第49話 虚界転移の開発
「——できた」
朝。
まだ誰も来てない部室で、僕は一人、そう呟いた。
窓から差し込む光の中、机の上には分解された機材と、新しく組み上がった装置が並んでいる。
フェーズ・ゲートの改良型。
いや、もう別物だな。
「……ふーん、やっぱり一晩でやっちゃうんだ」
振り返る。
ドアのところに澪が立っていた。
腕を組んで、半分呆れた顔。
「昨日の会議、なんだったのよ」
「方向性の確認」
「技術的なハードルとか、検討する意味なかったじゃない」
「いや、あっただろ」
僕は机の上の装置を指さす。
「座標問題と空間安定性。この二つはちゃんと潰した」
「それを“一晩で潰す”のがおかしいって言ってるの!」
いつものやり取り。
でも澪の視線はすぐに装置へ移る。
「……これが?」
「そう。虚界対応版フェーズ・ゲート」
「見た目ほとんど変わってないけど……」
「中身が違う」
装置を軽く叩く。
「今までのは“位相外”に逃がしてた」
「うん」
「これはそこからさらに接続先を伸ばしてる」
「……虚界まで?」
「そう」
澪が一歩近づく。
「ちょっと待って……座標は?」
「取った」
「は?」
「観測した」
「いつ!?」
「さっき」
澪が頭を抱える。
「いやもう意味わかんない……」
僕はモニターを操作する。
画面に表示されるのは、ぐちゃぐちゃに歪んだグラフ。
「ヴォイド出現時の空間ログを逆算した」
「……逆算?」
「出現ってのは、向こうからこっちに“穴”が開く現象だ」
グラフの一点を指す。
「だったら、この点を起点にすればいい」
「……そんな単純な話?」
「理屈は単純。精度は別」
「そこが一番大事でしょ!」
「だから補正してる」
別の画面を開く。
そこにはリアルタイムで動く数値群。
「空間の揺らぎを常時計測して、転移先を微調整するフィールド」
「それがないと?」
「虚界のどっかにランダムで飛ぶ」
「アウトじゃない!」
「アウトだな」
平然と答えると、澪がジト目になる。
「で、それは?」
「安定してる」
「どのくらい?」
「誤差数センチ」
「……」
澪が無言になる。
数秒後、ゆっくりと口を開いた。
「……人って、一晩でそこまで行けるのね」
「普通は無理だろ」
「でしょ!?」
ガラッ、とドアが開く。
「おはよー!」
太陽だ。
「って、うわ!? なんかもうできてるっぽい空気!」
「できた」
「はやっ!」
太陽が装置を覗き込む。
「これがあれか? 虚界行くやつ?」
「そう」
「マジで行けんの?」
「行ける」
即答。
「うわー……なんか実感ねえな……」
太陽は頭をかきながら笑う。
「でもさ、これってさ」
少しだけ真面目な顔になる。
「入るのはいいけど、帰ってこれんの?」
「そこも作った」
「おお!?」
僕は装置の一部を指さす。
「ビーコン設置型の帰還システム」
「ビーコン?」
「目印。こっち側にアンカーを置いておく」
「で、それを頼りに戻る?」
「正確には“引き戻す”」
「おおー……なんかすげえ!」
その時、またドアが開く。
「おはようございます」
透花だ。
ミルもふわふわと浮いている。
「……あら?」
部室の空気を見て、少し目を丸くする。
「もう完成しているのですか?」
「基礎だけ」
「十分早いですわ……」
透花は装置を見つめる。
その目は、少しだけ真剣だ。
「……理久さん」
「何」
「安全性は、どの程度確保されておりますか?」
質問の質が違う。
さすがだな。
「現状、転移自体の成功率はほぼ100%」
「……ほぼ?」
「誤差の範囲で事故る可能性はある」
「具体的には?」
「空間の急変動に巻き込まれると、座標がズレる」
「どの程度のリスクですの?」
「現状の試算で、1%未満」
透花は少し考えてから、頷く。
「……許容範囲、でしょうか」
「まだ下げる」
僕は即答する。
「あともう一段、安定化させる」
「……そこまでやるのですか?」
「当然」
澪が口を挟む。
「理久くん、もう十分じゃない?」
「十分じゃない」
「え?」
「“向こうは未知”って昨日言っただろ」
三人を見る。
「未知に行くなら、こっち側の不確定要素はゼロにする」
少しだけ、空気が変わる。
太陽がぽつりと呟く。
