「本当に、世界救っちゃったんだな」
澪が苦笑する。
「……実感、湧かないけどね」
透花が小さく頷く。
「ええ……でも、確かに……終わったのですね」
鬼塚が、ゆっくりと息を吐いた。
「……ああ」
それだけだった。
でも、その一言で十分だった。
世界は、救われた。
その事実だけが、そこに残っていた。
静かだった。
さっきまで世界中の映像で溢れていたモニターも、今は情報表示だけに切り替わっている。
ざわめきはある。
でも、それはもう緊張でも恐怖でもない。
終わったあとの、余韻みたいなもの。
「……人類を救った、か」
澪が小さく呟く。
その声は、どこか現実感が薄い。
自分の言葉じゃないみたいに聞こえる。
太陽は、さっきからずっと天井を見上げていた。
「なあ、理久」
「何?」
「俺さ……めっちゃすごいことしたんじゃね?」
「したね」
即答。
「お、おう……」
あまりにもあっさり返されたせいで、逆に反応に困ってる。
透花は、胸の前で手を組んでいた。
目を閉じて、静かに息を整えている。
祈り、っていうより――整理、かな。
自分の中にあるものを、一つずつ落ち着かせていく感じ。
鬼塚は、少し離れた場所で腕を組んでいた。
視線はモニターの残像みたいなところに向いている。
何も言わない。
でも、その背中は、ほんの少しだけ力が抜けていた。
白峰は、現場の指示を一通り終えたらしく、静かにこちらを見ていた。
何か言いたげだけど、あえて何も言わない。
……たぶん、分かってる。
今は、そういうタイミングじゃないって。
僕は、特に何もせず、その場に立っていた。
やることは終わった。
状況も確定した。
本来なら、もう次のことを考えてもいい。
――でも。
「…………」
僕は何も言わなかった。
視線だけを動かして、みんなの様子を見る。
澪はまだ現実と感情の間にいる。
太陽は実感がじわじわ来てる途中。
透花は自分の中で区切りをつけてる最中。
鬼塚は“責任を終えた側”の思考に入ってる。
それぞれ、違う。
でも全員、“終わった”ところにいる。
だったら――
急かす必要はない。
数分。
誰も何も言わない時間が流れる。
その間に、呼吸が整っていく。
表情が落ち着いていく。
やがて。
「……よし」
澪が小さく息を吐いた。
「なんか、やっと実感してきた」
太陽が笑う。
「な! 俺も!」
透花も、目を開けて微笑む。
「一区切り、ですね」
鬼塚が肩を回す。
「……ああ。ひとまずは、な」
白峰も、わずかに頷いた。
全員、戻ってきた。
ちゃんと、“いつも”の位置に。
だから。
僕は、そのタイミングで口を開く。
「じゃあさ」
全員の視線が、自然にこっちに向く。
僕は、いつも通りの調子で言った。
「帰ろっか」
――それだけ。
重くもない。
感動的でもない。
締めの言葉としては、たぶん軽すぎる。
でも。
「……そうね」
澪が笑った。
「帰りましょ」
「腹減った!!」
「もう、太陽さん……」
いつものやり取りが、自然に戻ってくる。
鬼塚が軽く息を吐く。
「……日常、か」
白峰が小さく微笑む。
「ええ。ようやく、ですね」
僕はフェーズストレージからデバイスを取り出す。
空間に、見慣れた光が走る。
――フェーズゲート、展開。
帰還先は、いつもの場所。
天霧市。
学校の近く。
「ほら、早く」
僕が先に一歩踏み出す。
アルゴが、それに続く。
みんなも、当たり前みたいにその後に続いた。
光に包まれる直前。
僕は一瞬だけ、振り返った。
さっきまで戦っていた場所。
もう、何もない。
――まあ、いいか。
次の瞬間。
僕たちは、日常へと戻っていった。
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