第53話 帰還と現実
「——で、同盟な」
僕がそう言うと、セリオ=ラディエルは静かに頷いた。
「成立した」
簡潔な事実確認。
でも——
僕は少しだけ肩をすくめる。
「一応言っとくけど」
「?」
「僕、人類の代表じゃないからな」
一瞬、空気が止まる。
澪が横で「今それ言う!?」って顔をする。
セリオ=ラディエルの視線が、わずかに揺れる。
「……どういう意味だ」
「そのまま」
僕は淡々と続ける。
「勝手に来て、勝手に交渉して、勝手に同盟結んだだけ」
「ちょっと理久くん!?」
澪が慌てて割り込む。
「いやいやいや、それはさすがに言い方が!」
「事実だろ」
「事実だけど!」
セリオ=ラディエルはしばらく無言だった。
そして——
「……組織ではないのか」
「一応ある」
「一応!?」
澪がまた突っ込む。
「学校の部活」
「部活!?」
広間の空気が微妙に揺れる。
イリス=ヴァレナが低く言う。
「……理解が追いつかぬ」
「問題ない」
僕はあっさり言う。
「細かい話は後で詰めればいい」
澪が小声で言う。
「詰めるっていうか……詰めてもらうっていうか……」
僕は軽く頷く。
(鬼塚か白峰に投げればいいだろ)
軍と協会。
あの二人なら、こういうのは勝手にまとめる。
僕がやる必要はない。
「とりあえず」
僕はセリオ=ラディエルを見る。
「連絡手段と行き来の確保だけやらせろ」
「……行き来」
「頻繁に来ることになる」
セリオ=ラディエルは少し考え——
「……許可する」
短く答えた。
「じゃあここに置く」
僕はその場にしゃがみ込む。
フェーズ端子を取り出す。
「アンカー設置」
澪が覗き込む。
「これが帰還用の?」
「そう」
床——いや、あの滑らかな構造体に端子を差し込む。
一瞬、光が走る。
でも、すぐに馴染む。
「……干渉は最小限にした」
イリス=ヴァレナが警戒したまま問う。
「それは安全なのか」
「問題ない」
僕は端末を確認する。
「この地点に座標固定。いつでもここに戻れる」
澪が小さく頷く。
「……これで、道が繋がるのね」
「そういうこと」
立ち上がる。
やることは終わった。
「じゃあ一旦帰る」
「もう?」
澪が少し驚く。
「情報は取った」
「……まあ、そうだけど」
セリオ=ラディエルが静かに言う。
「次は、いつ来る」
「すぐ」
即答。
「準備終わり次第」
その言葉に、アストラたちの空気がわずかに引き締まる。
戦いが、近い。
僕は端末を操作する。
「ゲート展開」
空間が歪む。
来た時と同じ、裂け目。
でも——
今は違う。
向こう側に、“帰る場所”がある。
「……帰れる……」
澪が小さく呟く。
その声には、少しだけ安堵が混じっていた。
「行くぞ」
「うん」
ピノがふわっと光る。
一歩、踏み出す。
視界が反転する。
――――――
次に目を開けた時。
そこは——
見慣れた、地球の空間だった。
「——ただいま」
フェーズ・ゲートを抜けた瞬間。
「「「——っ!!」」」
部室の空気が、一気に弾けた。
「理久! 澪先輩!!」
太陽が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
そのままこっちに駆け寄ってくる。
「おいマジで! 大丈夫か!? 怪我ないか!?」
「ない」
「即答!?」
「あるように見えるか?」
「いや見えないけど……!」
澪も少しだけ苦笑する。
「大丈夫よ、ちゃんと戻ってきたでしょ」
太陽がその場で大きく息を吐く。
「はあぁぁ……よかったぁ……」
ソラが横で淡々と報告する。
「帰還を確認。生体反応正常。損傷なし」
「お前も心配してたんだろ」
「否定はしません」
透花もすぐに近づいてくる。
「理久さん、澪さん……」
その顔は、普段より少しだけ真剣だった。
「ご無事で何よりです」
「問題なかった」
僕が答えると、
「問題“は”なかった、じゃないでしょ……」
澪が小さく訂正する。
透花はその違いを察したのか、ほんの少しだけ表情を引き締めた。
「……やはり、簡単な場所ではなかったのですね」
「簡単ではないな」
そのやり取りを遮るように——
「——天原」
低い声。
空気が、一瞬で変わる。
振り返る。
鬼塚が立っていた。
腕を組んでいる。
顔は無表情。
でも——
明らかに機嫌が悪い。
「……何だ」
「何だ、じゃない」
一歩、近づく。
「勝手に先行偵察を行ったと聞いたが」
「やった」
即答。
その瞬間、太陽が「うわ……」って顔をする。
鬼塚の眉が、ぴくっと動いた。
「許可は?」
「取ってない」
「報告は?」
「今してる」