「……なんかさ」
「何」
「理久って、こういう時だけめちゃくちゃ慎重だよな」
僕は肩をすくめる。
「死にたくないだけ」
透花が、ふっと微笑んだ。
「安心いたしました」
その一言で、場の緊張が少しだけほどけた。
僕は再び装置に向き直る。
「で、次」
「まだあるの!?」
澪が叫ぶ。
「ある」
当然だろ。
「環境適応フィールド」
「……何それ」
「虚界の環境に合わせて、こっち側の状態を補正する」
「空気とか重力とか?」
「全部」
太陽が笑う。
「もうなんでもありじゃん」
「最初からそうだろ」
モニターに新しい設計図を表示する。
「これが完成すれば、最低限“生きて動ける”状態は保証できる」
澪が深く息を吐く。
「……じゃあ、あとはそれを完成させれば」
「行ける」
短く答える。
その言葉に——
誰も、否定しなかった。
「——で、もう一個」
「まだあるの!?」
澪が即ツッコむ。
「ある」
当然のように答えると、太陽が笑いながら椅子にもたれた。
「もう慣れたわ……どうせまたヤバいやつだろ」
「まあな」
僕はモニターに新しいウィンドウを開く。
表示されたのは、今までとは少し違うグラフ。
空間座標じゃない。
「……これ、何のデータ?」
澪が首をかしげる。
「検知ログ」
「検知?」
「そう。“向こう側からの視線”」
一瞬、空気が変わる。
透花の表情が引き締まる。
「……ネメシスの観測、ということですか?」
「正確には推定だけどな」
画面を拡大する。
「ヴォイドの出現タイミングと、空間干渉のパターン」
「……似てる?」
澪が気づく。
「そう。出現の瞬間って、“向こうからの干渉”でもある」
太陽が眉をひそめる。
「つまり……俺たちが向こう行くときも、同じこと起きる?」
「起きる」
即答。
「転移ってのは、空間に穴を開ける行為だ」
「穴を開けたら?」
「気づかれる」
シンプルな話。
透花が小さく息を吐く。
「……敵の本拠地に、侵入の合図を出すようなものですね」
「そういうこと」
澪が腕を組む。
「それ、かなりまずくない?」
「まずい」
「対策は?」
「ある」
またか、って顔をされた。
僕は机の上から、小さなデバイスを取り出す。
「これ、覚えてるか?」
「それって……」
澪が少し目を細める。
「フェーズシフター」
「正解」
太陽が「あー!」と声を上げる。
「ヴォイドの出る場所ずらすやつだろ!」
「そう。座標に干渉して、出現位置を変える装置」
軽く振ってみせる。
「これの応用」
「……応用?」
澪が嫌な予感がする顔になる。
「転移そのものを“ズラす”」
「は?」
太陽が素っ頓狂な声を出す。
「いやいやいや、転移って座標にピンポイントで行くもんじゃねえの!?」
「普通はな」
僕はモニターに新しい図を表示する。
「でも、座標ってのは絶対値じゃない。揺らぎがある」
空間の歪みを示すグラフ。
「その揺らぎの中に“紛れ込む”」
「……つまり?」
澪が慎重に言葉を選ぶ。
「転移の痕跡を、ノイズに混ぜる」
透花が目を見開く。
「……隠蔽、ですか」
「そう」
僕は頷く。
「フェーズシフターで座標をズラすんじゃなくて——」
指で円を描く。
「最初から“ズレた状態”で通す」
太陽が頭を抱える。
「もうわけわかんねえ……」
澪は逆に理解した顔をしていた。
「……なるほど」
「わかったのかよ!?」
「完全じゃないけどね。でも……」
澪は画面を指さす。
「観測される“点”をぼかすってことでしょ」
「そう」
「一点じゃなくて、広がった揺らぎとして認識させる」
「正解」
透花が静かに頷く。
「それなら……“侵入”ではなく、“自然現象”のように見せかけられますわね」
「そういうこと」
僕は少しだけ表情を引き締める。
「リゼ=ノクスはこれを無効化してきた」
空気がピリッと張る。
「……あいつか」
太陽が低く呟く。
「フェーズシフターの干渉を“見切った”」
澪も思い出したように言う。
「つまり……ネメシス側も、対策してくる可能性がある」
「ある」
僕は頷く。
「だから前提を変える」
「前提?」
「見つかるかどうか、じゃない」
一拍置く。
「そもそも“見つからない形にする”」
静かな説得力。
