第54話 世界の前に立つ少年
「――で、その“勝手にやった”の結果がこれだ」
部室のドアが開いた瞬間、空気が一段階重くなった。
鬼塚が無表情で封筒を机に叩きつける。いつもの軽い怒り方じゃない。明らかに“上”から何かが降ってきているときの顔だ。
僕は椅子に座ったまま、その封筒にちらっと視線をやる。
「で?」
「で、じゃねぇよ……」
鬼塚は額に手を当てて深く息を吐いた。
「お前、自分が何やったか分かってるか?」
「虚界の偵察、ヴォイドの支配権奪取、アストラとの同盟締結。あとネメシスの拠点構造の把握。だいたいそんなとこ」
「“だいたい”で済ませるな!」
机を叩く音が響く。
その横で、澪がびくっと肩を震わせた。
「り、理久くん……もうちょっと言い方ってものが……」
「事実しか言ってないけど」
「そういう問題じゃないの!」
太陽はというと、興奮を隠しきれない顔で身を乗り出している。
「なあなあ鬼塚さん、それってつまりさ、もう勝ち確ってことだよな!?」
「……状況としては、な」
「うおおおおおお!」
ガタッと椅子から立ち上がる太陽。
「世界救っちまうぞ俺たち!!」
「お前はまだ何もしてねぇだろ……」
鬼塚がぼそっと呟く。
透花はその様子を見て、くすっと小さく笑っていた。
「でも、実際すごいことですよね。理久さん、本当に……」
その柔らかい声に、ミルが静かに続ける。
「ええ。状況は、もはや“防衛”ではなく“攻勢”に移行しておりますな」
ピノがふわふわと宙を漂いながら、胸を張る。
「ぼくもがんばったよ!」
「そこは否定しない」
僕は軽く頷いた。
ピノの存在がなければ、アストラとの接触はもっと面倒だった。
鬼塚が一度咳払いをして、空気を仕切り直す。
「……話を戻すぞ」
机の上の封筒を指で叩く。
「これは、その結果だ」
「だから何」
「世界会議だ」
一瞬、部室が静まり返った。
澪がゆっくりと目を見開く。
「……え?」
「世界会議?」
太陽もきょとんとする。
鬼塚は腕を組み、はっきりと言い切った。
「魔法少女協会と各国政府の合同会議だ。ヴォイド問題の最終段階に入るにあたって、全世界規模で戦力を動員するための場だ」
「ふーん」
「その場に、お前を出せって話が来てる」
「は?」
思わず聞き返した。
澪も同時に声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!? 理久くんが!? 世界会議に!?」
「そうだ」
鬼塚は即答した。
「理由は単純だ。今回の作戦――虚界侵攻計画。その根幹を作ったのはこいつだからな」
親指で僕を指す。
「技術的裏付けも、実行可能性も、全部こいつが握ってる。各国を納得させるには、当人を出すのが一番早い」
「いやいやいやいや……!」
澪が慌てて僕の方を見る。
「理久くん、中学生だよ!? しかも一年生!」
「だから何」
「だから何じゃないよ!」
太陽もさすがに驚いた顔になる。
「世界会議って、あれだろ? めっちゃ偉い人たちが集まるやつだろ!?」
「そうだな。各国の軍上層部、魔法少女協会の幹部クラス、政治家連中も来る」
「そんなとこに理久が!?」
「そういうことだ」
鬼塚は淡々と頷いた。
僕は少しだけ考えてから、肩をすくめる。
「別にいいけど」
「軽っ!?」
澪が叫ぶ。
「いや、だって説明すればいいだけでしょ。事実並べて、できることとできないこと言えば終わりじゃん」
「終わらないよ! 絶対終わらないから!」
「終わるでしょ。合理的に考えれば」
「相手は人間なの!」
澪のツッコミが鋭く刺さる。
確かに、そこは多少面倒かもしれない。
鬼塚がニヤリと口の端を上げた。
「まあ、そういう反応になるのは分かってたがな」
「……?」
「安心しろ。お前一人で行かせるつもりはない」
「そりゃそうでしょ」
「俺も同行する。協会側からは白峰も来る」
「あー、それなら話は早い」
