第64話 削り続ける戦場
「――左、二連続。間隔ずらせ」
理久の声が、戦場に走る。
それは命令というより、もう“反射”に近かった。
「了解!」
澪の光弾が飛ぶ。
一発目。
わずかに遅れて、二発目。
間を空けすぎず、重ねすぎず。
「――っ」
ルク=エリオスの周囲で、魔力が“引っかかる”。
そこに。
「……追撃」
雷華の雷が滑り込む。
さらに。
「圧縮」
セレスティアの空間が、横から潰す。
逃げ場を奪い、流れを乱す。
「そこだ!」
太陽が踏み込む。
炎をまとった拳。
今度は直線ではない。
わずかに軌道を曲げ、タイミングを外す。
「――ッ!」
直撃。
今度は、確実に。
「入った!」
太陽が叫ぶ。
その声に、全体が呼応する。
「続けろ!」
理久の指示。
「切らすな!」
「了解!」
連続。
連続。
連続。
攻撃が、途切れない。
ズレたまま、重なり続ける。
「……っ」
ルクの身体に、明確な“傷”が刻まれる。
肩。
腕。
胴。
削れる。
裂ける。
焼ける。
「効いてる……!」
澪の声が震える。
確かな手応え。
「このまま押し切れる!」
誰かが叫ぶ。
だが。
「――」
ルクは、静かに立っていた。
その身体から。
黒い何かが、滲み出る。
傷口を埋めるように。
巻き戻るように。
「……またか」
理久が小さく呟く。
削れたはずの部分が。
焼け焦げたはずの箇所が。
「……戻ってる……」
澪が、息を呑む。
完全に。
何事もなかったかのように。
「問題ない」
理久は即答する。
「織り込み済み」
「でも……!」
「削れてる事実は変わらない」
それが重要だ。
「通るなら、削り切れる」
理久の声に迷いはない。
「続けろ」
その一言で。
戦場が、再び動く。
――――――
時間が、流れる。
何度目かの攻防。
「右、三連。間隔短く」
「了解!」
「中央、圧縮強めろ」
「やります!」
「雷華、足元削り続けろ」
「……了解」
戦場は、完全に制御されていた。
ルクを中心に。
その周囲を、無数の攻撃が取り囲む。
ズレた連撃。
止まらない波。
「――ッ!」
再び、直撃。
今度は、胴。
明確に、抉れる。
内部が露出する。
「……入った!」
澪が叫ぶ。
だが、その直後。
「……」
ルクの身体が、ゆっくりと修復される。
黒い流体が、逆流するように。
元の形へと戻っていく。
「……チッ」
太陽が舌打ちする。
「キリがねぇ……!」
その通りだ。
削れる。
だが。
戻る。
「……これ、終わり見えなくない?」
澪の声に、わずかな焦り。
それも当然だ。
「見えてる」
理久は即答する。
「ただ――」
視線をルクに固定したまま。
「まだ遠いだけ」
冷静な分析。
事実として。
「全体、ペース維持」
指示を出す。
「無理に出力上げるな。崩れる」
「了解……!」
「分かってる……!」
応答はある。
だが。
疲労は、確実に蓄積している。
連続戦闘。
高密度の魔力環境。
そして。
目の前の敵。
「……っ」
澪の呼吸が、わずかに荒い。
「大丈夫か」
理久が短く聞く。
「大丈夫……!」
即答。
だが、その声には余裕がない。
「無理するな」
「してない!」
強がり。
でも、動きは崩れていない。
「いい」
理久はそれ以上言わない。
今は、それでいい。
――――――
ルクが、わずかに動く。
一歩。
それだけで。
「――っ!」
圧が変わる。
空間が、歪む。
「来るぞ!」
鬼塚の声。
「全体、防御!」
だが。
「不要」
理久が即座に否定する。
「流せ」
次の瞬間。
魔力の波が、戦場を薙ぐ。
だが。
「――ッ!」
セレスティアの空間が、角度を変える。
真正面で受けない。
逸らす。
「ヴァルキリア、横流し!」
「……了解」
重力が、流れを変える。
「雷華、抜けた分に被せろ!」
「……了解」
雷が走る。
連続で。
細かく。
「澪、間を埋めろ!」
「分かってる!」
光弾が、差し込まれる。
連続。
ズレて。
止まらない。
「……っ」
ルクの動きが、止まる。
ほんの一瞬。
だが。
「そこ!」
再び、直撃。
今度は、顔面。
「――ッ!!」
明確に、吹き飛ぶ。
「……やった!?」
澪が叫ぶ。
だが。
煙が晴れた先。
「……」
ルクは、立っていた。
無傷で。
「……マジかよ……」
太陽が、力なく呟く。
さっき、確実に当たった。
それも、深く。
なのに。
「……戻ってる」
澪が、震える声で言う。
「全部……」
「……ああ」
理久は静かに頷く。
「全部、戻してる」
再生ではない。
“なかったこと”にする力。
「……厄介すぎるだろ……」
太陽が吐き捨てる。
だが。
