第51話 アストラとの遭遇
「……もう少し見る、って言ったけど」
ネメシスの施設から十分に距離を取ったところで、澪が口を開いた。
「次、どうするの?」
周囲は相変わらず“あの世界”だ。
歪んだ地面。
脈打つ空。
慣れたくないけど、さっきよりはマシになってるあたりが嫌だ。
「次は——人探し」
「人……?」
「正確には“アストラ”」
澪が少しだけ目を見開く。
「……いるの?」
「いるだろ」
「根拠は?」
「ピクシス」
肩の上にいるピノを指さす。
「ぼく?」
ピノが首をかしげる。
「お前らの供給元はアストラだろ」
「うん、そうだよ」
「だったら、こっち側に拠点があるはず」
澪が腕を組む。
「……理屈はわかるけど、それどうやって探すの?」
「簡単」
僕は端末を取り出す。
「ピノ、ちょっといいか」
「いいよー」
ピノがふわっと浮かぶ。
「そのままじっとしてろ」
「うん」
スキャン開始。
ピノから発せられる魔力の波形を取得する。
「……なにしてるの?」
澪が覗き込む。
「識別」
「識別?」
「アストラ系の魔力波長を特定する」
画面に波形が表示される。
ネメシスとは違う。
滑らかで、規則的。
“整ってる”。
「……なんか、さっきのと違うわね」
澪も気づいた。
「ネメシスは歪んでる」
「うん」
「これは整ってる」
ピノがちょっと嬉しそうに言う。
「ぼくたち、ちゃんとしてるからね!」
「そういうこと」
僕は周囲の空間をスキャンする。
——反応を探す。
しばらく無言。
澪が不安そうに辺りを見る。
「……ほんとに見つかるの?」
「見つかる」
即答。
その時。
ピッ、と小さな反応音。
「……あった」
「え?」
画面に、微弱な波形。
遠い。
でも確実に、同じ系統。
「この方向」
僕は歩き出す。
「ちょっと待って!」
澪が慌ててついてくる。
「そんな簡単に見つかるものなの!?」
「隠れてるだけならな」
「……隠れてる?」
「波長を抑えてる」
画面を見せる。
「通常よりかなり弱い」
「……じゃあ、意図的に?」
「ネメシスに見つからないようにしてるんだろ」
透花がいないから、代わりにピノが小さく言う。
「たぶん、そうだね」
澪が少しだけ安心したように息を吐く。
「……敵じゃない可能性は高い、ってことね」
「少なくともネメシスではない」
歩く。
距離はそれなりにある。
でも、この空間だと距離感が狂う。
地面が歪んでいるせいで、遠近感が安定しない。
「……なんか、近づいてるのかよくわからない……」
澪が眉をひそめる。
「問題ない。方向は合ってる」
しばらく進む。
すると——
「……あれ」
澪が足を止めた。
何もない。
見た目は。
ただの、歪んだ地面と空。
でも——
「……ここ、なんか違う」
澪が小さく言う。
僕も立ち止まる。
端末を見る。
反応は、ここ。
「……なるほど」
一歩、前に出る。
空間に手を伸ばす。
「ちょっと、理久くん?」
指先が——
“何か”に触れる。
見えない壁。
でも完全な壁じゃない。
揺らいでる。
「……隠蔽フィールドか」
澪が息を呑む。
「……見えないのに、ある……」
「ネメシスのとは違うな」
さっきの施設とは違う。
もっと、整ってる。
「……これ、アストラ?」
「たぶんな」
僕はそのまま、一歩踏み込む。
「ちょっと待って——」
澪の制止を無視して、フィールドに触れる。
波紋が広がる。
——その瞬間。
空気が変わった。
「っ……!」
澪が反射的に一歩引く。
見えない何かに触れたはずの場所が、ゆらりと歪む。
波紋のように広がって——
「……来る」
僕は小さく呟く。
「え?」
次の瞬間。
“それ”は現れた。
空間が裂けるように開き、
そこから、数体の存在が滑り出る。
人型。
でもネメシスとは違う。
輪郭ははっきりしている。
歪んでいない。
むしろ——整いすぎている。
肌は淡い光を帯びていて、
その体の表面を、細い光の線が流れている。
目はある。
でも、瞳の奥に“光”がある。
「……あれ、ネメシスじゃない……」
澪が小さく呟く。
「でも……人でもない……」
その存在たちは、無言でこちらを見ている。
完全に、警戒されている。
「……」
僕は一歩前に出る。