白峰がいれば、面倒な政治的な部分は丸投げできる。
僕はあくまで技術の説明だけやればいい。
合理的だ。
透花がそっと手を挙げる。
「あの、わたくしも同行する形になるのでしょうか?」
「護衛としては当然だな」
「承知しました」
穏やかに頷く透花。
ミルも静かに一礼した。
「お嬢様の安全は、この老体にお任せを」
「いや普通に頼りになるけどその言い方やめて」
太陽が苦笑する。
その横でソラが機械的な声で補足する。
「護衛任務、成功確率を最大化するための戦力配分を提案可能です」
「お前も来る気満々だな」
「当然です。太陽のサポートが主目的ですので」
「お、おう!」
なんだかんだで全員ついてくる流れになっている。
澪はまだ不安そうな顔をしていた。
「……本当に、大丈夫なのかな」
小さく呟く。
僕は椅子にもたれかかりながら答える。
「大丈夫でしょ」
「なんでそんなに自信あるの……」
「だって」
少しだけ口角を上げる。
「もう勝ち筋見えてるし」
その一言で、部室の空気が変わった。
太陽がニヤッと笑う。
透花が静かに目を細める。
鬼塚は腕を組んだまま、満足げに頷いた。
澪だけが、少しだけ呆れたようにため息をつく。
「……ほんと、そういうとこだよ理久くんは」
でも、その表情はどこか安心しているようにも見えた。
鬼塚が封筒を僕の前に滑らせる。
「日程は三日後。場所は非公開だが、移動はこっちで手配する」
「了解」
封筒を開け、中身に軽く目を通す。
細かいことはどうでもいい。
必要なのは――
「説明する内容、まとめとく」
それだけだ。
鬼塚がにやりと笑った。
「頼んだぞ、“人類代表”」
「違うけど」
即答する。
僕はただ、面白そうだからやってるだけだ。
でも――
世界を巻き込む規模の実験っていうのは、悪くない。
僕は封筒を閉じて、机の上に置いた。
「まあいいよ。付き合ってあげる」
その一言で。
人類側の“最終決戦”は、本格的に動き始めた。
――――――
鬼塚に連れられて、僕たちは車に乗っていた。
行き先は「非公開」。まあ、言われなくても分かる。どうせそういう場所だ。
窓の外を流れる景色は、いつの間にか見慣れた街並みから外れて、明らかに“普通じゃない区域”に入っている。警備の密度が違う。
「……ねえ理久くん」
隣に座る澪が、小声で話しかけてくる。
「うん?」
「今から会う人って、その……本当に……」
「総理大臣でしょ」
「軽く言わないでよ……!」
声は小さいのに、勢いだけはある。
太陽は逆にテンションが上がりっぱなしだ。
「やべぇよな!? 総理大臣だぞ!? テレビの中の人だぞ!?」
「別に人間でしょ」
「夢がねぇな!?」
「ある方がおかしい」
透花は窓の外を見ながら、少しだけ緊張した様子で言った。
「国家の代表と直接お会いするというのは……やはり、特別なことですね」
ミルが静かに補足する。
「それだけ、今回の件が国家規模を超えているということでしょうな」
鬼塚は前の席で腕を組んだまま、振り返らずに言った。
「無駄口叩いてる余裕があるなら、少しは空気読め」
「読んでるよ。別に騒いでないし」
「お前はそういう問題じゃねぇ」
短く返すと、それ以上は何も言わなかった。
車がゆっくりと減速する。
やがて、大きなゲートの前で止まった。
厳重なチェックをいくつも通過して、ようやく中に入る。
建物の中は静かで、無機質で、やけに広い。
いかにも“中枢”って感じだ。
案内されるままに進んで、重たい扉の前で足を止める。
コンコン、とノック。
「入れ」
低く、よく通る声が返ってきた。
鬼塚がドアを開ける。
「失礼します」
その後ろから、僕たちも中に入った。
――部屋は思ったより普通だった。
広いけど、無駄に豪華ってわけじゃない。整然としていて、機能的。
その中央に、一人の男が立っていた。
年齢は五十代くらいか。背筋が伸びていて、スーツの着こなしも無駄がない。
