第52話 同盟の条件
「——こちらだ」
イリス=ヴァレナに促され、僕たちは広間の奥へと進む。
さっき見えた“存在”。
あれが、この集団の中心にいる。
澪もそれを察しているのか、いつもより無言だ。
通路に入る。
外と同じく、整っている。
でも、ただ整っているだけじゃない。
「……これ……」
澪が小さく呟く。
壁面。
そこに、細い光の線が走っている。
一定のリズムで、流れている。
「配線……?」
「に近いな」
僕は指でなぞる。
「魔力の通り道」
触れた部分が、わずかに光を強める。
「……反応した……」
「感応式か」
ネメシスの施設は“無機的な生体”。
ここは——
“生体的な機構”。
違いは明確だ。
さらに進む。
部屋が見える。
扉はない。
でも、境界はある。
一歩踏み込むと——
空間が少しだけ変わる。
「……なんか、落ち着く……」
澪がぽつりと言う。
室内は柔らかな光で満たされている。
中央には、低い台のようなもの。
机……に近い。
でも脚がない。
浮いている。
「浮いてる……」
澪が思わず声を漏らす。
台の表面には、淡い光の模様が流れている。
触れると、形が変わる。
「可変式か」
僕は興味深そうに見つめる。
周囲には、座るための“何か”がある。
椅子……とも違う。
半透明の塊。
でも近づくと、自然と形が変わる。
「……座れってこと?」
澪が恐る恐る腰を下ろす。
その瞬間、塊が柔らかく沈み、体に合わせて形を変える。
「……え、なにこれ……」
「フィットしてるな」
僕も適当に腰掛ける。
確かに、無駄がない。
「……快適だけど、ちょっと怖い……」
澪の感想はもっともだ。
その時——
奥の空間が静かに開く。
光が一段、強くなる。
そして——
一体のアストラが現れた。
さっき遠目に見た存在。
今度は、はっきりとわかる。
周囲の空気が、自然と整う。
圧ではない。
“統一される”感覚。
「……」
その存在が、ゆっくりとこちらを見る。
「——我は《セリオ=ラディエル》」
静かな声。
イリス=ヴァレナと同じ系統。
でも、より澄んでいる。
「この領域を束ねる者だ」
澪が小さく息を呑む。
(……この人が、リーダー……)
僕は立ち上がる。
「天原理久」
「……人間」
セリオ=ラディエルの視線が、わずかに細くなる。
「そして、ピクシス契約者」
ピノがぴょこんと前に出る。
「ピノだよ!」
セリオ=ラディエルの視線が、ほんの少しだけ柔らぐ。
「……確かに、アストラの系譜を感じる」
澪も立ち上がる。
「星川澪です……その……よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
少しだけぎこちない。
セリオ=ラディエルはゆっくりと頷いた。
「座れ」
全員が再び腰を下ろす。
浮遊する台の上に、光が走る。
まるで、会話の準備が整ったみたいに。
「——では、聞こう」
セリオ=ラディエルが静かに言う。
「何ができる」
直球。
僕は迷わず答える。
「ネメシスを潰せる」
一瞬、空気が止まる。
澪が横で小さく「言い方……!」と呟く。
でも僕は続ける。
「少なくとも四天王は一体倒した」
「……」
セリオ=ラディエルの視線が変わる。
興味。
そして、わずかな警戒。
「証明は?」
「データはある」
端末を軽く叩く。
「必要なら見せる」
数秒の沈黙。
そして——
「……よかろう」
セリオ=ラディエルが言う。
「では、次だ」
視線が鋭くなる。
「何を望む」
今度は、澪が少し考えてから口を開く。
「……協力関係、です」
「協力」
「はい」
言葉を選びながら続ける。
「私たちは、ネメシスと戦っています」
「でも、地球で戦う限り被害が出る」
セリオ=ラディエルは黙って聞いている。
「だから——」
一瞬、言葉に詰まる。
僕が横から続ける。
「こっちで戦う」
「……虚界でか」
「そう」
澪が頷く。
「そのために、情報が必要です」
「……」
「ネメシスの領域、構造、戦力」
「あなたたちなら、知っているはず」
セリオ=ラディエルは、しばらく沈黙した。
そして——
「……我らにも問う」
静かに言う。
「我らに、何をしてくれる」
今度は、僕の番だ。
「技術提供」
即答。
「何だと」
「さっきの隠蔽、もっと精度上げられる」
イリス=ヴァレナがわずかに反応する。
「それに——」
一拍置く。
「ヴォイドの動き、コントロールできるようになる」
空気が、凍る。
澪が横で小さく固まる。
(ちょっと待って、それ言うの!?)