「ちょ、ちょっと理久くん!?」
澪が慌てて袖を引く。
「何してるの!?」
「観察」
「今!?」
「今」
僕はそのまま、相手をじっと見る。
魔力の流れ。
構造。
反応。
「……アストラだな」
その一言で、空気がさらに張り詰める。
相手の一体が、わずかに動く。
手を上げる。
その瞬間、空間に“圧”が生まれる。
「っ……!」
澪が息を詰める。
「ちょっと、これやばくない……!?」
「攻撃準備」
「冷静に分析してる場合!?」
さらに一歩前に出る。
「お前ら、アストラだろ」
その言葉に——
一瞬だけ、相手の動きが止まる。
でも、すぐに警戒が戻る。
当然だ。
正体不明の存在が、隠蔽を看破して侵入してきた。
しかも、平然と話しかけてくる。
「……敵じゃない、って言っても信じないだろうな」
「当たり前でしょ!!」
澪が小声で叫ぶ。
その時。
「まって!」
ピノが前に出た。
小さな体が、ふわっと浮かぶ。
「ぼくたち、敵じゃないよ!」
その声。
その光。
アストラたちの動きが——
止まった。
「……」
彼らの視線が、一斉にピノへ向く。
空気が変わる。
さっきまでの“敵意”が、
“警戒”に変わる。
「……ピクシス……?」
誰かが、初めて声を発した。
澪が小さく息を呑む。
「……喋った……」
ピノが嬉しそうに頷く。
「うん! ぼく、ピノ! アストラだよ!」
その言葉に——
アストラたちの間に、わずかなざわめきが起きる。
完全な敵じゃない。
でも——
まだ信用はしていない。
「……人間……なぜここにいる」
低い声。
明確な警戒。
澪が一瞬、言葉に詰まる。
その横で、僕は普通に答える。
「来たかったから」
「ちょっと理久くん!?」
澪が慌てて小声で突っ込む。
「それで納得するわけないでしょ!」
「事実だろ」
「そうだけど!!」
アストラたちは無言。
理解できない、という顔だ。
ピノが慌てて間に入る。
「えっとね! この人、すごい人なの!」
「すごいって何!?」
澪が思わず突っ込む。
「えっと……いっぱい考える人!」
「説明が雑すぎる!」
でも——
そのやり取りで、少しだけ空気が緩む。
アストラの一体が、ゆっくりと前に出る。
「……ピクシスを伴っている」
「……敵意は、確認できない」
もう一体が続く。
「だが——侵入の事実は変わらない」
ピリッとした空気。
それでも——
最初よりは、明らかに柔らかい。
ピノがもう一度言う。
「お願い! 話だけでもしてほしい!」
その小さな声に、
アストラたちは互いに視線を交わす。
数秒の沈黙。
そして——
「……来い」
短い一言。
空間が、再び歪む。
見えなかった“内側”が、わずかに開く。
澪が小さく息を呑む。
「……通す、ってこと?」
「たぶんな」
僕は迷わず一歩踏み出す。
「ちょ、ちょっと待って!」
澪も慌ててついてくる。
その先に広がるのは——
外とは明らかに違う、“隠された空間”。
アストラの一体が振り返る。
「……話をする」
その言葉で——
敵対ではない、“交渉”が始まることが決まった。
通された先は、明らかに“外”とは違っていた。
一歩踏み込んだ瞬間にわかる。
空気が、安定している。
「……さっきと、違う……」
澪が小さく呟く。
「ああ」
僕は周囲を見渡す。
地面は相変わらず黒いが、さっきのような不快な揺らぎが少ない。
踏んだ感触も、ちゃんと“固体”に近い。
空も——
あの脈打つ塊は見えない。
代わりに、淡い光が広がっている。
「……遮断してるな」
「遮断?」
「外の環境を切り離してる」
澪が少しだけ安心したように息を吐く。
「……やっとまともな場所に来た感じ……」
「“まとも”かは微妙だけどな」
周囲に視線を移す。
建物が並んでいる。
ネメシスの施設とは明らかに違う。
歪んでいない。
直線がある。
でも——完全に人工物とも違う。
壁は滑らかな曲線で構成されている。
素材はわからないが、金属でも石でもない。
光を柔らかく反射する。
「……きれい……」
澪がぽつりと言う。
その言葉が、すべてだった。
ネメシスは“おぞましい”。
ここは——
“静か”だ。
整っている。
調和している。
「同じ虚界でも、ここまで違うのか」
思わず口に出る。