「でも」
理久は、小さく笑う。
「押してる」
それは事実だ。
ルクは、動けていない。
攻めきれない。
防ぎきれない。
削られ続けている。
「優勢……なのよね……?」
澪が確認するように言う。
「優勢」
理久は即答する。
「でも」
その先を、誰もが理解している。
「決定打がない」
その言葉が。
戦場の空気を、わずかに重くした。
削れる。
だが、倒せない。
押している。
だが、終わらない。
「……」
ルクが、ゆっくりと視線を上げる。
その目に。
わずかな“変化”。
「……なるほど」
低く、呟く。
「しぶといな」
その声に、苛立ちはない。
むしろ。
「面白い」
楽しんでいる。
まだ余裕がある。
その事実が。
静かに、重くのしかかる。
「……まだ、終わらない」
理久が呟く。
それは確認ではない。
確信。
「ここからだ」
膠着。
優勢。
だが、未決着。
戦いは、まだ続く。
そして――
“次の一手”が、必要だった。
「……決定打がない」
誰かの呟きが、空気に沈む。
削れる。
だが、戻る。
押している。
だが、終わらない。
その繰り返し。
「……」
理久は、ルク=エリオスを見据えたまま、わずかに目を細めた。
(十分だな)
解析は、終わっている。
防御の構造。
再生の原理。
そして――
“使われているもの”。
「……使うか」
小さく呟く。
その瞬間。
思考共有の帯域が、さらに広がった。
「全体、数秒だけ耐えろ」
「え?」
澪が振り向く。
「何するの?」
「切り札」
短く答える。
それ以上の説明はしない。
必要ない。
「……了解」
一拍の間の後、澪が頷く。
「持たせる」
その言葉に、全員が応じる。
「やるしかねぇな!」
太陽が踏み込み、前に出る。
「……時間稼ぎ、継続」
雷華が淡々と動く。
「封鎖、維持しますわ」
セレスティアが空間を固定する。
「……崩さない」
ヴァルキリアが圧を支える。
いい。
持つ。
その間に――
「……開始」
理久の意識が、深く潜る。
戦場全体に広がる“別の流れ”。
それに、触れる。
「……やっぱりな」
あった。
ヴォイド。
無数に散らばる“残骸”。
倒された個体。
消滅しきらず、残された“素材”。
そして。
(制御ライン)
ネメシスが使っている“仕組み”。
ヴォイドを、動かすための根幹。
「……書き換える」
理久の意識が、それに侵入する。
抵抗は、ある。
だが。
「遅い」
圧倒的な情報量で、上書きする。
命令系統。
制御信号。
優先権。
すべてを奪う。
「――っ!?」
戦場のあちこちで、ヴォイドの残骸が“震えた”。
「なに……!?」
澪が目を見開く。
「理久……これ……!」
「支配権、奪った」
淡々と答える。
その一言に。
空気が変わる。
「……え?」
「奪ったって……」
「そのままの意味」
理久は肩をすくめる。
「もうあれ、向こうのじゃない」
ネメシス側の戦力。
その一部が。
「こっちの戦力になる」
次の瞬間。
地面に転がっていたヴォイドの“死体”が、動いた。
「――ッ!?」
太陽が目を見開く。
「おい、あれ……!」
崩れていたはずの個体が、ゆっくりと持ち上がる。
黒い体が、再構成される。
だが、それは。
さっきまでのヴォイドとは、違う。
「再構築、開始」
理久の声が低く響く。
「対ルク専用、設計適用」
無数の残骸が、集まる。
溶けるように。
絡み合い。
組み上がる。
「……これ……」
澪が息を呑む。
「ヴォイド……?」
「違う」
理久は即答する。
「“改造品”」
形が、変わる。
人型ではない。
より鋭く。
より密度が高く。
より“一点突破”に特化した構造。
「再生干渉ユニット、組み込み」
ルクの再生。
それを無効化するための“仕組み”。
「……そんなの、できるの……?」
澪の声が震える。
「理屈は簡単」
理久は軽く言う。
「同じ系統の力で、邪魔するだけ」
ヴォイドは、もともとネメシスの技術。
なら。
その“内側”に触れればいい。
「完成」
次の瞬間。
それは、立ち上がった。
異形。
禍々しい。
だが。
「味方だよ」
理久が言う。
その言葉を理解したかのように。
ヴォイドが、ルクへと向き直る。
「……なるほど」
ルクが、初めて明確に視線を向けた。
興味。
わずかな警戒。
「面白いことをする」
その言葉に。
理久は、笑った。
「でしょ」
そして。
「行け」
短く命じる。
次の瞬間。
ヴォイドが、消えた。
加速。
今までの個体とは、比較にならない速度。
一直線。
「――ッ!」
ルクが反応する。
魔力で流そうとする。
だが。
「……?」
違和感。