沈黙。
空気が重い。
澪が小声で「ちょっと言い方……!」と呟く。
鬼塚は深く息を吐いた。
「……お前な」
低い声。
「ここがどこかわかっているのか」
「学校」
「そういう話じゃない」
即座に返される。
「未踏領域だ。未知の環境だ。敵本拠地だ」
一つ一つ、言葉を重ねる。
「そこに、許可もなく、単独で踏み込んだ」
「単独じゃない」
「揚げ足を取るな」
澪が完全に固まっている。
太陽は視線を逸らしている。
透花は静かに様子を見ている。
「……で」
僕は軽く話を切る。
「怒るのはいいけど、結果は?」
鬼塚の動きが止まる。
「……何だと」
「成果」
僕はあっさり言う。
「アストラと接触した」
沈黙。
「……は?」
今度は鬼塚の方が固まる。
澪が横で小さく補足する。
「えっと……その……本当に、会ってきました」
「……」
鬼塚の目が、完全に変わる。
「詳細を報告しろ」
僕は肩をすくめる。
「同盟結んだ」
再び沈黙。
今度は、部室全体が止まった。
「……は?」
太陽が同じリアクションをする。
「同盟って……あの、アストラと……?」
「そう」
透花が静かに息を呑む。
「……それは……」
鬼塚がゆっくりと口を開く。
「……詳細を説明しろ」
「後でまとめる」
僕はあっさり言う。
「は?」
「細かい内容、そっちで整理しといて」
鬼塚の顔が、わずかに引きつる。
「……お前がやれ」
「面倒」
「面倒で済ませるな」
僕は少しだけ考える。
「じゃあ白峰でもいい」
「勝手に振るな」
太陽が小声で言う。
「……なんかすごいこと言ってるよな今……」
澪が小さく頷く。
「うん……すごいこと言ってる……」
鬼塚はしばらく無言だった。
そして——
「……いいだろう」
低く言う。
「だが、報告はお前が行え」
「要点だけなら」
「要点でいい」
短いやり取り。
でも、その中で——
明確に役割が決まった。
僕は椅子に腰掛ける。
「じゃあまとめるか」
軽く言う。
「虚界の状況、アストラの構造、ネメシスの生産ライン」
一拍。
「あと——」
少しだけ口角を上げる。
「ヴォイド、こっちで使えるようになる」
その一言で——
部室の空気が、再び張り詰めた。
「——じゃあ、まとめる」
部室の空気が、少しだけ引き締まる。
鬼塚も腕を組んだまま、黙って聞く姿勢に入った。
僕は椅子に座ったまま、淡々と口を開く。
「まず、虚界の環境」
指を一本立てる。
「空間は不安定。物理法則も完全には一致しない」
「環境適応フィールドは必須」
二本目。
「ネメシスの支配構造」
「広範囲を押さえてる。生産施設でヴォイドを量産」
「個体数の差で圧倒してる」
三本目。
「アストラの状況」
「数が少ない。隠れてる」
「ピクシスで外部戦力を補うタイプ」
四本目。
「接触と交渉」
「自警団レベルの組織と接触」
「リーダーとも会話済み」
「敵対は解除」
五本目。
「同盟」
「暫定的に成立」
「細かい条件は後で詰める」
澪が横で小さく補足する。
「……技術提供と情報共有、ですね」
「そんな感じ」
鬼塚は黙って聞いている。
表情は変わらないが、頭の中はフル回転してるのがわかる。
「で、最後」
少しだけ間を置く。
「ネメシスの生産ラインに細工した」
太陽が「さらっと言うなよ!?」と小声で突っ込む。
「ヴォイドの命令系統、上書き済み」
「……」
鬼塚の目が、わずかに細くなる。
「……どの程度だ」
「時間かければ全部」
即答。
部室が静まる。
透花が小さく息を呑む。
「……それは……戦局が変わる、どころではありませんわね」
「変わるだろ」
僕はあっさり言う。
一通り、話し終える。
「以上」
短く締める。
数秒、沈黙。
鬼塚がゆっくりと口を開く。
「……理解した」
低い声。
「事実であれば——」
一拍。
「戦争の前提が崩れる」
澪が小さく頷く。
「……はい」
太陽がぽつりと呟く。
「なんか……一気にラスボス戦みたいな感じになってきたな……」
「実際そうだろ」
僕は軽く答える。
鬼塚がこちらを見る。
「……準備は」
「できてる」
即答。
「転移、環境適応、隠蔽、帰還」
「全部問題ない」
さらに続ける。
「アストラとの連携も取れる」
「情報もある」
一拍。
「いつでも行ける」
部室の空気が、完全に変わる。
“準備段階”が終わった。
そう、全員が理解した。
僕は背もたれに体を預ける。
「だから——」
軽く言う。
「最終決戦、いつでもいいぞ」
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