ピノが嬉しそうに言う。
「ね! ぼくたちの方がいいでしょ!」
「まあな」
そのまま案内される。
視線を感じる。
建物の隙間。
窓のような場所。
アストラたちが、こちらを見ている。
警戒と、不安。
でも——敵意は薄い。
「……見られてる……」
澪が小さく言う。
「当然だろ」
「そりゃそうだけど……」
広い空間に出る。
広間。
天井は高く、柔らかな光が満ちている。
柱のような構造物が円形に並び、その中心に空間が空いている。
その中央に——
一体のアストラが立っていた。
他の個体より、少しだけ存在感が強い。
光の流れが、はっきりしている。
「……こいつか」
僕がそう言うと、相手はゆっくりと口を開いた。
「我は、守環の長——《イリス=ヴァレナ》」
その名は、ネメシスとも、人間とも違う響きだった。
澪が小さく繰り返す。
「……イリス……ヴァレナ……」
「この地を守る者だ」
短く、しかしはっきりとした声。
自警団、という表現が一番近い。
僕は一歩前に出る。
「天原理久」
「……人間か」
イリス=ヴァレナの視線が、こちらを見据える。
「なぜここに来た」
単刀直入。
澪が一瞬、言葉に詰まる。
僕はそのまま答える。
「ネメシスを潰すため」
沈黙。
周囲の空気が、わずかに揺れる。
「……ほう」
興味か、警戒か。
判断はつかない。
「我らと同じ目的か」
「たぶんな」
澪が慌てて口を挟む。
「え、えっと! その……!」
言葉を探している。
「わ、私たちは……その……敵じゃなくて……!」
拙い。
でも、それが本音だ。
イリス=ヴァレナは無言で見ている。
ピノが慌てて前に出る。
「ほんとだよ! ぼくも一緒だし!」
その言葉に、空気が少しだけ緩む。
「……ピクシスが同行している」
イリス=ヴァレナが小さく頷く。
「完全な敵ではない、か」
僕は続ける。
「協力できるならしたい」
「協力……」
「ネメシスは共通の敵だろ」
イリス=ヴァレナは、しばらく黙った。
そして——
「言葉だけでは信用はできぬ」
当然の答え。
澪が小さく頷く。
「……そう、ですよね」
少しだけ落ち着いた声。
「でも……」
一歩前に出る。
「敵対する理由も、ないはずです」
イリス=ヴァレナの視線が、澪に向く。
「我らは隠れ、生き延びている」
「……はい」
「そこに、隠蔽を看破して侵入してきた存在がいる」
静かな圧。
「それを“敵ではない”と、どう判断する」
澪が一瞬、言葉を失う。
正論だ。
僕が口を開く。
「敵なら、とっくに攻撃してる」
単純な理屈。
イリス=ヴァレナがわずかに目を細める。
「……確かに」
「隠蔽も破ってる。内部にも入った」
澪が小声で「それ言うの!?」と突っ込む。
「でも何もしてない」
「……」
「だから、少なくとも“今は”敵じゃない」
沈黙。
交渉としては、かなり雑だ。
でも——
嘘はない。
イリス=ヴァレナは、ゆっくりと頷いた。
「……一理ある」
その一言で、場の空気が変わる。
「即時排除は見送る」
澪が小さく息を吐く。
「……よかった……」
「だが」
イリス=ヴァレナが続ける。
「信頼には至らぬ」
「それでいい」
僕は即答する。
「まずは敵対しないところからでいい」
澪が小さく頷く。
「……段階的に、ですね」
イリス=ヴァレナはしばらく考え、
「……よかろう」
と、静かに言った。
「敵対関係の解除——暫定的に認める」
その言葉で——
戦いではなく、“対話”の道が開かれた。
その時だった。
広間の奥。
影の中に——
別の存在が立っていた。
澪が気づく。
「……あれ……?」
イリス=ヴァレナとは違う。
もっと——
静かで、重い。
何もしていないのに、存在だけで空気が変わる。
その視線が、こちらを見ている。
「……」
僕は一瞬だけ目を細める。
(あれが——)
何かを言う前に、
その存在は、静かに奥へと消えた。
イリス=ヴァレナは何も言わない。
でも——
“上”がいるのは、明らかだった。
そしてその“上”は、
すでにこちらに興味を持っている。
——交渉は、まだ始まったばかりだ。
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