セリオ=ラディエルの目が、はっきりと細くなる。
「……それは、どういう意味だ」
「そのままの意味」
僕は淡々と答える。
「ヴォイドを味方にできる」
完全な沈黙。
交渉の空気が、一気に変わる。
——そしてこの一言が、
この場の力関係を、大きく揺らした。
「……ヴォイドを、味方に?」
セリオ=ラディエルの声は静かだった。
だが、その内側にある揺れははっきりと伝わる。
広間の空気が張り詰める。
イリス=ヴァレナも、一歩だけ前に出た。
「……それは、虚言か」
「違う」
僕は即答する。
「すでに手を入れた」
澪が横で固まる。
(さらっと言った……)
セリオ=ラディエルの視線が鋭くなる。
「どこに」
「ネメシスの生産施設」
一瞬。
広間にいたアストラたちの気配が揺れる。
「……侵入した、というのか」
「した」
澪が小さく顔を覆う。
(言い方……!)
しかし、否定はできない。
事実だ。
セリオ=ラディエルは、しばらく何も言わなかった。
その沈黙は長くない。
でも——
重い。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……我らの状況は、理解しているか」
質問。
でも、その中身は“試し”だ。
僕は肩をすくめる。
「だいたいは」
澪が横から小さく補足する。
「……あの、その……」
言葉を選びながら続ける。
「アストラは……数が少ない、んですよね」
セリオ=ラディエルが、静かに頷く。
「その通りだ」
そして、淡々と語り始めた。
「我らも、ネメシスも——種としての数は多くない」
広間の光が、わずかに揺れる。
「ゆえに、我らは“拡張”を選んだ」
「拡張……」
澪が小さく繰り返す。
「ネメシスは、ヴォイドを」
「我らは、ピクシスを」
ピノがぴくっと反応する。
「でも……ピクシスって……」
澪が言いかける。
「単体で戦うものではない」
セリオ=ラディエルが続ける。
「他者に力を貸し与える」
「……はい」
澪が頷く。
「対して、ヴォイドは違う」
空気が少しだけ冷たくなる。
「単体で完結する兵」
僕は静かに聞いている。
「命令を受け、動き、破壊する」
その言葉に、澪がわずかに顔をしかめる。
「……だから」
セリオ=ラディエルの視線が、遠くを見る。
「ネメシスは領域を広げた」
「……」
「我らは——退いた」
短い言葉。
でも、その重みは十分だった。
澪が小さく呟く。
「……だから、ここに……」
「そうだ」
イリス=ヴァレナが続ける。
「僻地に隠れ、細々と生き延びている」
僕はその話を、特に感情を動かさずに聞いていた。
事実として、理解する。
「で、今に至る」
僕がまとめる。
セリオ=ラディエルが、わずかに頷く。
「そうだ」
澪は少しだけ拳を握る。
(……ひどい……)
ネメシスの施設。
あの生産ライン。
あの“おぞましさ”。
あれが、広がった結果。
セリオ=ラディエルが、再びこちらを見る。
「ゆえに——」
一拍。
「ヴォイドの支配権を奪う、という言葉は」
「……我らにとって、無視できぬ」
空気が変わる。
興味。
そして——
葛藤。
イリス=ヴァレナが低く言う。
「……あれは、忌むべき存在だ」
その言葉に、澪が強く頷く。
「……わかります」
だが、次の言葉は静かだった。
「だが——」
セリオ=ラディエルが続ける。
「有用であることも、また事実」
沈黙。
澪が少しだけ目を伏せる。
(……そう、だよね……)
感情では否定したい。
でも——
現実は違う。
僕はあっさりと言う。
「使えるなら使えばいい」
「理久くん……」
澪が小さく呟く。
でも、否定はしない。
セリオ=ラディエルは、じっと僕を見る。
「……お前は、それを“扱える”と言うのか」
「言ってるだろ」
「証明は」
「時間かかる」
正直に答える。
「でも、仕込んだのは事実」
イリス=ヴァレナが低く言う。
「……信じろ、と?」
「信じなくていい」
僕は即答する。
「結果見ればわかる」
沈黙。
交渉としては、かなり雑だ。
でも——
“嘘”はない。
セリオ=ラディエルは、ゆっくりと目を閉じた。
そして——
「……価値はある」
