第56話 戦力集結
「――で、これが今回の“主戦場”」
僕は空中に投影した簡易マップを指で弾いた。
フェーズ投影。虚界の座標情報をそのまま可視化したものだ。
ぐにゃりと歪んだ地形、脈動する空間構造。見慣れてる僕からすれば普通だけど、初見の人間にはだいぶ気持ち悪いらしい。
「……やっぱり、何度見ても慣れませんね」
澪が少し顔をしかめる。
「慣れる必要ある?」
「ないけど……!」
太陽は逆に興奮していた。
「うおお……これが敵の本拠地か……!」
「正確にはその一部ね。全域じゃない」
透花は静かにマップを見つめている。
「ここに……全軍で突入するのですね」
「そう」
短く答える。
場所は天霧観測所の拡張区画。世界会議の後、急ピッチで整備された“統合指揮拠点”だ。
世界中から集まった戦力が、ここに一時集結している。
――そして。
「……で、そっちが今回の“現地勢力”か」
太陽が視線を向けた先。
そこに立っていたのは――人間じゃない。
淡く光を帯びた身体。整った輪郭。どこか現実から浮いた存在感。
アストラ。
その中でも前に出ているのは二人。
イリス=ヴァレナと、セリオ=ラディエル。
「改めて紹介する」
僕は軽く手を振る。
「こっちがアストラ側のトップ」
「戦うなら、こっちの情報が一番役に立つ」
イリスが一歩前に出た。
鋭い視線でこちらを見る。
「……随分と増えたな」
その声は低く、警戒を含んでいる。
「人類の戦力、か」
セリオが静かに周囲を見渡す。
その視線には、明確な評価があった。
「質も……悪くない」
その言葉に、空気がわずかに揺れる。
理由は簡単だ。
“質”と言われるだけの存在が、この場には揃っている。
「へぇ」
太陽が小さく声を漏らす。
「なんか、あの人たちヤバそうだな」
「ヤバいよ」
僕は即答した。
「単純な魔力量なら、四天王クラスかそれ以上」
「マジかよ……」
澪が息を呑む。
透花も驚きを隠せない様子だった。
「それほどの方々が……味方に」
ミルが静かに言う。
「これで盤面は、完全に五分以上でございますな」
「いや、もう勝ち越してる」
僕はあっさり訂正する。
そのとき――
空気が、また変わった。
「……来たな」
鬼塚が呟く。
入口の方に視線が集まる。
そこから入ってきたのは――
明らかに“格”が違う存在たちだった。
「――やっと会えたわね」
最初に声を上げたのは、長い銀髪を揺らした女性。
堂々とした歩き方。視線はまっすぐ僕に向いている。
「あなたが天原理久?」
「そうだけど」
「ふふ、噂以上ね」
軽く笑う。
その背後には、それぞれ違う空気を纏った二人。
鬼塚が小声で説明する。
「各国の“主力”だ」
「へぇ」
興味が少しだけ湧く。
銀髪の女性が名乗る。
「フランス代表、魔法少女――セレスティア・オルビス」
軽くスカートを摘まむ。
「使用魔法は“星環魔法”。広域制圧と空間固定が専門よ」
空間が、わずかに歪んだ。
それだけで分かる。
強い。
「……へぇ」
次に前に出たのは、黒髪を短く切り揃えた少女。
無駄のない動き。鋭い目。
「中国代表、魔法少女――雷華」
短く名乗る。
「使用魔法、“雷霆魔法”」
その瞬間、空気がビリッと震えた。
「高速殲滅特化。単独制圧可能」
太陽が小さく呟く。
「……こっわ」
最後に、一歩遅れて出てきたのは大柄な女性。
赤毛を無造作に結んでいる。
「ロシア代表だ。魔法少女――ヴァルキリア・ゾーラ」
腕を組んだまま、こちらを見下ろす。
「“重力魔法”を使う。殴る方が早いがな」
床が、わずかに軋んだ。
物理的な圧。
これもまた、分かりやすく強い。
澪が小さく息を吐く。
「……すごい人たちばっかり」
透花は静かに頷く。
「まさに“主戦力”ですね」
イリスがその三人を見て、わずかに目を細めた。