透花が小さく息を吐く。
「……理久さんらしい発想ですわね」
「効率いいだろ」
太陽が苦笑する。
「いやもう、なんかゲームのステルスミッションみたいになってきたな……」
「そんな感じ」
僕は装置を指さす。
「この“隠蔽転移”ができれば——」
「ネメシスに気づかれずに侵入できる」
澪が言う。
「少なくとも初動はな」
僕は補足する。
「完全に隠れ続けるのは無理。戦えばバレる」
「でも、最初に主導権を取れる」
透花が続ける。
「そう」
太陽がニヤッと笑う。
「不意打ちってことか」
「それが一番効率いい」
少しだけ、空気が軽くなる。
澪が腕を組んだまま言う。
「……ここまで来るとさ」
「何」
「もう“行ける前提”で話進んでるよね」
僕は肩をすくめる。
「行けるからな」
透花がくすっと笑う。
「否定できませんわね」
太陽も笑う。
「まあ、理久が言うなら行けるんだろうな」
その言葉に、僕は軽く頷く。
「——あとは詰めるだけだ」
そう言ってから、どれくらい時間が経ったか。
気づけば部室の外はすっかり暗くなっていた。
モニターの光だけが、やけに明るい。
「……まだやるの?」
澪の声。
振り返ると、椅子に座ったまま少しだけ疲れた顔をしている。
でも目はちゃんと装置を追ってる。
「やる」
「即答ね……」
「ここで手を抜く意味がない」
僕は端末を操作しながら続ける。
「転移精度、安定性、隠蔽性——全部“最低限”じゃ足りない」
「全部最大まで上げる、ってこと?」
「そう」
透花が静かに頷く。
「未知へ向かう以上、こちらの不確定要素は排除する……ですわね」
「そういうこと」
太陽は机に突っ伏していた。
「……なんかもう、俺たちがついていける領域じゃなくなってきた気がする……」
「お前は戦闘担当だろ」
「それはそうだけど!」
顔を上げて笑う。
「でもさ、こうやって準備してるとさ……」
少しだけ真面目な顔になる。
「マジで行くんだなって実感してくるな」
その一言で、空気が少しだけ静かになる。
澪が小さく息を吐いた。
「……そうね」
視線はモニターに向けたまま。
「昨日までは“作戦”って感じだったけど」
「今は?」
「“現実”になってきた」
透花も、ゆっくりと頷く。
「わたくしも同じですわ」
手元の端末に表示されたデータを見つめながら、
「未知の世界に足を踏み入れる……その準備をしているのだと、実感しております」
その言葉を聞きながら、
僕は最後の調整を終える。
「——よし」
装置の出力が安定する。
グラフの揺らぎが、完全に収束した。
「終わった?」
澪が顔を上げる。
「基礎はな」
「基礎でそれ……?」
「これで——」
装置を軽く叩く。
「転移、帰還、環境適応、隠蔽」
一つ一つ指を折る。
「全部揃った」
静寂。
太陽がゆっくりと立ち上がる。
「……マジで?」
「マジ」
透花が小さく微笑む。
「では……あとは」
澪がその先を引き取る。
「“試すだけ”ね」
僕は頷く。
「そう」
窓の外を見る。
夜の街。
普通の光景。
でも——
その向こうには、まだ見ぬ“別の世界”がある。
「まずは偵察」
短く言う。
「少人数で入って、状況を確認する」
「メンバーは?」
澪が聞く。
「僕、アルゴ、あと——」
少しだけ考える。
「澪、お前来い」
「え、私?」
「ピノがいる。アストラとの接触要員」
透花が納得したように頷く。
「確かに……理にかなっておりますわね」
太陽がすぐに言う。
「じゃあ俺も——」
「来なくていい」
「即答!?」
「初動は軽い方がいい」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに座り直す太陽。
澪は少しだけ黙ってから、
「……わかった」
短く答えた。
その顔に、迷いはない。
僕は装置に手を置く。
「準備期間は短くていい」
「え?」
澪が目を瞬かせる。
「もう行ける」
沈黙。
太陽がゆっくりと口を開く。
「……え、いつ?」
僕は装置を見つめたまま答える。
「明日でいい」
その一言で——
“未知への一歩”が、現実になった。
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