小さく、しかしはっきりと告げた。
その一言で——
この場の均衡が、変わる。
「人間」
再び目を開く。
「お前の力は、異質だ」
「そうか?」
「我らにも、ネメシスにもないものだ」
澪が横で小さく頷く。
(……確かに)
「ゆえに——」
セリオ=ラディエルの声が、わずかに低くなる。
「交渉の余地はある」
その言葉で——
“同盟”という選択肢が、現実味を帯びた。
「——ならば、証明しろ」
セリオ=ラディエルの声は静かだった。
だが、拒否の余地はない。
「この場で、お前の力を示せ」
イリス=ヴァレナも一歩前に出る。
「ヴォイドの支配などという、時間を要するものではない」
「即時に、確認できるものだ」
澪が小さく息を呑む。
(……来た……)
セリオ=ラディエルが続ける。
「我らの技術を上回る何か」
「それを示せるならば——」
一拍。
「お前の優位を認める」
静かな圧。
交渉の主導権が、明確に提示された。
澪が横で小さく囁く。
「……どうするの」
僕は少しだけ考える。
視線を、室内に巡らせる。
壁を流れる魔力線。
浮遊する台。
可変座席。
——全部、見た。
構造も、原理も。
「……簡単だな」
小さく呟く。
「え?」
澪が目を瞬かせる。
僕は立ち上がる。
そのまま、壁に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと理久くん!?」
澪が慌てる。
「何するの!?」
「改善」
「改善!?」
壁に触れる。
光の線が、一瞬だけ強く脈打つ。
「……この配線、無駄が多い」
「無駄……?」
イリス=ヴァレナがわずかに眉を動かす。
「魔力の流れ、分岐が多すぎる」
指先でなぞる。
「ここ、ここ、あとここ」
次々にポイントを示す。
「負荷分散のつもりだろうけど、逆にロスになってる」
セリオ=ラディエルの視線が、わずかに鋭くなる。
「……それを、どうする」
「まとめる」
僕は端末を取り出す。
フェーズ端子を、壁面に接続する。
「——ちょっと借りるぞ」
数秒。
魔力の流れを再構築する。
分岐を整理。
経路を最短化。
「……よし」
端子を抜く。
次の瞬間。
室内の光が——変わった。
さっきより、安定している。
揺らぎが消えている。
澪が思わず周囲を見る。
「……え?」
浮遊していた台が、わずかに高さを変える。
その動きが、滑らかになっている。
座席も、より自然に体に馴染む。
「……なに、これ……」
澪が呆然と呟く。
イリス=ヴァレナが、明らかに驚いた顔をしている。
「……制御が、安定している……?」
「効率上げただけ」
僕はあっさり答える。
「魔力消費も下がってるはず」
セリオ=ラディエルが、ゆっくりと手をかざす。
魔力の流れを確かめる。
——そして。
「……三割、削減されている」
静かな声。
でも、その中にある驚きは隠せていない。
澪が振り返る。
「三割って……」
「かなり適当だけどな」
「適当でそれ!?」
僕は肩をすくめる。
「まだ削れる」
その一言で——
完全に空気が変わった。
イリス=ヴァレナが、ゆっくりと頭を振る。
「……信じ難い……」
「だが、事実だ」
セリオ=ラディエルが続ける。
視線が、完全に変わっている。
警戒から——
評価へ。
澪が小さく呟く。
(……これ、完全にやりすぎ……)
セリオ=ラディエルが、静かに立ち上がる。
「人間、天原理久」
その声は、さっきとは違う。
「お前の力——認める」
一歩、前に出る。
「我らの技術体系を、瞬時に理解し、改良する」
「それは、明確に我らの上位に位置する」
澪が思わず息を呑む。
(上位……)
「よって——」
セリオ=ラディエルが手を差し出す。
「同盟を提案する」
僕はその手を見る。
少しだけ考えてから——
「いいぞ」
と、軽く答えた。
「軽い!?」
澪が思わず叫ぶ。
でも、その瞬間。
セリオ=ラディエルの手と、僕の手が触れる。
淡い光が、二人の間に広がる。
「——契約成立」
静かな声が響く。
その瞬間。
“人類”と“アストラ”の同盟が、結ばれた。
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