「……なるほど」
セリオも小さく頷く。
「確かに、“質”はある」
その評価に、三人とも表情を変えない。
むしろ当然といった様子だ。
セレスティアが軽く笑う。
「そちらがアストラ?」
「そうだ」
イリスが答える。
二人の視線が交差する。
一瞬、火花が散ったような緊張。
でも――
「悪くないわね」
セレスティアが先に笑った。
「共闘相手としては十分よ」
「同意する」
雷華が短く言う。
「敵ではないなら、問題ない」
ヴァルキリアは鼻で笑った。
「強い奴が多い方が楽しい」
太陽が小声で言う。
「……なんかもう、やばい集まりだなこれ」
「今さらでしょ」
澪が呆れる。
僕は全員を一度見渡した。
人類側の主力。
アストラの戦力。
そして――
僕たち。
「……うん」
軽く頷く。
「これなら足りる」
誰も反論しなかった。
それが答えだ。
人類とアストラ。
両陣営の主力が揃った。
あとは――
「連携だな」
鬼塚が言う。
その言葉に、全員の視線がわずかに変わる。
戦力は揃った。
でも、それを“使えるかどうか”は別の話だ。
僕は口の端を少しだけ上げた。
「ま、そこは調整するから」
次の段階に進む準備は、もうできている。
セリオ=ラディエルは、さっきから一歩引いた位置に立っている。
視線は鋭い。魔力は桁違い。
でも――動かない。
「……あの人、戦わないの?」
太陽が小声で聞いてくる。
「戦えないわけじゃないけど、得意じゃない」
僕はあっさり答えた。
「魔力量はバケモノだけど、戦闘技術は並」
「え、もったいなくね?」
「だから使う」
そう言って、僕はポケットから小さな装置を取り出した。
腕輪型。フェーズ系の応用。
「それ何?」
澪が覗き込む。
「魔力共有兵装」
全員の視線が集まる。
僕はそのまま、イリスに向かって軽く投げた。
「それ、もう使っていいよ」
イリスは片手で受け取る。
じっと装置を見る。
「……これは?」
「セリオの魔力、流せるようにしてある」
一瞬、空気が止まった。
セリオがゆっくりと顔を上げる。
「……なに?」
「正確には、“同種族間の魔力経路を強制接続する装置”」
さらっと言う。
「アストラ同士なら馴染むでしょ。だから効率よく流せる」
「……」
イリスの目が細くなる。
「つまり」
「お前が、全員分の魔力を使える」
言い切った。
その意味を理解した瞬間――
空気が一段階重くなる。
セレスティアが小さく笑う。
「……面白いことするじゃない」
雷華は無言で観察している。
ヴァルキリアはニヤッと口を歪めた。
「試せ」
短く言う。
僕は肩をすくめる。
「デモでいいよ。全力じゃなくていい」
イリスは数秒、無言だった。
そして。
「……セリオ」
名前を呼ぶ。
セリオは静かに頷いた。
「構わない」
その声に、迷いはない。
「アストラの力、すべて預ける価値があると判断した」
イリスの目が、わずかに揺れる。
でもすぐに、決意に変わる。
「……分かった」
腕輪を装着する。
次の瞬間。
空気が――変わった。
ぶわっ、と。
目に見えない圧が、空間を押し広げる。
「……っ!?」
澪が思わず後ずさる。
太陽が目を見開いた。
「なんだこれ……!」
透花が息を呑む。
「これが……魔力……?」
イリスの身体から、淡い光が立ち上る。
最初は一筋。
次に、幾重にも重なって。
明らかに“別の流れ”が混ざっていく。
「……まだ、全体の一部だ」
イリスが低く言う。
それでも。
床がきしむ。
空気が震える。
セレスティアの目が細くなる。
「……これは」
雷華が短く呟く。
「単独戦力、変わる」
ヴァルキリアが笑った。
「いいじゃねぇか」
僕は軽く頷く。
「うん、それでいい」
そして、はっきりと言う。
「四天王、1体はそっちで落として」