視線がこちらに向く。
鋭いけど、どこか柔らかさもある目だ。
鬼塚が一歩前に出る。
「ご多忙のところ失礼します。例の件の当人を連れてきました」
男はゆっくりと頷いた。
「ご苦労」
そして、その視線が僕に向く。
じっと、観察するように。
「……君が、天原理久くんか」
「そうだけど」
ため口で返す。
澪が横で小さく「ちょっと!」と肘で突いてきた。
気にしない。
男は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「なるほど。話に聞いていた通りだ」
鬼塚が肩をすくめる。
「矯正は諦めました」
「賢明だな」
くすりと笑うその様子に、場の空気が少しだけ緩む。
男は一歩前に出て、手を差し出した。
「初めまして。私は――柊原 恒一」
「現内閣総理大臣だ」
太陽が小さく「うわ、マジで言った……」と呟く。
澪は完全に固まっている。
透花はきちんと一礼した。
僕はその手をちらっと見てから、軽く握る。
「天原理久。中学生」
「それも聞いている」
柊原総理は、僕の手を軽く握り返してから離した。
そのまま、まっすぐに僕を見る。
「正直に言おう。君の話を初めて聞いたとき、半分は信じていなかった」
「だろうね」
「だが、提出されたデータ、現場の報告、そして鬼塚君の証言――どれも一致している」
「じゃあ信じた?」
「信じるしかない、というのが正確だな」
淡々とした口調だけど、その奥にあるものははっきりしている。
期待だ。
「……嬉しかったよ」
ぽつりと、そう言った。
澪が少しだけ顔を上げる。
太陽も驚いた顔をする。
柊原総理は、ほんのわずかに口元を緩めた。
「日本に、これほどの人材がいたことがね」
「ふーん」
「世界は今、ヴォイドという未知の脅威に対して、後手に回り続けている」
ゆっくりと言葉を選びながら続ける。
「だが君は違う。観測し、理解し、そして――支配した」
「まあ、できたからやっただけ」
「その“だけ”ができる人間は、世界中探しても君しかいないだろう」
即答だった。
一切の迷いがない。
僕は少しだけ考えてから答える。
「じゃあ、用件は?」
遠回しな会話は好きじゃない。
柊原総理は、満足そうに頷いた。
「いいだろう。本題に入ろう」
机の上の資料に手を置く。
「三日後の世界会議――そこで、君には説明してもらう」
「何を?」
「人類が“攻める側”に回るための、全てを」
部屋の空気が、ぴんと張り詰めた。
「虚界への侵攻計画。ヴォイドの支配権。アストラとの同盟」
一つ一つ、確かめるように言葉を並べる。
「そして――勝てる理由を」
僕は椅子に腰を下ろしながら答えた。
「簡単じゃん」
「ほう?」
「勝てるから勝てるって言うだけ」
一瞬、沈黙。
次の瞬間。
柊原総理は、声を上げて笑った。
「はは……なるほど、確かにそうだ」
鬼塚も小さく笑う。
澪は頭を抱えている。
「も、もう……!」
でも、その場の誰もが分かっていた。
僕の言葉は、ただの強がりじゃない。
事実だ。
柊原総理は笑みを収め、真剣な目で僕を見る。
「天原理久くん」
「何」
「君に、日本の――いや、人類の未来を賭けたい」
真っ直ぐな言葉だった。
重いとか、そういうのは感じない。
ただの選択肢の一つだ。
僕は肩をすくめる。
「別にいいよ」
「理由を聞いても?」
少しだけ考える。
それから、いつも通り答えた。
「面白そうだから」
太陽が吹き出した。
澪は完全に諦めた顔をしている。
でも。
柊原総理は、満足そうに頷いた。
「それでいい」
そして、静かに言い切る。
「ならば、我々はその“面白さ”に、全てを賭けよう」
その瞬間。
日本という国家が、正式に――
“侵攻側”へと舵を切った。
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