流れない。
「……!」
その一瞬の遅れ。
「――当たれ」
理久の声。
ヴォイドが、突き刺さる。
直撃。
初めて。
完全な一撃が。
ルク=エリオスに、叩き込まれた。
「――当たれ」
その一撃は、確かに“刺さった”。
ヴォイドの刃が、ルク=エリオスの胸部を貫く。
今まで何度も叩き込んできた攻撃とは違う。
“抵抗”がなかった。
流されない。
逸らされない。
ただ、そのまま――通った。
「……っ!?」
澪が息を呑む。
「入った……!」
太陽の声が、半ば叫びになる。
だが、次の瞬間。
全員の視線が、一点に集中した。
ルクの胸。
そこに刻まれた傷。
深い。
確実なダメージ。
「……」
誰も、言葉を発しない。
ただ、見ている。
いつもなら。
ここから“戻る”。
黒い流体が滲み出て、傷を埋め、なかったことにする。
だが――
「……あれ?」
澪の声が、小さく震える。
「戻って……ない?」
時間が、一拍、二拍と過ぎる。
それでも。
傷は、そのままだった。
「……は?」
太陽が呆然と呟く。
「いや、ちょっと待て……」
目をこする。
見間違いじゃないかと。
だが。
「……戻ってない」
セレスティアが、はっきりと言う。
その声には、確かな確信。
「再生が……機能していませんわ」
「……」
雷華が、わずかに目を細める。
「……効いてる」
短い言葉。
だが、その重みは大きい。
「――はは」
小さく、笑いが漏れた。
理久だ。
「やっぱりな」
予測通り。
理屈通り。
「再生、止めてる」
ヴォイドに組み込んだ干渉。
それが、ルクの“巻き戻し”を阻害している。
「……マジかよ……」
太陽が、ゆっくりと顔を上げる。
その目に、光が戻る。
「これ……いけるんじゃねぇか?」
その言葉。
戦場に、波紋のように広がる。
「……いける」
澪が呟く。
震えていた声が、今は違う。
「これなら……削り切れる!」
「決定打……」
誰かが、言う。
「ある……!」
その瞬間。
空気が変わった。
疲労も。
消耗も。
全部、その奥に押し込められる。
代わりに湧き上がるのは。
「……行けるぞ!」
「押し切れ!」
「ここで終わらせる!」
士気。
それが、一気に跳ね上がる。
「全体、攻勢維持!」
理久が指示を飛ばす。
「今の状態、絶対に切らすな!」
「了解!」
「続ける!」
攻撃が、再開される。
いや。
さっきまでとは、密度が違う。
意志が違う。
「――ッ!」
澪の光弾が、連続で叩き込まれる。
「削れ!」
雷華の雷が、傷口をなぞるように走る。
「逃がしませんわ!」
セレスティアが空間を閉じる。
「押し潰す」
ヴァルキリアの重力が、ルクを縛る。
そして。
「もう一発行くぞォ!!」
太陽が、再び踏み込む。
「――ッ!」
拳が、叩き込まれる。
さっきと同じ場所。
傷口へ。
「ぐっ……!」
初めて。
ルクの口から、明確な“苦悶”が漏れた。
「……」
その表情が、歪む。
今までとは違う。
余裕が、消えている。
「……なるほど」
低く、呟く。
その視線が、ヴォイドに向く。
「これか」
理解。
完全な。
「……面白い」
だが、その声には。
わずかに。
ほんのわずかに。
“焦り”が混じっていた。
「……」
ルクが、自身の胸を見る。
刻まれた傷。
消えない。
戻らない。
「……」
沈黙。
一瞬。
だが、その一瞬で。
結論は出ている。
「……そうか」
顔を上げる。
その目が、理久を捉える。
まっすぐに。
「貴様か」
確信。
原因の特定。
そして。
「……」
ほんのわずかに。
表情が変わる。
それは、怒りではない。
恐怖でもない。
もっと単純な。
「……まずいな」
その一言。
小さく。
だが、確かに。
「……負けるか」
四天王。
災厄の化身。
その存在が。
初めて、“敗北”を意識した。
その事実が。
戦場の空気を、さらに熱くする。
「――押し切れ!」
誰かの叫び。
それに呼応するように。
全員が、動く。
終わりが、見えた。
だが――
「……いいだろう」
ルクが、静かに呟く。
その声は、むしろ落ち着いていた。
「ならば」
魔力が、再び膨れ上がる。
今までとは、違う。
質が変わる。
「ここからだ」
その一言で。
戦場に、再び緊張が走る。
決定打は、手に入れた。
だが。
「……終わらせてみろ」
まだ、終わっていない。
お読みいただきありがとうございました!
この作品を
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が更新の大きな力になります。
今後ともよろしくお願いします!