その場の全員が、僕を見る。
イリスは一瞬だけ目を見開いた。
「……単独でか」
「そう」
「理由は?」
「戦力分散したくないから」
シンプルだ。
「こっちは複数目標同時に相手する予定だし」
「一体引き受けてくれれば、全体が楽になる」
セリオが静かに口を開く。
「……我々の力を、試すつもりか」
「試す必要ある?」
僕は首を傾げる。
「できるから頼んでるだけ」
数秒の沈黙。
そして。
セリオは、ゆっくりと頷いた。
「いいだろう」
その視線がイリスに向く。
「アストラの威信――お前に託す」
イリスは、静かに目を閉じた。
一瞬だけ。
次に開いたときには、完全に戦う者の目になっていた。
「……引き受ける」
短く、力強く。
その一言で、決まった。
太陽が小さく呟く。
「……マジでやるのかよ」
「やるでしょ」
僕はあっさり返す。
そして、視線を人類側に向ける。
「で、次」
セレスティア、雷華、ヴァルキリア。
そしてその後ろにいる、各国の魔法少女たち。
「連携、できる?」
沈黙。
少し気まずい空気。
やがて、セレスティアが肩をすくめる。
「正直に言うわ」
「無理ね」
あっさりだった。
雷華も頷く。
「経験不足。各国で戦術が違う」
ヴァルキリアは笑った。
「好き勝手に殴る方が早い」
澪が小さくため息をつく。
「……やっぱり」
太陽も苦笑する。
「まあそうなるよな……」
僕は頷く。
「だと思った」
だから用意してる。
ポケットから、もう一つ装置を取り出す。
今度はイヤーカフ型。
「これ、全員つけて」
「……何かしら?」
セレスティアが聞く。
「テレパシー通信装置」
「は?」
「思考ベースで指示飛ばす」
さらっと言う。
「リアルタイムで全員に同時共有」
「遅延ほぼゼロ」
空気が一瞬止まる。
雷華が鋭く聞く。
「……統合指揮?」
「そう」
ヴァルキリアがニヤリと笑う。
「面白ぇな」
僕は続ける。
「個別判断いらない」
「全部こっちで最適化して指示出す」
「だから」
軽く指を鳴らす。
「それに従う練習しよ」
静寂。
完全に、全員が理解している。
これは――戦い方そのものを変える話だ。
セレスティアがゆっくりと息を吐く。
「……あなた、本当に中学生?」
「そうだけど」
「信じられないわね」
でも、その目は笑っていた。
「いいでしょう」
雷華も頷く。
「合理的。従う価値あり」
ヴァルキリアは即答だった。
「強い方に乗る。それだけだ」
鬼塚が腕を組む。
「……全員、異論なしだな」
誰も否定しない。
当然だ。
勝つための手段が、そこにある。
僕は軽く頷いた。
「じゃあ決まり」
そして、口の端を少しだけ上げる。
「――全員、僕の指示で動いて」
戦い方は、ここで完成する。
――――――
訓練場は、即席とは思えないほど整っていた。
フェーズドームで囲われた広域空間。外界への影響はゼロ。内部の衝撃も制御されている。
「――じゃあ、始めるよ」
僕は端末を軽く叩いた。
空間にいくつもの補助ラインが走る。安全域、制限出力、強制停止ライン。
「今回は模擬戦。出力制限あり。致命打は全部無効化する」
「安心して殴り合っていいよ」
「安心できる要素どこ!?」
澪が即座に突っ込む。
太陽はやる気満々だ。
「よっしゃあ! 来いよ四天王代理!」
「代理って言うな」
僕は軽く返す。
その中央に立っているのは――イリス=ヴァレナ。
腕輪型の魔力共有兵装が、静かに光っている。
その背後で、セリオが目を閉じていた。
そして――
「……来る」
澪が小さく呟く。
イリスの周囲の空気が、じわりと重くなる。
魔力。
さっきのデモよりも、明らかに濃い。
それでも――まだ“抑えている”。
「これが……制限状態?」
透花が息を呑む。
「全開じゃない」
僕は淡々と答えた。
「全体の三割くらい」
「三割でこれ……?」
太陽が乾いた笑いを漏らす。
対する魔法少女側。
セレスティア、雷華、ヴァルキリア。
その後ろに各国の主力が控える。
「編成は任せる」
僕は通信を繋ぐ。
全員の意識に、僕の声が直接届く。
《まずは様子見。前衛三人、後衛サポート。無理に詰めない》
「了解」
セレスティアが軽く頷く。
雷華はすでに姿勢を低くしている。
ヴァルキリアは拳を鳴らした。
「じゃあ――行くぞ」
合図と同時に、地面が弾けた。
雷華が一瞬で距離を詰める。
雷光。
視界が白く焼ける。
「速っ――」
太陽が思わず声を上げる。
だが。
イリスは動かない。
ほんのわずかに身体を傾けただけ。
雷華の一撃が、空を裂いた。
「……!」
雷華の目がわずかに揺れる。
次の瞬間。
「遅い」
イリスが踏み込んだ。
ドン、と。
空気が圧縮される音。
拳ではない。衝撃そのもの。
雷華の身体が後方へ弾かれる――直前で、フェーズ制御が働き、衝撃が分散される。
「っ……!」
着地しながらも体勢を立て直す。
その間に。
「空間、固定」
セレスティアが詠唱を終えていた。
周囲の空間が“止まる”。
動きが鈍る領域。
イリスの足元が一瞬だけ拘束される。
「今!」
その声と同時に。
ヴァルキリアが突っ込む。
重力を纏った一撃。
地面ごと押し潰すような拳。
「いい連携だ」
イリスが低く呟く。
次の瞬間。
――空気が、裂けた。
「なっ……!?」
ヴァルキリアの拳が、途中で止まる。
いや、違う。
“押し返されている”。
純粋な魔力の圧で。
「これが……!」
セレスティアが目を見開く。
「質量級の圧力……!」
僕は冷静に指示を飛ばす。
《距離取って。正面から受けるな》
全員が即座に後退する。
その動きは、さっきよりも明らかに速い。
通信の効果だ。
「……なるほど」
イリスが小さく頷く。
「指揮が一つにまとまっている」
「いいじゃん」
僕は軽く返す。
「やりやすいでしょ」
「確かに」
イリスは構えを変える。
その瞬間。
魔力の流れが変わった。
圧縮。
収束。
「来る!」
澪が叫ぶ。
次の瞬間。
イリスの姿が消えた。
「――っ!?」
背後。
雷華の後ろに出現。
振り向くより速く――
衝撃。
しかし。
《防御、左》
僕の指示と同時に、雷華の身体が反応する。
最小限の動きでガード。
衝撃を受け流す。
「……!」
そのまま距離を取る。
「今の……見えた」
雷華が小さく呟く。
セレスティアが笑う。
「やるじゃない」
ヴァルキリアは楽しそうに笑った。
「いいなこれ、戦いやすい」
イリスは静かにそれを見ていた。
「……面白い」
一歩、引く。
魔力が少しだけ収まる。
「ここまでだ」
僕が手を上げる。
フェーズ制御が作動し、場がリセットされる。
静寂。
全員が、軽く息を吐いた。
太陽が呆然と呟く。
「……やば」
澪も頷く。
「うん……やばい」
透花は静かに微笑んだ。
「ですが……勝てない相手ではありませんね」
セレスティアが肩を回す。
「ええ。ちゃんと“戦い”になる」
雷華は短く言う。
「対処可能」
ヴァルキリアは笑った。
「本番が楽しみだな」
イリスは僕を見る。
「……これなら」
一言。
「やれる」
その目は、確信していた。
僕は軽く頷く。
「でしょ」
十分だ。
見せすぎても意味がない。
でも――
“勝てる”という感触は、全員が掴んだ。
僕は端末を閉じる。
「じゃあ、次はもう少し詰める」
最終決戦に向けて。
戦う準備は、確実に整っていく。
お読みいただきありがとうございました!
この作品を
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が更新の大きな力になります。
今後ともよろしくお願いします!




